29. 獅子身中の虫 4
王太子ライリーとその婚約者リリアナを出迎えた王立騎士団長トーマス・ヘガティは、ジルドが小脇に抱えた男二人を見て瞠目した。
「殿下――これは一体、」
「あまり人目に付きたくないんだ」
「――承知いたしました」
戸惑いを隠せない様子の団長だったが、ライリーの一言で一旦疑問は全て飲み込んだらしい。静かに頷くと、騎士たちがあまり出歩かない廊下を先導して団長室に向かった。
団長室には、副団長のマイルズ・スペンサーも居た。どうやら直前まで騎士たちに訓練を付けていたらしく汗を掻いている。彼はライリーとリリアナを見て騎士の礼を取ったが、ジルドが抱える男二人を目にして眉根を寄せ、奇しくもヘガティ団長と同じ疑問を口にした。
「殿下、それは――?」
ライリーは直ぐには答えなかった。ジルドが扉を閉めたのを確認してからヘガティ団長とスペンサー副団長に向き直る。そしてあっさりと口を開いた。
「王宮からここに来るまでの間に襲撃された。この二人は生け捕りにした刺客だ。他の刺客は制圧したが、現場保全のために結界を張っている。念のため調査に向かわせて報告書を上げさせてくれ」
淡々と告げられた言葉に絶句していた団長と副団長だが、すぐに気を取り直して険しい表情になる。二人とも皆まで説明せずとも事の重大さを直ぐに理解した様子だった。
「御意。信頼できる騎士に任せましょう。スペンサー」
「は、承知いたしました。殿下、クラーク公爵令嬢、御前失礼致します」
つい今し方来たのだろうに、スペンサー副団長は機敏な動作で部屋を出て行く。恐らく生け捕りにした刺客二人は後から人を寄越すつもりなのだろう。もしこの場に護衛が二人以上いればその内の一人を借りれば良い話だったが、生憎とジルドしかいない。騎士団長であるヘガティが居るとはいえ、護衛が居ないという状況は避けなければならなかった。
「ジルド、その二人は隣の部屋に放り込んでおいてくれないか」
「へいへい」
ライリーに頼まれたジルドは面倒臭そうな表情のまま、無造作に刺客二人を隣室に放り込む。そこは騎士団長の仮眠室だ。寝台はあるが、その上に寝かせてやる義理もない。乱暴に投げられた二人の男は仲良く床に転がった。ジルドはわざと丁寧に扉を閉める。
その様子を苦笑と共に眺めていたヘガティは、短く詠唱を唱えて部屋全体に防音の結界を掛けた。そしてライリーに顔を向ける。
「殿下。まず最初に確認しておきたいのですが、予定していた訓練の視察は如何なさいますか」
「それは予定通り行う。恐らく敵は私が騎士団の訓練を視察する予定だったことを知っているはずだからな」
「御意」
ヘガティは真剣な面持ちで頷いた。しかし、すぐに別の質問を投げかける。
「残った護衛がジルド殿だけだとは。一番隊の者たちはどうなりました?」
「それなんだが、団長」
ライリーは僅かに言い辛そうな表情を浮かべたが、真っ直ぐにヘガティを見つめて告げた。
「一番隊の騎士として派遣された者のほとんどが刺客だった。見知った顔は二人だけで、他は見たことのない者ばかりだった。恐らく一番隊の騎士二人が逆臣で、残りは一番隊を装っていただけだろう」
「――それは――――、私の不徳の致すところです。誠に申し訳ございません」
ヘガティは顔を蒼褪めさせる。監督不行き届きと責められても仕方のない失態だ。団長の職を辞せと詰られてもただ首を垂れるしかできない。しかしライリーは首を振った。
「気にすることはない。恐らくどこかで指令が覆ったのだろう」
