表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
157/563

24. 誘い水と行く先 5


夜になって、オブシディアンはリリアナの寝室に現われた。


「来たわね」


にこりと微笑むリリアナを見て、オブシディアンもまた小さく笑みを浮かべる。彼は窓際に立ったまま腕を組みリリアナに尋ねた。


「お嬢が俺を呼ぶなんて珍しいこともあるもんだな」

「そうね、確かに手紙を送ったのは今回が初めてですわ」


リリアナは素直に頷く。オブシディアンから伝書烏を使って手紙が送られて来たことは多々あったが、リリアナがオブシディアンに連絡を寄越すことはなかった。そのせいかオブシディアンはどこか興味深そうな顔でリリアナの様子を窺っている。


「俺を呼んだってことは急ぎの用か?」

「そこまで急ぎではないのですけれど、貴方に手伝って頂きたいことがあるの」


オブシディアンは首を傾げた。一体何を手伝うのかとその表情が問うている。リリアナは「そんなに大変なことではありませんわ」と微笑んだ。オブシディアンは片眉を上げる。本気にはしていない様子だが、リリアナは構わずソファーから立ち上がるとオブシディアンに歩み寄った。


「今から一緒に行っていただきたい場所があるの。説明はそちらで致しますわ」

「一緒に行くって、転移の術で?」

「そうよ」


あっさりと頷く少女を面白そうに見やり、オブシディアンは肩を竦めた。リリアナはくすりと笑みを零す。


「わたくしの転移の術は恐ろしいかしら?」

「そんなことはないけどな。お嬢の魔術は信用してるし」

「あら、光栄ですわ」


信用という言葉を聞いたリリアナは僅かに目を丸くした。思っていた反応とは違ったが、オブシディアンに他意はなさそうだ。恐ろしいのでなければ構わないだろうとリリアナは準備を整える。


「それでは参りましょう。準備はよろしくて?」

「ああ」


暗殺者が頷いたのを確認して、リリアナは詠唱する。本来であれば必要ないが、人を連れて転移するのであれば詠唱した方が相手も心の準備が出来るだろうと判断してのことだった。


「【転移(ゲトリーベ)】」


その瞬間、周囲の景色と空気が変わる。オブシディアンは物珍し気に周囲を見渡した。

二人が立っているのは森の中である。暗闇のせいで見えないが、少し離れた場所には昨夜リリアナが見つけた怪しげな家屋があった。

周囲を見回したオブシディアンはリリアナを見下ろす。二人の距離は非常に近いが、それでも互いの表情を読み取るのも難しいほどだった。リリアナは魔術で周囲を照らし出す。足元もはっきりと見えるようになって、リリアナは知らぬうちに肩に入っていた力を抜いた。人間の本能なのか、暗闇はやはり緊張してしまう。


「転移の術って初めてだったけど、面白いな」


オブシディアンがぽつりと感想を漏らす。リリアナは目を瞬かせた。暗殺者なのだから転移の術は使ったことがあると思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。素直に思ったことを口にすれば、オブシディアンは小さく笑みを零す。


「転移の術ってそもそもかなり難易度は高いんだぜ。転移陣を使えば難易度は下がるが、それでも目的地に確実に行けるわけじゃないし、下手をすれば異空間に放り出されかねないからな。金もかかるし事故になる危険性が高い術を好んで使う奴はいねえよ」


そこまで言われてようやく、リリアナは嘗て魔術の指南書で読んだ文言を思い出した。確かにオブシディアンが説明した通りのことが記載されていた。リリアナにとって転移の術は慣れ親しんだ魔術の一つであり失敗したこともない。目的地が不明確であれば違う場所に到着することも時折あるが、一度訪れた場所であれば百発百中で転移の術は成功する。だからすっかり忘れていたのだが、世間一般の認識はオブシディアンの言う通りで間違いはない。

だからリリアナは反論はせず、素直に頷いた。オブシディアンはそんなリリアナを見下ろしてわずかに苦笑を浮かべる。


「それに俺は転移陣(そんなもの)を使わなくても問題ない。馬より速く走れるからな」

「馬より速く? それは十分、人間業ではないと思いますわ。一族の方は皆さまそうなのですか?」

「いや、俺以外で見たことはねえな」


一般人と比べると身体能力が高い奴は多いが、と付け加えるオブシディアンの話を聞きながら、リリアナは一つの可能性に行き当たった。果たして答えてくれるかは分からないが、遠回しに尋ねる必要もないと判断して直球で質問することにする。


「貴方はアルヴァルディの子孫なの?」

「アルヴァルディの?」


オブシディアンはきょとんと目を丸くした。予想外の言葉を聞いたと言わんばかりだ。リリアナは真っ直ぐにオブシディアンを見つめる。少しの間二人は見つめ合ったが、リリアナが真剣だと気が付いたオブシディアンは真面目な顔で首を横に振った。


「いや、俺は違う。()()()()普通の人間だよ」

「そうですの」


黒い衣装を身にまとった暗殺者の言い回しに多少の違和感を覚えたが、口調に固さを感じてリリアナはそれ以上問うことは控えた。気を取り直して、家屋の方に向け足を踏み出す。歩きながらオブシディアンに状況を説明することにした。


「昨夜、鍛冶場の調査に向かいましたの。そこで保管庫を探していたのですが、怪しい家屋を見つけまして。侵入しようにも魔術の結界が張ってありましたので、貴方にお願いしようと思って手紙を出したのです」

「魔術ならお嬢の専門分野だろ?」


オブシディアンは眉根を寄せる。リリアナは頷いて薄っすらと笑みを唇に浮かべた。


「ええ、ですから魔術を使うことはできないことが分かりましたの。勿論、物理で無理矢理突破することも不可能ですわ。いずれかの手段を取れば結界が反応して、わたくしたちは怪我をしてしまうでしょう」

