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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
187/563

29. 獅子身中の虫 3

※グロテスクな表現を含みます。


ジルドは違和感を覚えて眉根を寄せた。

ライリーとリリアナが王立騎士団の兵舎に向かうというから護衛に付いているが、王太子側の護衛の動きがおかしいのだ。そもそも最初からして妙ではあった。見知った顔が二人いたが、他は皆初めて見る顔だ。王立騎士団一番隊もそれなりに人数がいるから知らない騎士が居てもおかしな話ではないのだが、ジルドは居心地の悪さを感じていた。


そして今、ジルドたち後方を護衛する者たちはリリアナの乗った馬車から遥か離れたところで歩みを緩めたのだ。馬車の前方を守っていたはずの護衛たちもいつの間にか姿を消している。元々、徐々に馬車との間に距離は開いていた。それだけでもおかしいと思っていたジルドだったが、王太子付きの護衛たちが敢えて距離を取るような行動に出たところでさすがに声を上げた。


「おい、何でここで止まる?」

「――貴様、幻術が効いていないのか?」


胡乱な目で振り返った男の言葉に、ジルドは思い切り顔を顰めた。


「ぁあ?」


破落戸のような声になったことは仕方がない。一体何を抜かしてやがるとジルドが口を開くより先に、護衛たちは腰に佩いていた剣を抜き去りジルドを囲い込んだ。どうやら護衛だと思っていた男たちは、護衛に扮した刺客だったらしいとジルドは天を仰ぐ。


「貴様に恨みはないが、ここに居たことを恨みに思うが良い。死ね」

「面倒臭ぇ」


暗殺かよと呻いたジルドは、次の瞬間なんの予備動作もなく馬上から飛び上がった。驚いた馬が嘶き前足を高く上げる。ジルドを斬り捨てようとしていた、最も至近距離に居た護衛二人の馬も驚いたのか足を乱した。剣を振り上げ重心がずれていた一人は体勢を崩して落馬する。もう一人は辛うじて馬にしがみついて体勢を立て直した。


「上だ!」


別の男が叫ぶ。咄嗟に他の者たちも頭上を仰げば、遥か高くに跳び上がったジルドが頭を下にして()()してくるところだった。その顔は面倒臭いという感情を全面に押し出している。

男たちはジルドに向けて暗器を投げた。普通であれば、大量の暗器をその身に受けて墜落するはずだ。しかし、ジルドは体を丸めてくるりと一回転して全ての暗器を避けると、体を伸ばすついでに腰から剣き放つ。その勢いと落下の速度を利用して、ジルドは首領格の男の体を真っ二つに斬り馬上から蹴り落とす。そのまま彼は次の馬へと飛び移り、そこに乗っていた男の首を刎ねて絶命させた。


「あ、全員()っちまったら不味いのか?」


恐らく首謀者を聞き出さなければならないはずだ、とようやくジルドは思い至る。相手は殺すつもりで襲い掛かって来ているというのに、自分からは殺せないという状況は非常に歯痒い。傭兵時代であれば、自分に殺意を向けて襲って来た者は全員返り討ちにすれば良かった。生け捕りなど考える必要もない。しかし護衛として雇われているジルドにそれは許されない。仕方のないことだと首を振って、彼は剣の持ち方を変えた。

突いたり斬ったりするのではなく、剣の腹で殴打する戦法である。そうすれば、骨は折れるかもしれないが、一撃で死ぬことはない――はずだ。骨が内臓に突き刺さったり内臓が破れたりしたら結局は死んでしまうが、少なくとも突いたり斬ったりするより致死率は下がるはずである。


(これ)は捨てても良いんだが、拳でやってもどのみち殺しちまうからな」


狼へと変化できる異能力を持つ彼にとって最も得意な戦闘方法は肉弾戦だ。傭兵稼業を始めた時に、雰囲気が出るかと思って剣を持ち始めたものの、どうしても武器を使えば攻撃力と機動力が下がる気がしてならない。しかしそれは同時に、うっかりと相手を必要以上に傷つけない保険にもなった。


一方、護衛に化けた暗殺者たちはジルドの戦闘能力を目の当たりにして緊張を高めていた。殆どが馬から降りてじり、と後退している。それでもジルドを殺害するという目的は達成したいと考えているのか、逃げようとはしない。ジルドが馬で逃走するのを阻止するためか、数人は騎乗のままジルドに対峙する。


