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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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26. 国境の砦 13


男は物陰から姿を現わそうとするリリアナから視線を逸らし、ケニス辺境伯に顔を向けた。訝し気に眉根を寄せて辺境伯を凝視している。標的を自分から辺境伯に変えたのかとリリアナが首を傾げたその時、辺境伯の()()()()()

目の錯覚かとその場に居た誰もが思った瞬間、変化した男がその場から飛び退く。アルヴァルディの子孫にとって影が動くことも、そこから何かが飛び出して来ることも驚愕に値しないらしい。男は平然と、先ほどまで自分が立っていた場所を鎌の形に変化した右手で抉る新たなる敵対者を睥睨し立っていた。


(――インニェボリ)


リリアナは、影から飛び出て来た人物を見て絶句する。顔はインニェボリだが、その口から大きく伸びた牙が覗いていた。両手は鎌の形に変化していて、今まさに辺境伯たちを殺そうとしていた敵側の男と全く同じ姿形をしている。


(インニェボリも変化の異能力を持っていましたの? でも一つの異能力は通常、一人にしか発現しないとジルドは言っていたはず)


それとも“例外的に数人に発生することもある”と言っていた“例外”の方だろうか、と眉根を寄せた。

前世でリリアナが触れた乙女ゲームでは異能力者の存在に触れていなかった。“北の異民族”と言う表現は時折出て来たが、彼らに特殊な能力があるという話も出ていない。そのためアルヴァルディの子孫が持つという“異能力”にどのような種類のものがあるのかも分からなかった。


「模倣の異能力か。奪取まではいかねえようだな」


男は苦々し気に吐き捨てる。インニェボリは答えない。答える価値もないとすら思っているかのように冷たい表情で男を睥睨している。だが、男は構わずに更に言い募った。


「それじゃあ影移動の奴はどこだ? またお仲間を連れに来るつもりか?」


無言のインニェボリは問答無用で両手の鎌を振るった。身体能力は男と同等か多少劣るだろう。どうやらインニェボリの異能力は対峙する相手の能力を真似することはできても、その能力を増幅したり相手の能力を封じることはできなさそうだった。


(影移動――つまり影同士を繋いで転移のように遠方へ移動することが出来る能力、ということかしら)


男の言葉から、リリアナは異能力の種類を推測する。確かにインニェボリに“模倣”の異能力があるのであれば、影から出て来る能力は彼女のものではないのだろう。他の誰かが彼女をここまで連れて来たと考える方が理に適っている。

ただリリアナはアルヴァルディの子孫の誰がどんな種類の異能力を持っているのか聞いていないから、判断することも難しい。ただ分かるのは、インニェボリだけでは今この場に居る敵を制圧することはできないという一点だった。


(それでも、魔術は効かない――)


護衛二人はリリアナが治癒と回復の術を使ったお陰で戦闘に加わることはできるだろうが、彼らの技量ではインニェボリの足を引っ張ることになりかねない。決して二人の騎士としての実力が劣るというわけではないが、何分インニェボリと敵の戦闘能力は彼らを圧倒していた。

そして同時に、リリアナが手を出そうにも魔術が効かないのであれば為す術もない。剣術の心得もないから、ただ傍観する以外に選択肢はなかった。


(いえ、そんなことはございませんわね)


リリアナは内心で自分の考えを否定する。自分で戦うことが出来ないのであれば、戦う人を連れて来れば良いだけだ。恐らくこの場にインニェボリしか居ないということは、影を移動したという異能力者は一人しか連れて来られないのだろう。ケニス騎士団に所属しているアルヴァルディの子孫は十数人程度居たはずだ。彼らを一人ずつ連れて来ると結構な時間が掛かるに違いない。

だが、リリアナが転移の術を使えば話は別だった。幸いにも、ジルドの気配は認識している。


(【索敵(ズーハ)】)


