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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません

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32. 乙女遊戯の舞台裏 4


王立騎士団の兵舎から執務室に戻ったライリーは執務椅子に腰かけて仕事をしていたが、一通り仕事を終えたところで小さく溜息を吐いた。扉のところまでわざわざ歩いて行くと、近衛騎士として周囲を警戒しているオースティンに声を掛ける。


「オースティン、話がある。少し来てくれないか」

「御意」


もう一人の近衛騎士の手前、オースティンは堅苦しく答える。ライリーはもう一人の近衛騎士が扉口に立ったことを確認して、オースティンを奥の部屋に誘った。二人きりで話をしたいらしいと見て取ったオースティンは、扉を閉めた途端に口調を崩す。それはオースティンが単なるライリーの幼馴染として接する時に取る態度だった。


「どうしたんだ」


途端にライリーは頬を緩める。


「さすがだな。今の私が幼馴染のお前と話したいと気が付くとは」

「どれだけの付き合いだと思ってるんだよ」


オースティンは呆れたように笑う。

元々、オースティンはライリーと違って下位貴族や商人と交流を持つことも多かった。そのため高位貴族でありながらその態度はかなりざっくばらんだ。


「俺がお前の近衛騎士になった時、わざわざ態度を改めようとしたのに止めたのはどこのどいつだ?」

「私だよ。忘れるわけがない。お前が他の貴族と同じような態度を取った時に、私がどれほど衝撃を受けたことか」


しかもその時、周囲に人が居たわけではなかった。ライリーと二人きりの場で、近衛騎士となったオースティンは礼を尽くしたのだ。それがライリーには衝撃的だった。その時を思い返すにつけ、友を一人失ったかと思ったとライリーは苦笑を漏らす。


「私が欲しいのは忌憚のない意見を述べる友であって、こちらの思いを忖度する部下ではないからな」

「お前らしいよ」


しみじみと呟くライリーに、オースティンは肩を竦めた。

もしライリーがその地位を鼻に掛け、オースティンにも主従の関係を強制するような人間であれば、オースティンはライリーと友人になることはなかっただろう。そして同時に、ライリーが国王となる日を懸念するようにもなった可能性も否定できない。仮にそうなれば、オースティンもまた友と主君を失うことになっていた。


「そういうお前だからこそ、俺は今なお友を失わずにいるし、この命を懸けたいと思える主に巡り合えた」

「お前が命を懸けるようなことにならないよう、私も善処しよう」


静かに答えたライリーは、しかしすぐに表情を改めた。あまりオースティンだと二人きりで話し込んでいれば、近衛騎士としての仕事を全うしていないと思われかねない。それはオースティン本人は勿論のこと、オースティンを近衛騎士として傍に置いておきたいライリーにとっても有難い話ではなかった。


「少し相談したいことがあるんだ。これを見てくれ」


ライリーが差し出したのは、暗号化された手紙だった。普通に読めば取り留めもない個人的な手紙に見える。しかしライリーがそこに魔力を流せば、別の文字列が浮かび上がって来た。


「これは――カルヴァート辺境伯からの手紙、か」

「そうだ。彼女も秘密裏に“北の民”の人身売買について調査して来たらしいが、進展がなかったそうだ。だから私の方から、こちらの調査に協力しないかとケニス辺境伯経由で打診していたんだ」


たとえライリー個人的に連絡を取ったとしても、ビヴァリー・カルヴァートは直ぐには色良い返事をしないだろうことは想像がついた。“北の移民”の人身売買には複数の王国貴族が関わっていることは確かだから、調査も秘密裏に行っている。そのため、王太子として辺境伯たちに協力を要請することは難しかった。王太子として正式に要請を出せば、こちらの行動が人身売買の関係者たちに筒抜けになってしまう。


「だが、カルヴァート辺境伯からはなかなか返事がなかった。恐らくケニス辺境伯経由でも私のことを信頼して良いのか悩んでいたのだと思う」


しかし“立太子の儀”でビヴァリーはライリーと直接言葉を交わした。恐らくそれも含めて、ライリーが信頼できると判断したのだろう。とはいえ“立太子の儀”が終わりカルヴァート辺境伯領へと発った後にライリーの手元に手紙が届くよう取り計らったのだから、あまり表立って動きたくないという意思が垣間見える。


