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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
225/563

33. 悪因悪果の実 7


驚いたように目を瞠るベン・ドラコだったが、ライリーの言葉を問い返すようなことはしなかった。驚愕が失せた後、ベンは訝し気に首を傾げる。


「それは――何故ですか。自害するような男には思いませんが」

「騎士団のスペンサー副団長によると、呪術の類ではないかということだった」

「呪術――」


ライリーは頷いてスペンサーから聞いた話を掻い摘んで説明した。


「遺体は朝食を運んだ看守が発見した。状況は副団長に直接確認して貰わないと分からないが、少なくとも地下牢自体には魔術封じと呪術封じの陣が仕掛けられているし、バーグソン本人にも魔術封じの手枷を付けていたという話だ」

「つまり、体内に仕掛けられた呪術が作動して亡くなった、ということですか」


ベンはあっさりと答えに辿り着く。元魔導省副長官の座に若くして就いた彼は、紛う方なく天才だった。ライリーは驚いた様子で僅かに目を丸くしたが、すぐに嬉しそうに微笑を浮かべる。


「さすが王国随一の天才魔導士なだけあるな。そうだ、副団長は呪殺の可能性を疑っていた。だが、騎士団では詳細を調べることができない。それにこの件は出来るだけ伏せておきたいという思惑もある」

「確かにこのことが広まれば、一部の口さがない人が王家による魔導省乗っ取りの陰謀を噂するでしょうね」

「どちらかというと、乗っ取ろうとしていたのは大公派なんだけどね」


うんざりとライリーは呟いて肩を竦めた。今回ライリーは魔導省の人事に手を入れたが、大公派か王太子派かで人を選んだつもりは一切ない。捕縛された魔導士は多かれ少なかれ不正を働いたり罪を犯したりした者だけで、たとえバーグソンに与していた魔導士でも罪を犯したという証拠のない者には何の嫌疑も掛けていない。

寧ろ、結果的に大公派と繋がりを持ったバーグソンに阿ろうとしなかったベン・ドラコやペトラ・ミューリュライネンを冤罪で追放しようとした派閥の方が、魔導省を牛耳ろうとしていた。


思わず苦い顔になっていたライリーだが、すぐに本題に戻る。

騎士団が管理している地下牢は魔術や呪術だけでなく、当然物理的な攻撃にも十分耐え得るだけの堅牢さと仕掛けを備えている。

ニコラス・バーグソンが死んだ夜、看守はいつものように詰所に居たという。そして看守は、誰一人として牢に入った者はいなかったと証言した。その看守が嘘をついている可能性も否定できないが、実際に何者かが牢に侵入したとしても事実上バーグソンを手にかけることは不可能なはずだった。その状況を鑑みて導き出された答えが“呪殺”だ。

ライリーは表情を改めると、両手を膝の上で組んで僅かに身を乗り出した。


「そこで、ミューリュライネン殿に内密に仕事を頼みたいと思っているんだ。貴方から伝えてくれないだろうか」

「あの男の死因を確認すること、ですね。早目の方が良いでしょうね、あまり時間が経てば残されたものから読み取れるものも少なくなってしまいます。恐らくは隷属の術あたりを使ったのでしょうが――それでもやはり早い方が良い」


ベンの言葉を聞いたライリーは安堵したように表情を緩めた。ベンが快く引き受けたことで肩の荷が下りたのだろう。


「ああ、頼む」

「ミューリュライネンは今日の午後は休みを取ったと言ってましたから、この後すぐに行ってきます」


ペトラは魔導省に復帰してからというもの、碌に休暇を取れていなかった。全てはバーグソンが細々とした雑用を言いつけていたせいだ。その雑用も決して必要なものではなく、ただペトラに嫌がらせをするためだけに作り出されたようなものだった。

そのためバーグソンが捕縛され、彼におもねっていた人々も横領等の罪で連れて去られた後は暇を持て余すことになる。それを見越してか、ペトラは昨夜、素知らぬふりで休暇届を長官の書類に紛れ込ませておいたらしい。それを聞いたベンは、自分にはまだ暫く休暇はないのにと少々恨めしく思ったものだ。


「休暇を潰させるのは申し訳ない気がするけどね」

「また別の日に休ませますから大丈夫ですよ」

「ぜひそうしてくれ」


ベンは肩を竦めた。今はまだ一般魔導士――それも第五位階という、可もなく不可もなくといった立場だ。魔導省に入省した若手は第九位階から始まるが、それなりの年数を勤めれば第四か第五位階までは順調に昇進できる。証拠はなかったものの、反逆罪に問われたベンが第五位階の地位を与えられたのは、偏に追放される前の立場が副長官だったからに違いない。