魔術でジルドの位置を探る。彼は高速で砦の敷地を移動していた。隠れていたはずの砦と今リリアナが居る場所の中間地点だ。他にも十人程度が塊になって動いている。恐らくアルヴァルディの子孫に違いない。

場所を確認したリリアナは直ぐに転移の術を使う。視界が切り替わった瞬間、リリアナは視界にジルドたちを捉えていた。姿を消しているにも関わらず、ジルドの目が大きく見開かれる。他にも半数程度が突如現れたリリアナを見て目を瞠っていた。どうやらケニス騎士団に所属しているアルヴァルディの子孫たちはその大半が高い異能力を持つらしい。


「ジルド。転移できますか?」

「嬢ちゃんが、俺たちを?」


足を止めたジルドがまじまじとリリアナを見つめる。どうやらそこまで異能力が高くない者にリリアナの姿は見えないらしく、数人が虚空に向かって語り掛けるジルドをきょとんと眺めていた。しかしリリアナは姿を現わすことなく頷く。


「ええ。辺境伯閣下の元に敵が迫っています。インニェボリが戦っていますが、時間を引き延ばすのが精々でしょう」

「そいつは強ぇのか」

「そう思いますわ。わたくしのことにも気が付いていた様子ですし」


ジルドの表情が険しくなる。しかし彼は悩まなかった。唇を引き結んで仲間を振り返る。そしてリリアナを親指で指し示した。


「今からこの嬢ちゃんに辺境伯のところまで魔術で送って貰う。そのつもりで()()()()()


リリアナの姿が見えている者たちは迷いなく頷いた。しかし数人は戸惑いを隠さない。


「“嬢ちゃん”って言われても――すみません、姿が見えないんですけど」

「ああ、そうか。嬢ちゃん、良いか?」

「構いませんわよ」


さすがに姿の見えない相手から魔術を使われ強制的に転移させられるのは居心地が悪いだろう。

言葉の足りないジルドの要請を苦笑しながら受け入れたリリアナは、素直に頷くと自分に掛けた術を解く。リリアナの姿が見えていなかった者たちは、突然現れた少女を目にして驚いたように顔を強張らせた。血生臭い戦場に、()()()()()()()()儚い美少女が現れたのだ。それも軽く小突けば死んでしまいそうな見た目である。


「本当に――このお嬢様が?」


明らかに高位貴族の令嬢と分かる少女を恐る恐る指さして、一人の若者がジルドに尋ねる。ジルドは仏頂面で煩わし気に頷いた。


「俺の“ご主人様”だ、良いから黙ってろ時間がねえ」

「ご、ご主人様!?」


皆、驚きを隠せない。それも当然だ。彼らはジルドがトシュテンとの会話で、“命の恩人に護衛として仕えている”と話していたのを聞いている。つまりジルドの“命の恩人”とは間違いなく今眼前にいる年端も行かない少女なのだ。ジルドの強さは同胞である彼らが一番よく知っている。そのジルドの命を救ったとは、一体何をしたのか――そう思いを巡らせてしまうのも仕方のないことだった。

驚愕を通り越して絶句する同胞たちを無視して、ジルドは真っ直ぐにリリアナを見つめた。


「もう一人はイェオリが連れて行ったばっかりだが、一人ずつ移動すんのは焦れってぇと思ってたところだ。一気にやってくれ」


ジルドの話し方から推測するに、イェオリが“影移動”の異能力者なのだろうとリリアナは見当を付けた。つまり、影を通って移動する能力だ。転移の術と同程度の効果が認められる便利な能力なのだろうが、移動できるのはイェオリ本人ともう一人だけという制約がある。

