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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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30. 遊戯の前触れ 5


発端となったとある魔導士――それは、プレイステッド卿が派遣して来た男だった。彼は国王の治療に当たり、そして国王の長年の病が呪術によるものだと突き止めた。だが、彼が白日の下に晒したのはそれだけではなかった。

ライリーは三人分の視線を受け止めて穏やかに告げた。


「少し時間は掛かったけど、誰が陛下に呪術を仕掛けたのかも判明した」

「犯人が分かったのですか」

「ああ」


クライドの問いにライリーはあっさりと頷いた。一体それは誰なのかと問う視線を向けたクライドたちに、ライリーは意味深な笑みを浮かべる。


「大方の予想通りだと思うよ。だから、これを機に魔導省の人事も一新したい」


犯人は魔導士だ。そして間違いなくその人物は魔導省に属している――それを示唆するライリーの言葉に、クライドだけでなく、ルシアンも表情を引き締めた。ベン・ドラコだけは既に予想していたのか、表情に変化はない。ただ静かにライリーを見つめている。

国王を呪術で呪うなど謀反の最たるものだ。どんな理由があろうと決して許されることではなく、実行者は勿論指示した人間にも極刑が科せられる。そして魔導省も管理監督が不十分だったとしてその責を負うことになるだろう。


「魔導省の人事を一新して――いわば新生魔導省になった時には、長官に相応しい人を任命したいと考えていてね」


にこやかにライリーは言葉を紡ぐ。その台詞で大方の事情を察したクライドは感嘆を双眸に浮かべ、ルシアンは楽し気な笑みを零してベン・ドラコを見やった。ベンは居心地悪そうに顔を顰めているが、表立って反論はしない。


「私はベン・ドラコ殿が良いのではないかと考えているんだ。貴方ならごく一部を除いて反論も出ないだろうし、その“ごく一部”も今回の人事で粛清対象になる予定だから問題はない。結果的には全会一致で長官の座に就くことになるだろう」


当然、クライドもルシアンもベンが魔導省長官になることには賛成だ。だが、国王を害する謀反人として犯人を処罰したとしても、ベンが長官になるためには課題も残されていた。クライドが眉根を寄せてライリーに進言する。


「確かにベン・ドラコ殿は魔導省長官にこれ以上なく相応しい方だと思います。ですが、彼は四年前の魔物襲撃(スタンピード)の折に転移陣への細工を行ったとして罰を受けています。その点を指摘して阻もうと企む者もいるかと思いますが」

「クライド、貴方はベン・ドラコ殿が本当に転移陣に細工をしたと思っている?」

「いえ、それはあり得ないでしょう。ただし、冤罪であるという証拠もありません」


問題は間違いなくクライドが指摘した通りだった。ベン・ドラコのことを知る人は、彼に敵意を抱いていない限り冤罪だと信じている。しかし、彼が転移陣に細工をしたという証拠もなければ、反対に()()()()()という証拠もなかった。

ライリーは重々しく頷いた。


「まさしくそれが、今日ここにあなた方を呼んだ理由だ。犯人は明らかになったが、まだそのことを公にするつもりはない。全ての準備が整ってから犯人を追い詰める」


クライドは息を飲んだ。ルシアンも、普段の人を食ったような笑みは消え失せて、真剣な表情になっている。ただ張本人であるベン・ドラコだけは、無言ではあるものの面倒臭いと言いたげに口をへの字に曲げていた。

ライリーは苦笑と共にベンを見やり「不服かな?」と尋ねる。ベンは沈黙していたが、少ししておもむろに口を開いた。


「失礼ながら、不服というよりは面倒ですね。元々長官になりたいわけでもないですし――本当であれば、少なくとも一人は魔導省に勤めなければならないという我が家と王家の盟約をなかったことにして頂いた方が助かるんですが」


ベンの大胆不敵な台詞に、ライリーは苦笑を深める。大方そのようなことを考えているのだろうとは思っていたものの、口にされるとただ苦く笑うしかできなかった。


「貴方にとっては残念だろうけど、それは出来ない相談だね」

「駄目元で言ってみただけです」


半分は本気だったのだろうが、残りの半分は冗談だったらしく、ベンは飄々と肩を竦めてみせた。ライリーは頷くと話を戻す。


「実際に陛下を呪うため手を下した者は一人だけだ。だが、その配下らしき魔導士は数人確認が取れている。できれば現時点で目星をつけている者以外にも、不正や犯罪に手を染めている者は全て把握しておきたい」


