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悪役令嬢はしゃべりません  作者: 由畝 啓
第一部 悪役令嬢はしゃべりません
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挿話8 オブシディアンの救済

時系列が若干、遡ります。


基本的には人間だろうが動物だろうが、異質な存在っていうのは気味悪いと思うもんだ。それは身をもって知ってるし、別にどうでも良い。連中が俺を虫ケラと蔑みながら馬鹿にしても実害はねえもんな。どれだけ俺を見下して忌避しても、本当にうるさいと思えば黙らせたら良いだけだ。俺にはあいつらの首を落とすことなんて造作もない。ただ首を落とすだけなんて、詰まんねえけど。新しい武器を試すのにはちょうど良いんだよな、だって一応あいつらもアレで一流の刺客らしいから。


それでも、やっぱり人生は詰まらねえと思う。どれだけ難しい仕事だって言われても、俺にとっちゃあ単なる暇つぶしだ。あいつらにとって、人は殺せたらそれで良いらしいぜ。ついでに、バレなければ上等ってことらしい。でもそれってさ、美学がねえと思わねえ? だって、人間なんて血を流させるか首を折れば死ぬんだぜ。それは犬だろうが猫だろうが鼠だろうが魔物だろうが全く同じ。殺すだけなんて、大して張り合いがあるとも思えない。

それなのに、あいつらはただ人を殺すだけで自分たちは凄ぇんだって思ってるから反吐が出る。大口を叩いた一瞬後に、自分が物言わぬ骸の仲間入りをするかもなんて、露ほども思わないらしい。おーい、俺の前に(うなじ)晒すなよ。今、新しい暗器(えもの)持ってねェから良いけどよ。切れ味試すにはちょうど良いんだって、お前ら。命は粗末にするもんじゃねえぜ?


多分、俺がそんなこと考えてるなんて、あいつらは全く思いもしてねえんだろうな。あいつらは俺を虫ケラと蔑みながらも、恐怖を込めて死の虫(デス・ワーム)なんて呼ぶ。俺はその名前で呼ぶのヤメロつってんのにな。本当にダセェ名前だ。やめてくれよ、手が滑っちまうだろ。俺にとっちゃあいつらの方が虫だよ、だって俺が手首を一回動かしただけで白目剥いて泡吹いて動かなくなっちまうんだからさ。呆気ないよな、本当に。こうしてみると、人間も動物も全く同じなんだって良く分かるよ。

まあ、動物の方がマシかもな。あいつらは獲物を殺した後、ちゃんと食うもんな。でもあんまり人間って美味そうに見えねえんだよな。なんでだろ? 食ったら血が腐る気がする。


そんな俺の前に、初めて面白い存在が現れた。

いとも容易く他人の術を解術してみせる少女。最初は腕の良い魔導士の仕業だと思ったんだよ。でも、違った。


『リリアナ・アレクサンドラ・クラークねえ――』


状況証拠は、たった一人の公爵令嬢を指し示していた。魔物襲撃(スタンピード)で最高位の光魔術を大盤振る舞いし、殺気に気が付く少女。俺よりもチビっこいのにな。あの小さな体で、なかなか凄ぇじゃねえかって俺は感心した。


それで、俺にしては珍しく興味を持ったわけだ。

仕事の合間を縫って情報を集めると、面白いことが分かった。どうやらリリアナって名前のご令嬢は、六歳の誕生日の時に流行り病で声を失ったまま、年を重ねても喋れないままらしい。それにもかかわらず王太子の婚約者候補から外れていない。政治の臭いがプンプンしやがるぜ。でもそれ以上に、詠唱ができないご貴族のお嬢さんが持ってる膨大な魔力と魔術の適性。


あのお嬢さんは、俺と同じ()()()()()だ。


分かった途端に、思わず顔がにやけた。しかもお嬢さんは俺と互角か、もしかしたら俺よりも強いかもしれない。その可能性に思い至るにそれほどの時間は要しなかった。良いねぇ、体がゾクゾクしやがるぜ。

