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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
199/563

30. 遊戯の前触れ 7


王宮と騎士団の人事改革は、ライリーたちが想像していたほど大きな混乱はなく完了した。だが、完全に大公派を追いやれたわけではない。ライリーは執務室のソファーに腰掛けたオースティンと共に、クライドから裏話も含めた説明を受けていた。“立太子の儀”を間近に控えた今、クライドとオースティンはライリーの有力な側近候補として重用されつつある。クライドと共に文官や武官、騎士たちの身辺調査を行っていたルシアンは、ケニス辺境伯に呼び出されたらしく領地へと戻っていた。

クライドは短くまとめた報告書をライリーに手渡し、淡々と言葉を綴る。


「明らかに違反のある者に関しては罷免しましたが、証拠のない者に関しては適当な理由を付けて閑職に追いやることとなりました。ただそのような者はいわゆる“蜥蜴の尾”です。大公派と繋がりがあるにも関わらず、こちらに弱味を見せない者ほど重要な役職についている」

「――メラーズ伯爵やスコーン侯爵がそうだな」


ライリーは難しい顔で呻いた。メラーズ伯爵やスコーン侯爵が大公派であるという情報は入手している。成長期を経てだいぶ体つきもしっかりとしてきたオースティンは、魔導騎士らしく伸ばし始めた髪を後ろで一つ括りにしていた。彼は眉を寄せてライリーを窺う。


「待てよ、スコーン侯爵は俺も噂を聞いたことがある。でも宰相もそうなのか?」

「私の“影”も未だ確証は掴めていない。だがケニス辺境伯が警戒するよう連絡をくださったんだ」


勿論ケニス辺境伯が直々にライリーを訪れたわけではない。隣国が国境を侵して攻め込んで来た後、事情を報告するためライリーの元を訪ねた息子のルシアンが雑談に紛れ込ませるようにして注進してくれたのだ。

オースティンは複雑怪奇な顔で「なるほど」と呟いた。


「辺境伯の調査ならある程度信頼はできそうだな」


ライリーの耳に忠告を届ける者の中には、疑心暗鬼にさせて政敵の立場を危うくしようと企む者もいる。だが辺境伯がそのようなことをする必要はないし、嫡男であるルシアンも軽率な真似をする男ではなかった。クライドも頷いて口を開く。


「だから引き続きメラーズ伯爵とスコーン侯爵に関しては情報を集めている。だが、二人ともかなり慎重な性質らしくなかなか尻尾を掴ませない」

「案外、取引相手の方が馬脚を現わすのは早いかもしれないぞ」


にやりとオースティンが笑った。思わずと言ったようにクライドも笑みを零す。内心を隠す術に長けた最近の彼にしては珍しい表情だった。そしてライリーも楽し気に喉の奥で笑う。


「それなら焦らずとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ」

「おい、王太子が裸踊りなんて言うなよ。貴婦人とご令嬢方が卒倒するぞ」


オースティンが呆れた視線をライリーに向けるが、その顔は笑っているため信憑性に欠ける。庶民たちが暮らす区画に足を運ばないライリーが平民の言い回しを知っているのは、偏に行動範囲の広いオースティンのお陰だった。お前が教えたんだろうに、と小さくオースティンを睨んだライリーはそれでも笑いを残したまま、視線をクライドに向けた。


「騎士団の方はどうなってる?」

「そちらもある程度は順調ですが、八番隊が難関です」

「ブルーノ・スコーンか……」


クライドの言葉を聞いたオースティンは苦々しく顔を顰めた。八番隊隊長といえば、大公派の疑いがあるスコーン侯爵次男ブルーノである。トーマス・ヘガティが団長になった後であればブルーノも隊長に昇格することはなかっただろうが、それよりも僅か早くブルーノは隊長の座についた。前団長も忠義に厚い人間ではあったが、政争には興味がなかった。そのため彼は純粋にブルーノ・スコーンの資質と能力だけを評価して隊長に任命したのだ。

目を細めて、クライドは端的に付け加えた。


「確かに能力としては八番隊隊長に適任なのですが、この現状で大公派と疑わしき人間が隊長の座に就いているのは問題です。情報を掠め取り、殿下にとって不利な状況を作り出すことも可能でしょう」

