33. 悪因悪果の実 9
オースティンとの稽古を終えて執務室に戻ったライリーは、汗を拭うと小さく息を吐いた。椅子に座って侍従に茶を持って来るように頼む。しばらくして運ばれて来た毒見済みの茶を一口飲み、ライリーは少し気分が落ち着いたことに気が付いた。
昔から、感情がどうにも御せなくなった時には剣を持つ。趣味らしきものはあまりない。それほど他に興味を持つこともなかった。敢えて言うならば、オースティンとの手合わせの時とリリアナと政務の話をする時くらいが楽しいと思える時間だ。
「一日も持たない、か」
ふと集中を解いて頭に蘇るのは、ベン・ドラコがリリアナのために持って来た魔道具の宝飾品だった。身に付けて入れば余分な魔力を吸い取ってくれるらしいが、リリアナの体内にある魔力はそれ以上に膨大だった。ずっと身に付けていれば、明日の朝には壊れてしまうとベンは言っていた。
「――簡単に言ってくれるな、オースティン」
オースティンは詳細こそ知らないものの、間違いなくライリーの鬱屈した心境に気が付いていた。だから途中で挑発するような言葉を選び、ライリーに感情のままぶつかって来いと遠回しに誘ってくれたのだ。
ライリーは王太子だから、普通に手合わせに誘えば相手は委縮し勝ちを譲ろうとしてしまう。それでは剣技の才も伸びないし、ただ苛立ちが溜まるだけだ。そして同時に、ライリーの剣術に対応できるほど強い者はそれほど多くない。騎士団の中でもライリーの実力に見合うのは魔導騎士たちが集まる二番隊と、実力主義と名高い七番隊くらいだろう。
結果的にライリーが声を掛けられる相手はオースティンだけ、という状況だった。それが嫌だと思ったことはないが、オースティンには申し訳ないと感じてはいる。
とはいえ、今回の件に関しては話は簡単ではなかった。リリアナのことが心配で王宮に留め置きたいと思うのは当たり前だが、万が一彼女の魔力が暴走した場合、王宮に居ては被害が甚大になる。王都近郊の屋敷でさえも、王都に被害が及ぶ可能性があるのだ。
王太子として、ライリーはこの国を護らなければならない。だが同時に、リリアナと一生を共に過ごしたいと願う私人としてのライリーは国など捨て去りリリアナの傍に居たいと思ってしまう。
「こんな時に、お祖父様のお言葉を思い出すなど思わなかった」
重苦しい溜息を吐き出す。
先代国王は賢王と名高い人だった。英雄として貴族からも民衆からも慕われていた。ライリーも幼い頃は尊敬し憧れた存在だった。
「特別な存在を作ってしまえば、国と大切な存在を天秤に掛けた時に迷いが生じる――――、か」
ライリーの祖父は繰り返し、ライリーに王の何たるかを語ってくれた。まだ幼いライリーにとっては祖父が自ら打ち立てて来た英雄伝の方が楽しかったが、その合間に語られる“王の資質”はライリーが目指す“理想の王”という像を確固たるものにした。
それが崩れたのは、ライリーが八歳の時だった。父ホレイシオの病床に呼ばれ、祖父が賢王ではなかったと教えられた。困惑、悲哀、憤怒と様々な感情がライリーを襲ったが、いつしか隣にいるリリアナが自分の理想のように思うようになった。
「お祖父様の理想とする君主像を、サーシャが体現しているように思ったんだよ」
集中できない書類を机の上に置き、ライリーは目を閉じた。
小さいころからリリアナは落ち着き払った子供だった。当時はライリーも疑問には思わなかったが、思い返せば違和感があるほど泰然自若としていた。知識も豊富だし頭の回転も良い。尋ねれば打てば響くように的確な答えが返ってくる。
「でも――違うと、思った」
しかし、リリアナには何もなかった。
趣味がないと言えども、王太子でなければ騎士になっていたと思うほどライリーは剣術が好きだった。しかしリリアナには、それがない。
魔術に興味があるようだと思っても、リリアナは何かあればすぐに魔術の研究から手を引くような、どこか達観したところがあった。
