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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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27. 結ばれた密約 3


驚きに言葉を失う三人の中で、最初に声を絞り出したのはライリーだった。


「それは――本当に?」

「ええ、ただ残念なことに証拠がございませんの」


ただの噂ですわ、とリリアナは困ったように告げる。それでも良いのかと尋ねれば、ライリーは逡巡すらせずに頷いてみせた。


「勿論だ。その人物の名に関しては他言無用だぞ、良いな」


後半で確認を取ったのはヘガティ団長とジルドに対してだ。確証もなくその人物が人身売買に手を染めていると言いふらしてしまうことは許されない。それは間違いなく、貴族たちの間に不和を齎す。

三人の表情を確認して、リリアナは淡々とオブシディアンから聞いた数人の名を口にした。伯爵が二人、神官が一人、そしてもう一人は――――侯爵だ。


「タナー侯爵か」


険しい表情でライリーが呟く。考え込むように腕を組み、左手で顎を撫でていた。ヘガティ団長もライリーに難しい顔を向けている。


「タナー侯爵は、確か息子に家督を譲っていましたな、殿下」

「ああ、そうだ。今の当主はショーン・タナー。野心家だと一部でも噂されていたし、私もそのような印象は受けている」

「確かに、顧問会議に席を作れとうるさかったらしいと報告を受けています」


タナー侯爵家の新当主ショーンは、できれば宰相になりたかった様子だ。だが彼は若く、そして経験も乏しい。本人は自分の成し遂げた功績に絶対的な自信を持っていたが、彼のしたことは一般的な領主であれば誰でもしていることだ。寧ろこれまでの当主ができていなかったという方が問題だった。マイナスをゼロに戻したところで、その手腕に将来を期待されることはあっても、国の機運を左右する重要な役職を任されることはない。

顧問会議への参席に関しても、彼の功績では足りなかった。顧問会議に参加する貴族には、国政を冷静に見極める才覚と、適切に運営するための人脈や影響力が求められている。


「焦らずともゆっくりと実績を積み立てて行けば、行く行くは顧問会議にも参席できるようになると思うのだが」


ライリーは苦笑を漏らす。適切と認められたら顧問会議には伯爵でも参加できるのだ。侯爵という地位の者が参加できないわけはない。

尤も、一見したところそれほど実績がない者も顧問会議の中にはいるし、中には顧問会議の貴族が自身の派閥を増やすため引き入れた者もいる。しかしそれはある意味で“人脈がある”と見做された。顧問会議の面々から声が掛からなかったという点だけを見ても、ショーン・タナーは十分な人脈も影響力もないという証左に他ならない。


ふと、何を思ったかヘガティ団長が失笑を漏らした。目ざとくそれに気が付いたライリーが「どうした」と尋ねる。団長は一瞬「いえ――」と首を振ったが、すぐに思い直して首を竦めた。


「大したことではありません。兄も兄なら妹も妹だと思っただけです」

「ああ――タナー侯爵令嬢か」


途端にライリーは僅かに眉根を寄せる。しかしジルドにもリリアナにもその理由は分からない。首を傾げていると、苦笑と共にライリーがマルヴィナ・タナーの面会申請が度々上がって来ているのだと教えてくれた。


「面会申請でございますか」

「そう。貴方が私の婚約者に確定した時点で、他の婚約者候補の令嬢たちは王宮に上がる理由がなくなった。勿論私に会う理由もない。だから殆どの令嬢たちは新たに婚約者を見つけてそちらと交流を持っているようなのだが、彼女だけは未だに私に会いたいと面会申請を提出してくる」


当初、面会申請という手段を認識していても、自分は元々ライリーの婚約者候補だったのだからとマルヴィナはそのまま王宮に乗り込んで来ようとしたらしい。それを数度繰り返して衛兵につまみ出された結果、彼女は激怒しながらも素直に面会申請の書類を提出するようになったそうだ。しかし、その面会理由が単に“王太子と会いたい”だとか“茶会のため”であればライリーも頷くわけにはいかなかった。