「もしかしたら」


クライドの言葉を引き継いだのは、ライリーを一瞥したオースティンだった。


「この前、団長からの護衛に関する指示書を握り潰したのもブルーノ・スコーンだったりしてな」

「その可能性は視野にいれて調査したが、生憎と何の証拠も見当たらなかった。というよりも、指示書自体が見つからなかった」

「なんだって?」


クライドの解説にオースティンは目を剥く。

指示書がない――即ち、団長がライリーの護衛を命じていないということになる。もしそのことが顧問会議に知れてしまえば、ヘガティを快く思わない貴族たちにとって都合の良い弾劾の材料になってしまうだろう。ヘガティ騎士団長をこの上なく尊敬しているオースティンの顔が険しくなったのを見て、ライリーは苦笑しながら「落ち着け、オースティン」と幼馴染を宥めた。


「団長に不利はない。指示書を団長が出したことは複数の人間が見ているし、その証言も記録に残した」

「それなら良かった」


安堵したようにオースティンは深く息を吐いた。

ヘガティ団長は二番隊隊長ダンヒル・カルヴァートと共に、四年前に起きた魔物襲撃(スタンピード)の制圧に際して魔導士と騎士を無駄死にに追いやったとして弾劾された。その時はクラーク公爵とフィンチ侯爵の口利きもあり罪に問われることはなかったものの、当時二人を弾劾した張本人である魔導省長官ニコラス・バーグソンは未だその役職に就いている。今回の件もバーグソンの耳に入ればこれ幸いとあげつらわれるのは目に見えていた。


「だが、それなら誰が指示書を隠したのかが問題だな。恐らくブルーノ・スコーンだろうが――そこまで八番隊隊長に権限があるのか?」


ライリーが不思議そうに疑問を口にする。誰に向けた問いでもなかったが、答えたのは騎士団に所属しているオースティンだった。考える素振りをみせながらも、口調はしっかりとしている。


「権限自体は他の隊長格と変わらない。だが八番隊はそれ自体が間諜や破壊工作といった謀反組織の調査と弾圧を目的として作られた組織だ。つまり隊長も、ある程度そういった工作活動に精通している」

「なるほど、()()()()()()適任ということだな」


苦々しくライリーが言えば、クライドも頭痛を堪えるような表情で同意を示した。

ブルーノ・スコーンは適任であるとして八番隊隊長に任命された。即ち現在騎士団に所属している騎士の中で最も工作活動に造詣が深いということだ。そして同時に、そんな彼であるからこそ騎士団長の指示書を痕跡すら残さず握り潰すことも出来たのだろう。


息子(ブルーノ)が駄目なら父親の方はどうだ。慎重だとはいっても、侯爵本人がどこかでヘマをやっているかもしれない」


指摘したのはライリーだった。スコーン侯爵は顧問会議での発言を鑑みても、息子ほど気が回る性質には見えない。クライドも同じことを考えたようで、静かに頷いた。


「侯爵の方には常時監視を付けることにします」

「ああ、それが良い。“立太子の儀”までにはある程度掌握しておきたいからな」


ライリーが溜息混じりに告げれば、クライドだけでなくオースティンも神妙な面持ちになる。大公派が何かを企てるとすれば“立太子の儀”よりも前だろうが、上手くいかなければ式典当日に仕掛けて来る可能性もある。他国の貴賓たちに、国内の対立を見せるわけにはいかない。王国内に対立があると白日の下に晒されてしまえば、特に隣国のユナティアン皇国に絶好の攻め入る機会を与えてしまうことになる。ある程度は皇国も王国内の事情を把握しているだろうが、貴賓の前で醜態を晒したくはなかった。


「まあ尤も、皇国から来国する貴賓が第二皇子になる可能性が高そうだが」

「ローランド皇子か?」


オースティンはどうやら初めて聞いたらしく、目を丸くしてライリーを見た。ライリーは頷く。

元々“立太子の儀”にはユナティアン皇国の第一皇子が出席するらしいという情報を掴んでいた。正式に通達はなかったものの、情報源は正式な書簡以外にもある。だが半年前から、第一皇子に対する暗殺事件が立て続けに起こっていたようだ。暗殺は自国よりも他国の方が成功しやすい。そのため、第一皇子ではなく第二皇子であるローランド・ディル・ユナカイティスが兄皇子の代わりに出席する可能性が高まりつつあると報告を受けていた。