「さぁて、次はどいつだ?」


ジルドはにやりと笑う。たかが刺客相手に負ける気はない。特に彼を取り囲んでいる者たちが本職でないことは、火を見るよりも明らかだった。それならばジルドの独壇場だ。

大禍の一族と呼ばれている暗殺一族のように、見たことも聞いたこともない武器を使う手練れの刺客であればジルドも一切の余裕なく対峙する他なかっただろう。しかし、今目の前にいる者たちが使う暗器はそれほど目新しいものでもない。それならば、ジルドが負ける可能性は爪の先ほどもなかった。



*****



ライリーとリリアナを襲った刺客は明らかに即席で作られた集団だった。玄人らしい手際の者もいるが、刺客ではなく騎士だろう者も含まれている。そして残った三人の内、一人は魔導士だ。


油断なく周囲を見回しながら、ライリーは目星をつける。リリアナを捕えている男は元騎士の傭兵といったところだろう。そして剣を構えながらライリーに近づいて来ている男は刺客。剣の構えが騎士のものとは違う。最後の一人が恐らく魔導士だ。

守るべきはリリアナだが、彼女が自力で動けるように場を整えるのであれば魔導士を最初に倒さなければならない。しかし間合いに最も近いのは刺客の男である。

そしてライリーは今、魔術を使えない。魔術を使えなければ、敵を圧倒する力も速度も出すことはできなかった。


どうするべきかと悩みながらも、ライリーはゆっくりと剣を持った手を体の横に落とす。刺客たちは警戒しつつも優位を確信したらしく、多少緊張感が解けている様子だった。リリアナを拘束している男はニヤニヤと笑いながら「そうそう、そのまま落とすんだ」とライリーに命じた。


しかし、ライリーは気が付いた――婚約者の少女の唇が、緩く弧を描いたことに。そして彼女の視線はライリーの持つ剣に向けられる。ライリーは訝しく思うが表情には表さない。

そしてそのまま、ライリーは剣から手を離し――次の瞬間、リリアナを拘束していた男の体が痙攣した。そのまま男の巨体が崩れ落ち、リリアナは下敷きにされないように避ける。

ライリーはその姿を目に捉えた瞬間、手から離れた剣の柄を足で跳ね上げ右手に掴んだ。そのまま勢いよく剣を後方に投擲する。放たれた剣は身構えていなかった魔導士の胸を貫いた。同時に場を支配していた魔術無効化の術が消え、ライリーは隠し持っていた短剣を左手で抜き放つ。


「お前ら――ッ!」


一人残された刺客が歯噛みし剣を構えるが、慣れない得物ではライリーの速度には付いていけないようだった。あっという間に肉薄したライリーは短剣で敵の剣を跳ね上げ胸元に飛び込む。そしてライリーが持った短剣はずぶりと刺客の喉元に突き刺さった。


「ぅ――、」


叫ぶことすらできず、目を見開いた刺客は口から血を流し事切れる。ライリーが一歩下がると、刺客の体はどさりと地面に落ちた。


「サーシャ、無事?」

「ええ、怪我ひとつございませんわ」


リリアナの返答を聞いたライリーはそこでようやく頬を緩めた。ほっとしたような表情を浮かべる。短剣と長剣を回収し血を拭うと、元通り身に付ける。そしてリリアナの傍に歩み寄り、彼女の足元に倒れた騎士風の男を見下ろした。しゃがみ込んで呼吸と心臓を確かめる。生きていると確認し、手際よく男を拘束した。


「この男には何をしたの?」


しかしリリアナは答えなかった。無言で右手をライリーの前に出す。華奢な手には指輪が二つ嵌っているだけで特に変わりはない。首を傾げたライリーはしばらく白魚のような手を見つめていたが、やがて何かに気が付いたように目を丸くし指輪を凝視した。


「もしかして――この指輪?」

「ええ、ここをこういたしますと針が出ますの。針先には痺れ薬が塗ってありますから、お気をつけくださいな」


説明しながら実際にリリアナが指輪を操作すると、確かに手の甲側に細い針が飛び出る。どうやらリリアナはこの指輪を使って、敵に気付かれないよう体を痺れさせたらしい。しかし屈強な男が一瞬で倒れる痺れ薬とは、かなり強力だ。リリアナの奇術じみた仕業に納得しながらも、ライリーは苦笑と共に苦言を呈さずにはいられなかった。


