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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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33. 悪因悪果の実 15


スリベグランディア王国王太子ライリーは、執務の隙間時間を縫って父親であるホレイシオ国王の私室に向かった。

エアルドレッド公爵ユリシーズの叔父によって、徐々に体が弱っていく術を解呪して貰ってから、ホレイシオは少しずつ体力を取り戻しつつある。しかしそれでもまだ完治には程遠い。最も状態が悪い時はずっと意識不明だった。今は睡眠時間は長いものの、目を覚ましている時間も増えつつある。

とはいえ、まだホレイシオは頭がはっきりとしない時も多く、会話が成り立たない時が大半だ。しかし、ここ数日は体調も良いらしいと報告を受けていた。


「失礼します。父上、お加減は如何ですか」


護衛の横をすり抜けて、ライリーは寝室に入る。頻繁ではないが時折訪れる部屋は見慣れているが、ホレイシオの容体が一番悪い時期と比べると室内に明るさが戻っているような気がした。


「――――ライリーか」


どうやらホレイシオは目覚めていたらしい。近くで世話をしていた侍従はライリーを見ると、頭を深々と下げて水桶を手に退室した。その姿を見送り、ライリーは寝台に近づく。多少顔色の良くなったホレイシオが、やつれた顔で息子を見上げた。


「顔色が良くなられましたね」

「ああ、皆のお陰だよ。最近は悪夢も見なくなったし――夢と現実の区別もつくようになって来た」


掠れた声に覇気はない。しかし、目覚めたばかりの頃よりもはっきりと言葉を紡ぐことが出来ているし、視線もしっかりとしている。解呪がほぼ完了し少しずつ話すことが出来るようになった後、ホレイシオは僅かずつではあるが寝たきりの間のことを口にしてくれた。

どうやら彼は悪夢にうなされ、やがて現実と夢の区別がつかなくなったようだ。その世界はあまりにも渾沌としていて、表現するのも難しいと言う。しかし、解呪の結果その悪夢も徐々に薄れていったらしい。


――祖父が亡くなった時とは、違う。


ぽつりとライリーは心の中で呟く。祖父の時は、部屋が明るくなることもなく、死臭だけが日に日に濃くなっていった。幼いライリーは、闊達で豪快な祖父が日々死に近づいている様を一番間近で眺めていた。それだけでライリーもまた、何かを削られていくような心持ちになったものだ。

ホレイシオの病床に足を運ぶ回数は祖父の時ほど多くはなかったが、どうしても祖父の臨終間際と風景が重なった。そのせいもあって、ただでさえ少ない訪問頻度の間隔が空いた。

しかし、今は部屋も父も全く印象が異なる。祖父の時とは違うのだと、ようやくライリーは心の底から納得した。

心のどこかで安堵を覚え、ライリーは父を励ますように笑みを作る。


「何か欲しいものはございませんか」

「いや――ああ、そうだな」


一瞬首を振って否定しようとしたホレイシオだが、すぐに何かを思いついたような顔になった。

意識を取り戻してからというもの、周囲にねだるものと言えば水や着替え、湯あみ程度のもので、それ以外を口にしたことはない。そんな父の考えるような反応が珍しく、ライリーは小さく目を瞠った。

ホレイシオは衰え固くなった顔の筋肉を動かして笑みらしきものを作ると、目を細めて息子を見上げた。


「時間はあるか?」


予想外のことを尋ねられたライリーは目を瞬かせたが、すぐに頷く。執務はある程度片付けているから、ここで多少父と共に過ごしても問題はない。すると、ホレイシオは嬉しそうに口角を上げた。


「お前の話を聞きたい」

「私の話――ですか」


ライリーは今度こそ目を丸くした。ホレイシオを真っ直ぐに見つめるが、静かに見つめ返すホレイシオは本気らしい。戸惑ったようにライリーは眉根を寄せたが、父親の真面目な表情に諦めた様子で肩を竦めた。


