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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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30. 遊戯の前触れ 4


額に違和感を覚えたリリアナは目を瞬かせる。いつの間にか、頭に載せられていた氷嚢は寝台の上に落ちていた。悪夢を見たせいか脂汗を掻いている。体中が気持ち悪いと思いながら、ふとリリアナは額に触れているものが獣の足先だと気が付いた。

視線をのろのろとそちらに向けると、黒い獅子が前足だけを寝台に乗せている。そして右前足をひょいと伸ばして、リリアナの額に触れさせていた。


「――アジュライト?」

『苦しそうだな』

「少し、マシになっているみたい」


熱に掠れた声でリリアナは答える。アジュライトは変わらず右前足でリリアナの額に触れていた。意識を集中すれば、触れている部分で徐々に魔力の流れが落ち着いていることが分かった。外に出ている感覚はない。だがアジュライトは人とは違う理の下で生きているそうだから、リリアナや彼女を診察した医者には分からない方法を知っていたのだとしてもおかしな話ではなかった。


『先ほど、お前の侍女が来ていたぞ。どうやら魔導省にも王都の邸宅にも文を出したが、しばらく留守にしているらしく連絡が付かないと嘆いていた』

「――そう」


どうやらマリアンヌは本気でベン・ドラコと連絡を取ろうとしたらしい。だが、彼もまた忙しい。恐らくまた魔導省長官に無理難題を押し付けられ駆けずり回っているのだろう。

リリアナが魔導石を使えばすぐにベンと連絡は取れるが、そのつもりはなかった。一々自分のことで時間を取らせるつもりもないし、弱っているところを見せたくもない。恐らくベンのことを信用はしていても信頼はしていないのだろう。だから、ここぞという時に声を掛けることも躊躇われるのだ。


そんなことをぼんやりと思いながら、リリアナは目を瞬かせてアジュライトに視線を向けた。黒獅子は首を傾げてみせる。


『なんだ』

「貴方は今、何をしているの?」


すると、アジュライトは不思議なことを聞いたとでも言うように目を瞬かせて自分の右前足を見やる。少し考えたが、すぐに黒獅子は答えてくれた。


『お前の体内の魔力が暴れて苦しそうだからな。落ち着かせている』

「――人間はできないけど、貴方なら出来るのね」

『良く分かっているじゃないか』


にやりとアジュライトは笑った。牙が見えるが、不思議と怖くはない。アジュライトはリリアナの額に当てていた前足で瞼を閉じさせる。

何故かアジュライトからは匂いもしなければ、肉球も柔らかい。何故だろう、そう思いながらリリアナの意識は再び闇に沈んでいった。



*****



アジュライトはリリアナが寝たのを確認すると、前足を額から外して顔を覗き込んだ。黒獅子の瞳には、人間の目には映らない魔力が見えている。

リリアナを診察した医者も魔力の流れは見えるようだが、アジュライトにしてみれば、沼や湖、海、そして川全てを一纏めにして“水たまり”と呼んでいるようなものだ。規模も水質も、その中に住む生物も全く違うのに、人間は気付くことすらない。だがアジュライトは一々その詳細を人間に教えるつもりはなかった。


『――落ち着いたようだな』


いつの間にか外は暗く月が出ている。少し時間はかかったが、リリアナの体内で暴れていた魔力は落ち着きを取り戻し、少女の体に馴染んでいるように見える。この分では次目覚めた時に熱も下がっているだろう。

安堵の息を漏らしたアジュライトは、しかし次の瞬間目つきを鋭くして窓の外を睨みつけた。苛々としながら、足早に窓際へ寄る。鍵の掛けられた窓がひとりでに開いた。アジュライトは動じることなく隙間から外へと抜け出る。二階から地面までは距離があるが、獅子は全く意に介さない。ふわりと宙に浮くと、何もない空間を睥睨した。