「俺もあまり彼の御仁に関しては良く知らないが、一筋縄ではいかないのは確かだな」

「――正直に言ったらどうだ、オースティン」

「捻くれ者だって?」


ライリーが突っ込めばオースティンは不敵に笑った。ライリーも笑みを零す。しかしオースティンの言葉には答えを返さず、浮き上がった文面を読むように促した。ざっと目を通したオースティンの表情は硬くなる。


「これは――」


カルヴァート辺境伯ビヴァリーの私信に記されていたのは、カルヴァート騎士団が秘密裏に調査を進め、人身売買の実行組織について有用な情報を得たという内容だった。だが異様な戦力を有しているらしく、辺境伯領を護る騎士団でさえ手出しを躊躇しているらしい。一網打尽に組織を捕える機会を狙っているようだが、中々隙を見せないという。

その上、組織は情報収集の点でも抜かりがないようだった。


「もしここに書かれていることが本当なら、サーシャが危ない」


ライリーは苦く呟く。彼に懸念を呼び起こしたのは、最後の方に記された内容だった。

人身売買組織は自分たちが探られていることに気が付いたのか、活動を自粛しつつ、傭兵をかき集めているという内容である。彼らは人身売買に手を染めているだけあって、人間の安全には一切気を配らない。自分たちに害を為すと判断すれば、何の躊躇もなく追手に手を掛ける可能性もあった。

実際、カルヴァート辺境伯が差し向けた間諜が惨殺死体で見つかったとついでのように書かれている。

オースティンは溜息混じりに手紙をライリーへ戻した。


「確かに――勘付かれたら不味いだろうな。だが危険なのはリリアナ嬢だけじゃない、お前もだぞ、ライリー」

「いや、問題は彼女だ。今回の件に関して直接動いているのはジルド殿だが、彼がサーシャの護衛だということは直ぐに知れる」


そしてリリアナは一見したところか弱い少女である。彼女の魔術が優れていることは、あまり知られていない。その実力を知っている人間は殆ど居ないはずだった。何よりリリアナが優れた魔導士であると気が付いているライリーでさえ、本気を出したリリアナの魔術を見ていない。ベンやペトラでさえ、見たことはないと以前零していた。そのリリアナを人身売買組織が狙わないとは言い切れない。寧ろ、近衛騎士に護られ王宮に暮らすライリーよりも狙いやすしと見る可能性は高いだろう。

オースティンは無言でライリーの顔を見ていたが、おもむろに口を開く。


「俺はリリアナ嬢が魔術を使ったところを見たこともないし、どれほどの実力があるのかも知らないが――だが、ベン・ドラコ殿が膨大だというほどの魔力量があるなら、それほど心配する必要もないんじゃないか」


だがライリーは納得しなかった。更に苦虫を嚙み潰したような表情になり、低く喉の奥で唸った。

オースティンの指摘はある程度は的を射ていた。リリアナが本調子であれば、並大抵の刺客が差し向けられたところで簡単に殺されはしないだろう。しかし、ライリーはその事実だけでは安心できなかった。


「確かに彼女は優れた魔導士だ。私も彼女の実力がどの程度なのか、この目で確かめたことはない。だが問題は二つある」

「二つ?」

「そうだ」


不思議そうに首を傾げたオースティンの言葉を肯定して、ライリーは簡単に説明した。


「一つは、魔力量が多いからといって、それが直ぐに魔導士としての優秀さには繋がらない点だ。特に彼女の場合、魔力が異常に増えたせいで体調を崩しがちだ。本調子でない時に襲われたら反撃できないだろうし、最悪の場合は魔力暴走を起こして本人にも危険が迫る」


ライリーの指摘を聞いたオースティンは納得したように頷いた。魔力暴走を起こしたからといって必ず死ぬとは限らない。だがあまりにも魔力暴走の規模が大きかったり、迅速に鎮められなければ、周囲だけでなく本人にも悪影響がある。最近ではあまり見られなくなったが、魔術に関する研究が進む前は魔力暴走を起こして昏睡状態に陥ったり魔力枯渇状態になったりする者もいた。最悪の場合は死に至ることもある。

