33. 悪因悪果の実 13
ソーン・グリードは、久しぶりに休暇を取り王都の商店が集まる区画へと足を運んだ。伯爵家の三男ではあるが、親からも放置されていたグリードは多少、平民たちの住まう区画にも馴染みがある。
彼の目的は平民街にある魔道具を取り扱った店だった。その店には魔道具だけでなく、魔術書や魔導士の纏うローブなど様々なものが置いてある。特に彼の興味を引くものは、異国から輸入されて来る、この国では見たこともない魔道具だった。それほど量が多いわけではないが、時折目を瞠るような品が紛れ込んでいることがある。
ただ問題は、長く働いていた店主が病に罹り、その息子が代わりに店を切り盛りしていることだ。以前の店主は非常に気も良く魔道具に精通していたのだが、息子は単なる新しい物好きの怠け者だ。段々と仕入れている魔道具も質が下がっていて、そろそろ別の魔道具屋を開拓した方が良いのではないかと考えている。
しかし、魔道具屋は軒先に看板を出していない。町の中に隠れるようにして存在している。そのため新しい魔道具屋を探すのはなかなか骨が折れた。魔導省の同僚たちに尋ねたところで、彼らも口が堅い。贔屓の魔道具屋を教えれば、目ぼしい魔道具を他人に奪われるのではないかと懸念する者が大半だった。
「全く――それくらいでもしないと、この腹立ちも収まらん」
苛立ちを隠せないまま、ソーンは乗合馬車から降りて痛む腰をさすった。繰り返すが、伯爵家の三男でありながらソーンには伯爵家の馬車を使うことが許されていない。許されるのは伯爵家の実子として王宮に上がる時だけだが、そのような機会など巡って来たことはない。
平民街まで伯爵家の馬車を使うことなど許されはしないが、仮に使ったところで、すぐ父である伯爵の知ることとなり叱責を受けるに違いない。父伯爵にとって重要なのは跡継ぎの長男と、他家の貴族に婿入りし縁を繋ぐことのできる見目の良い次男だけであり、三男のソーンはどうでも良い存在だった。
そんな中でソーンは父親に少しでも認められたいと、魔導士になるべく苦労した。若くして魔導省に入省し誇らしかったが、それでも父がソーンに目を向けてくれることはなかった。
それならばと、ソーンは魔導省で早く出世できるようにと必死に頑張った。本音を言えば魔術の研究に没頭したかったが、下っ端ではそれも叶わず、先輩や上司から吹っ掛けられる無理難題を必死にこなしていった。時には規律を破らなければならないような命令も下されたが、ソーンは必死に規律に反さないよう手を回してあらゆる命令をこなしていった。
「それなのに、あの男は――ドラコ家というだけで、あの男は副長官にまで登り詰めたのだ」
魔導士の名門ドラコ家に生まれたベン・ドラコは、ただそれだけの理由で魔導省に最年少で入省し、そしてソーンが上司や先輩の理不尽な命令に必死になっている時もただ研究だけに没頭していた。ソーンが書類に埋もれていても、雑用を命じられ大量の魔道具に潰されそうになりながら廊下を歩いている時も、ベンはただ魔術の研究に勤しむだけだった。
それにも関わらず、あっという間にベン・ドラコは副長官の座に就いた。
――何もできないくせに。仕事も碌にしない、ただ魔導士の名門というだけで魔術の才能もない。
その証拠に、ベン・ドラコは殆ど研究内容を発表することもなかった。普通であれば研究の過程であっても定期的に報告するのだが、ベン・ドラコはそれすらも滅多にしなかった。
「今回は、王太子殿下までをも舌先三寸で騙してまで――しかも、長官だと!?」
許されるものではない、とソーンは歯ぎしりする。
副長官の座に就いたことでさえベン・ドラコの策略なのだから、五年前に王都近郊で発生した魔物襲撃の際、転移陣に細工をしたことだってベン・ドラコの謀略に決まっている。そのような恥を知らない男なのだから、自分が権力を握るために王族に偽証することもあり得るはずだと、ソーンは信じて疑っていなかった。
