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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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33. 悪因悪果の実 3


王宮の玉座の間でニコラス・バーグソン長官がライリーたちと対峙している時、捕らえられた魔導士たちは王立騎士団の兵舎の独房に捕らえられていた。相当な人数がいるため、倉庫のような場所も使われている。

同じ部屋に押し込んでおけば、協力して兵舎を抜け出そうとする者もいるのではないかと懸念されたからだが、普段下にも置かぬ扱いをされている魔導士たちにとってはあまりにもぞんざいで腹の立つものだった。勿論、魔導士の中でも一際自尊心と選民意識の高いバリー魔導士も例外ではない。彼にとっては、騎士団に捕縛されたという事実自体が耐えがたいものだった。


「何も話す気なぞないからな。貴様らのような輩に問われて答える口は持っておらん。とっとと解放せんか」


放り込まれた独房から、取り調べ用の小部屋に連れて来られたバリー魔導士は腕を組んで口をへの字に曲げていた。魔力封じの枷が邪魔だが、自分で外せるようなものではない。

バリー魔導士に対峙していた騎士はどこか呆れた雰囲気を纏いながらも、反論はしなかった。しかし同時におもねるような態度も取らない。

騎士は一言も口を開かず、無言でバリー魔導士の前に座っていた。沈黙が落ちる。段々とバリー魔導士は苛立って来た。眉間に皺を寄せて額に青筋を浮かべ、若い騎士を睨みつける。


「この虚けめ、私を呼び立てたのだから礼儀の一つでも取らんか。騎士団は不作法者の集団だと聞いてはいたが、やはり噂に違わんようだな」


侮蔑に満ちた表情と口調だったが、若い騎士は全く動じない。寧ろバリー魔導士の姿が見えていないのではないかと思えるほど、反応がなかった。


「話す気はないと言いながら、良く口が回ることですね」


バリー魔導士が苛立ちに任せて舌打ちを漏らしたところで、背後から声がする。まさか人が入って来たとは思わず、バリーはびくりと肩を震わせた。そのことが腹立たしく、更に渋面になる。

首を巡らせて後ろを確認すれば、そこには少し年を重ねた騎士が居た。年を重ねたと言っても、バリーの前に座っている騎士と比べたら年長というだけで、バリーと比べればまだまだ若い。しかしその無表情ながらも穏やかな面差しには妙な気迫が籠っている。無意識に怖気づいた心を奮い立たせるようにバリーは殊更強気な言葉を返した。


「名乗らずに突然声を掛けて来るとは、無礼な輩だ」

「これは失礼。王立騎士団副団長マイルズ・スペンサーです、バリー第二位階魔導士殿」

「貴様――」


一応言葉遣いは丁寧だが、慇懃無礼な雰囲気が滲み出ている。苛とした表情を隠しもせず、バリーはスペンサーを睨みつけた。

しかしスペンサーは全く意に介した様子もない。無言でバリーの正面に腰掛ける。ずっとバリーを見張っていた騎士は資料をスペンサーに手渡した。スペンサーはその資料にちらりと目を落とすと、すぐに興味が失せた様子で資料を若い騎士に戻す。そして両手を膝の上で組むと、穏やかに問いかけた。


「何故捕縛されたか、その理由は分かりますか」

「知るわけがないだろう。このような捕縛は不当だ。長官に告げれば貴様らも直ぐにお叱りを受けるだろう。副団長の座から追い落とされたくなければ、すぐに私を釈放することだな」


唸るように脅せば、たいていの相手は素直にバリーの言うことを聞いた。しかしスペンサーは僅かに片眉を上げただけで、全く動じた様子を見せない。それどころか、気の毒そうな声音で言葉を発した。


「お連れする時に騎士が伝えたと報告を受けたのですが、今一度お伝えした方が良いようですね。バーグソン長官――いえ、既に“元”長官ですが、既に彼も捕縛されましたので、残念ながら訴えることすらも出来ませんよ」

「その、長官の捕縛自体が不当であるに違いない! そうとも、この私は騙されんぞ!!」


バリーが怒鳴ると、これまでであれば周囲の者たちは皆慌てて彼の機嫌を取った。しかし、その程度のことで王立騎士団の副団長を務めるスペンサーが動じるはずもない。平然としたまま、彼は静かにバリー魔導士を見つめた。その真っ直ぐな視線に、バリーは僅かに顎を引く。