「つまり、鍵を開けなきゃならないってことか」

「その通りですわ」


リリアナの説明を的確に理解したオブシディアンを横目で一瞥してリリアナは頷く。オブシディアンは納得したように頷き、乱暴に頭を掻いた。


「だから俺を呼んだってわけだな」

「わたくしは鍵を開けるなどという芸当はできませんので」

「公爵令嬢が出来たらビックリだぜ」


錠前を破るなど、ごく普通の令嬢ができるわけはない。裏社会を生きる人間か鍵屋の得意分野である。呆れたような漆黒の暗殺者の言葉を聞いたリリアナは小さく笑った。


「今回のことを切っ掛けに、練習しても宜しいのではないかしらとも思いましたのよ」

「やめとけ」


オブシディアンは冷たく拒否する。命じられても絶対に教えてやるものかという気迫すら感じられ、リリアナは小さく声を出して笑った。そうしている内に、二人の眼前には立派な家屋が現れる。オブシディアンは感心したように口笛を吹いた。


「すげえな。確かにこれは異様だ」

「そうでしょう」


リリアナは頷く。森の中の建造物にしては立派すぎるし、そして周囲に張り巡らされている結界も厳重だ。森に生息する動物たちが近づくことを勘案してか、人間であっても近づくだけならば問題がない。壁に触れても結界は反応しないが、いざ侵入しようとすれば途端に張り巡らされた魔術が侵入者に牙を剥く。

二人は家屋を一周し、唯一の扉の前に立った。昨夜と同じく頑丈な閂が掛かっている。オブシディアンはおもむろに鍵を手に取り構造を確認すると、服の下から道具を取り出した。手早く針金を折り曲げて不可思議な形にすると、鍵穴に差し込み手首を捻る。そして少しの時間穴の中を探っていたが、やがてガチャリと音がして鍵が開いた。閂を外して地面の上に置く。閂は重たく、わずかに土が沈んだ。


「開いたぜ」

「ありがとう」


礼を告げたリリアナはオブシディアンと共に中へ入る。鉄の臭いが充満している室内に蝋燭が灯る。どうやら人の気配を感知して自動的に蝋燭に火が付くようになっているらしい。魔導省の副長官室にあった蝋燭と同じだ。どうやらこの家屋を建てた人物は、かなりの金を掛けているようだった。外側から見ては想像できないほど屋内は広い。空間自体に呪術が仕掛けられていて、家屋本来の空間が倍以上広くなっていた。更に念の入ったことに、屋内で魔術を使えないように制限が掛けられている。


「お嬢」


先に屋内の危険を確認しつつ見て回っていたオブシディアンがリリアナを呼ぶ。手招きするそちらへ近づいて行けば、オブシディアンは扉の一つを開けていた。


「中、見てみろ」


促されるがまま室内を覗き込む。リリアナの双眸が驚愕に見開かれた。


「――これは」

「ここ、あんたの親父が作った家屋なんだろ」


説明はしなかったにも関わらず、オブシディアンはここが一体どこなのか、そしてリリアナが何を調査しようとしていたのか把握している様子だった。


「そう。ここはわたくしのお父様が管理している鍛冶場の保管庫ですわ」


一年を通して減らない鉄鉱石の購入量。それどころか購入される鉄鉱石の量は年々増加していた。そして作業場の広さと使用された鉄鉱石の量に釣り合わない完成品の大きさと個数。

それならば何処かに残りの完成品が保管されているのだろうと予測した――その矢先に見つけた、不審な家屋。


可能性は確信としてリリアナの中に存在していた。だが、この目で見るまでは信じたくなかった。


「お父様は、戦を仕掛けるおつもりでしたのね」


リリアナとオブシディアンの前に山積みにされた、武器の数々。最新鋭のものばかりで、破壊力も攻撃力も従来のものと比べて遥かに大きくなっている。これまでには存在しなかった武器や魔術または呪術を使って攻撃力を格段に上昇させたものもある。特に目を引くものは装甲兵器だった。戦闘用馬車(チャリオット)の馬部分が馬に似た装甲に代えられている。動力は乗車する人間の魔力か魔導石だろう。騎馬隊の方が機動性に優れ攻撃力も高いと考えられて来たため、古代に使われていた戦闘用馬車(チャリオット)は過去の遺物として放棄された。だが、ここにある装甲兵器は使い方次第で騎馬隊を凌ぐに違いない。魔力を使えば、この装甲兵器は地上を高速で移動するだけでなく空を飛ぶこともできる。

ただ問題は、普通の人間の魔力量では動かせるような代物ではないということだ。数人の魔導士が持ち得る魔力全てを出しきっても半刻程度しか動かせられない。魔導石を使っても同じことだ。実用に耐え得る兵器ではない。

だが仮にすべてを上手く動かせるのであれば、眼前に保管されているものだけで十分に隣国を下せるのではないかと思えた。

オブシディアンも同じ感想を抱いたようで、低く不機嫌に唸る。


「ここにある武器だけで、王国は五つ分破壊できるぜ」

「皇国でしたら二つ分かしら」


溜息が漏れる。そのリリアナに、オブシディアンは「あれを見ろ」と言った。指さす先を辿れば、リリアナの表情が強張る。

武器には一つ一つに紋章が刻み込まれている。影で見え辛かったが、オブシディアンが示す先にある装甲兵器に記された紋章ははっきりと見えた。


「――ユナカイティス皇家」


ユナティアン皇国を治める皇族ユナカイティス。その家紋が、装甲兵器にはくっきりと記されていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


第1巻~第5巻(オーバーラップ文庫)好評発売中!

書影 書影 書影 書影 書影
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