「貴方が無事ならそれで良いんだけど、でもこの指輪の針は間違って貴方自身にも刺さりそうで怖いな。くれぐれも扱いには気を付けて」

「勿論ですわ」


リリアナは当然のように頷く。そして彼女は、ふと思いついたようにすぐ隣に立つライリーを見上げた。


「ウィルは魔導騎士でしたの?」


ライリーが剣術を嗜んでいることも魔術を使えることも、リリアナは知っている。しかし魔導騎士としての素質があるなど全く聞いたこともなかった。前世のゲームに出て来たライリーも魔導騎士()()()()()()。剣術に優れた才能あふれる王太子という設定だったはずだ。

すると、ライリーは微苦笑を浮かべて頷いた。


「一応、魔導騎士としての戦い方はできるように訓練したからね。ただ素質はないみたいで、さっきみたいに身体強化する程度が限界だ」


リリアナは納得して頷いた。魔導騎士や魔導剣士は剣技と魔術の合わせ技を使う。身体強化は彼らにとって基本中の基本であり、魔導騎士や魔導剣士として身を立てるためには剣を使った魔術を使えなければならない。それには修練も必要だが、生まれ持った才能が一番重要な要素を占めるという。


「身体強化でも、できるだけで素晴らしいことだと思いますわ。たいていの人には難しいと聞きますもの」

「貴方にそう言われると嬉しいよ」


ライリーは照れたようにはにかむ。リリアナも微笑を浮かべてみせたが、すぐに二人は視線を足元に倒れ伏す刺客たちに向けた。


「それにしても、刺客とは思いませんでしたわ。護衛も見覚えのない方が多いとは思っておりましたが」

「騎士団の副隊長以上しか顔を知らないのが裏目に出たな」


リリアナの言葉にライリーも苦々しく呟く。騎士団長や副団長であればまだしも、王太子であるライリーが王立騎士団の騎士全員の顔と名前を覚えているはずはない。当然の話ではあったが、今回はそこを敵に突かれた形になった。


「どこの手の者かは分かりまして?」

「一人は北部訛りだった。どこの者かまでは特定できていないが、恐らく大公派の貴族が差し向けて来たんだろう」


スリベグランディア王国北部は小さな領地が乱立している。エアルドレッド公爵家を中心としたアルカシア派のように一枚岩ではなく、それぞれ独立心旺盛な領主たちだから、彼らの動向を全て把握することも、そして自陣営に取り込むことも難しい。だが逆に言えば、徒党を組まないからこそ統率の取れない行動をとることがある。今回の刺客たちが寄せ集めの集団に見えたのも、裏で糸を引く人物が複数いて、かつ取りまとめる能力のある者が居ないせいである可能性は高かった。


「大公派ですか。最近は少しずつ増えていると聞きますわ」

「――貴方のその情報網は本当にどうなっているんだろうね」


リリアナの呟きにライリーが苦笑を漏らす。ライリーが擁している王家の“影”と同等もしくはそれ以上の情報網だと、ライリーはぼやいた。しかしリリアナは意味深長に笑うだけで詳しくは口にしない。代わりに彼女は別のことを告げた。


「今は亡きエアルドレッド公爵も仰っていましたの。殿下を暗殺せんと企む者が現れるだろう、と」

「閣下が?」


予想外だったのかライリーは目を丸くした。リリアナは頷く。

エアルドレッド公爵はリリアナに、ライリーを護って欲しいと告げていた。護衛は付くだろうが、全て騎士で構成される。騎士は魔導士からの攻撃を上手く退けられない。そのため、彼がリリアナに求めたのは魔術の才だった。リリアナの能力があれば、たとえ魔導士に攻撃されたとしてもライリーを護ることができるだろうと、エアルドレッド公爵は信じていた。


「ですが、護衛すら信用できない状態は宜しくございませんわね。早急に近衛騎士を選出した方が宜しいかと存じます」


リリアナは記憶を振り切ってまた違う言葉を口にした。ライリーは探るような目をリリアナに向けていたが、すぐに柔らかく微笑む。少女の肩を引き寄せたライリーは頷いた。


「そうだね。今回のことを引き合いに出せば、顧問会議でも反論する者はいないだろう。ヘガティ団長にもこの後で打診しよう」


ライリーに近衛騎士を付けることになれば、もしかしたら王立騎士団一番隊から反対する者が出て来るかもしれない。しかし、元々一番隊の任務は夜会や晩餐会、式典等で王族の警護を務めることだ。現国王は戴冠してから早々に病に倒れたため近衛騎士の選出が行われていないが、従来は一番隊とは別に近衛騎士が選出され任命されていた。近衛騎士は王族一人一人に付けられ、私生活や視察にも随行する。