「大して面白い話はありませんが――それでも、ですか?」

「ああ。私はあまり良い父親ではなかったからな」


そこまで言って、ホレイシオは小さく咳き込む。枕元に置いてあった水差しからコップに水をついで手渡せば、ホレイシオはゆっくりと味わうように水を飲んだ。

ゆっくりと息を吐いた国王は、ライリーにコップを手渡して礼を言う。そして弱弱しい笑みを浮かべてどこか後悔を滲ませるように告げた。


「国王と王太子ではなく、父と息子として話をしたこともなかっただろう」


ライリーは息を飲む。まさかそんなことを言われるとは思ってもみなかった。

ライリーが最後に長い時間ホレイシオと話したのは、彼が完全に意識不明になる前――賢王であり英雄とも呼ばれた先代国王が、王に承継すべき事柄を何一つとして遺さなかったと伝えた時だった。

あの日以来、腰を据えて二人きりで話したことはない。

ホレイシオの体調が戻った後は、そもそも二人きりになることも殆どなかった。そしてホレイシオの体力も完全には戻っていなかったから、話し込むこともできなかった。

それに、父が倒れる前も碌に会話を交わした記憶はない。ライリーが幼い頃に妻を亡くしたホレイシオは打ちひしがれ、愛する妻と面差しの似た息子と関わろうとはしなかった。

ライリーもまた、自分のことを話した記憶はない。祖父とは交流があったものの、あの時もライリーは祖父の話を聞くだけで自分のことを話したりはしなかった。


一体何を話せばよいのかと戸惑いつつも、ライリーは大人しくホレイシオに言われるがまま、寝台近くに置かれた椅子に腰かける。何を言おうか迷いながらも、結局ライリーはホレイシオが意識不明になった頃からの話を掻い摘んですることにした。

あまり長時間話し続ければホレイシオが疲れてしまうに違いないし、父親とは言えど、心の内を打ち明けるような会話をして来なかった相手に内心を詳らかにする気にはなれない。


「まだ正式に父上にはご報告できておりませんでしたが――リリアナ嬢との婚約が調いました」

「おお、それはそれは。婚約が決まったのか」


ホレイシオは目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに破顔した。

元々ホレイシオは、リリアナとライリーの結婚に前向きだった。反対していたのはリリアナの父の方だ。何故今は亡きクラーク公爵が娘と王太子との結婚に反対し、国王ホレイシオが公爵家の令嬢と息子の結婚に賛成したのか、その理由は一度も訊いたことがなかった。全ては機会がなかったからだが、今尋ねて良いものだろうか――とホレイシオの表情を窺う。


「他の婚約者候補もそれぞれ相手を見つけたようです。このまま問題なければリリアナ嬢が王太子妃になるかと」

「そうか、それなら良かった」


安堵したように漏らすホレイシオを見て、ライリーは心を決める。今を逃せば、何故ホレイシオがリリアナと婚約するよう言ったのか、永遠に知ることはない気がした。


「父上。以前から気になっていたのですが」

「なにかな?」


ライリーは問う。ホレイシオの僅かな表情の変化も見逃さないよう注視しながら、彼は言葉を慎重に選んだ。


「これで私は――リリアナ嬢を護れますか?」


その質問を聞いたホレイシオの顔から、表情が抜け落ちる。全ての感情を映さなくなった目が、真っ直ぐにライリーを見返した。


「――どういうことだ?」

「父上が仰ったのです。リリアナ嬢を護るため、彼女を私の傍に置け――と」


しかしクラーク公爵は反対していた。だからリリアナが声を失った時、国王ホレイシオと密約を交わし――十歳になっても声が出ないままであれば婚約を破棄することを取り決めた。

リリアナをライリーの傍に置いておくというホレイシオの願いに反するものだったが、結局ホレイシオはその賭けに勝ったのだ。


口を噤んで、ライリーは父親の返答を待つ。もはや二人の会話は親子の団欒ではなかった。国王と王太子という二人の公人が向き合い、互いの腹の内を探るような雰囲気へと様変わりしていた。

永遠にも思える沈黙の後、先に動いたのはホレイシオだった。肩から力を抜いて溜息を吐き、視線をライリーから逸らす。しばらく目を宙に彷徨わせていたが、やがて観念したように目を瞑った。