第五位階ではペトラの休暇に口を出せるような身分ではないが、この後の計画が上手くいけば、ベンはその権限を()()()()()()()()()()()()

言葉にされないベンの考えが分かったのか、ライリーは小さく笑んで頷いた。そして直ぐに、今回の本題を切り出す。


「バーグソン長官の死はしばらく伏せるが、陛下暗殺を企てた咎で魔導省から追放、魔導士資格の剥奪ならびに死罪という扱いにする。バーグソンの後任には貴方を指名するから、そのつもりでいて欲しい」

「予定通りですね、分かりました。恐らく反発する者も少数ながらいるとは思いますが」


ライリーの言葉は、以前彼がルシアンとクライド、そしてベンを呼びつけて語った計画の通りだった。

国王に呪術を仕掛け暗殺を企んだバーグソンを断罪し、同時にバーグソンの傘下にあった魔導士たちが犯した不正を白日の下に曝け出す。

その計画には、ベンが副長官だった頃に秘密裏に調査していた横領や禁術に関わった人物の一覧表が役立った。その一覧表を基に騎士団や王家の“影”、クラーク公爵クライド、エアルドレッド公爵ユリシーズやケニス辺境伯領嫡男ルシアンといったライリーの腹心たちが調査を重ね、今回の大摘発に至ったのだ。


結果的に、ベン・ドラコやペトラ・ミューリュライネンに対して反発心を抱く魔導士のうち、権限や発言力の強い者たちが魔導省から一掃された。まだ彼らの派閥に与する魔導士は少数残っているものの、摘発前とは異なりかなり立場も弱くなったはずだ。


「残ってはいるだろうけど、貴方にとっては取るに足らないほどだと思うよ。それに、上層部が一掃されたことで抑止力も働くだろうしね」


ライリーの言葉に頷いたのはベン・ドラコだけではなかった。リリアナも同意するように僅かに笑みを深めた。

上層部の魔導士たち、それも権力欲と金銭欲に塗れた者が殆ど捕縛され魔導省から追放され、彼らの手先となって動いていた者も魔導省の席がなくなるか降格、減給といった処分をされることになる。ベン・ドラコが長官になることに反発し何かを企んだとしても、明日は我が身とバーグソンたち上層部の顛末を思い返すだろう。

残る問題は、あと一つ。ライリーはにっこりと笑った。


「あとは過去の件が冤罪だと公にするだけだ」


五年前に魔物襲撃(スタンピード)が起こった時、ベンは時の魔導省長官ニコラス・バーグソンの姦計に嵌められた。冤罪だった上に偽証はベンの執事であるポールが握り潰した。結果的に証拠不十分だったため刑罰は受けなかったが、降格と無期限謹慎という処罰を受けた。魔導省に勤める魔導士のうちベンに反感を覚えている者は、ベンが本当に謀反を起こそうとしていたと信じているに違いない。

彼らの疑念を晴らすためにも、当時の事件はベンの企みではないことを明らかにしなければならなかった。


「その点に関してはこちらに任せてくれ」

「――ありがとうございます」


地位や権力には興味がないと言って憚らないベン・ドラコだが、冤罪を掛けられたままというのはやはり嫌らしい。礼を告げるベンに、ライリーは小さく首を振ってみせた。


「礼なら私ではなくリリアナ嬢に。証拠固めに奔走してくれたのは彼女だ」


その言葉に、ベンは目を瞠ってライリーの隣に座るリリアナを見やる。ライリーもまた横を向いてにこにことリリアナの顔を見つめた。二人分の視線を受けて、リリアナは口籠る。居心地が悪そうだったが、気にせずベンは素直に礼を告げた。


「そうか。ありがとう」

「――大したことはしておりませんのよ。でも、お心遣い痛み入ります」

「君が手を貸したということは、魔術を使うようなことをしたのかな?」


ベンが興味津々に身を乗り出して尋ねる。ベンにとってリリアナは魔術や呪術の研究仲間だ。そのため、彼女が力を貸したと聞けばほぼ当然のように魔術と関連付けて考えてしまう。

しかしリリアナは曖昧に微笑んで首を傾げてみせた。


「そうとも違うとも申し上げられませんわ。申し訳ございませんが、ご容赦くださいませ」

「そうか、残念だな」


心の底から落ち込んだ様子でベンは呟く。肩を落としていたが、執拗に尋ねるつもりはない様子だった。リリアナは変わらぬ笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「その日を楽しみにお待ちくださいね」

