後味の悪い旅立ち
停止したエレベーターから出てきたのは、静香さんと上に残っていた女性達。
2つあるエレベーターの両方が稼働して、皆がエントランスホールに集まっていく。
「大西さん、おはようございます。」
その様にして、既に朝の挨拶を終えている静香さんと愛莉ちゃん以外から、声を掛けられる。
それらに対応しながら、俺は端でスマートフォンを触って待つ。
「ちょっとー、どーして先に降りたのよっ。」
「えへへ、変に目が覚めたし、外の空気でも吸いたくなってねー。」
よく思えば、名前を聞いていない薄着の彼女は、他の女性に連れていかれ、返事は出来ないままとなる。
俺としては、そのまま話が有耶無耶になるのは助かった。
「大西さん、お待たせ致しました。 皆さんに聞いた所、これで全員が集まった様です。」
「ん、分かりました。 それでは、避難所に向かいたいと思うのですが……何かあるのですか?」
言い淀む様に、後ろを見る静香さん。
その背後には、真剣な面持ちでこちらを見る3人の女性。
「あの……こちらの方々からお話があるそうです。」
どうぞ、と静香さんは促して後ろに下がる。
変わって前に出てきた女性の1人が口を開く。
「ここに来るまでの間、大西さんに助けてもらい、恐縮なのですが、私達はここに残らせていただきたいと思うんです。 私達は……」
彼女は、滔々と話を続ける。
要約すると、独り身で、上京してきたので、両親も遠い場所に居る。
避難所に行っても、安全が確保されているか分からない。
ここまで来るのにも限界で、ここから更に移動するのを考えると、気持ち的に耐えられない。
昨夜、部屋で過ごせたのが思ったよりも心を癒してくれて、ここで救助が来るまで待ちたい。
という内容だった。
「……話は、分かりました。 事態が事態ですし、他の方の決断にどうこう言うつもりは自分にはございません。 なので、貴女がそう決めたのなら、頑張ってくださいと応援するしかないですね。」
「本当に……ここまで助けて頂き、ありがとうございました。」
改めて、頭を下げる3人に、続く様にして、数名の女性が頭を下げていた。
どうやら、彼女らは代表で、他にも残る意志のある女性が居る様だ。
『管理人の件だけは話した方がいいよな。』
下層の惨殺死体は、残る決意をした彼女らがいずれ気付くだろうが、俺から話す勇気は無かった。
「1つだけ、皆さんにお話ししたい事があります。 今朝の夜が明ける前の事なのですが……」
管理人に襲われて、胸に包丁を刺されかけた事を話す。
そして、その事は解決しており、その2人は縄で縛り、今管理人室の奥で気絶している事も。
「そんな事が……」
唖然とする女性ら。
「情報の後出しになってしまいましたが、それでも残られる方は、それも1つの道だと思います。 問題も解決しましたし。 では、ここで時間を消費していても仕方ないので、そろそろ自分達は行きますね。」
「あの! やっぱり、私は行きます。」
「わ、わたしも……」
心変わりした数名の女性。
俺は一言、「ええ、構いませんよ。」と返し、エントランスホールから外へと出る。
朝の気温が落ちた外気、肌寒い風が顔に当たる。
上着の前を閉めて、後から降りてきた静香さんに持ってきてもらった、革鞄を片手に握る。
『彼女らが、管理人の事、そして、下層に残った死体を見てどうするかは、俺の考える事じゃない……か。』
エントランスで縛られた感染者の対処もあるし、問題は山程放置されているが、この非常事態の中では取捨選択するしかない。
俺は、静香さんと愛莉ちゃんを避難所へ届ける。
そして、この倉橋市から出て、家に帰るんだ。
マンションの敷地内から、道路沿いに続く歩道へと出る。
スマートフォンで小野町中学校の場所を改めて確認し、その方角へと俺達は歩き始めた。