「ニコラス・バーグソンの罪状に関しては、ここで議論することではありません。御前会議にて結論が出されるでしょう」


普通であれば、その言葉に違和感を覚えるところだった。しかし頭に血の上ったバリーは気が付かない。魔導省長官が何かしらの罪を犯しても、通常であれば王族自ら裁くことはない。神殿にその身柄を送られることが大半であり、重罪であれば御前会議でその罪状が検討される。それにも関わらず、スペンサーは国王が臨席する“御前会議”と言った。それは、国逆に類する罪でなければあり得ない話だった。


「そんなことはあり得るはずがない! 大方、あの若造の姦計に違いない。正しきを貶め悪を重用するとは、騎士団も堕ちたものだな」

「あの若造、とは?」

「決まっているだろう、魔導士の名門家の出ということしか誇れん、大したこともできん半端者の若造だ。それとあの、毛唐の女だ。あの二人は元々長官を嫌っていたからな。煩わしいと思えばどんな卑怯な手を使っても引きずり降ろそうとする」


バリー魔導士は憎々し気に吐き捨てるが、スペンサーは全く表情を変えない。傍に控えている若い騎士も、一切反応を示さず淡々とバリーの様子を観察していた。それが一層、バリーの腹立たしさを煽る。

しかし、次にスペンサーが口にした言葉はバリー魔導士にとって予想外の台詞だった。


「なるほど。貴方は確かに、献身的にバーグソン長官に仕えていたようですね」


寄り添うような言葉に、バリーは眉根を寄せる。訝しく思いながらスペンサーを見やり、胡乱な様子で問うた。


「――それは勿論当然だが、なんだ? お前は私が何か罪を犯したと思って捕縛したのだろうが」


それなのに何故そのようなことを問うのかと、バリーは内心で首を傾げた。バリーも愚かではない。全く身に覚えはないが、バーグソンが罪に問われている上に自分も捕縛され聴取を受けている。そのような中で、スペンサーが自分の味方をするとは思えなかった。

だが、スペンサーはバリーが心に抱く疑惑を無視してあくまでも冷静だった。


「私は職務に忠実に従うだけです。罪を犯している疑惑があれば取り調べる必要がありますが――当然、冤罪であればそれを明らかにせねばなりません。そうでなければ、他を納得させることもできないでしょう」

「ほう」

「そのためには公平な態度を貫く必要があります。ご理解いただけますね?」

「――なるほど」


バリー魔導士は感心したように呟いた。

捕縛されたことで抱いた怒りが徐々に収まり始めた今、落ち着いて考えればスペンサーたちはただ自分のすべき職務に忠実であると思える。慇懃だがこちらを尊重しているように見えない態度も、職務に忠実だからと言えなくもない。

騎士という時点で崇高な魔導士である自分の話を全て理解できるとは思わなかったが、話せば説得はできるのではないかという期待が頭をもたげた。


「それならば言おう。何故私が捕縛されたのか、理由は分からん。これは冤罪だ」

「でしたら、その証明に協力いただけますか」


スペンサーは問う。バリーは一も二もなく頷いた。勿論、自分の冤罪が晴らされるのであれば協力するに(やぶさ)かでない。


「無論だ」


自信満々に頷いたバリー魔導士は、スペンサーの口角がほんの僅かに上がったことには気が付かなかった。


「それではまず、一つ目。この術式に見覚えは?」


何気ない表情でスペンサーは一枚の紙を差し出す。わずかに身を乗り出してその内容を確認したスペンサーは訝し気に眉根を寄せたが、すぐに思い至ったように頷いた。


「ああ、この術式は長官に頼まれて作成したものだ。これは基本的な術式とは随分掛け離れている術式だからな、かなり苦労した覚えがある。第二位階魔導士でも、作り出せるのは私くらいのものだろう」