しかしリリアナは今イェオリの能力について言及する気はなかった。ジルドの“焦れったい”という言葉が引っかかるがその点も追及する時間はない。


「――言い方が少々気に掛かりますが、勿論そのつもりで参りましたのよ。それでは皆様、宜しいかしら?」


リリアナは全員を見回す。そして生唾を飲み込んだ彼らが頷いたのを確認すると、にっこりと自分一人では決して使わない詠唱を口にした。


「【転移(ゲトリーベ)】」


次の瞬間、魔術の渦がアルヴァルディの子孫たちを包む。全員緊張しつつも、リリアナの魔術を受け入れようと意識しているようにみえた。そのお陰か、次に視界が切り替わった時にリリアナの視界に居た人数に欠けはない。その事に安堵の息を漏らしたリリアナは、その場に居る一般人に気が付かれない内に魔術で姿を消した。一部のアルヴァルディの子孫たちには姿を見られてしまうが、少なくともケニス辺境伯にリリアナがここに居ると知られることは避けたい。


「お前たち――!」


最初にジルドたちに気が付いたのはケニス辺境伯だった。先ほどまでリリアナが居た時と変わらない様子に、リリアナは安堵の息を吐く。視線を転じれば、そこにはインニェボリともう一人、ケニス騎士団の騎士――トシュテンが立っていた。インニェボリは多少怪我を負っているが、リリアナが転移する前よりも体の動きが格段に良くなっているように見える。それでも疲労は隠せていない。


インニェボリの足元には新たな敵が一人倒れていた。恐らくアルヴァルディの子孫だろう男は怪物のように皮膚が青くなっていたが、大量の血を流しピクリとも動かない。インニェボリの左の鎌には血が付着していて、恐らく数分以内にインニェボリが男を倒したのだろうことが知れた。


「トシュテンが付いても苦戦しているか。さすが、()()使()()()()()()()()()


ジルドが小さく呟く。その眼光は鋭く、インニェボリたちに対峙している両手が鎌の男に向けられていた。

それまでは胸部から上が狼に変化していたが、狼の部位が増える。途端に彼の纏う威圧感は増え、味方であるはずのアルヴァルディの子孫と護衛二人ですら無意識に震えた。リリアナも僅かに目を瞠って一歩後ろに下がる。平然としていられたのはケニス辺境伯と、ジルドに対峙する鎌の男だけだった。


「――っ!」


鎌の男が息を飲み大きく飛び退った。一瞬にして距離を詰めたジルドは、しかし攻撃の手を緩めない。鋭く伸びた爪で男の首を狙う。男は反撃の隙を狙うが、次々と繰り出される容赦のない攻撃を前に、防御するしかない様子だった。

ジルドの体が一瞬横にぶれる。瞬きをすれば見逃すほどの隙が生まれる。そして鎌の男は、その隙を見逃すような男ではなかった。


「貰ったぁ――っ!」


ぎらりと目を光らせて鎌を一閃、ジルドの胴を薙ぎ払う。首という人体の比率からすれば小さな部位を狙うよりも、体積の広い胴を狙う方が命中率は高い。ジルドが鎌に切り捨てられるかと周囲が息を飲み、男もそれを確信していた――しかし、それはジルドの陽動だった。


男の薙ぎ払った鎌が風を切る音だけが響く。男の戦い方は大雑把だ。そしてなお言うならば、間合いが大きい。両手の先が大鎌に変化しているため近づくこと自体が難しい。だが、それは同時に、懐に飛び込めば攻撃力も防御力も格段に劣るということを意味していた。胸元に飛び込んだ獲物を瞬間的に殺害しようと腕を振れば、男自身も傷つくことになりかねないからだ。

そしてジルドは、それを狙っていた。


男が攻撃を仕掛けた瞬間、ジルドは脅威的な身体能力を発揮して地面すれすれに身を倒した後、男の胸元に躍り込む。振り上げた勢いそのままに、彼は鋭い爪で男の胸元を切り裂いていた。動脈を傷つけたのか血が噴き出す。

愕然とした男は咄嗟に後方へと飛び退き、傷ついた自身の肉体を見下ろした。思い切り顔を顰めたままジルドを睨みつける。痛みが酷いのか、男の息は荒々しい。そして忌々しそうに「くそっ」と吐き捨てた。どうやら自身に付けられた傷と、ケニス辺境伯側の人数の多さに自陣の劣勢を悟ったらしい。