「元々、そこまでして会いたい相手でもないしね」


申し訳なさそうにライリーは付け加える。マルヴィナが婚約者候補だった頃、ライリーは幾度となく彼女と茶会の機会を持った。その度に彼女が話すことと言えば菓子や衣装、最近読んだ恋愛小説や吟遊詩人、歌劇の話ばかりで、ライリーは終わった瞬間毎度疲れを感じていたという。

元々彼はリリアナと同じく、政策や魔術、剣術といった実務的な内容の方が興味がある。特に成人を控えた彼は王太子として積極的に政務にも関わるようになったため、時間はいくらあっても足りない。貴重な時間を茶会で潰す気もなく、そしてそこまでしてもライリーが得たいと思える“何か”をマルヴィナは持っていない。


そして、ふとライリーは何かに気が付いたように顔を上げた。同時にリリアナも一つの可能性に思い至る。二人の視線が空中で交差した。


「リリアナ嬢、人身売買の商品として買われた“北の移民”はどこに行くと思う?」

「一番可能性が高いのはユナティアン皇国でござましょうか」


ケニス辺境伯領で得た情報も踏まえると、皇国に売人が居る可能性が高い。リリアナの言葉を受けてライリーも頷いた。


「私もそう思う。そうすると更に懸念事項が出て来るね」


そこまで聞いたヘガティ団長も二人が何を考えたのか思い至ったらしく、重々しく頷いた。その表情は真剣さを通り越して悪魔のようだ。気の弱い騎士や貴婦人であれば、一目見ただけで卒倒しかねない面持ちだった。ライリーは苦笑を浮かべ、落ち着くようにと団長に声を掛ける。ヘガティ団長は一つ大きく息を吐いた。


「失礼いたしました。いや、人身売買どころか我が国に逆心があると思うと」


王室にひたむきな忠誠心を誓う団長にとっては許し難い所業だろう。それが分かるからこそライリーは穏やかに微笑み団長を諫めることはしなかった。


「でも、確定ではないからね。人身売買に手を貸しても、その主犯が皇国だとは知らないのかもしれない。もし知っていたとしたら――妹君には告げていないのだろう」


ユナティアン皇国に売人が居ると知って人身売買に一役買っているのであれば間違いなく逆心があると判断できる。彼らの言い分は“北の移民は人に非ず”なのだろうが、そもそもこの国では人身売買自体を禁じているし、“北の移民”が人ではないという法もない。

そしてもしショーン・タナーが本気で皇国に与する気があるのならば、妹マルヴィナにもライリーにはこれ以上関わらないようきつく言い渡しているはずだ。それにも関わらず彼女が未だにライリーへの面会申請を出して来るということは、マルヴィナは兄のしていることには関知していない可能性が高かった。


「いずれにしても、面倒なことに変わりはありませんな」


苦々しくヘガティ団長が呟く。ライリーも同意するように溜息を吐いた。


「そもそも、タナー侯爵が人身売買に手を染めているという証拠もない。まずはそこから手を付けるべきだ」


そうだろう、とライリーに同意を求められてリリアナは頷いた。

リリアナもオブシディアンが盗み見た情報だけしか手元にはない。彼らの手元に書簡や手紙があれば証拠になるだろうが、恐らく焼き捨てているだろう。実際に、オブシディアンも未だに証拠を入手出来ていない。協力者である王国内の貴族を数人見つけて来ただけでもだいぶ苦労していた。騎士団が王命と称して家探ししたところで、見つからなければ彼らだけではなく貴族たちから反発を買うことは必至である。


