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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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24. 誘い水と行く先 4


翌朝目覚めたリリアナは、のんびりと自室で朝食を摂る。そこまで食に興味がないリリアナの食事は質素だが、それでも料理人が腕によりをかけて作ってくれるため味は美味しい。普段であれば黙って給仕をしてくれるマリアンヌが、食事が終わる頃を見計らって口を開いた。


「お嬢様、ジルドがお話があると申していたのですが、どうしますか?」

「ジルドが?」


珍しいこともあるものだ。リリアナは目を瞬かせた。ジルドとオルガはリリアナの護衛をしてくれているため、会わない日は殆どない。だが、彼らには彼らの生活がある。だからリリアナも必要以上に二人から私的なことを訊こうとはしなかったし、休暇に何をしても関与しなかった。


「何かあるのかしら」


小首を傾げるが思い付くことはない。会って話をしない限り、ジルドの用件は分からないだろう。考えても意味はないと判断し、リリアナは頷いた。


「食事が終わったら会いましょうと伝えてくれるかしら」

「承知いたしました」


マリアンヌはにこやかに答えると食後の紅茶を淹れてくれた。そして部屋を出る。恐らくジルドを連れて来るつもりだろう。案の定、リリアナが食後の紅茶を味わっていると、マリアンヌがジルドを連れて戻って来た。ジルドは滅多に足を踏み入れないリリアナの部屋を見回して居心地悪そうにしていたが、リリアナに言われたマリアンヌが部屋を出ると、溜息を吐いてどっかりとソファーに腰を下ろした。護衛には許されないはずの態度だが、リリアナは諫めない。オルガが居ればジルドの脳天に拳を振り降ろしていただろうが、ここにはリリアナとジルドの二人しか居なかった。


「護衛とはいえ、お嬢様が男と二人きりになるってのは不味いんじゃねえのかァ?」

「だから扉が開いていますでしょう」


リリアナの言葉を聞いたジルドが視線を扉に向ける。確かに隙間が開いている。何か声が聞こえればすぐにマリアンヌが飛び込んで来るに違いない。勿論ジルドはリリアナに危害を加えるつもりはないだろうが――と思いながら、リリアナは微笑と共に「それで?」と尋ねた。


「わたくしに何かお話があるのでしょう?」

「――そうだけどよ」


ジルドは不服そうだ。その顔を見たリリアナは笑みを深めた。


「ご安心なさいな。防音の結界を張っておりますから、貴方が何を仰ろうと外に漏れることはございませんわ」

「――――――そうかい」


リリアナの言葉を聞いたジルドはがっくりと肩を落とした。自分が気にしていたことが全て対処されていたと知って気が抜けたのだろう。のろのろと顔を上げた彼の顔は、しかし暗く沈んでいた。どうやらあまり良い話ではないらしいとリリアナは見当を付ける。

無言でジルドの言葉を待つが、なかなかジルドは口を開こうとしない。飲んでいた紅茶が冷たくなり始めたところで、ようやく彼は言い辛そうに言葉を発する。


「一つ、あんたに相談があるんだ」


予想外の言葉にリリアナは目を瞬かせた。ジルドから相談されるなど初めてのことだ。無言で話の続きを促すリリアナに、ジルドは淡々と告げる。


「前に、タナー侯爵家が懇意にしているという商人に関する情報調べろって言ってただろ」

「ええ」


リリアナは頷く。オブシディアンと出会う前、確かにリリアナはジルドに調査を依頼した。元々はタナー侯爵家に出入りしている皇国の商人がスリベグランディア王国で商売をする許可証を得ているか確認して欲しいという依頼だったのだが、ジルドが持ち帰って来た情報はそれ以上だった。


商人は許可証を得ていたが、商売相手が国王派や旧国王派以外の貴族だったのだ。即ち、簡単に考えれば現在次期国王としてライリーを支持している者たちを除く貴族だ。尤も、中立派も含まれているから一概にライリーを次期国王として認めていない貴族ばかりを相手にしていたとは言い切れない。