痛烈な舌打ちを漏らすと、彼は左足の爪先を三度、床に叩きつけた。次の瞬間、その部屋に居たアルヴァルディの子孫たちの姿が掻き消える。


「なに――っ!?」


愕然とするジルドたちだが、間違いなく跡形もなく彼らは消え去った。敵方で残っているのは縛られた魔導士と騎士だけだ。


「どういうことだ、何が起こった?」


ケニス辺境伯が険しい表情のままジルドとトシュテンに視線をやった。

ふと気が付けばインニェボリの姿も本来のものに戻っている。牙もなく、鎌に変化していた両手も普通の人間と同じ形だ。

考え込むようにして辺境伯の問いに答えたのはジルドだった。


「恐らく敵方に、瞬間移動か空間を操る異能力者が居たんじゃねェかと思う」

「異能力――? 魔術や呪術の類ではなく、か?」


ジルドとトシュテンが顔を見合わせる。確かに誰もケニス辺境伯に“異能力”のことは詳しく話していない。許可を求めるようにトシュテンはジルドを窺うが、ジルドは肩を竦めた。


「俺は今回臨時で入っただけだ。どこまで話すかはお前に任せる」

「――分かりました」


トシュテンはわざとらしく溜息を吐く。しかしそれはジルドに向けたもので、ケニス辺境伯に対するものではない。彼は辺境伯に向き直ると「他言は無用にお願いしたいのですが」と前置きした上で、淡々と異能力について簡単に説明した。


「先ほど私たちを襲った者たちも空中に浮いていましたから、空間を操る異能力者が居たと考えても良いかもしれません」


小さく息を吐いたトシュテンが最後まで説明すると、真剣な表情で聞き入っていたケニス辺境伯は低く唸った。そして未だ剣を片手に警戒を解かないまま、片手で顎を覆う。


「なるほど。思った以上に、異能力者の存在は強大だな」


その独り言には誰も答えない。そして姿を消して物陰に移動していたリリアナは、その端正な眉を顰めていた。

ジルドたちが現れた瞬間、敵はあっという間に逃げ出した。お陰でケニス辺境伯は勿論、ベンやペトラも大怪我もしていない。多少の怪我人はいるし前線に出ていた騎士の中には命を落とした者も数人いるかもしれないが、結果としてはケニス辺境伯領の痛手はそれほど大きくない。


(全ては、ジルドが居たから――?)


本来であれば、ジルドは存在していないはずだった。

ゲームのリリアナは、六歳の時に魔物襲撃(スタンピード)と遭遇し恐怖のあまり魔力暴走を起こした。現実では制圧したからこそジルドとオルガを助けられたが、ゲームのリリアナは二人の命を救うことはなかったはずだ。そう考えると、ゲームのシナリオでジルドはあの時既に命を落としているはずだった。


そしてマリアンヌも、あの日リリアナの魔力暴走に巻き込まれて死ぬはずだった。マリアンヌが生き残っていなければ、イェオリとインニェボリは王都で誘拐された後に助かっていない。弟を心配するマリアンヌから誘拐事件の話を聞いたリリアナが、気まぐれを起こして辺境伯邸を訪れたからこそ、イェオリとインニェボリがどこに捕らわれているのかも発覚した。リリアナが居なければ、二人の居場所は不明のまま失踪扱いとなり、ケニス騎士団に騎士として所属することもなかったに違いない。


イェオリとインニェボリがケニス騎士団に居なければ。

――そして、ジルドがこの世界に存在していなければ。

今日この日、隣国領主の襲撃に乗じて砦を襲って来た敵国のアルヴァルディの子孫に対抗することはできなかった。ベンやペトラの魔術では対抗することもできず、ただ命を落とす以外の道は残されていなかった。ケニス辺境伯も命を奪われていた可能性が高い。