「だから、ジルド殿にはまず人身売買の詳細解明にご協力いただきたい。勿論その過程ではリリアナ嬢に助力いただくこともあるだろうが、頼めるだろうか」

「ええ、勿論にございます」


ライリーに問われてリリアナは快諾した。ジルドも否やはないと頷いている。

そして四人は顔を付き合わせて簡単な打ち合わせをした。ジルドは基本的にリリアナの護衛を続けるが、これまでよりも休暇を多目に与えてその間に人身売買の調査を行うこと、情報共有はリリアナがライリーに会うついでに行うこと、必要に応じてリリアナが視察や茶会等の名目で疑わしい場所に赴き、その際は必ずジルドを伴うこと――等々、基本的な対応に関して決めていく。


「社交界に出ておりませんから、出向ける場所が限定されている点が悩ましいですわね」

「そこは団長の方にどうにかして貰うから大丈夫だよ。リリアナ嬢は決して無理はしないこと」

「承知いたしましたわ」


リリアナは頷いた。社交界に出られるようになっていれば夜会にも参加できるが、今のリリアナが出られる場所は日中に行われる個人的な茶会程度だ。それ以外ではライリーが参加する公式行事等で、同伴が必要とされている場合だろう。

ジルドは貴族との接点が増えることが非常に嫌らしく不機嫌な雰囲気を隠さないが、文句は言わなかった。必要であることは理解しているのだろう。


「また何かあれば適宜連絡をしあおう。こういう場合は密な情報交換が有用だ」

「ええ」


ライリーの言葉にリリアナだけでなくヘガティ団長も頷く。

粗方話し合いも終わったところで、団長はおもむろに立ち上がると大きな執務机の引き出しを開けた。中から何かを取り出し、座っているジルドに差し出す。リリアナたちが見つめる中でジルドが受け取ったのはペンダントだった。


「――なんだこりゃあ」


はっきりと顔を顰めたジルドを見た団長は口角を上げる。


「通信機と入舎許可証だ。これがあれば私に連絡が付く。それからここにもお前一人で入れる。いざという時に持っておけ」

「要ら――」

「それがあれば()()()()()()()()()()団長権限で解放できるぞ」


要らねえ、と言おうとしたジルドを団長が遮る。途端にジルドは苦虫を嚙み潰したような表情になった。

団長は“貴族に絡まれた時”と言ったが、それが何を意味しているのかジルドには明らかだった。ジルドのような、明らかにこの国の者ではない傭兵は権力者に目を付けられやすい。

彼が貴族嫌いになった一因として、貴族や神官といった権力者がジルドのような傭兵たちを下賤の民として見下し、ただ腹が立った、目に入った――というだけの理由で理不尽に罰することが上げられる。実際にジルドも、嘗て何度もそのような目に遭って来た。

ただ捕らえられ牢にぶち込まれるだけでなく、鞭で打たれたり首に縄を付けられ引きずり回されたりしたこともある。同じ傭兵であっても、王国の者と同じように見える者と異国民のような形をした者とは扱いが違う。


だが、今ヘガティ団長が差し出したペンダントがあれば、そのような目に遭う確率が低くなる。難癖をつけられ捕えられたとしても、ペンダントを使えばジルドが王立騎士団長に繋がりのある者だと分かるだろう。そうすれば、如何な権力者と言えどジルドに無体なことはできなくなる。

一介の傭兵であれば捕まっても逃げ出すことは出来たが、今のジルドにはリリアナの護衛という仕事があった。たとえ貴族たちと対立するようなことがあっても、できるだけ穏便に事を収めたい。

まさか自分がそんな考えに至るようになるとは思わず、ジルドは顔を顰めた。そして大人しく受け取ったペンダントを首に下げる。組み紐で作られたペンダントは頑丈で、多少のことでは壊れない作りだった。

渋々ながらもペンダントを身に付けたジルドを見てヘガティ団長が含み笑いをしていることに、ジルドだけが気が付いていない。


「それではこれで話は決まりだ。くれぐれも身辺には気を付けて欲しい。危険を感じた場合は直ぐに引くこと、これが条件だ」


ライリーに言われてジルドやリリアナは頷く。何を思ったか、ライリーは真っ直ぐにリリアナを見つめていた。



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