あれは俺の獲物だ。そう決めた。他の誰にも、邪魔をされたくはない。

――俺が見つけた、俺だけの獲物だ。


それなのに、一族は俺の都合には構いやしねえ。本家からユナティアン皇国の依頼人に付けと指示が来た時、一瞬本気で本家を潰そうかと考えた。でも、半年程度なら仕方がねえか――そう諦めた俺も馬鹿だったよな。結局二年に延びた。まじふざけんな。俺の忍耐力凄ぇよ、マジで褒めてやりたい。


そんなんだったから、二年振りにスリベグランディア王国の地を踏んだ時、仕事はするつもりだったけど、それ以上に彼女に会えるという喜びが先に来た。

リストの()()()()()()()ケニス辺境伯を毒で始末し、さっさと少女の元に挨拶に行こうと思っていた。わくわくしながら地面を蹴る。正直疲れはするけど、俺は自分の足で走っても早馬とそう変わらない速度で移動できる。


『お前の挨拶は物騒だ』


嘗て、珍しく自分を怖がらなかった少年の言葉を思い出す。確かに一般的には、挨拶は言葉と握手を交わすものなのかもしれない。だけど、俺にとって親愛の挨拶ってのは相手の命を貰うことだ。

だって、こんなに世界って退屈でウンザリするようなことばっかりなんだぜ。特に俺たちみたいな異端児にとっちゃあ、居心地が悪い。それなら、とっとと死んじまったほうが楽だと思うんだよなあ。まあ、俺は強いから簡単には死なねえんだけどな。だから、俺が仕事以外でわざわざ手に掛けてやろうって相手は、俺にとっては尊敬に値する相手ってことなんだけど――理解されたことはねえな。


それで、俺はそのリリアナ・アレクサンドラ・クラークって少女に挨拶をしたわけだ。一度目はとっとと逃げられたから、二度目は丁重に家までお邪魔した。ちゃんと約束も守ったぜ。他の誰にも見られないように――だっけ? 俺にとっちゃあ簡単な話だ。どれだけ厳重に護衛やら衛兵やら魔導士やらが頑張って侵入できないように対策したとしても、俺にとっちゃあ全部丸見えだった。俺以外の奴らはあっという間に掴まってたけど。本当、天下の暗殺一族が情けねえ。


正直、俺には自信があった。俺が使う術は体術と武術だが、他にも少し変わった術を使う。スリベグランディア王国でもユナティアン皇国でも使われてない術だ。そのお陰で俺は今まで魔導士にも呪術士にも捕まって来なかったってわけ。それなのに――なあ。


『通り名ではなく、そして単に貴方自身を識別するものでもない。貴方が呼ばれたいと思う、貴方の存在を示す、貴方自身を認めるための名前ですわ』


俺の侵入に気が付いて俺を出し抜いた挙句、名前を聞いたお嬢は、そんなことを言って来た。

俺よりも強いお嬢が、そんなことを何の含みもない顔で尋ねてきた。


――いやいや、それ、ずるいだろう。


なんだか、胸が苦しい気がした。

異端児と呼ばれて明るい世界にも裏社会にも落ち着く場所を見つけられずに、ただふらふらと世界をうろつくだけだった。そんな俺に、俺の存在を示す、俺自身を認める名前を呼ばせろと言う。


これまで、死の虫(デス・ワーム)としか呼ばれていなかった俺が封じ込めた遠い過去の記憶。俺の挨拶が物騒だと呆れたあいつが呼んだ、俺の呼び名。


『オブシディアン』


気が付けば、俺は長らく忘れていた名を告げていた。



*****



「なあ、お嬢。結局あんたが使ってる呪術ってなに? この国でも隣国でも使ってねえだろ」


数日振りに寄った屋敷で、俺はお嬢に聞いた。リリアナってのも長いし、他に聞かれたら不味いし、他の誰もしてねえ呼び方って考えた結果“お嬢”に落ち着いた。最初は少しびっくりしてたみたいだけど、特に文句も言わずに受け入れてくれた。こういうところ、お貴族様っぽくねえんだよな。


