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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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33. 悪因悪果の実 6


ベン・ドラコがライリーの執務室を訪れたのは、執務室で打ち合わせをしていたライリーとリリアナが昼食後のお茶を飲み終え人心地ついたところだった。


「失礼します」

「よく来てくれたな、ベン・ドラコ殿」


ライリーはベンをにこやかに迎え入れる。ベンは普段と同じローブを身に纏っていたが、少し大きめの鞄を持っているところがいつもとは違った。

執務椅子から立ち上がったライリーはリリアナと共に応接用のソファーに座る。一瞬リリアナは一人掛けのソファーに腰掛けようとしたらしいが、ライリーが何気なく肩を抱いて自分の隣に座らせた。

相変わらず王太子殿下は婚約者のことがお好きらしいと、ベンは半眼になる。しかしそれを口にすれば我が身を振り返る羽目になりそうで、ベンは思考を取りやめた。


「座ってくれ」

「ありがとうございます」


ベンはライリーに勧められたソファーに腰掛ける。何気なく鞄をソファーに置けば、目敏くライリーが「それは?」と尋ねて来た。


「今日はリリアナ嬢もいらっしゃるという事だったので、試作品をお持ちしました」

「試作品?」


一体何の試作品なのかと、リリアナが目を瞬かせて首を傾げている。一方のライリーは直ぐに思い当たったらしく、驚きに目を瞠っていた。


「もしかして、魔力を吸収する魔道具か?」

「そうです」

「早いな」


感嘆を滲ませたライリーの言葉に、ベンは肩を竦める。確かに睡眠時間を多少削って研究に充てはしたものの、未だ完成品ではない。ベンやペトラの魔力であれば問題なく吸収できたが、リリアナが体に秘めている膨大な魔力量を上手く扱える自信はあまりなかった。


「試作品ですから、期待はしないでください。一両日中に壊れる可能性が高いんですから」

「壊れるのか?」

「魔力を体内から吸い出して空中にばら撒けるような魔道具が作れたら良かったんですが、それはさすがに時間が掛かりますからね。取り敢えず吸収に特化した魔道具を作ってみました」


簡単に説明しながら、ベンは鞄を開けて中身をテーブルの上に出す。ベンが持って来た魔道具は、少し大きめの宝玉が埋め込まれた宝飾品だった。


「これは――ネックレスかな?」

「そうです。それから揃いの耳飾りも。これも魔道具です。一番効果が高いのはネックレスですが、その補助的な役割を担っているのが耳飾りの方ですね」


ライリーに促されて、リリアナはまずネックレスを手に取った。普段使うにしては多少豪華だが、許容できないほどではないはずだ。ベンの推測通り、リリアナは気に入ったのか頬を緩めた。


「これくらいの意匠なら大丈夫だろうとポールも保証してくれた」


生憎とベンもペトラも宝飾品には詳しくない。貴族の女性たちが煌びやかに着飾っているのは知っているが、意識して宝飾品や衣装を眺めたことはなかった。そのため、今回魔道具を作るに当たっても“貴族令嬢が身に付けるに相応しい宝飾具”という条件が一番の難題だった。頭を抱える二人を見かねて口を出してくれたのが、ベンの執事であるポールだった。

普段から刺繍も嗜み可愛らしものを好むポールには、魔道具とはいえ貴族令嬢が身に付ける宝飾品があまりにも無粋であることは許せなかったらしい。


「宝石が金と碧なのが良いね。貴方が選んだのかな?」

「一応、色はそうですね」


嬉しそうなライリーに尋ねられ、ベンは素直に肯定する。「気が利くね」と頬を緩ませるライリーの髪は金、瞳は青だ。その色合いを意識しなかったとはいえない。だが、ライリーの喜びはベンの予想以上だった。金と碧を選んで良かったと内心で安堵の溜息を漏らす。