バリー魔導士は得意気に胸を張る。スペンサーは感心したように目を瞠ってみせた。


「貴方以外には出来ないのですね」

「当然だ。無論、あの若造にも毛唐にも出来るはずはない」


傍から聞けば随分とベン・ドラコやペトラ・ミューリュライネンに対抗心を抱いていると思われる台詞だが、バリーは完全に無意識だった。


「これの用途はご存知ですか?」

「勿論、これは長官が作りたかっただろう陣の一部に過ぎないが、心臓部のようなものだからな。ここから推察できないようでは第二位階の魔導士にはなれん」

「どのような用途だったのでしょう」

「それはだな」


バリー魔導士は意味深に笑みを浮かべる。勿体を付けて肩を竦めると「崇高な目的あってのことだ」と言った。スペンサーは首を傾げる。


「崇高な目的、とは?」

「一介の騎士になぞ想像もつかんことだ。“立太子の儀”があっただろう」


得意気な表情でバリー魔導士は告げた。スペンサーの眉がぴくりと動くが、意気揚々と語り始める。元より自己評価が過大な男なのだから、自身の成したことを他人に話すことは好きだった。


「“立太子の儀”は我が国でも非常に重要な儀式だ。体力が落ちて王都には来られなくとも、参加したいと思う忠義に厚い貴族がいる。馬が無理ならば転移陣を使えば良い、ということだ」

「転移陣、ですか」

「そうとも」


自信満々にバリーは頷く。スペンサーは少し考える素振りを見せた。


「転移陣の所持には許可が必要だったと思いますが」

「無論だ。だから長官自ら、協力を申し出たのだろう」


これだから愚か者は、と蔑むような視線をバリーはスペンサーに向けた。スペンサーはそれには反応せず、淡々と質問を返した。


「どのような転移陣なのですか。通常のものとは違う?」

「当然だ。通常の転移陣であれば私自ら術式を開発する必要はないだろう」


バリーは鼻を鳴らす。尊大な態度だったが、スペンサーは気に留めなかった。具体的にどのような違いがあるのか尋ねると、バリーは顔を顰めた。


「説明したところで貴様らに理解できるとは思わんが――簡単だ。転移陣の小型化に成功したのだ」

「小型化、ですか」

「そうとも。これまでは小型といっても、一部屋分は必要だった。ああ、貴様らの狭い家では一軒分かもしれんが」


嘲弄に似た言葉を吐き捨て、しかしバリーは揚々と言葉を続ける。


「それでは都合の良い場所に転移はできんだろう。だから折りたたんで持ち運びもしやすいように改良したのだ。なかなか苦労したぞ」


そう告げてバリーが告げた新しい転移陣の大きさは、四人掛けのテーブル程度の大きさだった。広げれば人目に付くが、かといって悪目立ちするほどのものではない。

スペンサーは一瞬だけ、若い騎士と目配せした。そしておもむろに、一枚の図案を示す。


「その転移陣とは、これのことですか?」


バリーはその転移陣を確認すると目を瞬かせ、破顔した。


「おお、そうだ。これだ。この転移陣だ!」


その転移陣は、王立騎士団二番隊が発見した商人の積み荷に刻まれていた魔術陣だった。バリーに気が付かれないよう、スペンサーともう一人の騎士は目配せをする。そして、スペンサーは淡々と、しかしバリーの自尊心をくすぐるような声音で言った。


「あなたはとても優秀な魔導士のようですね。それでは、こちらの陣に見覚えは?」


優秀、という言葉にバリーは分かりやすくにやける。そして、彼は深く考えもせず差し出された陣を見て首を傾げた。


「見覚えはあるな。ああ、確か私が作った陣だろう」


スペンサーの目が鋭く光る。


「どのような目的で作られたのですか?」

「目的? ああ、騎士如きにはこの陣の素晴らしさは分からんか。これは誤認作用を持たせる陣だ」

「誤認作用?」


聞いたことのない名前に、スペンサーは目を瞬かせる。バリーは鷹揚に頷いた。


「そうとも。実際には効果を持つ陣が、効果を失ったように見せかける陣……で……」


意気揚々と話していたバリーの顔色が悪くなる。わずかに目を眇めてその様子を眺めやりながら、スペンサーは何も気が付いていない様子を装って首を傾げた。


「どうかしましたか?」

「い――いや、何でもない。ああ、何でもないとも」

「それなら良いのですが。体調が悪いようでしたら、ここまでにしますか」


残念ながら帰宅を許すわけにはいかないが――と付け加えるが、バリーは直ぐに頷いた。最初、捕縛されたことに文句ばかり言っていた男とは思えない態度だ。しかしスペンサーは指摘しなかった。寧ろ、快くバリーを送り出す。

バリーの姿が消えた時、スペンサーは唇に笑みを浮かべていた。



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