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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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挿話3 魔導士ペトラの高揚

※作品の都合上、差別用語が含まれています(作者は使用を推奨しておりませんのでご了承ください)。


スリベグランディア王国、魔導省。

いけ好かない奴らの溜まり場だ。勿論、魔導省だけじゃない。特権階級ってのは厄介で仕方がない。

魔導省の連中は決して全員が爵位持ちというわけじゃないけれど、魔導士として働いているという自尊心だけは一人前だ。本当に、うんざりするほど。

あたしから見たら半人前、どころか卵に入ったヒヨコ以前。そんな奴でも魔導士になれるんだから、スリベグランディア王国っていうのは相当人材が不足しているらしい。あたしのことを毛唐と侮蔑するくせに、あたしよりも力のある奴はいない――いや、一人だけいるけど。そいつはあたしのことを蔑んだりはしない。というか、そもそも他人に興味がない。そいつはあたしに向かってつっけんどんに言った。


「仕事だ、ミューリュライネン。とっとと行け」


押し付けられた仕事は貴族の護衛。あたしに護衛なんて珍しい。この国のお貴族様から嫌われるあたしに、護衛の仕事は滅多に来ない。

仕事内容を確認する。どうやら王都郊外にある屋敷から領地までの道すがらを守って欲しいと言われたらしい。合計一ヶ月程度の遠征。金額だけは破格。

どう考えても、魔導省の連中にとっては体の良い厄介払い。

最近は魔物が増えて来ていて人手不足だというのに、現場に出る魔導士の中で一番力のあるあたしは暇を持て余していた。仕事を独占して優越感に浸る馬鹿がたくさんいると、上司が困るだけじゃなく金も食うというのに――スリベグランディア王国の国家予算を気にするような立場にないあたしが考える話じゃないけれど。

途中で合流するとだけ伝えておいて、あたしは出発の準備を整えた。


――女は旅の準備に時間がかかる、なんて陰口は本人の聞こえないところでホザけ。眩しすぎるから、面倒がらずにローブのフード被っててくんない? あたしは荷物が少ないんだ。あんたたちみたいに、毛生え薬なんて持って行く必要もない。

さっさと魔導省を出て、下宿に立ち寄る。必要なものは鞄一つ。往復と滞在期間を合わせておおよそ一ヶ月。ちょうど良いバカンスだ。お偉いさんたちがたくさん集まると思えばうんざりだけど、まァあたしは護衛だから関わる機会もそんなにないはず。

美味い酒はあるだろうか、地元の酒があればなお良い。安い場末の酒場で知り合った人たちと馬鹿話をしながら飲む酒と肉は美味しい。これはあたしの経験談。


待ち合わせ場所に到着する。馬車は三台、少なくとも二台はあるもんだと思ってた。これまで見て来たお貴族様は、たいてい一人につき最低でも二台の馬車で移動してたから。一台に貴族様が乗って、もう一台には荷物。そんだけ服と靴運んでどうすンの、って思うけど、それが普通らしい。それから護衛が乗るための馬車。

だけど、あたしに仕事を頼んできた貴族は馬車一台に全部詰め込んでいた。


え、荷物こんだけ? 本気(マジ)

しかも、あたしと一緒に馬車に乗んの? 頭ダイジョウブ?


あたしはビックリした。魔導省の連中だけじゃなくて、この国のお貴族様にもあたしは受けが悪かったから。だから、あたしは早速試してやることにした。無理! ってなったら、護衛一人を馬車の中に放り込んで、あたしは御者台に乗るつもりだった。

途中離脱? しませんよ、お金は前払いで頂いてるんで。

今回の仕事の礼金は三割が魔導省、残りがあたしの懐に入って来る。受け持ってくれたのが、あの研究馬鹿で良かった。そうじゃなけりゃ、あたしはまたケチな馬鹿と分け前について大喧嘩しなきゃならないところだった。


「ハァイ、あなたがリリアナ・アレクサンドラ・クラーク公爵令嬢? あたし、魔導士のペトラ・ミューリュライネンっていうの。ペトラって呼んでね」


そういうと、侍女らしき女が凄い形相であたしを睨む。それなのに、お嬢サマはニコニコと笑って気にした様子がない。

あたしが知ってるお貴族様の反応っていうのは、侍女の方。お嬢サマの反応は初めて見る。


――こいつ、アホなのかな? 頭、ちゃんと働いてる? 動いてる?


