17. 黒曜石の刺客 3
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ある日の昼下がり、訪れた王宮の執務室でお茶を飲んでいたリリアナは、部屋の主である王太子ライリーの言葉を聞いてきょとんと目を瞬かせた。
『武闘大会でございますか?』
昨年、十歳の誕生日を迎えた時にライリーは専用の執務室を宛がわれ、そこで仕事をしているようだ。以前はライリーと会うといえばサロンばかりだったが、最近では執務室に呼ばれることが多い。その上、到着したリリアナを先導する担当者が侍女から王太子付きの護衛に変わった。
はっきりと教えられてはいないが、この半年間で王宮内部もだいぶ様変わりしたことをリリアナは知っている。その陰の立役者にエアルドレッド公爵が居ることも情報として掴んでいた。どうやら公爵は魔物襲撃の件以降、本格的に政の中枢に関わっているようだ。その手腕は見事という他なく、顧問会議に出席している貴族の中には苦々しく思っている者も多い。一方で、心地良いと思っている貴族も居る。その筆頭が、先だっての暗殺事件で左半身の自由を失ったケニス辺境伯に代わり出仕するようになった長兄のルシアン・ケニスだ。彼もまた、父親であるケニス辺境伯とは違う意味で御し難い人物である。口を開けば舌鋒鋭く皮肉を放ち、しかし抜け目なく立ちまわる。敵に回したくはない男、というのがリリアナの評価だ。
「ああ。ローランド皇子が我が国に来る時期に、あまり見応えのある催事がなくてね。元々、前から武闘大会は開催しようという話になっていたから、今回の外遊に合わせることになったんだ」
リリアナの問いにライリーが頷く。彼もまた紅茶のカップを手にしたまま説明を続けた。曰く、騎士団の配属部隊を決定する際に内々で行っていた選抜試験を大々的にできないかという提案が端緒らしい。稀にオースティンのような例外はあるものの、見習い騎士が騎士に叙任された後どの隊に配属されるのか決定するために、通常は試験を行う。だが、その実戦的な試験を大々的に執り行えば、王立騎士団の拡充と増強に繋がるのではないかという意見が出された。
「とはいっても、魔導騎士と一般騎士を戦わせることはできないからね。七番隊程度の実力があれば互角だろうが、それ以外の騎士が魔導騎士を相手取ればすぐに試合は終わってしまう。だから武闘大会は部門制にして、一般剣技部門、魔導剣技部門、魔導部門、それから武闘部門の四つで構成しようかと考えている」
『つまり、騎士団に所属している方以外も参加できるようになさるおつもりですの?』
「その通り」
ライリーはリリアナの言葉を聞いてにっこりと笑った。騎士団だけが武闘大会に参加するのであれば、剣技と魔導剣技の二部門だけで足りるはずだ。だが、魔導と武闘も加えられているということは、騎士団に所属していない魔導士や武闘家も参加できるということだ。
「一般剣技部門には王立騎士団だけでなく、各領の騎士団も腕に覚えのある者は参加できるよう整えるつもりだ。魔導部門は魔導士たちが、武闘部門に関しては傭兵たちも参加できるようにする」
『一般剣技部門や魔導剣技部門に傭兵は参加できないのでしょうか?』
「いや、建前上は参加できるけどね。でも、傭兵の中で一般剣技や魔導剣技に参加して勝ち進める人はそんなに多くないと思うよ」
王立騎士団に所属している騎士たちは非常に良く訓練されている。腕に覚えのある傭兵でも、剣技だけでそのような騎士たちに勝つのは難しいはずだ。特に魔導剣技部門に至っては、出場できる者が非常に限られている。魔導剣士や魔導騎士は適性のある者が非常に少なく、その殆どが王立騎士団に、ごく一部が各領の騎士団に所属している状態だ。傭兵にもごく稀に魔導剣士は居るものの、王立騎士団に所属している魔導騎士たちと比べると明らかに質は劣る。実際、オースティンが魔導騎士として二番隊に所属することになったと知ったライリーは甚く喜んだ。たまたまリリアナもその場に居たが、親友として誇らしいと手放しに褒めるライリーを前に、オースティンは珍しく照れたように耳を赤らめていた。
つまり、武闘大会の魔導剣技部門は広く門戸を開いていると謡いながらも、実質は王立騎士団の二番隊のみで行われる身内同士の試合になるだろう。