王太子の護衛の選別は騎士団長と副団長自ら行ってはいない。一番隊の隊長が選んでいる。だが、その指示が何者かの手により差し替えられたのだろう。そして、護衛に扮した刺客に取って代わったのだ。ライリーが“見覚えのある顔”と言った二人は恐らく二度と騎士団には戻って来ない。そして本当に行方を晦ますのであれば、それは彼らが暗殺に手を貸したという何よりの証明になる。
「即座に騎士団内部を洗い出します」
殺意すら籠った眼光を浮かべてヘガティは低く唸る。それでもライリーは微笑を消さずに“気にするな”というように肩を竦めた。
「寧ろ今回のことは僥倖だった――色々な意味で」
楽し気にライリーは口角を上げる。ただヘガティの立場を守ろうと思えば、今回の襲撃の件は伏せた方がやりやすい。しかし、彼は敢えて調査するようヘガティに言いつけた。スペンサー副団長は信頼のおける者たちで調査団を組織し、極力情報が広まらないようにしながら捜査してくれるだろうが、全く情報が漏れないわけはない。それが出来るならば、最初からライリーたちは刺客に襲われたりなどしなかっただろう。
そしてヘガティは、ライリーが言外に示唆した意図を少々の沈黙の後に余さず汲み取った。
「今回のことを、騎士団の改革と近衛騎士選出の足掛かりになさるおつもりですか?」
「話が早いな」
ライリーは満足そうに笑う。
顧問会議に知れたら、騎士団を掌握したいと企む者とその関係者が騎士団長の失態だと執拗に攻めるだろう。しかしこちらにも手札はある。連中は王太子の予定を管理する文官に間諜を忍び込ませていたか、もしくは文官に金を渡して情報を横流しさせていたに違いない。そこを突けば黙らせられるという自信がライリーにはあった。
「今回の件は王宮、騎士団ともに膿を一掃するまたとない機会だ。それに近衛騎士の選出に関してはそろそろ行いたいと考えていた。来年開く私の立太子の儀で近衛騎士を披露したいしな」
「騎士団からの候補は既に数名挙げております。後ほど一覧にしてお渡しできるかと」
ヘガティの言葉にライリーは僅かに目を輝かせた。
来年、ライリーが十五の誕生日を迎えた後に諸外国に向けて改めて王太子ライリー・ウィリアムズ・スリベグラードのお披露目をする。立太子の儀は既に執り行っているから再度行う必要もないが、他国から賓客を招くのであればそれなりに荘厳な式典を催した方が体裁が良い。そしてその場に着飾った近衛騎士が居れば、ライリーがスリベグランディア王国で次期国王の座を確実なものとしていると国内外に知らしめることもできるだろう。それは同時に王弟フランクリン・スリベグラードを次期国王に擁立せんと動いている大公派への牽制にもなる。
一方で、だからこそ大公派が焦ったのだとも言えた。ライリーが地盤を盤石にすればフランクリン・スリベグラード大公が王位を簒奪する可能性は更に低くなる。彼らにとっては有難くない状況だろう。
「それから」
笑みを引っ込めたライリーは真剣な表情で言葉を続けた。
「今回の襲撃は大公派の仕業だ。一人、襲って来た刺客の中に北部訛りの者がいた」
「北部訛りですか。どの領地の者かの特定は難しいですね」
「領地の特定は難しいが、元々大公派は北部の者に多い。疑うには十分だろう」
ライリーが騎士らしき男に告げた爵位持ちの名は全て大公派として疑っている者だった。その内、どの貴族に従っているのかまでは分からないが、騎士は確実に反応していた。それだけでもライリーにとっては大公派の仕業だと確信を深めるに十分だった。
ヘガティは無言で目を細める。ライリーの指摘は正しいと彼も分かっていた。だが同時に、不十分な証拠で責め立てたところで逆に諸侯貴族たちの心が離れる結果となることも明らかだ。問題はその塩梅だった。