「詳しくは――私の口からは言えない。言ってしまえばお前と――この国に禍が降りかかる」


ライリーは絶句する。正直に答えて貰えない可能性も考えてはいた。しかし、まさか“この国に禍が降りかかる”という返答があるとは思ってもみなかった。

言葉を失い愕然とホレイシオを見つめる息子に、気弱そうな視線を向け、ホレイシオは小さく口角を上げた。しかしまた直ぐに目を逸らしてしまう。


「若い時の私は、今よりも一層愚かだったのだ。努力しても敵わぬのであればいっそ――と考えて手を伸ばした、その先にあったのは混沌とした闇だった」


言葉を探すようにゆっくりと、ホレイシオは言葉を続ける。しかし言い回しはあまりにも詩的で、ライリーには理解が及ばない。それでもライリーは眉根を寄せて父親の言葉を脳裏に刻み込み、その意味を探ろうとする。

“詳しくは言えない”ということは、ホレイシオは恐らく若い時分に何らかの事件に巻き込まれたのだろう。もしくは何者かの計略に嵌ったのかもしれない。そして、その時に生じた何事かによって口にする内容に制限が掛けられた。許されない範囲の言葉を口にすれば、禍が周囲に降りかかる――そういう呪いか契約が交わされた可能性がある。

もしその推測が事実なら、ライリーに出来ることはホレイシオの言葉を記憶し、分析し、答えを導き出すことだ。


ホレイシオが意識不明になる前であればライリーはただホレイシオに怒りを覚えただけだろう。しかし、今のライリーは全ての感情を飲み込んで解決策を模索しようと心を切り替えている。

そんな息子を横目で一瞥したホレイシオは、子供の成長を喜びながらも、己の知らないところで育ちつつある寂寥をその瞳に浮かべた。自分の両手に目を移し、ぽつりと呟く。


「その闇を作っていたのは()()だった。狂犬は幾つか居たが、その狂犬は主すらも狂犬だと気付いていなかった。擬態が上手かったから、私も知らなかった。あれは――犬ですらない、貪欲な毒蛇――いや、魔獣だった。表立っては忠犬の皮を被ってはいたがね」


その闇はその魔獣のために全てを飲み込もうとしていた。全てを飲み込んだ闇は、やがて魔獣に取り込まれていく。


「全ては因果応報、私が手を伸ばしたからこのような事態になったのだよ。私が闇に飲み込まれることを了承していたら、私は今でも玉座から指示を出していたかもしれない。だが、もしそうなればこの国もただでは済まなかっただろう」


ライリーは息を飲んだ。リリアナの話だと思っていたが、何のことはない。

ホレイシオが語ったのは、自身に呪いをかけた黒幕の話だった。だが――と、ライリーは違和感を覚えて目を細める。


ライリーが尋ねたのは“何故リリアナを護るためにはライリーの傍に置く必要があったのか”ということだ。ホレイシオを暗殺しようと掛けられた呪いの黒幕を知っているのか、という質問ではない。

ホレイシオも愚かではない。ライリーの質問を誤解しているわけではないだろう。

そうなると、答えは一つ。


――ホレイシオに掛けられた呪術と、リリアナの身が危険だという警告。

その二つの元凶は、()()()