簡単にライリーの説明を聞いたリリアナは納得したように頷いた。
『そういうことでしたら、理解致しましたわ。ちなみに、優勝者に賞金は出るのでしょうか』
「ああ、各部門の上位者には褒賞を出す予定だ」
リリアナは変わらぬ微笑を浮かべたまま紅茶を一口飲む。
武闘大会をオルガとジルドに話せば喜ぶかもしれない。そんなことを考えてしまう。ジルドはそもそも貴族に関わりたくない様子はあるから断られるかもしれないが、オルガは意外と乗ってきそうだ。とくに褒賞があるというのが大きい。オルガは堅実で、リリアナが支払っている給料も着実に貯金しているようだった。金が入れば入っただけ使ってしまうジルドとは正反対だ。
(オルガが本気で戦うところを、まだ見たことがございませんのよね)
ジルドが暴れているところは度々見ているが、オルガは常に片手間に護衛任務をこなしている。本人は真剣なのだろうが、彼女が本気で戦ったところを見たことがない。どうやらオルガは剣術と魔術を組み合わせて戦うことができる――つまり、魔導剣士らしい。それもジルド曰く相当な手練れということだ。
希少な魔導剣士であり、更にジルドにも優秀と言わしめるオルガの本気を、一目見たいと思うのは仕方がないことだろうと思うのだ。前世の乙女ゲームにオルガは登場していない上に、リリアナは二番隊がどれほど強いのかも分からない。だからあくまでも身内贔屓でしかないだろうが、もしかしたらオルガは二番隊の誰よりも強いのではないか――とリリアナは期待してしまう。
ただ、もしオルガが出場するのであれば仮の身分を用意した方が良いだろう。武闘大会は父親であるクラーク公爵も見物するはずだ。娘の護衛が出場し良い成績を残したと知れると後々面倒なことになるに違いない。
「リリアナ?」
ライリーが不思議そうにリリアナの顔を見つめる。黙考してしまったのが気になったらしい。リリアナは曖昧に微笑んでみせた。
『楽しそうですわね。ぜひ、わたくしも観覧したくなって参りました』
「ああ、私もだよ。騎士たちにとっては日頃の鍛錬の成果を示すまたとない機会だし、その点でも良いことじゃないかな」
『ええ、きっと皆さま張り切ることでしょうね』
リリアナも同意を示す。そして、ずっと気になっていたことを尋ねた。
『ローランド皇子にはどなたが随行なさるご予定なのでしょう。クラーク公爵領にいらっしゃるのでしたら、兄だけではなくわたくしも歓待申し上げた方が宜しいのではないかと存じますの』
「そうだね、クライドもそのようなことを言っていたよ」
ライリーは目を細める。通常であれば外遊で訪れる他国の貴賓を歓待する準備を整えるのは公爵夫妻だが、リリアナは両親にだけ任せるつもりはなかった。最終的にはクラーク公爵の目が入るとはいえ実際に視察の日程を組んでいるのは兄のクライドだし、ある程度はリリアナも把握しておきたい。両親と交渉がほぼないリリアナではあるが、娘として必要最低限は歓待の場に顔を出すよう、兄から言われたばかりでもあった。
どうやらクライドと話をしていたらしいライリーはリリアナの言葉に不審を抱いた様子もなく、あっさりと教えてくれた。
「今のところ確定しているのはドルミル・バトラー殿だ。不思議なことに世話役という肩書で連絡が来ているが、本当は宰相補佐らしい。もしかしたらイーディス皇女もいらっしゃるかもしれないが、これはまだ分からない」
身辺警護の関係もあるから心に留めておいてくれ、と付け加えるライリーにリリアナは了承する。勿論、重要機密であることは重々承知の上だ。それにしても――とリリアナは溜息を堪えた。
(厄介な人物がいらっしゃるのですわね)
ドルミル・バトラーは皇帝の若き懐刀と呼ばれる非常に優秀な男だ。気難しい皇帝の機嫌を損ねることなく、常に期待される以上の成果を示すらしい。彼の諜報能力は皇帝を凌ぐとも噂されていた。
二十代を少し過ぎたばかりで、美貌も兼ね備えていることから某国では若い貴婦人やご令嬢方から常に秋波を送られているそうだ。だが本人は一切女に興味がないのか、どれほどの美姫に迫られようと一切表情を変えず、けんもほろろの対応をすると聞く。