「来年のことがあるから大公派も焦ったのかもしれないな。用意周到かと思えば、刺客自体は単なる寄せ集めだった」
ライリーは言いながらリリアナとジルドを見やる。反応したのはジルドだった。口をへの字に曲げて肩を竦めてみせる。ジルドなりの肯定だろう。小さく笑みを零したライリーは再び団長に顔を向ける。ヘガティはまだ訓練の視察まで多少の時間があるのを良いことに「それはどういうことですかな」と尋ねた。どうやらこの機会を利用して王太子襲撃の詳細を聞き取ろうと考えたらしい。
「前衛と後衛の護衛が離れて、私とリリアナ嬢が乗っている馬車が止まった。後衛が止まったのは恐らくジルドを足止めするためだろう。その後すぐに転移陣が作動して、転移して来た刺客たちが私たちの馬車を襲ったというわけだ」
「転移陣、ですか?」
「馬車自体に施してあったようだ。ぱっと見ただけでは分からなかったから、恐らく床下か天井の上に書いてあったのではないかと思う」
静かに聞いていたヘガティは眉間に皺を刻んだ。難しい顔で考え込む。
つまり刺客はライリーの予定を事前に把握し、転移陣を刻んだ馬車と手の内の者を護衛として傍に付けるだけの情報網と人脈がある人物だ。その上魔導士にも伝手がある。
「面倒なことになりましたな」
「ああ。だが不思議なこともある。それだけ事前準備に手抜かりがなかったにも関わらず、刺客は素人ばかりだった――いや、一部に裏稼業の者らしき男もいたか」
ライリーは首を巡らせて部屋の隅に立つジルドへ視線を向けた。同意を求めるような視線に気が付いたジルドは面倒臭そうに頬を掻きながらも頷く。
「殆どが騎士だったぜ。傭兵でも何でもねえ。ただ、魔導士は少なくとも二人は居たんじゃねえか?」
「二人?」
「おう、馬車の方にかかりっきりの奴と後衛の護衛の中に一人。で、二人」
ジルドの発言はライリーにもリリアナにも初耳だった。二人は目を瞬かせて一瞬顔を見合わせる。ジルドに質問したのはライリーだった。
「後衛に魔導士が居たのか?」
「俺は気が付かなかったけどよ、どうやら馬車から離れてるって俺に気が付かせたくなかったらしいぜ」
一体どういうことだと、ライリーは首を傾げる。ヘガティもジルドの言葉を今一つ理解できない様子だ。致し方なしに、これまで聞き手に回っていたリリアナが口を開いた。
「恐らく幻術を掛けていたのではないでしょうか。すぐ傍に護衛対象が居るように見える、という」
「そういうことか」
ライリーが得心したように声を上げる。
敵は仲間以外の護衛の目を晦ませるため、馬車から離れていないよう錯覚させるための幻術を用いた。ただ彼らにとって予想外だったのは、その護衛がアルヴァルディの子孫であり、そして魔術が効かない相手だったことだ。だからこそジルドは幻術に惑わされることなく、すぐさま護衛対象であるライリーとリリアナが乗っている馬車と距離が出来たことに気が付いた。
理解したライリーはどことなく嬉しそうだ。
「つくづくジルドの能力は有難いな。リリアナ嬢の護衛としてこれほど安心できる相手もいない」
どうやらジルドが居ればリリアナの身も安全だと確信したらしく、ライリーはリリアナの手を握った。リリアナがジルドを振りむけば、顔を顰めている。不機嫌というよりは照れ隠しらしい。リリアナは視線を元に戻してライリーを見た。途端に目が合う。にっこりと笑みを浮かべたライリーは、再び顔を引き締めてヘガティに顔を向けた。
「ということで、私としては今回の件は最大限に活用するつもりだ。その中でヘガティ殿には迷惑をかけると思うが、決して悪いようにはしないと約束する」
しかし、ヘガティは「いえ」と首を振った。
