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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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33. 悪因悪果の実 10


王都近郊の屋敷に戻ったリリアナは、私室の鏡に向き合ってベン・ドラコから貰った魔道具の宝飾品を眺めていた。


「壊れるのも勿体ない気がしますわねぇ」


本来の用途を考えれば身に付けておくべきなのだろうが、どのみち明日の朝には壊れるだろうとベンが言っていた。それならば付けていたところで意味はないのではないかと思いながら、リリアナはネックレスと耳飾りを外してアクセサリー箱に入れる。

ふと気配を感じてリリアナは顔を上げた。窓に視線を向けると、わずかに開いた隙間から黒い獅子が室内に入り込んで来る。一時期は殆ど来なかったというのに最近は会う頻度が高いと思いながら、リリアナは口角を上げた。


「最近は良くいらっしゃいますのね」

『しばらくは暇になるからな』


アジュライトはあっさりと答える。紫と緑が混じった瞳はリリアナが触れているアクセサリー箱に向けられていた。リリアナは首を傾げる。


「どういたしましたの?」

『今、何を仕舞ったんだ?』

「――ああ、」


どうやらアジュライトはベンがくれた魔道具が気になったらしい。リリアナは収めたばかりのネックレスと耳飾りを取り出してアジュライトの鼻先に掲げてみせた。


「わたくしの魔力が最近増えましたから、余分な魔力を吸収する魔道具を頂いたのです」

『なるほど――吸収、な。それなのに箱にしまうのか? 身に付けていなければ効果はないだろう』


アジュライトは僅かに目を細める。その言いざまに違和感を覚えてリリアナは小首を傾げた。


「まあ、この魔道具をつけていれば、わたくしの体調不良が治るとでもお思いになりますの?」

『そうさな――ざっと、この大陸の石を掘り尽くせばあるいは足りるかもな』

「全く足りないということではありませんか」


アジュライトの言葉を聞いたリリアナは苦笑を漏らして再び宝飾品を箱に戻す。そして箱自体も棚に収めた。リリアナは本を手に取りソファーに腰掛ける。アジュライトはリリアナの足元に座り込んだ。

逡巡し、リリアナはずっと気になっていたことを尋ねるべく口を開く。


「アジュライト」

『なんだ』


真剣な声で名を呼べば、アジュライトは顔を上げる。その瞳を見下ろし、リリアナは一つの疑問を口にした。


「貴方はわたくしの体内にある魔力を制御することができるのでしょう」


それはずっとリリアナが考えていた一つの可能性だった。リリアナが体内の魔力を制御できず体調を崩した時、アジュライトが傍に居てくれたことは何となく記憶がある。そして、一介の医師や魔導士では打つ手がなかった状態があっという間に改善した。

間違いはないと確信してはいたが、案の定アジュライトはあっさりと頷いた。


『できる』

「それでしたら、わたくしがこの力を制御できる術を教えては頂けないかしら」


他者の魔力をいとも簡単に制御できるのだから、自分でどのように制御すれば良いのかもアジュライトは理解しているはずだ。そう確信していたリリアナに、アジュライトは少し考える素振りをみせた。


『なるほど、自分でその魔力量を制御する――か。確かに出来ない事はないだろうが、何故そう考えた?』


アジュライトは面白がるような口調だ。リリアナは小首を傾げた。まさか理由を尋ねられるとは思っていなかった。


「わたくし、死にたくはございませんもの。魔力量が多ければ心や体が傷つく――果ては死に至ると申しますが、その理由は魔力量の多さではなく、制御不良によるものではないかと考えていますのよ」


リリアナの説明を聞いたアジュライトは目を瞠ったが、すぐに喉の奥で笑った。くつくつと笑いながら楽し気にリリアナの言葉に一々頷いて見せる。


『死にたくない、か。それに制御不良とは、確かに良い着眼点だ』

「あら、正解でしたかしら?」

『あながち間違ってもいないな』


完全に正しいわけではないが、着目した点としては正しかったらしい。リリアナはアジュライトを見つめる。黒獅子は一頻り笑った後、顔を上げて『わかった』と答えた。


『そういうことなら、教えてやろう。なに、お前のことだ。すぐに身に付けられるだろう』

「買いかぶりすぎですわ」

『俺は本当に思ったことしか言わない』


アジュライトはあっさりとリリアナの謙遜を一蹴し、四つ足で立ち上がる。そしてリリアナに手を出すよう促した。


『早速、やってみるとしよう。目を閉じて感覚を研ぎ澄ませ』


少しコツが必要だ、と、リリアナの手に前足で触れたアジュライトが告げる。リリアナは目を閉じて体内にある魔力を感じ取るよう意識を傾けた。

膨大な魔力の表層は身に馴染んだ魔力だが、その内側はこれまでの人生で感じたことのない魔力だった。恐らくこれが“新たに増えた魔力”なのだろうと見当を付ける。


『魔力を認識しやすいように調整した。自分の体のどこに増えた魔力があるか、認識できるか?』

「ええ、恐らく――わたくしが元々持っていた魔力に包まれるようにして存在しているものが、異質のように感じますわ」

『正解だ』


アジュライトは頷く。ふと湧いた違和感には一旦蓋をして、リリアナは更に神経を研ぎ澄ませた。

体の表層に近い部分は元々持っていた魔力と新しく増えた魔力が完全に分離している。しかし、体の中央に近づくにつれて両者の境界は曖昧になり、やがて完全に混じり合ってしまう。


『暴走するのは分離している状態の魔力だ。つまりこの魔力を完全に混合してしまえば、魔力制御できるようになる』

「――これだけの量を?」


リリアナは眉根を寄せたが、すぐに意識を切り替えた。体内に存在している二つの魔力を馴染ませ攪拌させるような気持ちで、少しずつ体内の魔力を動かす。しかし、少しだけ挑戦したところで気分が悪くなってきた。内臓がひっくり返るような吐き気が襲ってきて、アジュライトに触れていない方の手で咄嗟に口を抑える。

