5. 領地への帰還 5
「――――呪術に組み込める魔術は、闇魔術だけじゃないから」
(闇魔術だけじゃ――ない?)
闇魔術が呪術と親和性が高いというのは、何となく理解できる。親和性が高いからこそ、禁術として扱われ、魔術書にも限られた記載しかされていないのだろう。だが、他の魔術も呪術に用いることができるとは思わなかった。
驚いたリリアナに気が付いたのか、ペトラは「闇だけじゃないよ」と付け加えた。
「四属性の魔術も勿論、組み込める。一般的には知られてないけどね。それに、光魔術もやろうと思えば組み込める――――まァ、かなり難しいけど」
ペトラは干し肉を頬張る。どうやら気に入ったらしく、「土産に買って帰ろうかな」と呟いた。干し肉ならば保存できるし、土産にはちょうど良いだろう。ただ、ペトラの性格からして、自分への土産に違いない。
リリアナは苦笑を堪える。ペトラは「そう考えると、呪術も魔術の一種と考えることはできる」と話を戻した。
「ただ、魔術と呪術には大きな違いがある。たとえば――魔術は発動したらその瞬間に効果が表れる。呪術は一定期間が経過した後に発動させることもできる。時間差攻撃ができるっていうのは、呪術の特徴の一つ」
にやり、とペトラは笑った。
『時間差――でございますか』
「そう。例えば、種を使った術がある」
ペトラはテーブルの上から、酒のつまみとして買った豆を一粒手に取った。
ぞっとするような暗い気配が、ペトラの体から立ち昇った。リリアナの目が、ペトラに釘付けになる。
「本物でも偽物でも。何でも構わない。その種を、対象者に植え付ける」
豆をリリアナの方に向ける。ペトラの指に挟まれた豆は、炒めてあるにも関わらず芽を出した。リリアナは目を丸くする。その反応に気を良くしたのか、ペトラは笑って、芽が出た豆を口に放り込んだ。
「豆は対象者の体の中で、魔力を媒介にして成長する。そして時期が来たり、何かの切っ掛けが与えられたら――花が咲く。花が咲いたら、呪術は完成。対象者は呪われる。種はどんな種でも構わないが、毒を含んでいる種の方がより効果が強く出る」
――勿論、他にも方法はある。
ペトラはそういうと、からりと笑った。
「呪術の面倒なところは、魔術ほど体系化されていないところだ。決まった型――術式がない。この近隣の国だけに限定しなかったら、更に呪術の種類は広がる。遥か遠方の国では、言葉すらも“呪”と定義していたことがあった。“呪い”は呪術の一種で、魔術に“呪い”はない。似たような効果――たとえば不幸や禍を齎す魔術はあるけど、厳密には“呪い”じゃないのさ。それに、幸か不幸か呪術ほど種類も広くなければ効果も高くない。魔術は安心安全といえるだろうね。魔力が暴走することがあっても、ちゃんと対処法があるし」
ペトラは言葉を切った。そして何かを思い出すように視線を宙に彷徨わせ笑みをこぼす。
「決まった型がないのは、ある意味メリットだ。やろうと思えば何だってできる。だから新しい呪術も、鼠が子供を産むみたいにどんどん出てくる。そして何らかの不調の原因が呪術だと分かったところで、今度はその解除方法を見つけなきゃならない。魔術は術式から逆算できるけど、呪術はそう単純な話じゃない」
だが、ペトラはだからこそ呪術を面白いと思っているのだろう。
リリアナは細く長い息を吐き出した。
『――――だからこそ、わたくしの喉に掛けられた術を解析する必要があるのですね』
「そのとおり。魔術と違って、呪術には対価が必要だ。基本的に、解呪したらその呪いは呪いを掛けた人間に跳ね返される。ただ、物によってはそうならないよう仕組まれているものもある。――それが、厄介だ」
彼女にしては珍しく、吐き捨てるように言った。だが、リリアナは気にしない。
『だから、わたくしの術を解析するためには魔導省へ行く必要があるのですね』
「そのとおり」
ペトラは頷く。無言でペトラの言葉を咀嚼し、リリアナは納得した。解呪の方法を探っていることが他に知れたら厄介だが、周囲を危険に晒すよりは良いだろう。魔導省に行く理由を作るのは、リリアナの仕事だ。
(でもそれなら、ますます妙なことになりますわね――――)
ジュースを飲みながら、リリアナは考える。
一体どうやって、ゲームのリリアナは呪術を学び、ライリーやヒロインに呪いを掛けることができたのか。婚約者であるライリーを奪われると嫉妬に狂った彼女が呪術に手を染めたのは、恐らくゲームが開始されてヒロインがライリーと恋仲になってから。早くとも、ヒロインとライリーが出会ってからだろう。
(もしかして、協力者がいた――?)
一つの可能性がリリアナの脳裏に浮上する。
だが、いくら記憶を辿っても、ゲーム本編はもちろん設定資料集や攻略本には記載がなかった。そもそも主役であるヒロインや攻略対象者ほど、悪役令嬢のリリアナに関する情報は開示されない。基本的にヒロイン視点でストーリーは展開し、それ以外の視点から見た“事実”はごく僅かに描かれるのみである。
リリアナはまじまじと目の前のペトラを見つめる。この紅の魔導士がゲームでリリアナに呪術を教えた可能性は否定できない。だが、ゲームには出てきていない。つまり、ペトラはゲームが開始される七年後には表舞台にはいないのだ。そうなると、計算が合わない。ペトラの退場は早すぎる。
(わからないわ――)
頭を悩ます問題に、リリアナは内心で深く溜息を吐いた。