何事にも、何者にも執着しない。
それはいつしか、リリアナ本人にも向けられる感情のような気がして――そしてもしその感情が自身に向けられた時、リリアナは呆気なく自身の命を手放すのではないかとすら思えて、ライリーはそれが怖かった。そしてたとえリリアナを失ったとしても、それを“国のためだから仕方がない”と切り捨てて過去の思い出とするなど、出来る気がしない。そして、そんな人間になりたいとも到底思えなかった。
だが、いつまでも鬱々と考えていたところで事態は何も変わらない。今できることがあるのであれば、その時の最善を尽くす――それがライリーにできる唯一のことだった。
「バーグソンと呪殺か……」
ライリーは目を伏せて考える。呪殺――それも禁術である隷属の呪い使ったというのであれば、それができる術者は限られている。基本的に魔導士の勤務先は魔導省や各領の騎士団、神殿と相場が決まっている。治癒魔術が得意な魔導士は修道院や教会に身を寄せることもあるが、いずれにしても彼らは存在がある程度把握されている。つまり禁術を使えないように統制もされている。完璧ではないが、監視の目を潜り抜けて禁術を他人に施すなど並大抵のことではできない。そして、それができるような魔導士は必ず報告が上がって来る。
「でも、該当する魔導士はいない――か」
改めてライリーは先ほど卓上に置いた書類に目を落とした。
これまで顧問会議や国王、ライリーに提出された報告書を全て見返したが、ニコラス・バーグソンに隷属の術を掛けられるほどの才に恵まれた魔導士はいなかった。例外はベン・ドラコとペトラ・ミューリュライネンだ。疑惑は頭の片隅に置いておくが、その二人以外に禁術を扱える人物かがいるはずだと、ライリーは確信していた。
尤も、どこにも勤めていない有能な魔導士を一人、ライリーは知っている。だが彼は国王に掛けられた呪術を解き、バーグソンの捕縛に協力してくれた。
無実だと断言はできないが、犯人であるとは言えない。
「可能性は、大公派の貴族が秘密裏に抱えている魔導士かな」
こめかみを抑えて、ライリーは少し考えた。気に掛かるのは、ベン・ドラコが嘗て調査した報告書に書いてあった“禁術の研究”を実際に行っていた者が見つからなかったという知らせだ。上手く隠されたのか、それとも禁術と認識できないほど部分的な研究しかなされていなかったか。
「バーグソンの交友関係をもっと詳しく探る必要がありそうだな」
バーグソンが親しくしていた人物だけではない。彼の知人の知人という線もあり得る。
「禁術に触れられる者と考えると、異国の魔導士――もしくは」
禁術が書かれた書物に触れる機会がある、高位貴族。
候補はそれほど多くない。
*****
王都のとある館で、ドラコ家の末弟ベラスタ・ドラコは悲鳴を上げていた。手に持っていた食器ががちゃんと音を立てて皿の上に落ちる。食器を下げていたポールが座ったままのポールを見やり眉根を寄せたが、ベラスタはそれどころではなかった。
「うっそだろ!? まじで、まさかソレ本気だったわけ!?」
冗談きついよ、と嘆く少年の前で、冷めた表情のまま「本当です」と答えるのは執事のポールだった。王都に構えられたベン・ドラコの私邸で二人は同じやり取りをもう何度も繰り返している。
「頼むから嘘だと言ってくれよ、ポール!」
「本当です。というかいい加減しつこい、おやつ抜くぞクソガキ」
執事の仮面を脱ぎ捨てたポールは冷たい口調で突き放すように言った。するとベラスタの顔が更に泣きそうに歪む。
「それはもっとやめて! 今日のおやつってオベリオスだろ? オレの好物!」
「成長期だから昼食は食べさせて差し上げたでしょう。勿論夕食も出します、抜くのはおやつだけです」
「おやつがオレの生きがいなのに!!」
