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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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5. 領地への帰還 4


魔物が出る可能性を憂慮して魔導士ペトラ・ミューリュライネンを雇ったものの、領地への道中は順調だった。リリアナは毎夜ペトラの部屋を訪れて呪術に関する講義を受ける。馬車の中で会話はないものの、リリアナとペトラの間に流れる穏やかな雰囲気が影響してか、それとも一ヶ月の間険悪な雰囲気ではリリアナに悪い影響を与えると思ったのか、マリアンヌも三日目には態度が軟化した。ペトラはマリアンヌに対する態度が変わらず、碌に会話もないままではあったが。


「あと一泊すれば、すぐお屋敷に着きますわ」


マリアンヌが嬉し気に告げる。リリアナは頷いた。長距離の旅は移動だけで疲れてしまう。最後に泊る宿は、クラーク公爵の領地に最も近い大きな商業都市にある。周囲には深遠な森が広がっていた。


リリアナたちは宿に到着すると、ペトラや護衛二人も誘って外食することにした。ペトラと護衛が委縮してしまうため、高級な店ではなく、大衆にも受けが良いと言われる料理店を選ぶ。高位貴族は決して足を踏み入れないが、下位貴族は好みそうな雰囲気だ。金を持った庶民も記念日には訪れるだろう。


「肉と酒、それさえあれば何でもいーよ」

「お酒はお止めください」


はすっぱな口調で言ったペトラを(たしな)め、マリアンヌは呆れた視線を向ける。だが、ペトラの態度に慣れたのか咎めようとはせず、護衛二人にも好きなものを選ばせた。

マリアンヌは、本心ではリリアナに食べたい料理を選ばせたいようだった。だが、リリアナはあまり料理に詳しくない。何でも良いから食べてみたいと訴えた結果、マリアンヌは最初からリリアナに尋ねることはせず、ペトラや護衛が選んだり店主が勧めた品を頼むかどうか、最終的な判断を委ねるだけになっていた。リリアナはそれで十分満足だ。食事は美味しければ文句はない。

リリアナは地元料理としても評判の、猪料理に舌鼓を打って満足気な笑みを浮かべた。


「この猪、珍しい味だね」


ペトラが店主に声を掛ける。店主は「ああ、この辺りにしか出ない猪なんですよ」と答えた。


「この辺りにしか出ないのですか?」


マリアンヌが目を瞬かせる。無言で頷いた店主は、不愛想だと不味いと思ったのか、遅れて「そうです」と答えた。


「この街の周りには、森がありますやね。奥の方は深い谷やら崖やらで危ないし、方向分からなくなるし、昼間でも日が入らないほどなンですよ。魔物も居るって噂だし、迷い込めば二度と出て来られないから、猟師たちも浅いところまでしか入りませんでね。入れるところまでは木に印ィつけて、迷わないようにしてるンですが。

その森、まァ危ないのは確かなんですが、出て来る獣がどれも美味くってね。他のどこでも獲れないってンで、まァ、ここの名物なンです」

「へえ。じゃあ、ここでしか食べられないんだ。それは最高に良いね。ちなみに、お勧めの地酒は?」

「ミューリュライネンさん」


喜々として尋ねたペトラを、強い口調でマリアンヌが窘める。険しい表情で声を低め、マリアンヌは「何度も言っていますが」続けた。


「あなたが同行しているのはお嬢様の護衛のためです。仕事中に飲酒など、以ての外。お飲みになるのは結構ですが、その場合は謝礼をご返金いただきます」

「分かってるって。訊いただけじゃん」


ペトラは不服そうに唇を尖らせる。店主は二人の様子を見て、ペトラの問いに答えないほうが良いと判断したのか、無言でそそくさと厨房へ戻って行った。



*****



食事を終えたリリアナたちは、真っ直ぐに宿へ戻った。ペトラは二軒目へ行きたそうだったが諦めた。食事の途中でマリアンヌに「旅行の間はずっと仕事中だ」と窘められたことが尾を引いているらしい。代わりに、彼女は酒のつまみになりそうな干し肉やら豆やらを買っていた。


(もしかしたら、わたくしたちが知らないところでお酒も買っていらっしゃるかもしれませんわね――マリアンヌに気が付かれないように)


今日も、リリアナはマリアンヌが寝入った後にペトラの部屋を訪れることになっている。

呪術に関するペトラの講義は分かりやすく、そしてペトラもまたリリアナの発想力には興味を抱いている様子だった。

マリアンヌに手伝って貰いながら湯あみを済ませて、リリアナは夜半過ぎ、転移の術でペトラを訪ねる。ペトラも慣れたもので、リリアナの気配を察知した途端にニヤリと笑い手招きした。


