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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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1. 覚醒 2

ブックマークありがとうございます。

だいぶ体も軽くなったので、リリアナは体を起こし寝台から降りた。多少ふらつくが、どうにか壁際に備えられた姿見の前に立つ。そこには、華奢な体つきをした、銀の髪に薄緑色の瞳をした美少女が映っていた。抜けるように白い肌は、病み上がりのせいか青白くすら見える。


――ああ、間違いなくリリアナ・アレクサンドラ・クラークだわ。


夢に見たゲームの攻略本に描かれた悪役令嬢の姿が脳裏に浮かぶ。記憶にあるその姿を幼くすれば、間違いなく姿見に映った少女になるに違いない。

思わずリリアナは深く溜息を吐いた。病み上がりだからというだけの理由でなく、気が重い。

悪夢だと一笑に付す気にすらなれなかった、ゲームのリリアナ・アレクサンドラ・クラークの未来。攻略対象はその殆どが未だリリアナの人生に姿を現していないが、彼女は二歳の時から王太子であるライリー・ウィリアムズ・スリベグラードの婚約者候補として有力だと目されていた。

婚約破棄という醜聞だけでなく、国家反逆罪に問われ処刑される未来。

詳細は思い出せていないが、確かゲームではどのルートを辿ってもリリアナは破滅することが決まっていた。ほとんどのルートで、リリアナは死亡する。ヒロインにとってのバッドエンドルートでも、リリアナは幽閉や国外追放など、ろくでもない末路を辿ってしまう。


「――――、」


最悪だわ、と言おうとしたが声が出ない。リリアナは端正な眉を寄せた。再度声を出そうとするが、喉が酷く渇いているという理由だけでなく、音が出ない。


(治らなかったのね)


どこか他人事のようにリリアナは心中で呟いた。

一度目が覚めた時にリリアナを診療した医者は勿論、リリアナが話せなくなっていることに気が付いていた。だが、その時はまだ熱が出ていたため、再度体調が回復した時に診療することになったのである。


(確か、流行り病で高熱と言っていたわね。他人の言葉は理解できるし、声が出なくなったということは、言語中枢の細胞が一部壊れたかしら。ブローカー中枢が壊された(ブロークン)――駄目だわ、わたくし疲れているわ)


咄嗟に出て来たおやじギャグに眩暈を覚える。

言語中枢であるブローカー中枢は言葉を話すときに必要とされ、ウェルニッケ領域は言葉を聞くときに必要とされる部位だ。勿論、リリアナの生きる世界に脳医学などは存在しない。前世の知識である。


(オカルトとか宗教的に言ったら、天罰が下って声が出なくなった――というべきでしょうけど。悪口を言って喉に病が出るというのは、仏教的な考えね。この世界の価値観からすれば、呪いと言った方が納得されやすいでしょう)


面倒だわ、と溜息を吐く。いずれにせよ、言葉を発せなくなったというのはこの世界では致命的だ。

高位貴族として必須スキルとされる魔術は、詠唱が必要だ。声が出ないと言うことは詠唱ができないということであり、声を失ったリリアナは魔術を使えないと看做(みな)される。

現在は王太子の婚約者候補だが、このまま声が出ないままでは、魔術はもちろん王太子妃としての公務も行えない。早々に――とはいかずとも、早い内に婚約者候補から外されるだろう。

破滅する未来を考えれば、その方がリリアナにとっては良いかもしれない。

それに、前世の記憶を思い出した今、不用意な発言は控えなければならない。声が出ないのであれば、失言も避けられるはずである。


リリアナはお茶会で会うたびヒロインに文句や悪口を言っていた。仮にゲームの強制力とやらでそのような場面に出くわしたとしても、声が出ないままであれば間違いを犯すこともないだろう。仮に声が出るようになっていたとしても、声が出ない振りをしておけば、陰口や悪口を叩いたりして悪戯に相手を傷つけ敵を作ることもないだろうし、それ以前に婚約も白紙に戻されるに違いない。


(ただ問題は――わたくしに利用価値がないと、お父様とおじい様に見切りをつけられた場合と、犯罪に巻き込まれた場合。今のわたくしに、身を守る術はございませんわ)


前世では過干渉な親に悩まされていたが、現世ではリリアナはネグレクト気味である。祖父と父は非常に合理主義的で、かつ冷淡だ。血縁者といえど、利用価値のあるなしで切り捨てる。多少、サイコパスの気があるのではないか――とリリアナは疑っているが、それを判断できるだけの材料はない。

