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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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6. フォティアの屋敷 3


部屋を出たリリアナは、最初に自分の部屋だった場所が誰に占拠されているのか、確認することにした。夜遅いこともあって、廊下に人気はない。使用人たちも部屋に戻って休んでいるに違いない。

その部屋は、屋敷の中でも日当たりの良い場所にある。リリアナが幼い頃から、そこはリリアナの私室だった。四歳になって本格的に王太子妃教育を初めてからは王都郊外の屋敷に移ったため、実際に暮らした時間は短い。それでも多少、思い入れはある。


扉の前に立って、気配を探知する。どうやら人はいないようだった。そっと扉を開けて隙間から中に入る。置いてあった家具や小物は全て片付けられていて、リリアナの記憶とは全く違う内装になっていた。


(徹底的ですわね。まるで、わたくしが暮らしていたことなど()()()()かのよう)


思わず溜息が漏れる。気に入りの服や宝飾品(アクセサリー)、書物は全て王都郊外の屋敷に持ち出しているから問題はないが、リリアナの存在を払拭したいとでも言わんばかりの所業には呆れが勝る。

それにしても――とリリアナは再度室内を見回した。


(てっきり、この部屋はお母様がお使いになられるのだとばかり思っておりましたけれど――違うようですわね)


先ほどのクライドの様子を見れば、リリアナから部屋を奪ったのは母だろうと見当がつく。だから母親が、一番居心地の良い部屋を使うのだと思っていたのだが、その気配はない。仮に彼女が二部屋使うつもりで、今リリアナが居る部屋を予備とするのであれば、幾らかは母親の持ち物が置いてあっても良いはずだ。それがないと言うことは、


(もしかしたら――おじい様かおばあ様のお部屋になさるおつもりかしら)


リリアナは小首を傾げる。

寝台の大きさは二人寝られるほどであり、椅子も二脚。ソファーは客人を招くことを想定してか、四人が腰かけられるよう配置されていた。

母親の魂胆が分からないが、いずれにしてもリリアナを毛嫌いしている母が一層リリアナを排除したがっているのは明らかだ。それならば今回の披露宴にも呼ばなければよかったのに――と思いつつも、さすがにそこまで我を通すことはできなかったに違いない。


(お父様も、()()()()()される術は非常によく心得ていらっしゃいますもの)


平たく言えば、外面が良い。

三大公爵家の一人であり宰相も勤めている父は、とても評判が良い。王宮で王太子妃教育を受けているリリアナの耳にも、その評判は届く。どうやらクラーク公爵家は仲睦まじく、清廉潔白で、頭脳明晰な跡継ぎたちにも恵まれている――そうだ。その実態は兎にも角にも、さすがは“青炎の宰相”――完全無欠の宰相と恐れられているだけはある。


(尤も、周囲の評判を落とす真似をしないよう圧力(プレッシャー)をかけられておりますし――わたくしも、お兄様も。ご期待に沿わねばと、精一杯励んでおりますが)


父親の冷たい視線は思い返すだけで背筋が凍る。もしクラーク公爵家の評判に傷をつけたら――そして、父の思惑に背いたら、どうなることか。考えるだけで空恐ろしい。王太子殿下からの婚約破棄、そして破滅ルートというゲームのシナリオ以外にも身近に恐怖は存在している。

勿論、それを自覚したのは記憶を取り戻したからだ。取り戻さなければ、リリアナにとっての全世界であるクラーク公爵家の現状を冷静に分析することなどできるはずもなかった。


(――ここで得られるものは特に何もなさそうですわね。次は――まだいらしてないと聞いた、お父様のお部屋と執務室でも見てみましょうかしら?)


クラーク公爵は完全無欠と揶揄されるだけあって、魔力も段違いだ。今のリリアナと比べてどちらか優れているのか判断はつかないが、下手を踏まないためには、父親が来る前に部屋を捜索しておくべきだろう。

リリアナは早速、父親の私室と執務室に向かった。


*****


滅多にこの屋敷には寄り付かない父親の代わりに、執事のフィリップが執務室を使っているようだ。

そうと気づいたのは、執務室に忍び込んだリリアナの目に、明らかに執務中と分かる卓上が目に入ったからだった。ウォールナットで出来た重厚な執務机の上には大量の書類が置いてある。覗き込めば、領地経営に関する書類であることが分かった。綺麗に整理しファイリングされている書類を手に取り確認する。


(収支報告書、請求書――まあ、やはりわたくしへの誕生日プレゼントはフィリップが手配したもののようですわね。他にも土地政策推進要綱素案、産業基盤整理条例案、それからこれは――流通政策素案? 随分とたくさんあるわね)


一介の執事にしては、領地経営に踏み込みすぎだ、と思ったところでリリアナは悟った。

どうやらフィリップは家政を司る家宰の役割も兼任しているらしい。執事と家宰には別の者を充てる貴族が多い中で、父である公爵は無駄を嫌ったのかもしれなかった。

他にも、屋敷に勤める使用人たちの雇用に関する書類もある。

大量の魔術書を短期間で読んだ経験を生かし、リリアナはあっという間に卓上の書類全てに目を通した。領地経営に関しては、特に気にかかる点はない。重要な書類は最終的にクラーク公爵本人が確認していることも把握でき、リリアナは安堵の溜息を洩らした。


(それから収支報告書――お母様のドレスや宝飾品の出費が大きいことが問題でしょうかしら。これはしばらくはまだ大丈夫のように思えますけれど。それから、あともう一つの懸念事項は、この屋敷の使用人ですわね)


リリアナは考え込む。部屋から見えた炊事場の様子から、使用人の数が異様に多いと思っていたが、リリアナの予想通り、その大半は今回の披露宴に際して臨時に雇われた者たちだった。その大半は領地に住む領民たちで、安価な賃金での奉公を強いられている。勿論、契約書の類はない。恐らく領主としての強権を発動したのだろう。


(ただ、その理由は変わらず分かりませんのよねぇ……同じ地域からまとめて雇ったというのも妙ですし)


新たに雇われた従業員たちは、ほとんどが二地域に住んでいたようだ。リリアナは聞いたことも見たこともない村の名が記してある。契約書があるとは思っていなかったが、せめて覚え書や信書があれば良かった。そうすれば、どのような思惑があるのか予測も立てられたに違いない。


(そうだわ、信書なら執務室よりも私室に置いてある可能性がありますわ)


執務室の状況から考えて、母親が直接関わっている可能性は低いだろう。何かを知っているとしたら執事(フィリップ)だ。


(でも、今はきっと彼も自室におりますわね。日を改めて、今日はお父様の私室と――おじい様方のお部屋を確認して終わりましょう)


リリアナは執務室から撤退し、すぐ隣にある父親の私室へと足を踏み入れた。


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