『ここには来るなと言っただろう』

『貴方の指示に従う気はありませんからねえ』


ねっとりとした言葉が答えた途端に、ふわりと空気が揺れる。しかし姿は現れない。しかしアジュライトには、相手が纏う魔力が見えていた。苛立ったように尻尾を地面に叩きつけるように振る。しかし宙に浮いているため、その尻尾はただ空を掻くだけだった。


『まだ時期が早すぎる。気が逸るのも理解はできるが、焦ったところで全てを失うぞ』

『それは誰の話でしょうかね』


嘲笑するような言葉に、アジュライトは鼻を鳴らした。ブン、と空気が揺れる音が僅かに響く。姿を隠した相手は楽し気に囁いた。


『普段はこの場所も入り辛いですからね、この機会を逃しては貴方が肩入れしている少女の顔すら見られないのではないかと思いまして』

『見る必要はない』

『全く、貴方は昔から心が狭い』


呆れたような声が響く。しばらく沈黙が落ちて睨み合いが続いたが、やがて相手は諦めたようにわざとらしい溜息を吐いた。


『仕方ありませんね。また次の機会が巡って来る日を待ちましょう』

『――そんな機会などあって堪るか』

『貴方が何と言おうと、少なくとも一度はあるでしょうね』


くす、と笑みを零した瞬間、相手の気配が掻き消える。完全にどこかに消えたらしいと悟ったアジュライトは、深く溜息を吐いた。尻尾が力なく垂れる。憂鬱そうな色を瞳に乗せて、黒獅子はちらりとリリアナの寝ている部屋を振り返った。何かを考えていたが、やがて視線を無理矢理引き剥がすようにして顔を逸らす。そしてアジュライトは竜の翼を広げ、その場から飛び立った。



*****



ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードは、受け取った手紙を一読して目を瞬かせた。執務に関するものではなく、今日王宮に上がる予定だったリリアナから訪問できなくなったと知らせる手紙だった。それだけであれば特に問題はない。しかし、その手紙の中に一つ気になる文言があった。


「魔力暴走――?」


厳密には魔力暴走を起こしたわけではない。ただ、一歩間違えれば魔力暴走を起こしかねない状態だったというだけだ。しかしリリアナは魔力制御は常に出来ている。通常、魔力制御ができるようになるのは魔力量が安定する十歳前後だと言われている。つまり、魔力制御が出来てるようになっていれば、どれほど魔力量が多かろうが魔力暴走を起こしそうになることはないのだ。勿論、リリアナの年齢で突如制御できなくなるほど魔力量が増えることもあり得ない。


「一体何があったんだ?」


手紙にはそれ以上のことは何も書かれていなかった。ただ、今は状態も落ち着いたこと、念のため休みたいので王宮には向かえないことが淡々と綴られている。

ライリーは唇を嚙みしめる。リリアナも原因は分からないのかもしれないが、知っていたとしても尋ねない限り教えてはくれないだろう。訊いたところで正直に話してくれるかも自信はない。頼ってくれたらいつでも手助けできるのにと思えば悔しさが積もっていく。

しかし、ライリーは幸運だった。


「今この手紙を読んだのは、ちょうど良かったな」


呟いた途端に、執務室の扉が叩かれる。入室を促すと、二人の男が入って来た。ケニス辺境伯嫡男のルシアンと、クラーク公爵クライドだ。ライリーは椅子から立ち上がって二人を出迎えた。


「二人とも、良く来てくれた」

「直々に殿下から指名を賜りましたから」


飄々と答えたのはルシアンだった。ライリーは小さく笑みを零して二人に座るよう促す。ライリーが腰かけてから、ルシアンとクライドはソファーに腰を下ろした。

最初に口を開いたのはルシアンだった。手に持っていた鞄から書類を取り出してライリーに手渡す。


「王宮と騎士団に勤務している人間の素行調査の報告書です。調査に当たった本人に関してはこちらで内密に調査を行いました」

「ありがとう、さすが仕事が早いね」


ライリーは微笑を浮かべて書類を受け取ると、素早く中身に目を通し始めた。


フィンチ侯爵とメラーズ伯爵が一覧表にした身辺調査の担当者には、案の定それぞれの派閥に与する者が入っていた。だがあくまでも派閥に所属しているだけで、間諜とは断言できない。そのため、ライリーは大公派ではないと分かっている者に身辺調査の統括を頼んだ。それがクライドとルシアンだった。