「そうだ。辺境伯に隣国領主が侵攻した時は、危険を理由に外遊を中止すると連絡があったんだが――どうやら向こうも状況が変わったらしいな」


ライリーが答えるが、そこにクライドが口を挟んだ。


「まだ確定はしていませんが、第一皇子が危篤だという噂もあります」

「――危篤? それは本当か」

「現在、状況を確認しているところですが――生憎と、第一皇子の身辺は情報統制が厳しく」


思わず目を瞠ったライリーだったが、クライドはあくまでも落ち着いて淡々と状況を説明する。確かに第一皇子は皇位継承者として最も有力だという話を聞く。その彼の命が危ぶまれる状態なのであれば、皇国は更に荒れるだろう。スリベグランディア王国と違って彼の国は皇位継承者が非常に多い上、貪欲に権力を欲する皇子や皇女が虎視眈々と政敵の隙を狙っているのだ。


「分かった。詳細が分かり次第、また連絡してくれ」

「承知しました」


ライリーの依頼にクライドははっきりと頷いた。元々、ある程度確証ができた段階でライリーには報告しようと考えていた情報だ。拒否する理由もなかった。



*****



“立太子の儀”を来月に控えたその日、オースティン・エアルドレッドは他数名の騎士と共に玉座の間へと向かっていた。騎士だけでなく、魔導省に所属していたらしい若い魔導士も一人、最後尾を歩いている。

全員、馴染みのある騎士団の黒い隊服や魔導士のローブではなく、白と赤を基調とした豪奢な衣装を着ていた。今回、ライリーの近衛騎士を選任するため新しく考案された衣服だ。騎士団の隊服と最も違う点は、左肩に掛けるマントだった。普段の任務では不要だが、正礼装の際には着用必須となるらしい。

皆、緊張した面持ちで玉座の間に足を踏み入れた。国王が未だ病床のため玉座は空いているが、その隣に置かれている豪奢な椅子には王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードが座っていた。メラーズ伯爵が宰相として、ライリーの隣に立つ。そして、宰相は厳かに叙任式の始まりを宣言した。

騎士としての叙任式自体は、騎士団に入団し見習いから卒業した時に行っている。だが今回は近衛騎士として選任されたことを示すための儀式だった。そのため、正式な叙任式と比べると幾らか簡略化されている。それでも、オースティンの頬は緊張と高揚から僅かに紅潮していた。


「本日をもって、次の述べる五名を王太子殿下の近衛騎士に任命する」


一人ずつ名を呼ばれる度に、白い衣装を纏った者たちは短く答えた。最初にライリーが年齢や出自を問わないと断言した通り、最年少はオースティンの十四歳だし、騎士には平民出身の者もいる。だが、間違いなく全員がライリーに対しては忠誠を誓い、そして()()()()()()()()()


メラーズ伯爵が呼名を終えると、ライリーが立ち上がり一歩前に出る。

オースティンの番が回って来た時、ライリーと視線が交わる。二人とも表情は変わらなかったが、互いの瞳は雄弁に感情を物語っていた。


――やっと、ここまで来た。


オースティンにとっては、長く夢見た舞台だった。ずっとオースティンはライリーの近衛騎士になりたいと願って努力を続けて来たし、ライリーもまたオースティンが側近として、そして近衛騎士として仕えてくれる日が必ず来ると信じていた。

そして何よりも、暗殺者の凶刃に倒れたエアルドレッド公爵の悲願でもあった。公爵はオースティンがライリーの近衛騎士になりたいと言った時からずっと、息子を支え導いて来た。必ず近衛騎士になれると励まして来た。


「今まさに我が騎士とならん汝よ、真理を守り汝が主となる者に忠誠を誓うべし」


ライリーは剣の平で首筋を軽く打った後、オースティンにその剣を差し出す。オースティンは緊張した面持ちのまま剣を受け取り、腰に佩いた。

厳かに叙任式は進行し、そして終わりを告げる。


この日、スリベグランディア王国王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードの近衛騎士が誕生した。その内の一人はオースティン・エアルドレッド――今後王国随一の魔導騎士として名を馳せる少年であった。



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※乙女ゲーム舞台なので、騎士叙任式の作法は見栄えのする方法です。史実は見なかったことに。

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