兄が家督を継ぐ今、声を失い魔術も使えないであろうリリアナは、王太子の婚約者候補から外された場合、完全にクラーク公爵家のお荷物である。話すことのできない公爵家の令嬢を貰い受けようなどという奇特な貴族もいないに違いない。いるとすれば、クラーク公爵家の後ろ盾がどうしても欲しいという存在――即ち完全なる政略結婚だ。


(愛人ということも無きにしも非ずね。手っ取り早いのは修道院かしら)


完全に見切りをつけられた場合、祖父と父がリリアナをどう扱うのか、想像を巡らせる。国外追放や幽閉は公爵家の醜聞に繋がるから、可能性としては低いだろう。政略結婚が一番あり得る未来だ。

いずれにしても、今のところは使用人たちのお陰で衣食住には困らない。だが――、


(最後に家族と話したのは、いつだったかしら――?)


六歳になったばかりのリリアナが首を傾げるくらい、家族は交流がない。

記憶を取り戻す前までは、そのことが悲しかった。我がまま放題だったのも、誰かの気を引きたかったから――それだけだ。尤も、その我がままも年齢を経るに従い酷くなるのだが――今はまだ許容範囲内だろう。リリアナ付きの侍女であるマリアンヌも、リリアナを可愛がってくれている節がある。

ただ、今やリリアナは不干渉な状態に感謝するしかない。


(まあ、それはどうでも宜しゅうございますわ。放置されている間に、極力知識をつけましょう。魔術も詠唱が必須とされておりますけれど、それも疑わしいですもの)


王妃教育は既に受けているが、魔術の教育はまだだ。近々始める予定だったが、この調子では受けることもできないかもしれない。となれば、あとは独学でどうにかするしかない。

リリアナは小さな手を握りしめる。その双眸に決意が漲った時、部屋の扉が開いた。


*****


「お嬢様! お目覚めになったのですね。まだ本調子ではございませんでしょう、はやくベッドにお戻りください」


部屋に入って来た侍女のマリアンヌは焦ってリリアナを寝台に誘う。リリアナは大人しく寝台に戻り、シーツを被った。マリアンヌは「少々お待ちくださいね」と言いながら、慌ただしく部屋を出て行く。少しして、彼女は水の入ったコップを持ち医師を連れて来た。


「失礼しますよ」


言いながら、医師はリリアナの状態をくまなく診察する。最後に声が出ないことを確認し、医師は難しい顔になった。


「やはり、声が出ないようですな。恐らく熱が続いたせいでしょう。高熱が続いたあと、声が出なくなる症例は何度か見たことがあります」

「まあ――」


マリアンヌは悲壮な表情になる。それを励ますように、医師は笑みを見せた。


「大丈夫ですよ、たいていの場合は治ります。稀に治らないケースもありますが――様子を見ましょう。旦那様には私からお話を通しておきます。旦那様はいらっしゃいますかな?」

「あ――いいえ、しばらくお戻りにならないと――」


戸惑いながらマリアンヌは首を振る。医師は「そうですか」と頷いた。

「それでしたら、症状を書いた手紙を言づけましょう――しばらくは無理をせず、できるだけゆっくりと過ごすようにすること。また二週間程度したら参りましょう」


医師はそれだけを告げて部屋を出て行く。見送ったマリアンヌは溜息を吐いた。扉を閉めてリリアナに向き合う。


「ゆっくりと――と申し上げても、難しいかもしれませんね。この手紙を旦那様にお渡しして、しばらく王宮への訪問は控えるよう進言はいたしますが――」


リリアナの王妃教育はすでに始まっている。一部はクラーク公爵家の屋敷でも行えるが、今やその大半を王宮で行っていた。声が出ない今、王宮での妃教育には弊害も出るだろう。だが、マリアンヌの提案が受け入れられるかと問われれば、答えは否だった。


(たぶん、難しいでしょうね。本当でしたら、王宮にはいきたくないのだけれど――陛下や殿下へ拝謁しても、口上も述べられませんし)


気鬱な溜息を吐く。そんなリリアナを、マリアンヌは励ますように見た。



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2024年4月25日 第1巻発売(オーバーラップ文庫)
2024年8月25日 第2巻発売(オーバーラップ文庫)
2025年1月25日 第3巻発売(オーバーラップ文庫)

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