「――リリアナ嬢が危険だと思われたのは、父上が体調を崩されてからですか?」


ホレイシオが体調を崩したのは、今から七年前。リリアナが声を失った時の数ヵ月前だ。それよりも以前から、度々ホレイシオは調子が悪そうにしていた。


「そうだね。お前とリリアナ嬢の婚約を決めたのは父上――お前の祖父だ。その頃には、私もそれほど危機感は持っていなかったよ」

「危機感を持たれたのは、私が産まれてからですか? それとも、リリアナ嬢が産まれてからですか」

「――そうだね」


ホレイシオは一瞬迷ったが、小さく頷く。だがそれ以上は口を開こうとはしない。


――つまり、両方の時機に危機感を持ったということか。


ライリーは零れ落ちそうになる溜息を堪え、質問を変える。


「父上がリリアナ嬢と私の結婚を推し進めるべきだとご判断された時期は何時頃ですか」

「彼女が産まれると――話に聞いた頃かな」


どうやらそこまでは話せるようだ。だが、ライリーは徐々に青白く変わっていくホレイシオの顔色に気が付いていた。これ以上話を続けるのは無理そうだと、彼は判断した。


「それでは、最後に。父上の体調がお悪くなった頃、リリアナ嬢も声を失いました。今は以前と変わらず話せるようになっていますが、それも関連があると思われますか」


ライリーの問いにホレイシオは悲痛に顔を歪め、口を噤む。どうやらこれも答えられないことらしい。


「――分かりました」


直接的なことだけでなく、周辺情報もホレイシオは話せないよう制約が掛けられているようだ。

そう判断したライリーは、椅子から立ち上がった。

ホレイシオに掛けられた呪術を解呪した魔導士――エアルドレッド家現当主の叔父か、もしくはベン・ドラコ。あるいはペトラ・ミューリュライネンであれば、ホレイシオに掛けられた制約を解除できるかもしれない。

恐らく隷属の呪いに似た何かを掛けられているのだろうと、ライリーは考えた。


しかし、息子が考えたことを悟ったのか、ホレイシオは憂いを帯びた目をライリーに向けた。


「ライリー、私を調べても答えは出ない」

「――――答えは出ない?」


胡乱な目をライリーはホレイシオに向ける。しかしホレイシオはそれ以上、口を開こうとはしなかった。どこまでも静かな目で、ライリーを見つめている。しかしその表情には疲れが見えた。

ライリーは零れ落ちそうになる溜息を堪えるために口を引き結んだ。そして、外に居る侍従に声を掛けることにした。


「父上、もうお疲れのご様子。侍従を呼びますので、お休みください」

「ああ――そうしよう」


ホレイシオは従順に頷く。そしてそのまま、彼は寝台に横になり目を瞑った。

その様子を目の端で確認し、一礼したライリーは部屋を出る。侍従に声を掛けて世話を頼むと、足早に自分の執務室に向かった。


部屋に入り侍従を外に出す。扉を閉めたところで、ライリーは思い切り壁を叩いた。


「あの人の――あの人の、せいだと――!?」


遠回しに言っていたが、全てはホレイシオのせいなのではないかという気がしてならない。国王が若い頃に仕出かした失敗が、全ての原因なのではないかと思うと腹の底から煮えたぎった怒りが湧き上がって来る。


ホレイシオが若い頃に何かを望み、姦計を企てる何者かの策略に引っかかった。そしてその結果、ホレイシオは呪われ、そしてリリアナはその身を危険に晒されることになった。ライリーの傍に居れば危険からは逃れられるとホレイシオは言っていたが、何故なのかまでは分からない。しかし、王族でなければ手出しができない範疇――ということなのだろう。


「狂犬――、狂犬とは一体誰のことだ」


騙された、とホレイシオは言っていた。だが、狂犬という単語だけではホレイシオを罠にかけた人物を特定することはできない。それに、ホレイシオを調べても答えは分からないとも言っていた。ただ一つ言えることは、ホレイシオ曰くの“狂犬”が祖父の部下だったということだろう。祖父の時代、彼に重用されていた者は相当数いる。だが、リリアナにも関係している人物となれば候補は絞ることができるはずだ。


勿論、ホレイシオの言葉を全て信じることはできない。できるだけ早急にチャドと名乗った魔導士とベン・ドラコに連絡を取り、協力を要請しなければならない。

ライリーもある程度は魔術には詳しいが、呪術に関しては基本的なことを多少知っていると言える程度だ。だからこそ、その道の専門家の力が必要だった。


「――――父上を、恨んでしまいそうだ」


今はまだ全体像が見えていないから、ぎりぎり一歩手前で留まっていられる。しかし、もし全てが明らかになった時――ホレイシオが原因でリリアナが危険に晒されているのだと確定したら、ライリーはホレイシオを恨むだろう。