「魔術と呪術を組み合わせて新たに考案した陣ですわね」

「基本は?」

「呪術ですわよ」


一回、このお嬢の頭の中見てみてぇ。

そうそう、声が出ないってのは偽情報だったらしい。実は結構前に治ったと聞いて俺はげんなりした。それでも無詠唱で魔術が使えるのは事実だ。やっぱりバケモンだな、と思いながら俺は思わず遠くを見ちまった。

この国で使ってる魔術を無詠唱で使うってのはまず不可能なはずだ。正直、俺が使ってる術もこの国の人間に言わせれば異端だろうが、一応、基礎からそれほど外れたことはしてない。それなのにこのお嬢さんは、無詠唱どころか呪術と魔術を組み合わせて新しい陣を発明したとか言いやがる。


「――――進歩しすぎて原形がなくなったら、既にそれって一般的な呪術じゃねえと思うんだけどなあ」


思わず遠い目になるが、段々と笑いが腹の底から込み上げてくる。こうでなくちゃあ面白くない。

お嬢は俺の前に座って紅茶を飲むと、首を傾げた。


「それで、何か面白い話はございまして?」


そうそう、それだよ。俺はようやく本来の話を思い出す。ちょっと文句を言いたかったんだよ、俺。

俺の仕事は完璧だと思ってたんだが、ここに来て初めて失敗しちまった。それを知ったのは、王都で色々と話を聞き回ってた時だった。


「あのケニス辺境伯ってのはバケモンなのか? 生きてたぞ」

「まあ。でも、貴方の毒のせいで左半身が麻痺したと聞きましてよ」


お嬢は、ケニス辺境伯暗殺の下手人が俺だと知ってる。それなのに俺を騎士団に突き出す気も辺境伯に知らせる気もないらしい。マリアンヌってお気に入りの侍女の実父だろ? と訊いたら、普段と変わらない微笑のまま「そうですわね」って頷いただけだった。

前に似たような状況で別の奴に同じこと言ったら、ブチ切れて大変だったけどな。ちょっと骨のある奴だったから、ちょっとうっかり――うん。その後で俺は怒られた。優秀な刺客だったのに無駄にしやがって、とか言ってめっちゃ怒られた。理不尽だと思った。最初に殺しに来たのあいつだったんだぜ。その時新しい暗器(えもの)を手に入れてうきうきしてたってのは、否定しない。敢えて怒らせるような言葉を選んだって言われると――そういうこともあるよな。


それを考えると、やっぱりお嬢って規格外だ。そういうところも良いと、俺は思うけど。


「普通は死ぬんだよ。せめて意識不明とか全身麻痺とか――なんで半身麻痺で済んでんだよ、全く」


デカい野生動物でも即死させられる毒なんだぜ、と言えばお嬢は目を瞬かせた。


「その毒は何で作られていますの?」

「それ知りてえのかよ」


思わず吹き出しちまう。興味津々だってのが分かるから余計に面白い。


「残念だけど、この毒は一族の中でも極秘扱いだからな。たとえあんたでも、それは教えられねえよ」

「そう。残念ですわね。一滴だけ頂くことも難しいかしら?」


お嬢は諦めなかった。真剣に言ってるのが分かる。思わず俺はお嬢の本心を探ろうと、その目を見た。

うーん、見通せる気がしねえ。


俺は無駄なことはしない主義だ。


「触れたら死ぬぜ」


それだけ言って、懐から小瓶を取り出して渡す。お嬢は生真面目な顔で受け取った。俺が持ってるの、この一本だけじゃねえからな。使う時のために小分けにしてた、その内の一本ってわけ。

お嬢が毒を受け取ったところで使うとも思わねえし、材料が分かるわけでもないだろうし、一体何を考えてんだかなあ、とは思うけど。


「有難うございます」


にっこりと笑ってそんなことを言われたら、まあ良っか、って思っちまうんだから、俺もまだまだ修行が足りねえよな。修業とか嫌いだけど。




4-2

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