本当であればエアルドレッド公爵を継いだユリシーズ・エアルドレッドでも良かったのだが、生憎と彼はフィンチ侯爵と同じアルカシア派だ。メラーズ伯爵から反発があることは容易に推測できた。そのため白羽の矢が立ったのがルシアンだった。


ルシアンとクライドの仕事は単純でありながら厄介だ。王宮と騎士団に勤める者たちの身辺調査を担当者にさせながら、彼らの素行を調査する。勿論、担当者たちが身辺調査をするに当たり不正を行っていないか監視する役割もある。正直なところ、三大公爵家か辺境伯でなければその調査に当たるための人員を確保できなかった。


「可及的速やかに、と申し付けられておりましたからね」


ルシアンが僅かに皮肉の籠った口調で言う。不敬にも取られかねない台詞だったが、ライリーは腹を立てるどころか楽しそうに笑みを零した。


「出来ない訳がないと思っていたよ」

「――そのように信頼して頂けるとは、この上のない名誉です」

「本心からそう言って貰えるように、私も日々精進努力しないとね」


ライリーが平然と言い返すと、ルシアンは今度こそ苦笑を漏らす。肩を竦めると、彼は目を細めてライリーを見やった。一見したところ冷たく感じる表情だが、その双眸は不思議に煌めいている。


「でも少なくとも、殿下は大公閣下よりも見どころがあるかと存じます」


ルシアンの言葉に、ライリーは顔を上げた。問うような視線を向ける。クライドは先ほどからルシアンの態度に苛立っている様子だったが、今の言葉で更に不快感が増したようだ。殆ど表情は変わらないが、ルシアンを見やる視線に険が混じっている。その視線の強さに気が付いているはずのルシアンは、平然とクライドを無視してライリーを意味深に見つめていた。


「叔父上に会ったのか?」

「ええ。既にご存知かとは思いますが、彼は長らくフィンチ侯爵夫人と懇意にしていますのでね。その伝手で先方から恋文を頂いたのですよ」


一風変わった言い回しに、クライドがげんなりと「恋文……」と呟く。だが実際に恋情を綴った手紙を受け取ったわけではないのだろう。ピンときたライリーは口角を上げた。


「大公派に鞍替えするよう諭されたか?」

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ということでしょうかね」


ケニス辺境伯がライリーを次期国王にと支持していることは、今や知らぬ者はない事実だ。だからフランクリン・スリベグラード大公は次期辺境伯を取り込もうと動き出したということだろう。

普通であれば大公からの手紙がルシアンに届くことはないはずだが、大公はライリーを支持するアルカシア派の中でも権力を持つフィンチ侯爵の夫人と長く愛人関係にある。そのため、大公はフィンチ侯爵夫人の力を借りてルシアンに接触を持ったらしい。


「父は数年前に暗殺者に襲われてから、未だ領地の外に出ていません。杖を使えば一人でも動けるようにはなりましたが、それを知る者はそれほど多くない。社交にも私が出ていますからね。先は長くないと敢えて触れ回りましたし、大公はそれを信じたのではないでしょうか」

「“影”を使わなかったのか?」


ライリーは訝し気に尋ねた。ルシアンは肩を竦めてみせた。


「大公派も、それほど統率が取れているわけではありませんからね。“影”を持っている貴族であっても、その質は千差万別です」


元々、大公派は一枚岩ではない。本気で王国の未来を想う者はおらず、実権を持ちたかったり私腹を肥やしたい者が集まっている派閥だ。大公も元々国王になりたいという気持ちはなかったらしいが、太鼓持ちの面々に上手く言いくるめられた結果、執務はせず放蕩三昧を楽しめるのならば()()()()()()()()()()と思い直したようだ。