「寧ろ今回の件でご温情を頂けるだけで感謝せねばなりません。本来ならば極刑を申し受けても致し方のないこの身、殿下の御為ならば如何様にでもお使いください」
「うん、気持ちだけ有難く頂いておくよ。団長を切り捨てたら王立騎士団の騎士たちがちょっと怖いからね」
苦く笑うライリーに、ヘガティは僅かに首を傾げる。しかしリリアナは然もありなんと頷いていた。
王立騎士団の騎士たちは、一部の例外を除いてヘガティ団長に心酔している。彼の英雄的な強さや部下に対する態度から、最初はその強面に恐れ戦いていた騎士たちもやがては心を開くという。リリアナは直接目にしたわけではないが、時折小耳に挟む噂話だけでも十分その様子が思い描ける。特にオースティンが話す内容は、その噂を裏付けるものばかりだった。
その時、部屋の扉を叩く音がする。ヘガティ団長が返答すると、先ほど調査団を組織すると言って部屋を辞したスペンサー副団長が入室したいと告げた。
「入れ」
「失礼致します」
扉を開けて入って来た副団長の後ろには、生真面目な表情の騎士二名が立っている。リリアナはその二人の顔を見たことはなかったが、ライリーは知っている様子だった。わずかに目を瞠り、すぐに笑みを浮かべる。
スペンサー副団長たちは部屋の中に入って扉を閉めた後、ライリーとリリアナに騎士の礼を取った。スペンサーは顔を上げて団長に尋ねる。
「連れ帰っていただいた刺客二名を牢に収容しその後尋問を行いたく、引き渡しの許可を願います」
「――宜しいですかな、殿下」
ヘガティはライリーに顔を向ける。勿論拒否する理由はない。ライリーは快諾した。ヘガティがスペンサーに向けて頷いて見せると、副団長は騎士二名を伴い隣室に向かう。未だ捕らわれた刺客二人は気絶している様子だったが、騎士たちは気にせず二人を引きずり出した。
「それでは御前失礼致します」
騎士二名もスペンサーに倣い退室の口上を述べ、あっという間に三人は部屋から出て行った。その後ろ姿を見送ったライリーは、扉が閉じられたあとヘガティに顔を向ける。
「あの二人は八番隊の騎士じゃなかったか?」
「その通りです」
頷くヘガティにライリーは首を傾げた。
「八番隊は確か、間諜や刺客の調査といった仕事をこなしていると聞いた。調査団に入れて大丈夫なのか?」
ライリーの疑問も尤もだった。王立騎士団八番隊は基本的に表立った仕事はしない。彼らの任務は王家や王国に対する謀反や政変を企てる者を取り締まることであって、そのため騎士たちの素性は極力秘されていた。リリアナが知らないのも当然だ。しかし、ヘガティは「問題ありません」と答えた。
「八番隊にもどうやら道理を弁えぬ者がいるようですが、他の隊と違って個人主義の傾向が強いものでしてな。奴らは横の繋がりが薄いので、逆に信用できるのです」
「なるほど、そういうことか」
納得したようにライリーも答える。
他の隊であれば横のつながりは強い。たとえ王家に対して逆心があったとしても、それを隠して仲間と親しく交流することはできる。職務上知り得た機密情報はたとえ同僚であっても漏らしてはならない決まりだが、人の口に戸は立てられない。
その点、八番隊は他の隊と比べた時に同僚へと情報が洩れる可能性は非常に低かった。
「それなら任せる」
ライリーの言葉にヘガティ団長は頬を緩める。そして団長は時計を確認すると立ち上がった。
「殿下、そろそろお時間も宜しいかと」
「そんな時間か」
予想外に時間が経っていたらしいとライリーは驚くが、すぐに彼もソファーから立ち上がる。リリアナに手を差し出してエスコートをしながら、彼は団長の先導に従い訓練場に向かった。