「来たね」

『ええ。お邪魔しますわ』


リリアナはテーブルの上を見てわずかに苦笑を浮かべる。案の定、テーブルの上には干し肉や豆だけでなく酒も置いてあった。瓶に書いてある文字を読む限り、この街の特産品だ。宿に戻った後、一人で買いに出たのだろう。


『お酒も買われたのですね』

「あんたンところの侍女は頭が固いね。魔導省の連中と良い勝負だよ」


そう言われても、リリアナは魔導省に知り合いはいない。マリアンヌと似ていると言われても、同意はできなかった。だが、ペトラはリリアナの反応が鈍くても気にしない。そして、軽口を叩いてもリリアナが怒らないことも、マリアンヌに告げ口をしないことも理解している。

ペトラはドカッとソファーに腰かけると、テーブルの上に置かれた可愛らしい包装の小瓶を手に取りリリアナに差し出した。


「これくらいじゃ酔わないさ。ちゃんと仕事はする。ほら、あんた用にジュースも買っといたよ。ここだとレモネードよりジュースの方が美味いんだって。数本買ったから、飲み切れなかったら持って帰りな」

『まあ、ありがとうございます』


リリアナは有難くジュースを受け取り、ペトラの前に座る。ペトラは美味そうに酒を飲み、「じゃあさっそく」と口火を切った。


「昨日までの復習だ。魔術と呪術の違いは?」

『ええと――魔術と呪術は全く理論が異なるということですわね。魔術は火、風、土、水の四属性に加え、光と闇の特殊属性の六つを基本とし、魔力を用いた術。一方、呪術は魔力に捉われない方法ということでよろしくて?』

「その通り」


簡単にまとめたリリアナを、ペトラは楽し気に見やる。要点を見事に纏めたね、と満足そうだ。


「まァ、場所が変われば基本属性も変わるけどね。呪術に関しては魔力は必要ないから、魔力なしでも方法さえ知っていればできる――理論上は」


不可思議な言い方だ。リリアナは眉根を寄せた。


『理論上ということは、実際は違いますの?』

「理由は分からないけど、魔力の量が多いほど呪術に秀でた才能を示す場合(ケース)が多い。これは研究でも確認されてる」


なるほど、とリリアナは納得した。魔力の量と呪術の才能にどのような関連性があるのか、突き詰めれば魔力が何たるかを理解できるかもしれない。


(ただ、現状では難しそうよね。感覚としては、陽イオンが(プラス)に帯電している理由を明らかにすることが難しいのと同じかしら。鶏が先か卵が先か――もはや哲学の域だわ)


平たく言えば、陽イオンを“(プラス)に帯電しているイオン”と定義したのであって、もはやそこに理屈はない。

一瞬、遠い目をしたリリアナは思考を切り替えた。


『呪術を掛けられる――つまり、呪われる方はどうなりまして?』

「魔力があろうがなかろうが、呪いは受けるね。ただ、呪術の掛け方や効果も変わる。魔力がなければ簡単に死ぬ種類の呪術もあれば、その逆もある。魔術よりも呪術の方が、幅は広いよ。例えば、生贄に魔物を複数憑依させることだってできるからね。まぁこの場合、生贄の魔力量が大きくないと器が先に壊れちまうわけだけど」


ペトラはあっという間に一杯目を飲み終え、手酌で二杯目を注ぐ。


「呪術の中には魔術を組み込んだものもある。ただし組み込める魔術は限定的だ。例えば、闇魔術は比較的組み込みやすい。呪いと親和性が高いからね。逆に、光魔術は難しい。相反するものだから――いうなれば水と油だ」


リリアナはジュースを飲む。リンゴジュースだった。味がしっかりと付いていて、美味しいと思う。果汁百パーセントだろう。ペトラに勧められて干し肉を齧れば、肉の味がしっかりと付いていた。夕食に食べた猪だとペトラに教えられたが、店で食べたものとは随分味が違う。調理法でここまで味が変わるのかと驚くリリアナを、ペトラは面白そうに眺めていた。


「だから、呪術に関連した魔術は全て闇魔術だと考えられている。でもあたし的には、黒魔術と呼んだ方が良いと思うんだよね。呪術に組み込める魔術は、闇魔術だけじゃないから」


ペトラの歌うような説明に、リリアナは目を瞬かせた。



S-3

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