「可愛らしいですわね。有難く頂戴いたしますわ、ベン・ドラコ様」

「喜んでくれたなら嬉しいよ」


リリアナも微笑を浮かべて礼を口にする。しかし、リリアナ本人よりもライリーの方が嬉しそうに見えるのは気のせいだろうかと、ベンは僅かに眉根を寄せた。


「付けてあげるよ、後ろ向いて」


ライリーに言われたリリアナは戸惑いをみせたが、素直にライリーに背を向ける。少しぎこちない手つきでネックレスを付けたライリーは再び正面から婚約者を眺めて、満足気に頷いた。


「うん、似合ってる」


二人の様子を無言で眺めていたベンは、リリアナが耳飾りを付けたところでおもむろに口を挟む。

今回リリアナのために魔導具を持って来た理由は、決してリリアナに手渡すためだけではない。一番の目的は、リリアナが身に付けた状態でその魔道具が正しく作動するか確認することだった。


「実際にどう動いているのか確認したいから、少し協力してくれるかな」


リリアナに頼めば、リリアナは快諾してくれる。ベンは特殊な魔術陣を鞄から取り出した。どうやら一瞥しただけでリリアナもその魔術陣の特殊性に気が付いたらしい。目を瞬かせて小首を傾げている。ベンは小さく笑んで、魔術陣の記述がリリアナに見えやすいよう、テーブルの上に置いた。


「これは魔術陣だけど、東方の呪術陣を参考に作ってるんだ。だから魔術の基礎体系に則ってはいない。ここら辺の文字列が少し変わってるだろう?」

「ええ、不自然に思えますわ」

「そう。不自然なんだけど、通常の陣と逆の術式にしなきゃいけないから。通常の陣だと魔力を増幅する術式を使うんだけど、素直に逆算式にしたらすごく非効率的な動きをしてさ。ミューリュライネンにも相談したら、呪術に良さそうな術式があるって教えて貰ったんだよ。これすごく面白い術式だよね。ただ、こっちの方が上手く調整できたんだ。どうしてこっちの方が自然なのかは、まだ分からないんだけど――」


元々研究者肌のベンは、自分の興味関心がある魔術に関しては饒舌になる。話し相手が魔術に興味を持っていなかろうと、一度話し始めれば満足するまで言葉を止めない。

しかし、リリアナもまた魔術には興味がある性質なので気にせず付き合う。ただ普段と違うのは、その場にはライリーが居ることだった。

無言で二人の会話を聞いていたライリーは、ベンの言葉を途中で遮った。多少申し訳なさそうな表情を取り繕っているが、本心からベンに悪いと思っているのかは疑問だった。


「申し訳ない。非常に興味深い話だけど、今日はあまり時間がないので――またの機会にして貰えるかな」

「ああ、そうですね。失礼しました」


長くなる話を途中で遮られるのは、ベンにとっては日常茶飯事だった。特に一番ベンの言葉を遮るのは、他でもない執事のポールだ。ペトラが傍にいれば二人で盛り上がれるのだが、ペトラが居ない時はポールを相手に喋るしかない。しかしポールは元々それほど魔術には興味がない――というよりも、魔術に適性がない自分が使えるか使えないか、だけが気になるらしい。そのため、ベンの研究内容は大して面白いとも思えないようだった。


「それじゃあ確認だけするよ。魔術陣の上に両手を置いて」


リリアナは無言でベンの言う通りに手を陣の上に翳す。すると、リリアナの体を淡く白い靄が包んだ。ライリーは緊張した面持ちで見つめている。白い靄はどんどん濃くなっていった。


「ベン・ドラコ殿、これは――?」

「不味いな」


ライリーがベンに尋ねるのと、苦々しくベンが呟いたのは同時だった。ライリーは眉根を寄せてベンを見る。ベンはリリアナに「もう良いよ」と言って魔術陣を回収した。


「不味い、とはどういう意味?」


気掛かりを滲ませてライリーは更に問う。ベンは小さく溜息を吐き出して首を振ってみせた。


「試作品とは言いましたが、試作品にもなりませんね。あくまでも気休めにしかならない。恐らく、今からずっと付けていれば明日の朝には壊れているでしょう」


つまり、せっかく作った魔道具は一日も持たないということだ。リリアナの魔力量は、ベンが作った魔道具が吸収できる量よりも遥かに多い。彼女の体が制御できず僅かに滲み出る魔力だけで、魔道具のネックレスと耳飾りは許容量を超えてしまう。