「あんな奴が私の直属上司などと、反吐が出る――!」
それに、魔導省に勤める魔導士たちの視線も耐え難かった。
興味関心がない者もいるが、大部分は気の毒そうな目をソーンに向けて来る。彼らもソーンが次期長官になると信じて噂していたくせに、ベン・ドラコが長官に指名された途端に掌を返したような態度を取るのだ。
まるでソーンが次期長官になると吹聴していたとでも言いたげな、そんな表情だ。
「私はそのようなこと、口にしたこともないというのに」
内心で期待がなかったといえば嘘になる。しかし、自分が長官に相応しいと口にすることはソーンの矜持が許さなかった。だからこそ余計に、魔導士たちの眼差しや気遣うような態度はソーンの神経を逆撫でた。
講堂でベン・ドラコが長官に指名された後、戻った副長官室の整然とした様子が虚しかったが、ただそれだけだ。そして、どうせ自分が頑張っても認めて貰えることはないのだという虚無感と無力感も相まって、全てベン・ドラコへの怒りと姿を変えた。
しかし、その怒りを抱えたままでは大量の仕事もはかどらない。そこでソーン・グリードは滅多に取らない休暇を取得し、街へと足を向けたのだった。
慣れた道を歩いて路地裏に入り、少し陰鬱な雰囲気の細道を通る。あまり治安は良くないが、幸いにもソーンは破落戸から身を護る術は心得ている。父であるグリード伯爵が期待していたような剣術の才能はないが、魔道具と魔術を使えばたいていの相手を捕縛することができた。
だからこそ、彼は堂々と胸を張って道を歩く。そこかしこから視線を感じたが、いつものことだと彼は無視した。
古びた扉は路地に馴染んでいて、一見しただけではそこが店だとは気が付かない。看板すらも出ていないが、ソーンは構わず扉を開けた。
外から見ればそれほど広い店構えのようには思えないが、魔道具を扱っているだけあって、実際の店内はかなり広い。しかも店主が趣味で頻繁に内装を変えるから、今回もソーンは戸惑いを隠せず周囲を見回す。以前訪れた時と、かなり内装が変わっていた。
「――今回は、人食い植物はないらしいな」
ソーンは小さく呟く。
最後に訪れた時、ソーンはそれと気が付かず人食い植物に近づいてしまった。咄嗟に魔術で迎撃したためソーンは無事だったが、その植物は焼け焦げて動かなくなってしまった。どうやら南方から遥々運ばれて来た珍しい植物だったらしく店主は嘆いていたが、客が不用意に近づける状態で放置していること自体が問題だとソーンが説教すれば、最終的には納得してくれた。
人食い植物がないことに安堵しながらも、他に妙な魔道具はないかと周囲を慎重に観察しながらソーンは店の奥へと向かう。そして、布で仕切られた隣室に足を踏み入れようとしたところで人の声が聞こえて来た。咄嗟にソーンは足を止めて耳を欹てる。
どうやら、店主と客人が話しているらしい。ただ、その客人はとても幼いようだった。まだ声が高いが、話し方からして少年だろうと見当をつける。
「残念だけどね、君みたいに小さい子には売れないんだよ。魔道具用の工具が欲しかったらお父さんかお母さんを連れておいで」
「だーかーらー、今はみんな仕事で来れないんだって言ってるだろ。急ぎなんだよ、どうしてもないとオレ、怒られるんだよ」
「そうは言っても、規則だからねえ」
のらりくらりと断る店主の言葉は間違ってはいない。しかし、その声音からは面倒くさいという調子が全面に押し出されていた。ソーンの眉間に皺が寄る。
そもそも、人食い植物を通路のすぐ傍に置いておくような男だ。規則を守るために子供には売らない、という理由ではなく、ただ単に子供の相手が面倒なのだろう。
ソーンは溜息を吐いて室内に一歩入った。店主と子供の視線がソーンに向けられる。