クライドとルシアンは承知したというようにしっかりと頷いた。そしてルシアンが口を開く。


「把握しておく、ということは、全員を処断はしないということですね?」

「現時点では考えていない。今後改善が見込める者についても処断する必要はないからね。もしかしたら減給や謹慎程度は申しつけるかもしれないが」

「承知いたしました」


魔導省に勤める魔導士のうち、どれほどの人数が不正や犯罪に手を染めているかは分からない。もしその人数が多ければ、全員を処断してしまえば魔導省の仕事が回らなくなる。その匙加減は難しそうだが、魔導省を魔窟に変えている大公派を悉く粛清できるのであれば易いものだった。


「ベン・ドラコ殿、確か貴方は魔導省で副長官の任に就かれている時、魔導士たちの不正を調査していたと記憶しているのだが」


ライリーは視線をベンに向けて尋ねる。ベンは僅かに眉根を寄せたが、すぐに頷いた。

確かにベン・ドラコは、魔導省副長官だった時代に横領や禁術の研究等に精を出している魔導士を炙り出していた。尤も研究の片手間に確認する程度だったが、それでも結構な人数になったことは覚えている。


「ええ、していましたよ」

「それは全て処罰を下したのかな?」


ベンは溜息を堪えるような表情でライリーの問いを肯定した。


「いえ、疑惑に留まっているものもいましたし、軽微な者もいましたからね。全てに処罰を下したわけではありませんが――情報が入用ですか?」

「ぜひ、欲しいな。疑わしい人物の一覧表があれば、それだけで調査もだいぶ楽になるだろう。証拠固めはクライド殿とルシアン殿がしてくれるだろうしね」


突然名前を出されたルシアンとクライドは直ぐに了承する。ライリーは嬉しそうに微笑んだ。どうやら断る選択肢はないらしいと、ベンは苦笑を零した。勿論、ベンも断るつもりはない。

幸いにも不正や禁術に手を染めている疑惑がある人物の一覧表はまだ手元にある。四年前の魔物襲撃(スタンピード)でベンに濡れ衣を着せるべく私邸に押し掛けて来たソーン・グリードたちは、その一覧表の存在を知らなかったのか失念していたのか、探す素振りも見せなかった。尤も探したところで見つけられはしなかったのだが――まさか今ここで日の目を見ることになるとはベンも思っていなかった。


「分かりました。即日持って参りましょう」

「宜しく頼む」


ベンの言葉にライリーはにっこりと笑う。開けっ広げにも見える表情にベンはとうとう苦笑を漏らした。しかし、クライドはそれだけでは満足しなかったらしい。少し考える素振りを見せていたが、顔を上げると口を開いた。


「殿下、魔導省の内部調査を実施する点に関してはこれで問題ないと思います。しかしそれだけでベン・ドラコ殿を長官に任命することは難しいのではないでしょうか」


これまでの話し合いで出来ることは、魔導省に勤める魔導士たちの不正を暴き処罰を下すことだけだ。目下の問題である、ベンに掛けられた疑いを晴らすことはできない。しかしライリーは動じず、寧ろ泰然自若とした様子で「問題ない」と答えた。


「ベン・ドラコ殿に疑惑を掛けたのは魔導省長官バーグソンだ。そしてその証拠を持ち帰ったのは副長官ソーン・グリードだね。つまり、二人に大きな瑕疵が見つかれば、そもそもベン・ドラコ殿に対する疑惑も正当なものかどうか、多くの者が疑いを持つだろう」

「つまり、無実を証明するのではなく、疑惑を掛けた人間に目を向けさせるということですか?」

「そういう解釈でも構わない」


クライドが要点を纏めれば、ライリーはにこやかに遠回しに肯定する。確かにその方法が最も効果的だと、ルシアンもクライドも頷いた。

残念なことに、細工を施された転移陣は既に破棄されている。当時の報告書も手が加わっていないとは言えず、参考にはならない。

ライリーは穏やかに、しかしはっきりと告げた。


「先ほどルシアン殿が提出してくれた報告書を見る限り、文官や武官の中には魔導省と繋がりがありそうな者も居たからね。彼らから辿れば、色々と芋づる式に出て来るんじゃないかと思うよ」

「――なるほど」


それまで無言だったルシアンがにやりと口角を吊り上げ頷く。その目は好戦的に煌めいていた。恐らく彼の頭の中では、これから取るべき手段が驚くべき速さで組み立てられているのだろう。その隣ではクライドも僅かに目を伏せ沈思黙考している。