たとえ騎士団内部から反対の声が上がったとしても、騎士団長が納得していれば抑えられる。

リリアナは静かに頷いた。


「それが宜しゅうございますわ」


そしてふと、二人は気配を感じて顔を上げる。後方から三騎、馬が駆けて来ている。一騎には人が乗っていて、別の一騎には人が括りつけられている。そしてもう一騎は鞍だけを乗せていた。遠目に見えるその姿に、リリアナは安堵の息を漏らす。


「どうやらジルドも足止めされていた様子ですわね」

「つまり、私の側についていた護衛が殆ど刺客だったというわけだな。これは由々しき問題だぞ、婚約者殿」


一歩間違えれば命に係わる問題だったというのに、ライリーはどこか楽し気に囁く。リリアナは一瞬呆れたように目を眇めたが、すぐに平生の様子を取り戻して生真面目に頷いた。


「今回の騎士団視察は非公式のものですから、どこから情報が漏れたのかも追及する必要がございますでしょう」

「騎士団だけでなく王宮にも、間者が潜んでいるかもしれないな」


忙しくなりそうだ、とライリーが言ったところでジルドの乗った馬が追い付く。彼が連れて来たもう二頭の内、一頭に括り付けられた男はぐったりと意識を失っている。服装からして王太子付きの護衛に扮した刺客だろう。ライリーは首を傾げてジルドに尋ねた。


「ジルド、それは?」

「刺客。一応、取っ捕まえて何か吐かせた方が良いんじゃねえかと思って持ち帰って来たんだが」


面白そうな石が転がっていたから持って帰って来たと子供が親に言うような口調で報告するジルドに、思わずライリーとリリアナは顔を見合わせる。


「まあ、確かに居た方が何かと都合は良いな」

「一人よりも二人居た方が、証人としては有用ですわ」


ライリーの言葉にリリアナも同意を示した。そして二人は足元に倒れている、拘束された男を示した。


「申し訳ないんだが、この男も持ち帰ってくれないか?」

「――野郎かよ」


嫌な顔をしながらも、ジルドは大人しく馬から降りて屈強な男をひょいと抱え上げた。そして自分が抱えていた男を括りつけていた馬に、もう一人の男も縛り付ける。ジルドは不機嫌なまま再び馬に跨った。


「女二人なら大歓迎だけどよ、野郎二人なんざ興醒めだぜ」


げんなりとした表情のジルドを見てライリーは苦笑する。このまま本来の予定通り騎士団の兵舎に向かうが、転移陣が施されていた馬車に再び乗る気にはなれない。他にどのような細工がされているかも分からないのだから、当然だった。


「サーシャ、馬で行こう。貴方はドレスだから私と一緒に乗るということでどうかな?」

「一人でも問題ございませんけれど」


乗馬服ではないが、横乗りすれば乗れなくはない。ジルドが連れて来た馬は二頭いるが、その内の一頭には刺客が二人括り付けられている。もう一頭にライリーが乗るとして、それならばリリアナは自分たちが乗っていた馬車を引いている馬に乗れば良い。そう思ったのだが、ライリーは引かなかった。


「その服は可愛いけれど動きにくいだろう? また攻撃されないとは限らない。貴方自身じゃなく馬が射られたら、落馬してしまいかねない。嫌でなければ私と一緒に乗ってくれないか」


そこまで言われたら折れるしかない。リリアナは致し方なしに了承した。


「分かりましたわ」


ライリーは頷くと、ジルドが連れていた馬に乗る。そして馬上から手を差し出し、リリアナが騎乗するのを助けてくれた。そしてその場が荒らされないよう周囲に結界を張る。騎士団の兵舎に着いてから調査団が派遣されるまで現場を保管しておく心積もりだ。もしそれまでに刺客の遺体が消え失せていたら、襲撃を何処かで確認していた魔導士が居たということになる。

ライリーは自分も馬に乗った。リリアナの体を支えるように腕を回す。


「捕えた者の尋問はこのまま騎士団で行う。訓練の視察という本来の目的からは逸れるが、問題はないだろう」

「了解」


答えたのはジルドだった。ライリーの斜め後ろに付き従うようにして、ジルドも馬を走らせる。三人を乗せた馬は駆け足で、騎士団の兵舎へと向かった。



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