繭に包まれた餌
目を瞑り、体を休めていた時間はそれほど長くはなかった。
ガサゴソと人の身動ぐ物音がして、薄目を開ける。
「ここは……」
体育館より連れてきた、健人くんが起きた。
彼は重ねて小声で何かを呟きながら、部屋の様子を確かめている。
「畳……これって、陽菜が入ってる茶道部の部室か?」
健人くんは畳に手を当て、ゆっくりと表面を撫でる。
「おっさん……オレは助けられたのか。」
彼と目が合う。
ただ、向こうは俺が薄く目を開けているのに気付いていないのか、しっかりと目が合っている感じはしない。
「って、それより助けに行かないとッ。」
「オレのせいで、優希は捕まってしまったんだ……」
「だから、助けにーー」
健人くんは立ち上がり、1歩、2歩進んで、何も無い畳の上で足を挫く。
彼自身も、自分がコケた事に疑問を浮かべていた。
ゆっくりと前に倒れる彼の身を慌てて、俺は前から支える。
「大丈夫か。」
「おっさん、起きて……」
とりあえず、その場に座らせる。
近くに来て分かったが、健人くんは目の下に隈が出来ており、疲労が顔に表れていた。
「健人くん、ちゃんと寝ているのかい?」
「い、今はそんな事よりッ。」
言い切れない感じからして、碌に眠れていないのだろう。
革鞄を開き、飲みかけのペットボトルと潰れたパンを取り出す。
パンは自分用に残した最後ので、袋に入っているから、多少は潰れていても問題ないだろう。
「健人くん、助けに行きたい気持ちは分かるが、それで結局助けに行く自分も同じくやられてしまっては、元も子もないよ。 それより、今は体を労った方が良い。」
健人くんに、飲料水のペットボトルとパンを手渡す。
「少し形が悪いのと、飲みかけで済まないが、これでまず栄養を取った方がいい。 それから、寝るのは無理でも、少し体を休めて万全にしようか。 今の間に作戦を立てて、また体育館へ向かえば、より確実に助けに行けるだろう?」
「……う、うん。」
健人くんは理解してくれたのか、立ち上がる姿勢をやめて、壁にもたれた。
パンを両手で掴み、大きくかぶりつく。
水もゴクゴクと勢いよく飲み、お腹の方も空いていたようだ。
『さてと、改めてどうやって助けに行くかだな。』
見てきた情報より、蜘蛛はあの体育館から出てこない。
そして、壁や天井を這ってきて、糸を飛ばしてくる。
大中小、サイズは異なるが、どれも同じ見た目をしていた。
体の色は赤色をベースに、黒の斑点がてんとう虫の様に、背中に数個。
蜘蛛に詳しくないので、その種類は判別できないが、人と同じ大きさであるのが非常に厄介だ。
『健人くんは繭に捕らえられたであろう、誰かを助けたいんだよな。』
繭は、左右の細い通路に沿って吊られており、その数は20を超えていると思われる。
そのどれに助けたい人物が入っているかも分からないし、あの繭に捕らえられた人達が今後どうなるかも分からない。
『時間は、もう残されていないと考えるしかないよな……』
俺が健人くんと会った時点で、既に経過した時間が先にある。
更に、健人くんの身の安全を考えて、現在休んでもらっているが、こうしている間に、体育館で何が起きているかは不明。
「………」
茶道部の部室を見渡す限り、小窓が上の方に1つあるだけ。
背丈的に、健人くんは届かないか。
『後で謝るしかないな。』
健人くんの気持ちは分かるが、状況的にも、時間的にも、彼を連れて捕らえられた人を助けるのは難し過ぎる。
それに大人として、そんな危ない場所に子どもを連れて行けない。
無言で立ち上がり、茶道部の扉へ。
「おっさん?」
「健人くん、すまない。 少しトイレに。」
「あぁ、そういうことか。 気を付けろよ、おっさん。」
「ん。」
畳を降りて、部室から出る。
近くの教室を回り、手頃な机を探す。
2回往復して、4つの机を茶道部部室の扉前に重ねる。
完全に開けられない訳ではないが、時間は稼げると思う。
『さてと、行くか。』
早歩きで部室前の廊下、その角を右へ曲がる。
別棟から職員室がある棟へと繋がる廊下を、真っ直ぐに抜けて、突き当たりの階段手前にある外への扉を出る。
『俺も狙われるし、お願いする力も通用しないか。』
正直、不安で仕方ないが、悠長に事を構えていられないのが今の状況だ。
とにかく、用具室をチラリと見た際、使えそうな道具が幾つかあった。
それを使って考えるしかない。
体育館の右側にある石段を登り、体育館の中へと急いだ。




