狂人の存在
玄関へと伸びる、直線の廊下。
木製のフローリングの床に、ドカリと座り込んで、壁に背を預け、スマートフォンを触っていた。
『もうそろそろ、彼女達が起きてくる頃合いか。』
玄関の靴を脱いで上がったすぐの所には、同じ顔をした2人の男が床で気絶している。
胴の部分を縄で縛っており、1階のエントランスホールに居る感染者と同じく、胡坐をかいて、背中合わせで座っている。
『……これが、彼らの本性って思いたくは無いよな。』
明らかに常軌を逸していたが、相坂さんとその兄が、普段よりそうだとは感じられなかった。
それに、兄の方が漏らしていた言葉が耳に残っている。
『……やはり、人間は信じられない。 俺達家族から、勝手に奪っていくんだ。 善意だけでは、生きていけないんだ。』
大型トラックの事故から数日が経っている。
その間、彼らに何があったのかは分からない。
けれど、それ相応の出来事があったのは窺える。
『だからと言って、俺達が襲われる訳にはならないが。』
泊まらせてもらっている立場とはいえ、そこは抵抗せざるを得ない。
俺は死にたくないし、彼女らを無事に避難所まで送り届けないといけないのだから。
「……おはよう。」
ビクッ、考え事をしていたせいか、リビングの扉が開いたのに驚いてしまった。
顔を出して、朝の挨拶をしたのは愛莉ちゃん。
まだ寝ぼけ眼で、首を傾ける。
「おはよう、愛莉ちゃん。 顔を洗っておいで。」
「ん。」
愛莉ちゃんはトテトテと廊下を歩いていく。
その背を見送っていると。
「おはようございます、大西さん。 あと、これはどういう事でしょうか?」
次に、静香さんが現れた。
寝巻きから昨日の服装に着替えており、髪も整えられている。
そして、彼女にとっての奥側。
俺の横で眠る2人を見ながら、彼女はそう呟いた。
***
「そんな事が……」
朝の支度を終えて、朝食を頂きながら、管理人について静香さんに話した。
「昨夜の彼らは正直、普通ではありませんでした。 どこか夢見心地というか、理性が失われていました。」
トーストされた食パンを半分に畳んで、乗せた目玉焼きと共に齧り付く。
数回咀嚼し、ホットコーヒーに口を付ける。
「今、倉橋市で起きている事件に耐えられなくなっておかしくなった……という事でしょうか。」
「分からない……ただ、彼らや倉橋商業大学の大学生の様に、異常な精神状態に陥っている者が居るのは確かだと思う。」
食べ終えて、手を合わせて、皿とコップを流しへ置きに行く。
「ここに寝かせていても不安ですし、2人を下の管理人室まで運んできますね。 愛莉ちゃんと静香さんも準備が出来たら、他の方と共に下へ降りてきてください。」
それから、相坂さんとその兄の後ろ手を掴み、腕力で持ち上げて、部屋の玄関を出た。




