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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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23. 双璧の後始末 8


その知らせを聞いた時、魔導省長官のニコラス・バーグソンは必死で愉悦に笑み崩れそうになるのを堪えていた。不自然に動く頬を辛うじて制御していると、宿敵ベン・ドラコを蹴落とし副長官の座を射止めたソーン・グリードが訝し気な視線を向けて来る。誤魔化すようにバーグソンは空咳をして真面目腐った顔つきで答えた。


「クラーク公爵亡き後、誰が宰相になるのかと思ったが――そうか、メラーズ伯爵が宰相となられたのだな」

「はい、そのようです。メラーズ伯爵は魔導省に対しても理解がありますから、予算の融通もきくでしょう」


グリードは淡々と答える。バーグソンも重々しく頷いてみせたが、内心は全く違った。今にも小躍りしたい気分である。


「他に何かあるか?」

「いえ、報告は以上です。それでは失礼致します」


グリードは頭を下げて長官室を退室する。扉が閉まり気配が遠くなったところで、バーグソンは堪えられない笑いを漏らした。


「苦節二年――ようやく私にも運が回って来たらしい」


王太子ライリーの生誕十周年を祝う宴で起こった史上最大規模の魔物襲撃(スタンピード)――あの時バーグソンは失敗を犯した。彼自身は決して己の失策ではなく、むしろ困難な中でも最低限の成果を得たのだから評価されて然るべきだと信じている。しかしクラーク公爵は、バーグソンの過怠を許さなかった。


「全く、私に才がないと言わんばかりに嘲弄されたことは忘れられん」


公爵が言い放った最後通牒は今でも鮮明に思い出せる。彼は顧問会議で、他の貴族たちもいる中でバーグソンを切り捨てた。他の誰もそのことに気が付かなかっただろうが、彼にとっては明らかだった。

バーグソンは魔物襲撃(スタンピード)に赴いた騎士団の不始末を糾弾したが、エアルドレッド公爵の発言によって賛同者は消えて騎士団を擁護する風向きに変わった。その際にクラーク公爵はおもむろに言い放った。


()()()()()()()()()()()()()()()()()、一度の過ちで咎を負うとするのは――些か、行き過ぎのようにも思いますな』


その発言を聞いた瞬間、バーグソンは己がクラーク公爵に見切られたと悟った。

()()()()()()は間違いなく、彼の娘とフォティア領の屋敷で(まみ)えた時だ。公爵に命じられるがまま、バーグソンはまだ幼いリリアナ・アレクサンドラ・クラークに掛けられた術を解こうとした。他人が掛けた術を解く場合は術を掛けられた当人の同意がなければ難しいが、自分が掛けた術であれば相手が拒否しようと比較的簡単に解術できる。だからバーグソンは自分が失敗するなど夢にも思っていなかった。実際に解術を仕掛けた時は違和感を覚えただけで、術が弾かれたことには気が付かなかった。後からクラーク公爵に指摘されて初めて、解術が失敗したことに気が付いたのだ。恐らく魔道具を身に付けていたのだろうが、思い返すにつけ腹立たしい。


そのどれもバーグソンの責任ではない。そもそも令嬢に関しては公爵が責任を持って確実に事を為せるようすべきだったし、騎士団の責任追及の時には公爵も騎士団を処断するべしと主張すべきだった。クラーク公爵はバーグソンに命じるばかりで決して協力的ではなかったのだ。

しかし、切り捨てられたと悟ったバーグソンはずっと戦々恐々としていた。何より相手はあのクラーク公爵だ。捨て置かれるだけならまだしも、いつ殺されるのかという恐怖が常に付きまとっていた。


「ようやくあの男は死んだ。まさか夫人の魔力暴走で呆気なく死ぬとは、青炎の宰相の二つ名も地に落ちたものだよ」


愉快だと言わんばかりに笑い声を立て、バーグソンは無意識に首の後ろへ手を回した。既にその動作は癖になっている。自分では見えないそこに浮き上がっていた黒い痣――異国の古い文字は、バーグソンには読めない文字だ。だがその痣があるからこそ、彼はクラーク公爵を裏切れず、どんな理不尽な命令にも唯々諾々と従うしかなかった。


「この、隷属の証があるから私も奴を切り捨てることができなかった」


黒い痣は隷属の呪いが掛けられた証だ。バーグソンは魂までは取られなかった。だから未だに彼自身の意思は残っている。しかしその痣がある限りいつ命を奪われるか分からない。命を奪われずとも、体の自由は公爵の気分次第で奪われる。

勿論その対価は十分に貰っていた。魔導省長官といえども、爵位を持たなければ決して適うことのない贅沢な生活が出来た。そして名声も得られた。彼本来の能力であれば決して得られない地位、名声、財、そして権力だった。実際の能力は全く見合わないと陰で囁かれていることを、バーグソンは知らない。


「だがあの男が死んだ今、私は真に自由を得たのだ――!」


隷属の呪いは、術者が死ねば勝手に消える。解放感に満ちた彼の両眼はぎらぎらと輝いていた。

もうクラーク公爵の気分を害すのではないかと神経を使う必要もない。彼から切り捨てられた二年前から金が足りず家財を食い潰して来たが、もはや他の誰を気にすることもなく新たな後ろ盾を頼むことができる。