つい先日、リリアナでは手に入れられなかったユナティアン皇国の内情と共にバトラーの情報を教えてくれたのは、彼女が呪術で捕えた刺客の少年だった。あまりにも微に入り細を穿つ話だったため、スリベグランディア王国よりも隣国の内情の方に詳しくなったのではないかと思ったほどだ。
そして、もう一人の国賓となるかもしれないイーディス皇女。その名に、リリアナは覚えがあった。わずかに眉根を寄せる。オブシディアンの話にも出て来ていたから、そのせいで既視感があるのだろうと結論付けて、リリアナはライリーと雑談に興じた。
*****
「それで?」
屋敷に戻った後、楽し気ににやにやと笑いながらリリアナに尋ねたのはオブシディアンだった。彼はリリアナに付くと宣言してから、頻繁にリリアナの元にやって来ては様々な話をする。特に指示は出していないにもかかわらず、リリアナが興味を持ちそうな情報を拾っては勝手に持ち帰って来る。今日はどうやら王宮に上がるリリアナをこっそりと追って来ていたらしい。
特にリリアナはオブシディアンを縛るつもりはなかった。彼には彼の付き合いがあるだろうし、無闇に人を殺したり傷つけたりしなければ自由にすれば良いと思っている。実際、呼んだ時に来てくれたら良いと魔道具も渡した。だが、その魔道具が活用される日はまだしばらく来なさそうだ。
「それで、とは?」
リリアナは問いに質問で返す。それすらオブシディアンには楽しいようで、彼は喉の奥で笑った。
「武闘大会だよ。あんた、魔導部門に出るのか?」
「出るわけがございませんでしょう」
「なんで。出たら間違いなく優勝だろ」
勿論、魔導部門に出たら圧勝する自信はある。だが、リリアナは呆れた視線をオブシディアンに向けた。
「目立つ真似はしたくございませんの。それに褒賞が出るのでしたら、わたくしが頂くわけにも参りませんでしょう」
「確かに」
面白そうだけどな、と多少の名残惜しさは見せながらもオブシディアンは納得した様子だった。
武闘大会で上位入賞者には褒賞が出る。その褒賞額はリリアナには大したものでなくとも、参加する一般の騎士や傭兵たちにとっては垂涎の的だ。横から掻っ攫うわけにもいかない。武闘大会は恵まれた上位貴族のものではなく、騎士や傭兵――特に腕に覚えはあるものの、それほど裕福ではない者たちのものだった。
「暗殺部門があれば、俺が一位なのになあ」
「そんな物騒な部門、王家主催の武闘大会で開けるわけがございませんわ」
「言ってみただけだって」
オブシディアンは何が楽しいのか、下らない話であってもリリアナと言葉を交わしたいらしい。機嫌がどんどん上向いて行くのを肌で感じながら、リリアナは内心で首を傾げる。彼が自分に付くと言ってくれたのは嬉しいが、これほどまで親しく振舞われる――もとい、懐かれる理由は未だに分からなかった。だが、殺意や憎悪を持たれるよりは遥かに良い。問いかけても納得できる答えは返って来ないだろうことも分かる。
「武闘大会の話、あんたの護衛にはするのか?」
「公示が出ましたら、お伝えしてみるつもりではおります」
リリアナはあっさりと頷く。まだ一般に知らされていない内容を広めるつもりはない。オブシディアンもそこは理解している様子だった。
「そうそう、一つお願いが」
「ん?」
ずっと、リリアナは考えていた。オブシディアンが優秀であることは良く知っている。だからこそ、誰を最初に探らせるか――最も急がねばならないことは何か、考えていた。なかなか決められなかったが、ようやく腹が決まる。何を選択しようと、後悔するかどうかはその時にならなければ分からない。それならば、一番長く気に掛かっていたが明らかにできなかった事柄を調べさせれば良いのだ。
オブシディアンはどこか嬉しそうに顔を上げる。それを視界の片隅に認め、リリアナは初めての依頼を口にした。
「ニコラス・バーグソンの雇い主が誰か、探って来てくださらないこと?」
「――魔導省長官ね。了解」
オブシディアンはにやりと笑う。次の瞬間、史上最恐の刺客は座っていた椅子から姿を消していた。
100話記念として、短編集を公開しました。
「悪役令嬢以外はおしゃべりです」https://ncode.syosetu.com/n1562gp/
本編はシリアスな回が多いので、本編とは全く無関係の、脇役たちのほのぼのワチャワチャした日常話を詰める予定です。各話1~2話で不定期更新ですが、ご興味ある方はぜひご覧ください。