客の子供は緑の髪に紫の瞳をしていた。十歳を過ぎたところだろうか、思春期特有の子供と大人の狭間を行き来する独特な細さがあった。
「これはこれは、グリード様」
良くいらっしゃいました、と店主は揉み手をしながら一歩ソーンの方に踏み出す。以前人食い植物のことで怒ったせいか、その両眼は緊張を湛えていた。
「今回はどのような御用で?」
「何か新作がないか見に来ただけだ」
店主は子供のことは完全に無視することに決めたらしい。その空気が分かっているのか、子供は不貞腐れた表情で店主を睨みつけていた。その表情を見たソーンは僅かに目を細める。どこかで見たことのある顔だと思ったが、すぐには思い出せない。それどころか、遥か昔――まだ幼い頃の自分と姿が重なった。
あの頃のソーンも、自分を無視して長兄と次兄を褒める父親に見て欲しいと熱い視線を向けていた。二人の兄にも自分を見て欲しかったが、長兄はソーンを存在しないものとして扱い、そして次兄は自分の失敗や悪巧みを全てソーンのせいにした。お陰で、父親や使用人たちからソーンは更に冷遇されるようになった。
家族と仲良くしたい――その願いは決して叶えられることがなかったし、いつしかソーンは諦めた。否、諦めた振りを覚えていた。
「おい」
ソーンは子供に声を掛ける。まさかソーンに話し掛けられると思っていなかったのか、少年は驚いたように目を瞠った。きょとんと首を傾げる少年に、ソーンは端的に尋ねる。
「お前が欲しいと言っていた魔道具用の工具はなんだ」
更に印象的な紫の瞳が丸くなる。そうすると少女のようにも見えなくもなかったが、瞳に浮かぶ強い光は大人になりつつある少年のようでもあった。
「えっと――これ」
子供は手に握ってくしゃくしゃになった紙片をソーンに差し出す。そこには箇条書きで工具の種類が書いてあった。思わずソーンは呆れ顔になり、店主に半眼を向ける。
「これが、子供には売れないものか?」
「え、いや、あの」
途端に店主はしどろもどろになる。
紙片に書かれた魔道具用の工具は全て初心者用のものであり、更に言えば子供でも使えるよう様々な制限が掛けられたものだった。そして、その程度のものであれば大人が同伴しておらずとも販売できる。
やはり店主は子供の相手が面倒だったのだろうと、ソーンは顔を顰めた。
「全く問題なく売れるだろう。それもこの組み合わせは非常によく考えられている。魔道具に詳しい人間が選別したものだ。何故、売れないと言った?」
「あ、ええっと、そう、そうだ、勘違いです、勘違いしたんですよ」
「勘違い、だと?」
何を言い逃れする気かとソーンは眉根を寄せる。
苛立ちを落ち着かせるために魔導具屋に来たというのに、新しい店主はソーンの機嫌を悪くさせることしかしない。
しかしここで怒っても事態は解決しないと、ソーンは深く溜息を吐いて気持ちを抑え込んだ。
「まあ、良い。さっさと出せ、私が確認する」
得意客であるソーンを怒らせては堪らないと思ったのか、店主は慌てて店の奥へと引っ込んだ。その後ろ姿を見送ったソーンはちらりと横に立つ少年を一瞥する。
「――おい、子供」
ソーンが少年を呼ぶと、驚いたような顔をしていた少年は口を尖らせた。
「おっさん、ありがとう、でもオレ子供じゃねえよ。ちゃんとベラスタって名前があるんだ」
おっさん、という言葉にソーンは一瞬絶句した。まさか自分が“おっさん”と呼ばれる日が来るとは思わなかった。まだ若いと思っているが、十歳を少し過ぎた程度の子供には一律“おっさん”に見えるらしい。
相手が中性的な顔立ちの少年であるせいか苛立ちも湧かず、ソーンは真面目に答えた。
「ベラスタ、か。私も“おっさん”ではない。ソーンと呼べ」
「ソーン?」
「――――まあ、それでも良い。今はな。だがそろそろ目上の者には敬称を付けるように練習しておけ」