「――というのは表向きの理由のようですが」

「表向き?」


ライリーは目を瞠る。てっきり叔父は大公の地位で手に入る金では満足できなくなっているものだと思っていた。だが、ルシアンは苦笑に似た笑みを滲ませて首を振った。


「実際は国を自由に動かせる権力に目が眩んでいるようですよ。実務は担当者や貴族に任せるにしても、最終的な決定は国王が持つべきだと言っています。ただそれを口にすれば、大公派の中で権力を手中に収めたい者たちの離反を招きかねませんから。ですから、自分が国王になれるまでは猫を被って様子を見るつもりのようです」

「――やはり、叔父上も一筋縄ではいかなさそうだな」

「ええ、なかなか抜け目のない御仁のようですね」


尤も、大公も大公派の貴族も表立ってそのようなことを口にするほど阿呆ではない。名目は“年端の行かないライリー王太子殿下は頼りなく、一方でフランクリン・スリベグラード大公は諸外国とも繋がりがあり、信頼に足るお方である”というものだ。

実際のところ繋がりがあるのは()()()()()()()()()()()()()だろうと、ルシアンは呆れながらも内心で毒づいていたのだが。


「大公の“影”も含めて、大公派のご貴族方はどうやら子供を飼うしか能がないようですよ。玉石混交、それに大公派自体が烏合の衆ですからね。皆、あちらこちらを向いて好き勝手鳴いている。鶏ならば朝鳴けば良いというのに、真夜中にも鳴くのですから迷惑千万です」


どうやら大公派が使っている間諜たちはケニス辺境伯領の邸宅に忍び込み情報を盗み出すほどの力はないらしい。領民にでも紛れ込めば情報は取れるだろうと思うのだが、それをする能力もなければ人数も足りないということか――とライリーは無言の下で考えた。


「とはいえ」


複雑な表情で黙り込むクライドと真剣に考え込むライリーを一瞥し、ルシアンは肩を竦めた。


「殿下が“立太子の儀”を迎えられることで大公派も焦っているようです。殿下を襲った刺客は大公派で間違いないでしょうが、大公派の誰が手筈を整えたのかは定かではありません」


そこまではライリーも事前に予想していた通りだった。だが、その程度のことであればルシアンも把握しているはずである。案の定話には続きがあった。


「ただ今回の件では魔導士が絡んでいます。大公派の領地に、転移陣を駆使できるだけの人材はいません。どこから融通して来たのかと思っていましたが――」

「魔導省、ですね?」


口を挟んだのはクライドだった。わずかに眉間に皺が寄っている。ルシアンは横目でクライドを一瞥すると「ご明察」と口角を上げた。しかしその双眸は全く笑っていない。


「ニコラス・バーグソンとソーン・グリードを大公派が取り込んだという確信が、大公にはあるようでした。恐らく接触したのは別の貴族でしょう。実際、バーグソンとメラーズ伯爵が接触しているという情報は入手していますが、ソーン・グリードとメラーズ伯爵に接点は未だ見られません」

「グリード伯爵はメラーズ伯爵と懇意だろう」


ルシアンの説明に、ライリーは疑問を抱く。それに答えたのはルシアンではなくクライドだった。


「伯爵同士は、その通りです。しかしグリード伯爵は三男を重視していませんし、ここ数年は手紙の一つも寄越していないようです」

「なるほど、だから他の貴族がソーン・グリードと接触したと考えたんだな」

「ええ」


そうです、とルシアンは頷いた。彼は軽い調子で話しているが、全く良い知らせではない。ライリーは痛み始めた頭を指先で抑え、小さく息を吐いた。

つまり魔導省の長官と副長官の二人が大公派に取り込まれているというわけだ。副長官の座から追い落とされたベン・ドラコは魔導省に戻ってはいるものの、一般魔導士であり何の権力もない。必要となれば長官か副長官の手によって闇に葬り去られるだろう。