そう思ったあたしの期待は、良い意味で裏切られた。お嬢サマから差し出された手紙。すごく綺麗で、読みやすい字。頭の良さそうな字。

でも、あたしが気になったのは文字の綺麗さとか、文章のうまさじゃなかった。最後の一文――これ、魔術じゃん。


最後の一文は魔術で固定されていた。ちらりとお嬢サマを見る。口元から喉に掛けて、妙に歪んでる。多分呪いだな、コレ。でも、このあたしですら嗅いだことのない()()。あたしの知らない呪術がまだ存在したんだ? たいていの呪いは、基本的な呪術の応用だ。変わり種でも、あたしは見抜く自信がある。そのあたしが、分からない。

――へえ、興味ある。解析したいけど、させて貰えるかね。

不思議なことが、三つに増えた。


あたしを見ても嫌な顔一つしない、珍しいお貴族様。

呪いをかけられて、声が出なくなったお嬢サマ。

〈今宵、貴女様のお部屋に伺います〉という文章は魔術で固定されているから、読めるようになっている。解除すればこの一文は消えて、あたしの目には見えなくなる。

術を見破ることができるほどの魔力が最低条件。そして、このお嬢サマは、あたしを見て術を発動した。あたしが信用に値する人間かどうか確かめてから、あたしの――魔導士であるあたしの力を必要とした。


――面白い。


そう思った。

面倒でしかないと予想していた一ヶ月の仕事が、もしかしたら面白い旅になるかもしれないと、あたしはそんな予感ににやけるのを止められなかった。



*****



〈今宵、部屋に伺います〉なんて意味深なメッセージを寄越したお嬢サマを待つために、あたしは宿に着いたらさっそく外へ出て、酒と肉と――そしてお嬢サマが飲むかもしれないと、あたしにしては珍しく、お嬢サマ用にレモネードと果物を買った。今まで他人のために何かを買ったことなんてなかったよ。空から槍でも降るんじゃないの、なんて他人事のように考えながら、酒を飲み肉をつまむ。

そうしてしばらくすると、お嬢サマが一人でやって来た――転移の術で。マジかよ。


規格外だよ、でもまァあたしと同じ化けモンだね、なんて同族意識を持ったのは一瞬だった。同族なんてもんじゃない、化けモンでもない、目の前にいる貴族の皮を被ったお嬢サマは奇想天外で常識外れも良いところで、化けモンなんて言葉じゃ生ぬるい、正真正銘の、バカと紙一重のアレだった。


『ごきげんよう。突然のことなのに、受け入れてくださって感謝いたしますわ』


え? と思った。目を瞬かせても、あたしが見た事実は変わらない。

聞いたことのない声が、頭の中に直接響く。このお嬢サマの声だと、すぐに分かった。口は動いてない。となると、このお嬢サマが何をしたのか、結論はただ一つ。念話(テレパシー)だ。


『わたくしが何をしたか、貴女には申し上げる必要もないかと存じますけれど』


――何それ聞いてない、あたしだって結局習得すんの諦めたんだけど!?


念話は魔物か精霊にしかできない術だと言われている。理由は二つ。

念話は相手の精神に働きかける禁術の一つで、そもそも術式としても完成していない。試した人が居ないわけじゃないけど、理論上は正しいはずの術式が(ことごと)く働かなかった歴史がある。

あたしも色々研究して来たけど、結局手づまり。


――その世紀の大発見を? この、六歳の小娘が? 生っちょろいガキが? やったっていうの?


そして二つ目が、必要な魔力量。たとえ術式が完成したとしても、念話には膨大な魔力が必要だ。それが、魔物か精霊にしか使えないとされている理由の一つ。人間はどれほど魔力が多かろうが、魔物や精霊の足元にも及ばない。勿論、低位の魔物と精霊は魔力も少ないし考える頭もないから念話は使えないんだけど。魔物だろうが精霊だろうが高位の存在ともなれば、下手をすれば世界を滅ぼすだけの力がある。念話はその強大な力の一部ってわけ。


「あんた、ホントに人間?」


あたしの質問は間違ってないはず。あたしも散々化けモンだって言われて来たけど、このお嬢サマは軽々とそれを越えて来たからね。もう、乾いた笑いしか出ないわ。

自分より魔術に詳しい人間を見ると腹が立ってブッ殺したくなるのは経験してるけど、あまりにも高嶺の存在すぎて、もうどうでも良くなった。残っているのは純粋な興味。どんな術式使ってるのか、ってとこ。

だけど、ここでも規格外のお嬢サマは爆弾発言をかましてくれた。


『魔術の基本は“想像”でございましょう? 術式はあくまでも、“現象”と“想像”の間を繋ぐ魔術を、誰でも使えるよう分かりやすく体系化しただけのものですわ』


もう最高じゃんね。魔導省のジジイどもに聞かせてやりたい。多分、残り少ない頭の毛も全部燃え上がらせて怒ってくれると思うよ。

まあ、あたしもお嬢サマに賛成だけどね。術式はあたしの趣味だけど、魔術を使うために必須かと訊かれたら答えは(ノー)

それからも、お嬢サマはあっさりと貴族令嬢らしくない台詞を次々と形にしていく。


『ですが、これがわたくしですわ。他の何者にもなれませんもの』


やだ、このお嬢サマ、良い性格してるじゃないの。


あたしに臆することなく、頭の固い頑固オヤジどもをあっさりぶった切る、人間辞めてんじゃないのってほど魔術に精通した女の子。良いところのお嬢サマの癖に、タダで教えろとは言わない。それどころか、破格の報酬を提示してくれた。お金に関しては、もしかしたら感覚がお貴族様なのかもしれないけど、あたしとしては問題ない。


――リリアナ・アレクサンドラ・クラーク。

このお嬢サマになら何かしてやっても良いかなと、珍しく思いを巡らせたあたしは笑みを深めた。




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