特にリリアナは異様なほど魔力が増えたため、自分で魔力制御することが難しくなっていた。だからこそ、熱を出して寝込んでしまったのだ。今回は寝込むほどまで体調が悪化しなかったようだが、体調不良であることはライリーだけでなくオースティンの目にも明らかだった筈だ。


「それは確かにその通りだな。俺が軽率だった、悪い」


潔く己の間違いを認めたオースティンは「それで、もう一つは?」と尋ねる。ライリーは眉間に薄く皺を刻んで重々しく答えた。


「もう一つは、彼女の性格だ。サーシャは肝心なことになると全て自分で背負い込む癖がある。他人に頼ろうとしないんだ」


ライリーは苦々しく呟いた。何でも一人でしようとするリリアナが心配ではある。しかしリリアナが正直に何でも相談してくれるとは思わなかったからこそ、ジルドに“北の移民”誘拐事件に協力するよう頼んだ時も、危険には首を突っ込まないようにと告げるだけしかできなかった。

だが、結局リリアナは魔力暴走を起こす寸前まで魔力量が増えて体調を崩している。人身売買に関わっていることが原因ではないだろうが、リリアナはライリーの知らないところで面倒事に巻き込まれているとしか思えない。


「――ん? そうなのか?」


幼馴染の言葉を聞いたオースティンは訝し気に眉根を寄せた。だが、すぐに何かに思い至ったように眉を解く。それに気が付いたライリーは小さく首を傾げた。


「どうした?」

「いや――なんでもない。確かにそういうところはありそうだったな」


オースティンは口籠りながらも、ライリーの言葉を肯定した。

オースティンはライリーと比べると、リリアナとそれほど交流をしていない。ライリーとリリアナが会っている時に話に加わることはあるが、オースティンが話す相手はリリアナではなくライリーだ。ライリーとリリアナの物事の見方や価値観が似ていることは薄々感じているが、リリアナの性格や行動の傾向を知るほど関わっているわけではない。


だが、ライリーの耳に入らないこともオースティンであれば知っている。リリアナは高位貴族にしては珍しく、あまり他家の嫡子たちと交流を持っていない。だから一般にはリリアナの噂はそれほど流れていないのだが、オースティンは時々クライド・ベニート・クラークから彼の妹について話を聞いていた。

クライドが語る妹は強かで抜け目なく何を考えているか分からない少女だった。そしてオースティンがクライドから聞いて想像していたリリアナ・アレクサンドラ・クラークという存在は、ライリーが語る少女の姿とずれている。

とはいえ、オースティンはライリーと共に、体調不良でありながらベンの助力を断り、王宮に留まらないかというライリーの提案に首を振った少女の姿を見たばかりだ。ライリーの懸念は理解できた。


「何でもない。まあ確かに、そういうところもあるのかもしれないな」


首を振ってオースティンはライリーの言葉を肯定する。

明言はしないまでも、クライドはリリアナの性格を“家族といえど他人を信用しない秘密主義者”と考えている様子があった。一方でライリーはリリアナを“他人に頼らず自分で全て抱え込んでしまう”と表現している。言い方がかなり違うが、彼女が他人に打ち明けず自分で解決しようとする性格だと考えていることは共通していた。


自分なりに納得したオースティンの心中に気が付いていないライリーは頷く。そして眉間に刻んだ皺を更に深くした。


「ジルド殿とオルガ殿がいるから、滅多なことにはならないと思うが――それでも彼女に何かある前に、こちらでも手を打った方が良いのではないかと思う」

「同感だ。どのみちこの件はだいぶ調査にも手間取った。そろそろ決着をつけても良い頃だろう」


二つの辺境伯領から“北の移民”の失踪について報告された日から、既に六年が経過している。決して手をこまねいていたわけではないが、想像以上に大がかりで多数の人間が絡んでいた。隣国が絡んでいることにも、国内の有力貴族が関わっていることにも、当初は思いも寄らなかった。


「ああ、しかしここで失敗すれば何もできず、ただ警戒を高めさせるだけだ。ヘガティ団長にも協力を要請して、迅速かつ慎重に進めなければならない」

「とりあえずは先に、今進めている計画を終わらせないとな。身内に敵がいる現状は不味いぜ」


ライリーはオースティンの指摘を聞いて頷いた。

ベン・ドラコや王立騎士団長ヘガティを巻き込んだ計画は、既に開始されている。未だ表層に出ていないが、近日中には結果が出るはずだった。その計画が失敗しないようにするためにも、人身売買の解決はその後に回した方が良い。