「とりあえず、改良版をまた開発して来ます。やっぱり吸収だけでなく発散の機能も付けないといけないみたいだ」


最後の方は最早独白だ。それが分かっていたのか、ライリーとリリアナは何も言わなかった。

一つの魔道具に二つの効能を付けることは、不可能ではないが酷く難しい。しかもリリアナの体を守るために必要な機能は、相反する作用である。リリアナの体内から魔力を吸収し、空中へと発散する――言葉にすればそれだけだが、実際に必要な検討は膨大だ。正反対の術式が反発しないようにしなければならない。

その上、仮に二つの術式を上手く両立できたとしても、リリアナの魔力量に対応できなければ無意味だ。仮にリリアナの体調が悪化して魔力制御が不安定になった時に、魔道具が耐えられなければその存在意義はない。重要なのは、制御できずに体内で暴れ回る魔力を沈静化させリリアナの体と心を護ることだ。

スリベグランディア王国屈指の魔導士であるベン・ドラコであろうと相当な時間が必要になるはずだった。


「費用に関しては、こちらでも対応できるように取り計らおう。貴方はできるだけ早急に、魔道具が完成するよう尽力して貰いたい」


黙り込んだベンに、ライリーが告げる。その内容はリリアナも初耳だったらしく、目を丸くして隣に座る王太子の横顔を凝視していた。ベンもまた訝し気な視線をライリーに向ける。

異論を口にしたのは、ベンではなくリリアナだった。


「殿下、この研究はわたくしに関することですもの。本来でしたら、わたくしが支払うべきものですわ」

「でも、貴方は元々乗り気ではなかっただろう?」


静かな目を向けられたリリアナは黙り込んでしまう。否定も肯定もしないが、曖昧な微笑を見ればライリーの指摘が的を射ているのだと分かった。


「それに、貴方のことだけが理由ではない。この技術を確立すれば他にも様々な場所で流用できる。画期的な発明だ」


それは確かにその通りだろうと、ベンは小さく頷いた。横目でその反応を確認したライリーは小さく口角を笑みの形に上げる。


「だからこれは国としての投資だ。たまたま最初の実験対象にリリアナ嬢、貴方が選ばれたというだけ。反対する者はこの国の発展を妨げたいと思う者だけだよ」


穏やかに言い切るライリーに、リリアナは言葉もない。表情や態度は変わらないが、それなりに付き合いも長くなりつつあるベンには彼女の戸惑いが伝わって来た。少し長めの沈黙の後、リリアナがどこか呆れを滲ませて苦言を呈する。


「それは、詭弁と言うのではございませんこと?」

「酷いな。これほどまでに私は王国の発展を願っているというのに」


茶目っ気たっぷりにライリーは肩を竦めてみせた。こうなるとライリーは引かない。リリアナは諦めたように息を吐いたが、それ以上反論しようとはしなかった。

ライリーは「それじゃあ」と話題を切り替える。


「この件はこれで終了だ。それで構わないかな、ベン・ドラコ殿」

「ええ、問題ありません」


ベンにとっては、更に研究が必要だと分かっただけでも収穫だ。

良かった、と頷いたライリーは早速二つ目の用件に入った。


「もう一つの用件は以前から話していた、次期魔導省長官に関する話だけど――でもその前に、一つ協力して貰いたいことがあるんだ」

「協力、ですか」


ライリーの言葉にベンは目を瞬かせる。心当たりは全くない。首を傾げるベンに、ライリーはあっさりとその言葉を告げた。


「ニコラス・バーグソンが獄中死した」


愕然とベンは目を瞠る。それはあまりにも予想外の知らせだった。



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