「それを考えると、つくづく四年前にベン・ドラコ殿が姦計に嵌められたのが痛手でしたね」


クライドが苦さを滲ませた口調で呟く。ルシアンも同じ気持ちのようで、人を食ったような表情が僅かに崩れている。

しかしライリーは不敵な笑みを浮かべて二人に視線を戻した。


「いや、そうとも言えない」

「――殿下?」


クライドが不思議そうに首を傾げた。ルシアンも一体何があるのかと問うような視線をライリーに向けている。ライリーはちらりと手元の書類に目を落とした。先ほど目を通している間に、気になる名前を幾つか見つけていた。


「実はもう一人、重要人物を呼んでいる。この件はごく限られた人間だけに知らせ、極秘で事を進めたい。失敗は許されないからね」


一層訳が分からなくなったらしいクライドとルシアンを尻目に、ライリーは時計を見て「もうそろそろかな」と呟いた。案の定、侍従が扉を叩いて来客を告げる。入るよう促すと、姿を現したのはローブを纏った人物だった。その人の顔を認めたクライドとルシアンが目を丸くする。


「殿下、お呼びと伺い参上いたしました」

「貴方にそういう言葉遣いをされると、妙に擽ったい気分になるね」


ライリーは肩を竦めて小さく笑みを零す。来客は困ったように首を傾げたが、反論はしなかった。ライリーは彼に座るように告げ、ローブの人物は末席に腰掛ける。

まさかその人が来るとは思っていなかったルシアンとクライドだが、すぐに立ち直って右手を差し出し握手を交わした。


「お久しぶりです、ベン・ドラコ殿」


ルシアンが言えば、クライドも苦笑混じりに追随する。


「まさかここでお会いするとは思っていませんでした。殿下も人が悪い」

「たまにはこういう仕掛けも楽しいだろう?」


責めるようなクライドの声音にも頓着することなく、ライリーは悪戯っぽく笑って答えた。

ライリーに招かれたらしいベン・ドラコは小さく肩を竦める。そして僅かに恨みがましく「大変だったんですよ」とライリーに文句を言った。意図が読めず、ライリーは首を傾げる。本気で責めるつもりのなかったベンは直ぐに表情を苦笑に変えて肩を竦めた。


「僕が姿を消すと五月蠅い人間が上にいましてね。でもここに来ることは内密だと聞いたものですから、上手く仕掛けを施すのに難儀しました」

「仕掛け?」

「ええ、真面目に働いている僕の幻影を魔導省に置いて来たんです。尤も王宮まで来てしまえば僕の魔力が届かなくなるので、ミューリュライネンにも手伝って貰っていますが」


なるほど、とライリーは頷いた。一方のルシアンとクライドは呆れ果てた視線を隠さない。

ベンは何でもないことのように告げているが、そのような術を短時間で仕掛けることが出来るというだけで異常だ。やはりこの男が天才という噂は嘘ではなかったと舌を巻いている。

しかしベンは時間を無駄にする気はないようで、首を傾げた。


「それで、僕が呼ばれた理由は何です? 魔術の教えを乞いたいという訳でもないでしょう」

「いや、それもあるんだけど、それとは別件をまず話したい」


どうやら“魔術の教えを乞いたい”という話はベンの冗談だったらしい。ライリーが肯定したことで、ベンの顔が妙な具合に固まる。クライドとルシアンも不思議そうな目をライリーに向けたが、ライリーは先に本来の用件を告げることにした。


「実は、魔導省の人事にも手を付けようと思っているんだよね」


クライドとベンが一瞬目を瞠る。しかしルシアンは予見していたようで、にやりと笑い同意を口にした。


「さすが目の付け所が違いますね、殿下。それは私も是非お願いしたいと思っていたところです」


ライリーはにこりと笑う。そしてずっと手に持っていた書類をテーブルの上に置き、声を潜める。

それは一人の魔導士が口にした、とある問題が発端となっていた――。



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