オベリオスは東方から伝わって来た菓子だ。詳しく聞けば元はパンだと言うのだが、薄くカリカリとした触感は寧ろクッキーに近いものがあった。その菓子がスリベグランディア王国に入って来てすぐ、ポールはドラコ家で作る菓子の一つに取り入れたのだ。オベリオスは庶民にも親しまれているため、貴族を顧客として取り込むため“ワッフル”と呼び名を変え売り始めた商人もいるらしい。
しかし、ポールは泣き落としを掛けて来たベラスタに一切の同情を見せなかった。
「分かってるなら無駄な抵抗は止めて大人しく勉強に励みなさい。たとえベンの弟だからといって手加減はされませんが、かといって不合格になれば貴方のやる気がなかったものとして暫く魔術と呪術の研究を禁ずると言付かっています」
「横暴だ!」
怒っても泣き落としをかけても一切通用しないポールに、さすがのベラスタも心が折れ始める。
ベラスタは喚くのをやめて、ぶすっとした表情で上目遣いに目の前のポールを睨んだ。
「……分かったよ。分かった、でもそれならタニアは? タニアも一緒なんだよな?」
どこか縋りつくような目を向けるが、現実はベラスタに無情だった。ポールはベラスタの期待を十分認識しながらも、あっさりと首を振る。
「ベン様はベラスタ様のお名前しか出されていませんでしたよ」
その台詞を聞いた瞬間のベラスタの顔こそ見物だった。酷い衝撃を受けたように顔を真っ青にし、わなわなと震える。一瞬の沈黙の後、再びベラスタは叫んだ。
「なんでだよ! オレとあいつは一蓮托生だろうが!」
おや、とポールは片眉を上げる。そしてわざとらしくも感心したように両手を叩いてみせた。
「難しい言葉、良く知ってましたね」
「オレをバカにしてんの!?」
「おや、どうやら語学の能力も上がったようです」
「ひでえ!」
ベラスタはポールのつれない言葉に嘆き、テーブルの上に突っ伏した。その直前に、ポールはベラスタの前にあった食器を手早く自分の方に引き寄せている。
今回ベラスタが一人で王都のベン・ドラコ邸を訪れたのは、ベンから王都へ来るようにと手紙を受け取ったからだった。何故突然そのようなことを言い出したのかは分からなかったが、詳しくはポールに聞けという指示はあったので、ベラスタも深く考えず王都にやって来たのだ。
そして待ち受けていたポールから伝えられた内容は、ベラスタが全く予想だにしていないことだった。
「でもさ、オレまだ十二歳だぜ。それなのに魔導省の入省試験受けるとか――どれだけ成績良くても受け入れられるわけないだろ、普通は十五歳になってからじゃないの」
テーブルに突っ伏したまま、ベラスタは納得がいかないと文句を垂れ流す。食器を下げ終えたポールは、ベラスタのつむじを眺めながら僅かに慰めるような声を出した。
「普通はそうですが、必要となれば成人に達していなくても入省できますよ。ベン様が入省されたのは十三歳の時ですから」
「それはドラコ家の人間が一人も魔導省に入ってなかったからだろ」
「さすがにもう誤魔化されてはくれませんね」
ぶすっとした声音で反論され、ポールは苦笑いする。ベラスタは更に額を強くテーブルへ押し付け、ぐりぐりと頭を動かした。
「ポールの中でオレってどんだけ子供なんだよ」
「成人じゃないから魔導省には入れないと言ったその口で、次の瞬間大人扱いをして欲しいとは、なかなか厚かましいですね」
「そうじゃなくて。まだ十二歳なのに、オレに魔導省の入省試験受けろっていう方がおかしいだろって話。なに企んでるんだよ」
大きな溜息を吐いたベラスタはのろのろと顔を上げる。そして真っ直ぐにポールを見つめた。その紫の瞳は、事実を教えて欲しいのだと雄弁に訴えている。しばらく無言で互いを見つめ合っていた二人だが、先に折れたのは珍しくポールだった。もしかしたらポールもベラスタに無理を言っているという意識があったのかもしれない。
「――企んでいるわけではありませんよ。私も、ベン様も――それ以外に方法があるのであれば、まだ貴方には自由でいて頂きたかった」
