1. 覚醒 1
行き当たりばったりでのんびり書いていきます。深く考えず広い心でお楽しみいただければ幸いです。
これは、一体なんだろうか――――。
茫然と、彼女は目の前の光景に魅入られる。
*****
わたくしは目の前に積み上げられた薪を茫然と見つめていた。背中で縛られていた両腕は開放されたが、すぐに横に広げられて太い木材に括り付けられる。十字型に組み合わされた大きな木に両腕と両足を縛られ、わたくしの体は地上から離れた。地面に十字型の木材が埋め込まれ、その根元には先ほどわたくしが見ていた薪がかき集められる。
「リリアナ・アレクサンドラ・クラークは闇魔術によって王太子殺害を企んだ国家反逆の咎により――」
読み上げられる罪状。これが終われば、わたくしは火あぶりの刑に処せられる。
強い魔力を持ち闇魔術に手を出したわたくしを死刑する場合、斬首刑では体が残り悪用されないとも限らない。そのため、体は灰にする必要があった。
なぜ、こうなってしまったのかしら。
考えても答えは分からない。全ては運命だった。避けられない定めだった。きっと、そう。
群衆の中に、見知った人々がいた。わたくしの元婚約者、スリベグランディア王国の王太子、ライリー・ウィリアムズ・スリベグラード。その隣には可憐な少女、エミリア・ネイビー。二人とも仲睦まじく寄り添っている。そしてその後ろに、近衛騎士のオースティン・エアルドレッド。
兵士が二人、松明を片手に近づいて来る。わたくしは目を閉じた。
足元から熱がせり上がって来る。
これはわたくしの本意ではなかった。この三年間、わたくしは夢をみている気分だった。とてもとても辛い、悪夢の日々だった。王太子と結婚して幸福になるはずだったのに、エミリア・ネイビーへの嫉妬に駆られたわたくしは糾弾され、婚約を破棄され、そして処刑される。
なぜこんなことになったのか、わたくしには分からない。ただ一つ分かること――それは、
もう二度と、わたくしはこの国も、民も、そして愛する人さえも――守れないということ。
わたくしが死ねば叶うはずだったのに、大きな間違いを犯してしまった――そんな気がして、ならないの。
*****
「――――――――!!」
恐怖心で目が覚める。頭の中が燃えるように熱い。
一体どうしたのかしら――、リリアナは視線を彷徨わせた。見覚えのある天蓋とレースのカーテン。吐く息が熱い。
「お嬢様、お目覚めですか?」
懐かしい声がする。視線を向ければ、歪んだ視界に見覚えのある顔が写り込んだ。シンプルな黒いワンピースは、我が家の侍女が支給されているもの。
わたくしは、この人を知っている――。
「少し起き上がれますか、お嬢様。お水を飲みましょう」
リリアナは背中を支えられ、寝台の上に起きあがった。くらりと眩暈がする。
口元に寄せられたコップからどうにか水を飲むと、喉の痛みが多少マシになった。
再び寝台に横たえられ、茫然と懐かしい顔を見上げる。
リリアナを心配するように見つめ、医師を呼ぶと告げた侍女は、記憶にある彼女よりもずいぶんと若かった。
部屋から気配が消え、リリアナはうつらうつらとする。ぼんやりとしている間に医師が来て質問をされる。口を開くが、声がでない。医師は険しい表情で何かを考えていたが、「また体調が回復したら確認しましょう」と言って部屋を出て行った。
侍女のマリアンヌと医師以外の気配を感じることすらなく、リリアナは目を瞑る。
まだ体が疲れているようで、いつの間にかリリアナの意識は深い闇の底に落ちていった。
*****
次に目が覚めた時、リリアナが寝ている部屋には誰もいなかった。けれど体はさっぱりしていて、熱も下がったようだ。
喉は乾いていたけれど、誰かを呼ぼうにも声が出ず、リリアナは諦めて天井を睨みつけながら今しがた見ていた夢を反復する。
夢の中のリリアナは、「日本」と呼ばれる文化も言語も違う世界で生きていた。三十路になっても独身を貫き、彼氏はいない。彼氏がいない歴と年齢がイコールで、そのまま独身街道を生き抜くのだと思っていた。友人たちはほとんどが結婚し、中には子供ができた子もいる。付き合いが途絶え、けれど厳格な親に育てられたリリアナは本を読み漁る以外に趣味を見つけられなかった。本の形をしていれば何でもよかった。ライトノベルや漫画はもちろん、同性愛作品、文学作品、話題作、専門書――面白そうと思えば幾らでも手を出した。
友人もそれほどいなかったけれど、たった一人、同年代で趣味の合う友人がいた。彼女はオタクで、特にゲームに没頭していた。リリアナはゲームには詳しくなかったけれど、彼女の話を聞くのは好きだった。そして、美しい本を読むのも好きだったから、彼女一押しの乙女ゲームの攻略本を借りて熟読した。ゲーム自体も友人から借りた。全て攻略はできなかったが、攻略本はカラフルで新たな発見もあり、とても面白かった。二作目以降も友人には勧められたが、結局攻略本や設定資料集で満足した。
その乙女ゲームは中世ヨーロッパのような舞台で、日本や中国といったアジア圏の文化も融合したような、一種独特な世界観を持っている。
そのゲームのヒロインは平民出身のエミリア・ネイビー。そして攻略対象者の筆頭が、王太子であるライリー・ウィリアムズ・スリベグラード。
悪役令嬢、リリアナ・アレクサンドラ・クラーク――王太子ライリーの婚約者だ。
2024年4月25日にオーバーラップ文庫様より1巻が発売されます。
全編 加筆修正、新規エピソードや書き下ろし番外編も加えて、非常に読み応えのある内容になりました。
作品ページ:
https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784824007896&vid=&cat=BNK&swrd=
ぜひ、お手に取ってみてください。