そして、その商人が売り捌いていた布には呪術陣が施されていた。その陣は“人を探す”ことを目的としていることは突き止めたが、誰が誰を探すために王国中にばら撒いていたのかまでは突き止められていない。売買を禁じる方向で検討したものの、一々解析をしなければ該当の布であるかどうか判断が出来ないこと、そして皇国から布の輸入を禁じれば摩擦が生じかねないという理由で見送られた。結局、今になっても商人たちの――否、商人を介して呪術陣をばら撒いている者たちの思惑は掴めていない。


「それで一つ分かったことがある。その商人たちはとあるものを探してたらしい」


ジルドの表情は暗い。リリアナは目を瞬かせた。珍しく緊張がせり上がり唾を飲み込む。彼は呪術陣の施された布の存在を知らない。調査を依頼した際リリアナは布については伏せた。他から情報を得たのであれば分からないが、言葉の選び方を見れば恐らく知らないのだろうと推察できる。しかし商人たちの目的が分かれば“人を探す”目的で布に施されていた呪術陣の詳細も分かるかもしれない。

そしてジルドは歯を食い縛り、唸るように告げた。


「奴らが探していたのは、“北の移民”だ。呪術を刻んだ布で虱潰しに探しているらしい」


リリアナは言葉を失う。ジルドは“北の移民”というが、彼の様子を見れば単なる“北の移民”でないことは明らかだった。ジルドはアルヴァルディの子孫だ。スリベグランディア王国やユナティアン皇国では自国より北に位置する国々から移住して来た者たちを纏めて“北の移民”と呼ぶが、厳密には国や部族が違う。そしてアルヴァルディの子孫は非常に結束が強い民族だ。ジルドもその例に洩れない。

商人たちが探している相手が単に“北の移民”であればジルドもこれほど心を病まないはずだ。だが単なる“北の移民”ではなくアルヴァルディの子孫を探していたのだとしたら――ジルドがこれほど暗い顔をしているのも分かる。


(――不味いわね)


ジルドの言葉からおおよその事態を把握したリリアナは内心で臍を噛んだ。

アルヴァルディの子孫の能力が非常に高いことは、ジルドやイェオリの存在を考えても明らかだ。一般には「“北の移民”の中には非常に戦闘能力が高い者がいる」という認識でしかないが、その一部の存在はほぼアルヴァルディの子孫と考えて間違いないだろう。彼らをユナティアン皇国が探している――即ち、皇国は少なくとも五年前からその能力に目を付けて動いて来たのだ。皇国のことだから、探し出すだけではなく連れ帰っても居るのだろう。そう考えればケニス辺境伯領とカルヴァート辺境伯領で報告されていた“北の移民”失踪事件にも説明が付く。


王国の貴族たちが“北の移民”の――否、アルヴァルディの子孫の能力を正確に把握していなかったことも、皇国の動きに気付かず放置していたことも、後悔先に立たずとはいえ口惜しい。一年に何人ほどが発見され誘拐されたのかは分からないが、相当な戦力が国外に流出したと考えるべきだ。


「アルヴァルディの子孫に実害が出ているという理解で良いかしら」

「――――そうだ」


長い沈黙の後、ジルドは頷く。


「勿論あいつらは“アルヴァルディの子孫”の存在なんざ知らねえ。ただ奴らが探しているのは“戦闘能力の高い北の移民”だ。つまりアルヴァルディの子孫のことで間違いねえだろう――と思う」

「戦闘能力が高くない“北の移民”は捜索対象には当たらないということですのね。つまり実害が出ているのはアルヴァルディの子孫ということで宜しくて?」


ジルドは頷く。その表情は苦々しい。だが問題は、ジルドが何を相談したいのかということだった。

現時点で彼は情報を口にしただけだ。その上でリリアナに意見を求めているのか、もしくは仲間を助けるために傭兵の仕事を辞めたいと願い出るのか、はたまた別の相談事なのか。