「分かった、楽しみにしていよう」


ベンは真面目な顔で頷いた。ライリーも楽し気にしている。ベンはライリーに視線を移した。


「殿下はご存知なんですか?」

「それは勿論。私が貴方を長官に任命するからね」


当然把握していないと問題だろうとライリーが言えば、納得したようにベンは頷く。

ライリーは自信満々に、確信を持って告げた。


「いずれにしても、大船に乗った気持ちでいてくれると良いと思うよ」



*****



ペトラ・ミューリュライネンは、休暇を返上して王立騎士団の兵舎を訪れていた。極秘任務と言われたため、ローブを纏い顔を隠している。念には念を入れて認識阻害の術も掛けたため、仮に見られたとしてもそれがペトラだと気付かれる可能性はほぼない。

彼女が真っ先に向かったのは、敷地の端にある地下牢だった。暗く狭い階段を迷いなく降りる。その目は興味津々に光って地下牢の様子を探っていた。


「ああ、結構良い陣使ってるんだね。少し甘いところはあるけど、でも()()()()これで十分だ」


普通の人間には見えない陣を視ながら、ペトラは感心したように呟く。陣を作った人物が誰なのかは知らないが、作られてからそれなりの年数が経っているようなのに十分今でも使えるものだった。

階段を下りると、そこには一つの人影があった。


「スペンサー副団長さん?」

「そうです。ミューリュライネン殿でしょうか?」


穏やかに尋ねられてペトラは頷く。その目は油断なくスペンサーの身なりを確認していた。隊服や身のこなし、身に付けている物から、目の前にいる男性がマイルズ・スペンサーで間違いないだろうと判断する。

ペトラは、副団長スペンサーに成りすました敵が待ち受けている可能性も考慮していた。この場に居る人物が敵方に与する者であれば、ペトラを消すなりバーグソン死亡の証拠を捏造するなり出来るだろう。そうなれば戦闘になる可能性もあった。

勿論、最悪の事態に備えて対策は取っているが、時間がなかったため不十分であることは否めない。だからこそ、どうやらスペンサー本人らしいと知ってペトラは安堵の息を漏らした。


「例の件で来ました。現場は奥?」

「はい、ご案内します」


左手に持った手燭に火をつけると、スペンサーは前に立って歩き出す。ペトラは周囲を見回した。湿っぽく陰気な場所だ。長期間閉じ込められてしまえば、どれほど気丈な人間でも心が滅入るに違いない。

そんなことを思っていたペトラだが、スペンサーが「もうそろそろです」と告げたところで、鼻先をくすぐる鉄錆のような臭いに気が付いた。


「現場はそのままにしているんですか?」

「はい、手を触れていません。またこの地下牢に立ち入ることも禁じていますので、誰も触れていないはずです」


ペトラの問いに答えたスペンサーは足を止める。そして右側を向いて手燭を掲げた。

廊下の壁に掛けられている燈火だけでは独房と廊下を仕切る鉄柵の周辺しか照らし出せない。しかし、現場の異様さは十分感じ取れた。目を凝らしたペトラは、そこに見えたものを認識した瞬間顔を顰めて目を背ける。


ニコラス・バーグソンは捕らえられた時の服装のまま、白目をむき絶命していた。しかしその姿は生前とは似ても似つかない。首は半分以上が千切れ、体中から血が流れ出ている。そして何より、その体から漂う気配はあまりにも気分が悪くなるものだった。


「中に入りますか?」

「――あまり入りたくないんだけど」


スペンサーの問いにペトラは小さくぼやく。苦笑したスペンサーは「そうですよね」と頷いた。


「本来でしたらご婦人にこのような現場を見せるべきではないと思うのですが――呪術に詳しい方といえば、確かにミューリュライネン殿しか思い当たらず」


申し訳ありません、とスペンサーは謝罪を口にのせるが、ペトラはそれどころではなかった。信じられないものを見るような、ぎょっとした表情で隣に立つスペンサーを見上げる。

これまで魔導省でも“毛唐”と揶揄され、長い付き合いのドラコ一族からも“ご婦人”と呼ばれたことはなかった。ペトラ本人も自分が“婦人”と呼ばれるような人間ではないという自覚がある。こいつはあたしのことを揶揄ってんのか、と思うのも仕方のないことだった。

しかしスペンサーは至極真面目な表情でペトラを見下ろしている。どうやら本気らしいと悟ったペトラは溜息を吐くと、気を取り直して再び視線を前に向けた。一度目に見た時よりも多少衝撃は和らいでいる。しかし漂ってくる気配のせいで、長居をしたい気分ではない。さっさと仕事を終わらせよう、とペトラは心に決めた。


「鍵、開けて貰えますか?」


ペトラの言葉を聞いたスペンサーは頷くと、ポケットから鍵を出して地下牢の扉を開けた。勝手に閉まらないよう手で支えてくれるスペンサーに礼を言い、ペトラは中に入る。鼻を麻痺させるような鉄の臭いと、バーグソンの体から未だに滲み出ている()()()()に耐えながら、ペトラは冷たくなった元長官の体に手を伸ばした。



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