頼り甲斐のある二人を満足気に見やり、ライリーは会談の終了を告げた。



*****



クライドとルシアン、ベンを交えた会談は終えたが、ライリーはベン・ドラコだけを引き留めた。ベンは不思議そうな表情だったが、最初にライリーが“魔術の教えを乞いたい”と告げたことを覚えていたらしく、軽く了承してくれた。

ライリーはベンの対面に腰かける。一体何から話せば良いかと逡巡したが、ベン・ドラコとリリアナは接点があったことを思い出した。そうとなれば最初から順を追って話した方が分かりやすいだろうと判断し、口を開く。


「貴方はリリアナ嬢と親しかったと記憶しているんだが」

「リリアナ嬢――ああ、クラーク公爵家の。ええ、それなりにお付き合いさせて頂いてますよ」


ベンは一瞬考えたがすぐに頷いた。どうやら名前を言われても直ぐには思い出せない程度の付き合いらしいとライリーは見て取る。


「それなりとは、どの程度?」


ライリーの質問にベンは少し考える素振りを見せた。


「厳密には僕じゃなくてミューリュライネンが親しいんですよ。僕はそのついでです。年月だけはそれなりに長いですが」

「――なるほど」


曖昧に相槌を打ち、ライリーは僅かに眉根を寄せる。話の切り出し方を間違えたかもしれないと、彼にしては珍しく若干の後悔を覚えた。しかし今更口に出したものを取り返すことなどできない。仕方がないと諦めて、ライリーはさっさと本題に入ることにした。


「実はそのリリアナ嬢からの手紙に気になることが書いてあってね。貴方の意見を訊きたいんだ」

「気になること?」


ベンが目を瞬かせる。その双眸に複雑な色が混じっていたが、ライリーにその真意は掴めなかった。代わりにライリーは頷いて言葉を続ける。


「つい昨日体調を崩したそうなんだが、どうやら魔力暴走の一歩手前の状態になったらしい。体内で魔力が渦巻いて、倦怠感や発熱を起こす症状だ。今は落ち着いているらしいが、どうしても疑問が残った」


ライリーが説明を続けるうちに、ベンの顔も真剣なものに変わっていった。何かを考え込むように、彼にしては珍しく眉間に皺を寄せている。ライリーはベンの表情の変化をつぶさに観察しながら、抱いた疑問を言葉にした。


「彼女は十二歳だ。確かに魔術に慣れない者であれば、十二歳でも魔力暴走を起こす者は稀に居る。たいていは十二歳の段階では魔力制御もできるようになっている。そしてリリアナ嬢は、当然のように魔力制御が出来ている」

「ええ、その認識で間違いありません」


ベンも重々しく頷いた。妙に喉が渇く気がして、ライリーは立ち上がって外に立つ侍従にお茶を淹れるよう申しつけた。二人の間を沈黙が落ちる。それは侍従が茶を持って来て立ち去るまで続いた。

新しく淹れられたお茶を一口飲んで喉を潤し、ライリーは話を続けることにした。


「リリアナ嬢の年頃で魔力が急激に増えるという話も聞いたことがない。それにも関わらず、魔力暴走に似た状態を引き起こした。これはあり得ることなのか?」


ライリーの問いは簡潔明瞭だった。ベンはすっと目を細める。少し考えていたが、少しするとやおら口を開いた。


「あり得ないわけでは、ありません。確率としては非常に低いですが――大昔の文献にも似たような報告はあります」

「大昔の――? 最近はないということか」

「ええ。最近の報告では、元々魔力制御が得意でなかった子供で魔力暴走寸前までいった症例か、もしくは二、三歳で魔力が急激に増えた例が数件みられるだけです」


それもここ数年の話であり、一年に一件の報告があるかないか、という程度だ。だが、たいていは魔力暴走を起こすこともなく、急激に魔力が増えることもない。

ベンは淡々とそのことを説明した。


「魔力が急激に増えると、体も心も持ちませんから。子供の場合は心よりも体の方が脆いですから、魔力が急激に増える場合は命を落とします」

「それでは、昔の文献にあったというのは?」


嫌な予感がしつつも、ライリーは落ち着いて尋ねる。ベン・ドラコは瞬いて視線をライリーに向けた。その双眸は深く沈んでいて、ライリーは胸騒ぎがして居心地が悪くなる。

ベン・ドラコは静かに、しかしはっきりと告げた。


「禁術の報告です」


沈黙が落ちる。嫌な予感が当たったと、ライリーは低く喉の奥で唸った。



9-3

15-11

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