目を閉じたまま深呼吸を繰り返して、ライリーは自分を落ち着かせる。


そして次に目を開けた時――そこには、普段と変わらず落ち着いた表情の王太子が居た。



*****



息子が出て行った後、疲れた体を寝台に横たわらせたホレイシオは目を瞑っていた。

ずっと眠るのが怖かった。寝てしまえば最後、際限のない悪夢にうなされる。いつも夢の中では若くして亡くなった妻アデラインとライリーが元気な姿でホレイシオを迎えてくれる。しかし、いつしか二人はホレイシオを「裏切り者」と罵り始め、そして――八つ裂きにされて息絶える。


その繰り返しだった。


時々は、先代国王も現れる。父であるはずの先代国王は、ホレイシオにとっては常に“国王”だった。父であったことなど、ただの一度もなかった。先代国王はホレイシオのことを馬鹿にしていた。期待など一つも掛けていなかった。彼が期待していたのは、ホレイシオの息子ライリーだった。


――やめてくれ、息子(ライリー)だけは。ライリーには関わらないでくれ、彼には幸福な人生を送って欲しいんだ。


息子であろうと孫であろうと、先代国王にとってはただの“駒”に過ぎない。使えると思えば擦り切れ倒れるまで使い倒される。そこに優しさや思いやりなどは存在しない。

だが、ホレイシオは無力だった。

成人しても結婚しても王太子になることはなく、ずっと王子のままだった。先代国王が誰のことも次期国王に任命するつもりがなかったのは知っていたが、王子のままでは妻も息子も守れない。王太子になれなかったところで、その後の生活が保障されるとは限らなかった。


そう思ったホレイシオは、誘惑に手を伸ばした――協力してくれるのであれば貴方を次期国王として差し上げましょうという、その甘言に。


だがその誘惑は悪魔の果実だった。気が付けば、ホレイシオは後戻りできないところまで進んでいた。そしてホレイシオは、協力者の計画が恐ろしいものだと気が付いた。詳細は一切教えられなくとも、漏れ聞こえてくる計画は全て禁術や禁呪に関わるものだった。人を人とも思わない扱いをするのは、賢王と呼ばれた父だけではなかった。


玉座は、ホレイシオにとって他者を犠牲にしてまで得たいものではなかった。そしてその協力者の謀略を防げないかと考え信頼の出来る人物に相談し動こうとした――それを、協力者だった狂犬は察知していた。


――裏切り者には、死を超えた贖罪を。


呪いの言葉と共に、ホレイシオは全ての対抗手段を封じられた。それでも、無抵抗ではなかった。彼は辛うじて、一番危険に晒されそうな被害者の身を守る術を整えた。協力者は苛立ちを隠さなかったが、それでも何とかなると判断した様子だった。ホレイシオが打った手はその時点では見逃された。そして、ホレイシオは全てを失った。


――芸術にしか興味のない愚かな男よ。身の程を弁え、どこぞで絵なり音楽なり詩なりを楽しんでおけば良かったものを。まあ良い、()()()()()()()()()()()()()


幾度となく耳にして来た貴族たちと同じ嘲弄を、その悪魔は口にした。

そしてホレイシオは、悪夢を見るようになった。現実と夢の狭間すら分からなくなり、ただ苦しみながら死へと向かう人生。早く死にたいと願っても、自ら死を選ぶことすらできない。


目覚めたのは、僥倖だった。まだ本調子ではないが、それでも意識ははっきりとしている。


「すまない――息子よ」


元々、権力闘争は得意ではない。国王としての資質は持ち合わせていない。その上、一時の気の迷いで姦計に嵌った後、呪いの影響か意識が朦朧としている時間が長かった。慢性的な睡眠不足といつ息子を殺されるのかという恐怖に苛まされ、理論的に物事を考えることも集中することも出来なくなっていた。

呪いを掛けられたのだと自覚した時には、何もかもが手遅れだった――ただ一つ、父王が口約束で調えた息子ライリーとリリアナの婚約を確定的なものにすることだけが、ホレイシオに出来たことだった。


しかし、今こうしてホレイシオは意識を取り戻した。それならば――大したことはできなくとも、それでも。

父として息子に何かしてやりたい、そう願うことは間違ってはいないはずだ。


誰にも告げられない決意はひそやかに、ホレイシオの心の内へと溜まっていた。



S-2

9-5

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