平民であれば貴族とは違い礼儀作法を正式に学ぶことはない。貴族の子息であればソーンは腹を立てるところだったが、相手が平民と思えば平静に指摘することが出来た。
だが、ソーンは伯爵家に育っただけあって使う言葉も難しい――特に、平民にとっては。
注意を口にしてからようやくその事に思い至ったが、驚くべきことに、ベラスタと名乗った少年は正確にソーンの言いたいことを理解した。
「じゃあ、ソーンさん?」
「そうだな、私はそれで構わない。だがお前は平民だろう。貴族が相手であれば、許可があるまで口を開くな。許可が出れば“様”を付けて呼べ」
「ソーンさんは貴族なのか?」
「――ああ、一応、そうだ」
ソーンは自嘲を口角に浮かべて肯定する。自分の生活や人生を振り返れば本当に伯爵家の人間なのかと思う瞬間もあった。だが、一応はグリード伯爵家の三男だ。まだ実家に縁付いた扱いを受けてはいるため、貴族であるとはいえる。
しかしそんなソーンの内心など知らぬ様子で、ベラスタは「ふうん」と目を瞬かせた。
「貴族か、大変そうだな」
「――……大変?」
「おう。だって、貴族って色々と決まり事もうるさいし、期待もされるし、大変なんだろ?」
ベラスタの他意のない言葉は、ソーンの心の柔らかいところを的確に抉った。一瞬顔を歪めたソーンは、ベラスタから視線をそらして平静を装った。
「そういう貴族ばかりではない。現に期待もされず、親には突き放されている者もいる。そういう者は何をしようが家族の輪には入れず、そして貴族社会からも弾き出されるんだ」
「え、そういう貴族がいるの?」
自分のことではないかのように話していたにも関わらず、ベラスタの無邪気な反応を聞いたソーンは「悪いか」と怒鳴りそうになる。何も知らないからといって好き勝手言うベラスタに、さすがに腹が立ってきた。しかし、ソーンが口を開く前にベラスタはあっけらかんと言ってのけた。
「じゃあ、自由に何でも好きなこと出来るんだな」
「自由、だと?」
訝し気に眉根を寄せるソーンに、ベラスタは「違うの?」と首を傾げた。
「変なしがらみがない方が、好きなことが出来て良いって、オレの兄貴も良く言ってるぜ」
「――――そうか」
ソーンは目を瞬かせ、少しの沈黙の後にようやく声を絞り出した。
自由、という発想は全くソーンの中にはないものだった。確かに言われてみれば、ソーンは大好きな魔術に携わる仕事を出来ている。両親は興味も持たず放置しているが、もし父がソーンに関心を抱いていれば、果たして魔導士として居続けられるだろうか。
そこでようやく、ソーンは自分が父のことを知らないのだと気が付いた。
父との会話はほとんどなく、グリード伯爵が魔導士についてどのように考えているのかは分からない。ソーンだから興味がないのか、そもそも魔導士自体を取るに足らない存在だとして意識の外に切り離しているのか、それも分からない。
ただ一つ確実なのは、仮に今魔導士を辞めるよう言われたところで、ソーンはその指示に従えないだろうことだった。魔導士であることはソーンをソーン・グリードたらしめるためにも必要だ。魔術を奪われてしまえば、彼は最早どのように生きれば良いのか分からなくなりそうだった。
「お、お待たせしました!」
奥からいくつかの工具を持った店主が慌てて出て来る。彼はなぜか、工具を買おうとしているベラスタではなくソーンに品物を渡そうとしてきた。しかし、ソーンはそれを片手で押しとどめる。
「買い手は私ではなくこの少年だろう。何故、私に手渡そうとする?」
「あ、ええ、それはもう、仰るとおりで」
店主は一瞬ぎょっとしたが、すぐに取り繕うような笑みを浮かべてベラスタに向き直った。
「おい、これで全部だ。全部で銀貨五枚と銅貨十一枚、持ってるか?」
