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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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6. フォティアの屋敷 1


およそ一週間の旅の中で魔物に遭遇することはなかった。ほっと安堵の息を漏らしながら、リリアナたちはフォティア領へと入る。広大な領地には視察の時に滞在する屋敷や避暑のための別荘が点在しているが、今回、披露宴が開かれる本邸は王都に最も近い場所にあった。


既に夕刻に差し掛かり、気温が下がっている。リリアナはマリアンヌにコートを着せかけて貰い、馬車を降りた。後ろからマリアンヌと護衛二人、そしてペトラが付いて来る。迎え出たのは公爵家執事のフィリップと数人の侍女たちだ。侍女長は出て来ていない。リリアナは会釈すると同時に顔を隠し失笑した。


(この滞在中にわたくしをどのように扱うおつもりか、大体予想がつきましたわ)


フィリップの表情もどことなく固く見える。リリアナは気が付いていない素振りで、悠然と笑みを浮かべた。声の出ないリリアナに代わり、マリアンヌが事務的に挨拶を交わした。


「お嬢様は長旅でお疲れです。ご夕食はお部屋でお召し上がりになられるでしょう。また、この者たちはお嬢様の護衛です。事前にお報せしておりました通り、お嬢様のお部屋近くへと案内を」

「承知しております。それではお嬢様のお部屋へご案内申し上げましょう」


執事の言葉に、おやと眉を上げたのはマリアンヌだけではなかった。


(部屋へ案内――?)


滅多に寄り付かないとはいえ、全ての家にリリアナの部屋は確保されている。いつ訪れてもそこで生活できるよう、常に掃除もされているはずだ。リリアナが暮らしている王都近郊の屋敷も、狭いながら家族全員分の部屋は確保され、常に手入れがされている。

だから、リリアナも自分の部屋がどこにあるのかは知っていた。マリアンヌも承知している。案内をしてもらう必要はない。

だが、フィリップは平然と述べた。


「お嬢様のお部屋は、別に準備いたしておりますので」

(――――わたくしの部屋を、他の誰かが使っているということね)


リリアナは目を細めた。


使っているのは祖父母か、父母か、それとも兄か――はたまた今回の招待客の誰かか。

いずれにせよ、公爵家としてリリアナを正当に扱う気は一切ないということだろう。


「大変恐縮ながら、お嬢様は滅多にこちらへお立ち寄りにならないため――他にふさわしい部屋があろうとのご判断でございます」


フィリップはそう告げると、表情を一切変えずに言い切った。


「勿論、此度の宴のために部屋は万全に整えてありますのでご安心ください」


マリアンヌは怒り心頭に発した様子だが、ここで食って掛かっても時間を浪費するだけだと思ったらしい。唇を引き結び、射るような視線をフィリップに向ける。しかしフィリップは一顧だにせず、堂々とリリアナたちを先導し部屋に案内する。

用意されていた部屋は、母屋に位置してはいるものの、日当たりがあまり良くなかった。元々の私室は日当たりも良く、窓からは庭が見えていたが、案内された部屋から見えるのは裏手の森である。見下ろせばそこは炊事場だ。決して良い部屋ではない。使用人部屋でこそないものの、執事や侍女長が過ごすような場所だ。

リリアナの横に立ったマリアンヌが、部屋を見渡して猫のように全身の毛を逆立てている。フィリップは面倒を避けたいのか、夕食の確認をしてさっさと部屋を立ち去った。人手が足りないから、炊事場まで取りに来るように――とマリアンヌに言いつけて。


マリアンヌはさっさと荷物の片づけを終えると、夕食を持って戻って来た。


「旦那様は、明日いらっしゃるそうです。今日はお嬢様の他に、奥様とお坊ちゃまだけのようですよ。お客様は早い方で明後日の夜、披露宴の前夜からいらっしゃるそうですわ。大旦那様と大奥様は、披露宴当日にお見えになるそうです」


ぷりぷりと怒りながらも、マリアンヌは情報をくれた。どうやら、炊事場で働く下女たちから聞いたらしい。「お嬢様も主人役のおひとりでいらっしゃるのに、知らせないとは非常識です」と文句を言うマリアンヌに適当な相槌を打ちながら、リリアナは食事を終えた。


護衛二人とペトラは、リリアナの部屋の下――使用人たちが使っていない部屋を割り当てられたようだ。近い部屋にした、と言われるだろうが、リリアナもマリアンヌもペトラも、護衛二人とひっくるめて厄介者扱いされていると断言できる。


(随分とご自分に素直になられましたのねえ――きっと、お母様のご意向でしょうけれど)


取り繕うことすら止めたらしいと、リリアナは内心で嘲笑する。勿論、表情に見せることはしない。ここは敵地のど真ん中だ――到着した途端に喧嘩を売られたのだから。

マリアンヌに夕食の片づけを任せ、椅子に腰かける。窓の外を眺めると、日が暮れて薄暗い中、使用人たちが仕事をしている姿が見えた。


(妙に人数が多いこと)


リリアナは思う。屋敷の広さと住んでいる人間の数を考えると、異常なほど使用人が多い。今回の披露宴で何割かの客は屋敷に滞在するはずだが、その対応のため一時的に増やしたのだとしても多すぎる。招待されるのは貴族ばかりだから、基本的に身の回りを世話する侍従は連れて来るはずだ。それに、あれだけの人数がいるのであればマリアンヌに夕食を取りに来いと言うのもおかしな話である。


(妙な勘繰りと、言われるでしょうけれど)


当初の予定では、リリアナは黙って大人しく過ごすつもりだった。無難に時間が過ぎるのを待ち、時が来れば何事もなく立ち去る――それが自分にも家族にも良いことだと思っていた。

だが、そうも言っていられなくなった。


売られた喧嘩は高く買い上げたい。その喧嘩が、長い目で見て自分を害すものであるのならば尚更だ。もし単なる憂さ晴らしであれば()()()()()()構わないが――どちらの道を選ぶのか決めるためにも、切り札は多い方が良い。幸いにも、滞在期間は十日もある。


(――――じっくりと、調べてみましょうね)


リリアナはうっそりと笑みを浮かべた。



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