問うような視線を向けるリリアナに、ジルドは告げる。


「俺たちアルヴァルディの子孫には魔術はきかねえ。だからといって戦闘能力特化の奴らを捕まえる手がないわけでもねえ。だが、そのことを知る奴は限られているはずなんだ」


リリアナは目を瞬かせて目の前の傭兵を凝視する。彼は真剣な表情でリリアナを真っ直ぐに見つめていた。その双眸には焦燥が滲んでいる。そして彼は首を垂れた。


「頼む。この通りだ。仲間を助けたくとも、相手は皇国だ。今の俺には手が出ねえし、どうすれば良いのかもさっぱり分からねえ」


助けてくれと、ジルドが言う。リリアナは背筋を伸ばしてソファーに腰かけたまま、頭を下げ続けるジルドの旋毛を見つめていた。



*****



ジルドには協力を惜しまないことを伝え、だがすぐにどうにかできる問題でもないと答えた。ジルドは悔しそうな表情だったが、リリアナの言うことが正しいと分かっても居るのだろう。不承不承といった様子で頷いて持ち場に戻る。

夜になるまで、リリアナは図書館で調べ物をすることにした。豊富な蔵書に恵まれている屋敷ではあるが、東方の書物と比べて北方の国を記した書物は少ない。それでも目ぼしいものを見つけて目を通す。歴史や国政に関するものはなかったが、宗教や地理について書かれたものはあった。アルヴァルディの子孫という言葉はどこにも出て来ないが、宗教がスリベグランディア王国やユナティアン皇国のものと大きく違うことは分かる。そもそも世界の成り立ちについても思想が違うのだ。彼らの生き様が違うことは予想していたが、宗教に関する書物を読んでその予感は確信に変わった。


(それにしても、ジルドは随分スリベグランディア王国に馴染んでいるように見えますわね)


移民に限らず、文化も生活様式も違う土地へ行けば慣れるだけで数年はかかるという。それでもなお以前の文化や風習から抜けきることが出来ない者も居る。一旦慣れたと思っても反動のように以前の土地が恋しくなることすらあるらしい。仮に慣れた場合であっても、時折身に沁みついた癖が表出することで出自が分かることもある。だが、ジルドに限って言えばそのような癖は見当たらなかった。


(それとも、わたくしが知らないだけでオルガ辺りは知っているのかもしれませんわね)


ジルドとリリアナは護衛と雇い主という関係であって、それ以上のものではない。互いのことを詳しく知っているわけでもないのだ。それを考えれば、今回ジルドがリリアナを頼ったことも意外だった。


(わたくしが一度、イェオリの救出に手を貸したことが理由かしらね)


理由を探したところで、その程度のことしか思い浮かばない。いずれにしてもジルドがリリアナを頼ったことは事実だ。個人的に気に掛かっていた事でもあるため、協力することに異論はない。だが何分情報が少なすぎる。アルヴァルディの子孫の秘密を知る者が皇国内に居ることは確かだろうし、皇国が彼らを戦力として考えているという推測も間違いはないはずだ。

そして“助ける”というからには、捕らわれたアルヴァルディの子孫たちを救出して王国内にいるだろう仲間の元に戻してやらねばならない。仲間の結束が強いのなら、家族や友人たちと引き離されることは酷く辛いはずだ。


(その感情は、わたくしには理解できませんけれど)


リリアナは内心で呟く。家族や友人と引き離され一人になったとしても、リリアナは自分の感情が大きく乱れるとは思えなかった。この世界に一人になったところで、単にその事実を認識するだけだ。苦しまなければ良いなとは思うが、死のうが生きようが大して問題はない。だが一般的にそう考える人は滅多にいないと、リリアナは把握していた。ジルドの表情を見るだけでも明らかだ。彼は()()()()()()()()のことを気に掛け、心を砕いていた。


(まずは情報収集ですわね。わたくし、オブシディアンを使いすぎかしら)


そんなことをちらりと思う。今夜、オブシディアンが部屋に来るはずだ。最優先すべきは昨夜リリアナが見つけた不可思議な森の家屋を調査することだが、その後に皇国へ誘拐された失踪者たちの情報を集めるよう依頼すれば良い。

リリアナは本を広げ、夕食の時間まで没頭することにした。



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