「メラーズ伯爵に、挨拶に伺わねば」


いそいそとバーグソンは予定を確認し、伯爵に面会依頼の手紙を(したた)める。

メラーズ伯爵からは一度声を掛けて貰っていた。バーグソンの立場を慮って下男を寄越し、落ち合ったのも場末の酒屋だったため、伯爵本人とは話をしていない。それでも彼は必要とあらばいつでも手助けをすると約束してくれていた。

それならばバーグソンとしても助力は惜しまない。バーグソンに便宜を図れば魔導省が丸々伯爵の傘下に入るのだから、多少の要求は通るはずだ。明るい未来に思いを馳せるバーグソンの顔は希望に満ち輝いている。

興奮したせいか暑さを感じ、バーグソンは滅多に脱がないローブを脱ぎ襟元を緩めた。これまでは隷属の証が気になって襟を詰めていたが、今はその必要もない。いい気分で鼻歌でも歌い出しそうな様子のバーグソンは、彼の死角である首の後ろ側に()()()()()()()()黒い痣には気が付いていなかった。



*****



スリベグランディア王国王太子ライリーの婚約者となったリリアナだが、生活に変化はそれほどない。これまで受けていた王太子妃教育から更に進んだ内容を受けることになったものの、リリアナにとってはそれほど難しい内容ではなかった。王家の機密に関わる内容は正式に婚姻してからでなければ知ることはできないから、量も想像したよりは少ないようだ。

ライリーと兄クライドの三人で晩餐を楽しんだ後、リリアナはクライドと別れ王都近郊の屋敷に戻った。当主になったばかりのクライドは仕事が山積みであり、そしてリリアナは住み慣れた自分の屋敷の方が落ち着く。何よりも、リリアナにはすべきことがあった。


「――あら?」


寝る準備まで済ませたリリアナは、王宮に放っていた呪術の鼠の数を数えて首を傾げた。今日放った鼠は全部で五匹。だが今手元に戻って来ているのは四匹だ。残りの一匹は何らかの問題に巻き込まれているのだろうと、リリアナは推測する。


「どこに寄り道しているのかしら」


小さく呟きながら、リリアナはテーブルの上に地図を広げ、その上に呪術陣を載せる。軽く陣に魔力を流せば小さな光が王都の一角に灯った。更に王都だけを記した地図を広げて同じようにすると、今度はとある貴族の屋敷に光が浮かぶ。屋敷の名前を確認したリリアナは眉根を寄せた。


「これは――自分で行ったのではなく、()()()()()()()のね」


大方そうだろうとは思った、とリリアナは溜息を吐く。

予定外の場所に連れて行かれた鼠は顧問会議の情報を収集していた。リリアナが王宮図書館で接触した鼠だ。恐らくその時に漏れ出た微量な魔力に気が付いた者が居たのだろう。普通であれば非常に優れた魔導士でなければ気が付かないが、稀に魔道具で勘付く者も居る。極力そのような事態を避けるためにリリアナも万全を期していたが、まだ研究する余地がありそうだった。


鼠が連れて行かれたのは、王都にあるエアルドレッド公爵邸だ。今そこに滞在しているのはオースティンの兄ユリシーズと、エアルドレッド公爵家に関係の深いプレイステッド卿の二人だと確認が取れている。二人とも顧問会議に出席していたが、鼠に気が付いたのはプレイステッド卿に違いない。


「魔導士を連れて来ていらっしゃるのかしら」


リリアナは首を傾げた。鼠はリリアナ渾身の作だ。魔術や呪術を“ある程度知っている”程度では決して解析できない。となれば、信用のおける魔導士を公爵邸に連れて来ているのだろう。記憶を辿れば、エアルドレッド公爵から魔道具を貰った時、彼には懇意にしている魔導士が居るのだろうと思ったものだ。プレイステッド卿がその魔導士を知っていたとしても、おかしな話ではない。


「いずれにしても、面倒は避けたいものですわ」


鼠を解析するだけなら許容範囲だ。解析したところで術者が分かるような痕跡は残っていないし、仮に魔力の残滓から探ろうとしてもリリアナには辿り着けないよう細工を施してある。問題は何食わぬ顔で鼠に探知の術を掛け放された場合だ。そうなると鼠が屋敷に辿り着いた途端、相手はリリアナが鼠を王宮内に放ったと特定するだろう。

リリアナがしたことが公になれば、クラーク公爵家もただでは済まない。どうにか処断を免れたとしても、間諜行為をしたと知れた時点でこの国に居場所はなくなる。


「残念ですが、致し方ありませんわねえ」


幸いにも顧問会議の内容は直接聞き取ったし、鼠一匹が消えたところで痛手はない。必要になればまた新たに作るだけである。


「【消滅(ヴァーシュウィンドン)】」


魔力からこちらに辿り着けないよう細心の注意を払い、リリアナは陣を介して囚われた鼠に術を放つ。次の瞬間、リリアナは陣から鼠に繋がる目に見えない()()()()()を遮断し、陣自体も完全に消滅させた。これで向こうにも痕跡は残らないはずだ。

リリアナは満足気な笑みを浮かべた。


「今度からは自爆の術式も組み込んでおきましょう」


そうすれば一々リリアナが消滅(ヴァーシュウィンドン)の術を放たなくても良いし、その度に相手に悟られる危険性を犯さずに済む。

肩の荷が下りたリリアナは、さっそく手元に戻って来た四匹の解析を始めた。



7-1

8-1

15-3

19-8

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