知らずリリアナの体が震える。もしかしたら、ベンはこのまま死なずに済むのかもしれない。そうすれば攻略対象者であるベラスタ・ドラコに関する状況は大きく変わる。ゲームのベラスタは兄を失い自暴自棄になっていた。自身の無力を責めていた。それほど彼にとって長兄の存在は大きかったのだ。

そしてヒロインのライバルキャラクターであるベラスタの双子の姉タニアも、長兄の死を受けて心に傷を負う。ヒロインはいつの間にかタニアの心の傷を埋め、最後には良きライバル、そして良き友として仲を深めることになる。

この一手が、リリアナの未来にどのような影響を及ぼすのかは全く想像ができなかった。


まだ勝鬨はあがっていない。油断は大敵だ。だが、一つの大きな山を乗り越えたことは確かだった。



*****



(――ここは、どこ?)


リリアナは目を瞬かせた。周囲は暗闇に包まれ、空には満天の星が輝いている。自分の体を見下ろせば夜着に包まれていて、これは夢なのだと気が付いた。


遠くに勝鬨が聞こえる。リリアナは夜の砦を歩いていた。ケニス辺境伯領が隣国の領主に辛勝したと騎士たちが囁いている。しかし、そこに陽気な雰囲気はない。それどころか陰鬱な気配が漂っていた。辛うじて敵勢を追い返すことは出来たが、味方の騎士たちも多くが命を落とした。決して諸手を挙げて喜べる雰囲気ではなかった。


「閣下が御存命であらせられたら――ここまで苦戦は強いられなかったかもしれない」


一人の騎士が呟く。他の騎士たちは口を引き結んで暗い顔つきのまま俯いた。


(何故? ケニス騎士団は圧勝しましたのに)


自分の知っている事実と異なる会話にリリアナは眉根を寄せた。


「折角、助力に来てくださったベン・ドラコ様をお護りすることもできなかった」


また別の騎士が悔し気に唸る。


「ただ我らは護られていただけだった」

「しかし誰が想像できる? まさかベン・ドラコ様の魔術が通じぬ相手がいるとは思わんだろう!」


激昂したように騎士が叫ぶ。その声は悲痛に塗れていた。


「――ドラコ家の皆さまには顔向けできないな。何と伝えれば良いのか」


一人が顔を覆う。沈黙が落ちる。

リリアナは顔を伏せた。途端に視界が揺れる。顔を上げると、そこはリリアナも知っている家だった。


(――王都の邸宅?)


幾度となくリリアナも足を運んだことがある。ベン・ドラコが王都に構えている邸宅だった。明かりもつけずにソファーに腰掛けた女性は蒼褪めた顔で、正面に立つ男を見上げていた。悲痛な表情の男は女性に向けて告げた。


「ベンが命を落としました」

「――――嘘」


嘘だ、嘘に決まっていると、ペトラ・ミューリュライネンは震える声で言った。主の訃報を告げる執事のポールも蒼褪めた顔で、しかし「本当です」と答えた。


「主の遺言は承っております。貴方の望む通りに、力を貸すようにと――それが、貴方から呪術も魔術も奪った己が出来る償いだと」


一瞬、ペトラの顔が泣きそうに歪む。

もし王都に留まるなら、この家を。この家が嫌ならば、別の家を用意する準備はあると、ポールは言う。しかしペトラは首を振った。


「ベンが居ないなら、もうあたしはこの国に用はない」


だから――この国から出ると、ペトラは静かに告げる。ポールは物言いたげな視線をペトラに向けたが、何も言わなかった。ただ静かに首を垂れる。


「御心のままに」


その日、優れた二人の術者がスリベグランディア王国から消えた。

ベン・ドラコ、そしてペトラ・ミューリュライネン――二人の魔術と呪術の天才は、歴史書にさえ名を残さない。ただ関わった人々の心の片隅にだけ、存在していた。



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