「おう、ありがとうな、おっちゃん」
魔道具用の工具は、初心者用でもそれなりの値段がする。どうやら吹っ掛けるつもりはないらしいな、と思いながらソーンは二人の様子を眺めていた。しかし喜々としたベラスタが鞄から金を出そうとしたのを見た瞬間、慌ててベラスタの手を押しとどめる。
「馬鹿者、何も確認せず金を払おうとする奴がいるか。受け取ったらその場で商品を確かめろ。もし不具合があればその場で交換して貰うんだ。お前、本当に平民なのか? それで良く無事に生きて来られたな」
さすがに呆れを隠せずに言えば、ベラスタはきょとんとする。そして直ぐにパッと笑顔を浮かべると、ソーンを見上げて「そうだよな!」と言った。
「確かにそうだよな、ソーンさんスゲエ」
「私が凄いのではなく、お前が適当すぎるんだ。いいか、魔道具用の工具の確認はまずここを見る」
ソーンは店主から工具を受け取って、全ての工具について用途や使い方も含めベラスタに説明する。ベラスタは目を輝かせて身を乗り出し、興味津々にソーンの話を聞いていた。時折挟む質問は的確で、ベラスタがちゃんとソーンの話を理解しているからこそのものだ。
話が白熱しそうになったが、途中で気が付いたソーンは空咳をして適当なところで説明を終えた。
「この工具だけ別のものに変えてくれ。動きが悪い。これを店頭に出せばこの店は信頼を失うぞ」
気を付けろ、と言いながら一つの工具を店主に付き返す。驚いた顔でソーンとベラスタの会話を聞いていた店主は、どこか茫然とした面持ちで頷くと、再び店の奥に消えた。
たった一つの工具を交換するだけなのに、店主が戻って来たのは、ベラスタから投げかけられる矢継ぎ早の質問に全て答えた頃だった。
「これ、これなら多分大丈夫だと思いますよ!」
自信満々に店主は工具をソーンに手渡そうとする。頭痛を堪えるような顔で、ソーンは「私じゃない」と首を振った。
「ああ、そうだった、これは坊主のものだったな」
「坊主じゃないし、ベラスタだし」
「そうだ、ベラスタだった」
店主は豪快に笑って工具をベラスタに手渡す。ベラスタは物覚えが早いようで、ソーンが教えた手順に従って工具の状態を確認した。今度は問題なく動く。満足したように頷いたベラスタは今度こそ金を店主に支払った。
「ソーンさん、ありがとうな! また会えたら色々教えてくれよ。すごく説明わかりやすかった」
「わかった。お前は色々とやらかしそうで怖いからな、最初のうちはちゃんと師匠を見つけておけ。もし誰も手が空いていないというのなら、私も時間が取れる範囲で相手してやる。居るかは分からんが、必要ならここへ連絡を」
ソーンはベラスタの頭を軽く撫でると、紙片に自宅の住所を書いて渡す。敢えてそこには家名は書かずにおいた。ベラスタには“ソーン・グリード”ではなく“魔術の事を教えてくれるソーン”という存在でありたいと、何故かそう思ってしまった。
「わあ、ありがとうな! 今度遊びに行くよ」
「――忙しいと言っただろう」
ベラスタの言葉に眉根を寄せるが、嫌な気分ではない。
待ち合わせているから大丈夫だというベラスタを表通りまで送ることにして、ソーンは魔道具屋の扉を出る。戸口まで送りに出てくれた店主は、どこか嬉しそうな顔でソーンに礼を告げた。
「旦那のお陰で、あの工具の確認方法が分かったんで、在庫も全部確認しておきますよ」
「――――別に礼を言われるようなことではない」
ソーンは冷たく言い放つ。しかし、悪い気持ちではなかった。
表通りでベラスタとは反対方向に歩き出す。今朝、自宅を出た時に抱いていたやり場のない怒りと恨みは何時しか消え去り、心は軽くなっていた。
今日は久しぶりに、良く眠れそうだと思った。
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