どういうことだ、とベラスタは眉根を寄せる。ポールは真面目な表情でベラスタを真っ直ぐに見つめ、はっきりと告げた。
「詳細をお話することはまだできません。しかし、近々魔導省は人手不足になります。三分の二から半数程度に魔導士が減るでしょう」
「半分!?」
さすがにベラスタも驚き目を瞠った。わずかに背を反らせ、その驚きを露わにする。しかしポールは冗談を言っているようには見えなかった。静かに頷いて嘘ではないと断言する。
「人手が足りない時に、なんでも良いから補充しようとすれば、どうなると思いますか?」
「えー?」
突然投げかけられた質問に、ベラスタは戸惑うように眉根を寄せた。ベラスタも決して愚かではないが、十二歳の彼は魔術と基礎的な学問を学ぶことで手一杯で、帝王学のような発展的科目は習っていない。それでもベラスタは彼なりに考えて答えを出そうと思った。
「バカが一杯来る?」
「半分正解です」
てっきり否定されるかと思っていたベラスタは、あっさりとポールに褒められて目を丸くした。ポールはそんなベラスタを見て眉を寄せ「なんですか」と問う。ベラスタは慌てて首を振った。
「なんでもない」
「そうですか」
以前、似たような状況に陥った時にベラスタは素直に思ったことを告げてしまった。そしてそのせいでポールを怒らせてしまい、おやつ抜きになったのだ。幸せそうにお菓子を頬張るタニアを横目に酷く悔しかったのを覚えている。
そして今、ポールは不審な態度のベラスタを問い詰めるつもりはない様子だった。
「魔術が使えない人間が大量に来る、という可能性は簡単に想像できます。ある程度は試験で足切りできますが、仕事を回すために最低限必要な入省者を確保しようとすれば、必然的に質の悪い魔導士も入省することになるでしょう」
ベラスタは難しい表情で黙り込んだ。ポールの言葉を自分なりに咀嚼し理解する。
「分かった。それで、他には?」
ポールは頷くともう一つの可能性を口にする。それは、非常に政治的な話だった。
「今、王宮が二つの勢力に分かれているのは知っていますか」
「え? 勢力?」
予想外の言葉だったせいか、ベラスタは目をぱちくりと瞬かせる。習ったわけではないが、一応話として耳にしたことはあった。
「確か、国王派と大公派? とか聞いた気がするけど」
「そうです。国王派は王太子殿下――つまり、ライリー・ウィリアムズ・スリベグラード殿下を支持する貴族たちのことを指します。一方、大公派は先代国王の庶子であるフランクリン大公を次代の王とすべきとする貴族たちです」
今、有力貴族の大部分は国王派だ。しかし、一部の大貴族と北部を収める領主の大半は大公派だった。普通に考えれば大公派の勢力が勝っているわけではない。かといって国王派が盤石な地位を築いているかと問われると、答えは否だった。
「庶子――って、普通なら王太子殿下の方が正当な血筋なんだからって言われるところじゃねえの?」
「その通りです。――普通なら」
意味深な言葉に、ベラスタは不思議そうに目を瞬かせた。少年の不可思議そうな表情を見て、ポールは少し考えた。そして「少し本題からはずれますが」と前置きをする。
「先代国王陛下の妃はただお一人、カロライナ様でいらっしゃいます。しかしながら、同時に妾も多く囲っていらっしゃいました」
「――めかけ」
「愛人とでも言いましょうか」
複雑な表情のベラスタに、あっさりとポールは注釈を入れる。ベラスタは居心地悪そうに「知ってる」と仏頂面で答えた。ポールは一つ頷くと、更に言葉を続ける。
「妾の多くは大して爵位の高くない貴族の出、もしくは平民でしたから問題はありません。ただし、フランクリン大公の母君であるマルガレーテ様は名門チェノウェス侯爵家のご令嬢でした」
「チェノウェス?」
「ええ、今はもうありませんが」
聞いたことのない家名だと眉根を寄せるベラスタに、ポールは当然だと頷いた。