アジュライトはもう一方の前足でリリアナの膝を軽く叩いた。慰めているつもりらしい。


『初めてで出来ること自体、見事だ。慣れるまでには時間が掛かるだろうから無理はしない方が良い』

「――確かにこれは、すぐに全ての魔力を馴染ませることは難しそうですわね」

『時間は掛かるだろうが、それまでに体調が悪くなるようなら俺が対応してやる。だから焦る必要はない』


アジュライトの言葉は、ゆっくりとリリアナの心に染み入った。目を開けて優しく微笑み礼を言う。


「助かりますわ。ありがとう、アジュライト」

『気にすることはない』


リリアナの謝意を聞いたアジュライトは一瞬目を落としたが、すぐに何でもないように答える。そして再びアジュライトが床に寝転んだのを確認して、リリアナは再び目を閉じ、体内の魔力に意識を傾けた。



*****



ここ数日静まり返っていた魔導省は、その日は少しざわついていた。

半数とまでは言わないが、多くの魔導士が何らかの罪で騎士団に連れ去られたため、一人当たりの仕事量が増えたのだ。早く人を増やして欲しいとは大半の魔導士たちが願うことだったが、長官であるバーグソンが反逆罪で捕らわれ魔導省長官の座を罷免された今、新しく魔導士を雇うにも時間が掛かると分かっている。

しかし、今日はバーグソン元長官が居なくなってから初めて講堂が使用される。

魔導省の講堂は、一番広く魔導士全員を収容できる。著名人を招き講演会を開いたり、魔導士たちの研究結果を発表したりする時に利用されて来た。だが、今日の午後何故魔導士たちが講堂に集められるのか、知っている者は誰も居なかった。

ただ、風の噂では新しい長官が任命されるのではないかと囁かれている。


そして魔導省の奥まった通路を、副長官のソーン・グリードは一人難しい表情のまま歩いていた。


「副長官、あの――」


一人の魔導士が恐る恐る声を掛けて来る。ソーンは苛立った表情のまま振り返ったが、そこに居る魔導士の顔を認めて僅かに表情を緩めた。


「何の用だ」


ソーンの反応を見た若い魔導士はほっと安堵の息を漏らして体から力を抜いた。周囲を気にするように視線を巡らせ、人気がないことを確認してから声を潜める。


「その――例の魔導石の件なんですけど」


途端にソーンは顔を顰めた。不用意な発言を咎めるように若い魔導士を睨みつける。

この時期に魔導省でその話題を口にすることは、あまりにも無謀だった。ソーンとしては不正をしたつもりはないが、傍から見れば間違いなく横領と受け取られかねない行為だった。


「――その話は今ここでするには不適切だろう」

「あ、はい、でもその、お得意様から直接ご連絡があったんです」

「なんだと?」


ソーンは目を瞠る。若い魔導士が言う“お得意様”とは、ソーンが魔導石を売っている相手だ。元々はバーグソンの個人的な知り合いだったらしいが、ある日“お得意様”から魔導石を融通して欲しいと頼まれたバーグソンがソーンを引き込んだ。

横領ではないか――という疑惑が頭を過らなかったとは言えない。しかし、一歩間違えれば不正に繋がりかねない仕事を正規の仕事とするのはソーンの役目だ。多少部下や文官たちに無理を言うことになったものの、書類上から違和感を読み取れない程度には道筋を整えられた。とはいえ、あまり大声で触れ回るようなものでもなかった。

そして融通を依頼して来た“得意客”も個人的にソーンに接触して来ることはなかった。一体何を考えているのかと、ソーンは眉根を寄せる。


「手短に話せ」


言葉少なに命じると、部下は生唾を飲み込んで頷いた。


「は、はい! その、魔導石が足りないとかで――次回の納品分から量を増やして欲しい、と」

「なに?」


ソーンは顔を顰めた。どこの誰だかは知らないが、かなりの無茶を言うものである。

定期的に納品している魔導石は、それなりの数に上る。一度に融通する数としては最大限の譲歩だ。更に、魔導石もそこら辺に転がっているものではない。質の良い石を選び、それに魔導士が魔力を注入することで出来上がる。つまり、魔導士の人数が激減した今、これまで通りの量を定期的に納品すること自体難しい。

魔導省の大半が横領等で更迭されたという噂は社交界にも広まっているはずだ。得意先が貴族であればその事情も承知しているに違いない。もし仮に相手が貴族でありながら、魔導石を増やすよう指示を出して来ているのだとすれば、悪い意味で貴族らしい貴族だった。しかし商人など富を持つ庶民であれば噂を知らないに違いない。


「難しいと答えろ。それでも譲れないと言うのであれば、納品時期に関して交渉したいと返事を出しておけ」

「分かりました」


若い魔導士は真面目な顔で頷く。彼は踵を返すと、ソーンの元から足早に立ち去った。

その後ろ姿を見送り、ソーンは自覚のないまま溜息を吐く。


講堂に集まらなければならない時間まで、まだ少し余裕がある。それまで、ソーンは副長官室で荷物の整理をしておくつもりだった。

もし噂通り本当に今日の午後新しい長官が任命されるのであれば、指名される可能性が一番高いのはソーンである。そうなれば副長官室から長官室に移らなければならない。副長官室も広くてそれなりに使い勝手は良いが、長官室と比べると質素で地味であり、多少手狭だ。

優秀な自分には二番手の象徴である副長官室よりも、栄えある長官室の方が相応しい。

ソーンは心の底からそう信じていた。



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