「もしお前も何か情報があれば知らせてくれ。それと――私が確認できない時はサーシャの状況にも目を配って欲しい」

「分かった」


オースティンは頷いた。ライリーが何故クライドではなくオースティンにリリアナのことを頼むのか、優れた近衛騎士でありライリーの幼馴染でもあるオースティンは良く理解していた。


あいつ(クライド)も、もう少し妹に歩み寄れば良いと思うんだがな」


思わず呟いたオースティンに、ライリーも「全くだ」と彼にしては苦々しく同意を示した。


「あいつは優秀だが、何故かサーシャのことになると意固地になる。家族とはいえ関係性は色々だから、私たちには言えない何かがあったのかもしれないが――」


クライドは公平で聡明な人間だと、ライリーもオースティンも知っている。その彼が妹と距離を置いているのは何かしらの理由があってのことなのだろうと、二人は自分なりに理解していた。それでも、もどかしさは感じる。


「こればかりは、俺たちにはどうにもできねえな」


オースティンの言葉は本人にとっても意外なことに、存外沈鬱な響きを滲ませていた。ライリーも同意を示すように頷く。そしてライリーは壁に掛けられた時計を確認すると、小さく息を吐いてオースティンに向き直った。


「オースティン、この後時間はあるか」

「この後か? 交代の後は何も入ってないが」


唐突な問いだったが、オースティンは驚いた様子もなく答える。それも当然で、彼はライリーが一体何を望んでいるのか既に悟っていた。にやりと笑って腰に佩いた剣を示す。


「手合わせか?」

「ああ。体を動かしたくなった」


ライリーの答えを聞いたオースティンは、当然だという顔で頷いた。

“立太子の儀”の主役というだけで疲労や緊張も溜まっていただろうが、それだけでライリーが消化しきれない苛立ちを抱えることになったとは思わない。しかし、問題はその翌朝に齎された知らせだった。


ことリリアナのこととなると、ライリーは感情的になる。ライリーがリリアナに心を寄せていることを、オースティンは良く知っていた。だがリリアナはそんなライリーの気持ちを理解していないのか、全て一人でできると言わんばかりにライリーが差し伸べた手を拒絶する。

ライリーはリリアナの意志を尊重するが、その度に行き場のない怒りや焦燥、心配といった感情を持て余すことになる。その思いを正直にリリアナに伝えられたら良いのだろうが、ライリーは決してリリアナに自分の気持ちを伝えようとはしなかった。


「――まあ、受け取れるだけの余裕もなさそうだけどな」

「オースティン? 何の話だ」


ライリーの気持ちを正直に伝えたところで、オースティンより二歳年下の少女は戸惑うだけだろう。リリアナは様々なことに造詣が深く、頭の回転も早い。オースティンも驚くような提案も簡単にする。しかし、その優秀な頭脳とは裏腹に、感情面は酷く頼りなかった。それこそ、実兄であるクライドが訝しがるほどに――そしてオースティンでさえ、違和感を覚えるほどに。オースティンでさえ多少暑苦しいのではないかと思えるほどのライリーの心を、受け入れられるだけの余裕がリリアナにあるとは思えなかった。


そして何よりも、あの少女には危機感というものがない。命の危険があるかもしれないとベン・ドラコが言ったにも関わらず、彼女は晩餐について話しているような態度だった。体調が悪いせいもあるかもしれないが、それならば尚更不安がっても良いはずだ。


嘆息混じりに零れたオースティンのぼやきを聞き咎めたライリーが首を傾げる。しかしオースティンは首を振って「なんでもねえよ」と答えた。いたずらに幼馴染の不安を煽る気もなかった。


「こっちの話だ。それよりも、後で手合わせするんだろ。それまでに仕事終わらせとけよ」

「当然だ」


私を誰だと思っている、と返すライリーは楽し気だ。そんなライリーに小さく頷くと、オースティンは近衛騎士としての仕事に戻るため、持ち場へと足を向けた。



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