――今はもうない。それはつまり、チェノウェス侯爵家は取り潰しになったという意味でもある。だが爵位はそう簡単になくなったりしないはずだ。
しかし、ポールの答えは簡単だった。
「先代陛下の御世に起こった政変で、反逆を謀った咎で裁かれたんですよ」
「――家は取り潰されたのに、そのマルガレーテ様って人は裁かれなかったわけ?」
「その時は既に身罷られていらっしゃいましたからね」
ポールの言葉にベラスタは妙な表情になった。口をもごもごと動かして「みまかれ……?」と呟いている。ポールは少年を一瞥し、短く「亡くなったということです」と説明する。ベラスタはどこか虚ろに「なるほど」と頷いた。
「そのチェノウェス侯爵家は元々王族の血を引いています。何代前のことかは忘れましたが、どこかで降嫁があったようですね」
「つまり、王家の血を引いてるんだから自分たちの方が王家に相応しいってこと?」
「そういうことです」
難しい表情で唸るベラスタの問いを肯定して、ようやくポールは本題に戻る。
「騎士団は今のところ国王派です。魔導省はこれまで大公派の息が掛かっていましたが、今後は国王派になるでしょう」
そして、人員補充の際に大公派の息が掛かった魔導士が入って来てしまうのは避けたい。その思惑の元、優秀で国王派になり得る魔導士を少しでも確保したいという思惑があるのだ、とポールは説明した。
途中から息を止めて話を聞いていたベラスタは、ポールが説明を締めくくると思い切り息を吐き出した。今度は違う意味で頭を抱えてしまう。
「――てことは、タニアには声が掛からなかった理由って……」
「彼女の性格なら寧ろ魔導省に喜び勇んで入省するでしょうね。しかしこの国ではまだ女性の地位が弱い。そして裏表のないあの性格――どう考えても、腹に一物ある男が利用しようとするでしょうし、無駄に敵を作ることにもなりかねない。それに、さすがのベン様もミューリュライネン様も、貴方とタニアの二人の面倒を見るのは無理です」
タニアはベラスタと同じく魔術の才がある。しかし肉体的にはどうしても男に勝つことはできない。
ドラコ一族に対して思う所のある魔導士はベンやベラスタではなくタニアを狙うだろうし、負けず嫌いの彼女は自覚のないまま他の魔導士たちを煽り挑発する可能性もあった。
「オレが利用されるのは良いって?」
ベラスタは恨めし気に上目遣いでポールを睨むが、ポールはどこ吹く風だ。寧ろ「何を馬鹿なことを」と言いたげな目でベラスタを見返した。
「貴方は不味いことになったと思えば逃げるでしょう?」
「――そりゃ逃げるけど。でも、オレって結構考えなしに話すからダメだって、この前ペトラに怒られたところだぜ」
「少しずつ改善されているという報告を受けていますよ。自信をお持ちなさい」
魔導省の入省試験を受けろというベンからの伝言を聞いた時も、全力で逃げようと思ったほどだ。逃げ出したところで、本気になったベンとポールからは逃れられないと知っていたから無駄な努力はしなかった。
ベラスタは最後まで抗おうとしたが、ポールは容赦ない。がっくりと項垂れたベラスタを慰めるように、ポールは励ましの言葉を続けた。
「貴方は魔術に関することとなると周囲が見えなくなりますが、それでも状況判断は優れているとベン様も認められているのですよ」
ですから安心して魔導省に行ってきなさい、とポールは淡々としている。ベラスタには、どうしてもそれが“地獄に逝って来い”と言っているようにしか聞こえないのだった。
不貞腐れた顔でおやつにオベリオスを食べるベラスタは、苦笑を滲ませながらも優しく自分を見つめるポールの視線に気が付かない。そしてポールもまた、何故タニアではなくベラスタが選ばれたのか、本当のことを教える気は全くないのだった。
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