二体の悪魔
薄暗いリビング、コーナーカウチソファの前。
テーブルを挟んだ向こう側には、2人の男性。
彼らが横に並ぶと、より一層、その瓜二つな姿が強調される。
俺はその光景にイマイチ理解が覚束ないながらも、胸の刺し傷へ手を当てる。
『もう閉じてしまった……』
破けたパジャマの内側。
鋭い刃の包丁によって抉れた胸の皮膚。
指の腹でなぞるが、痩せぎみの柔肌を滑るだけで、刺し傷はどこにも確認できない。
「ちゃんと刺したのか?」
「勿論。 奥深くに刺した筈なんだけど……まだ動けるのが奇跡としか言えないね。」
人の生死に関わる話を、まるで夕食の献立を決める様に、軽く話す2人。
それは明らかに普通ではない。
「相坂さん。 改めて、刺した理由を聞いてもいいですか。」
落ち着いた声色を装い、彼らに語り掛ける。
まずは状況を把握する為に、時間を作りたい。
俺1人ならば、正直どうとでもなるが、静香さんや愛莉ちゃんがすぐ近くに居る今、迂闊に動けない。
「ふむ……」
顎に手を当て、言葉を溜める、後から出てきた方の男。
先程の会話からして、管理人の兄だろう。
警戒して、体を構える。
「時間稼ぎしても無駄だと思うがな。 弟の話が本当なら、出血でじきに弱るだけだ。 さて、リビングに女と子どもは居ないようだし、そちらを片付けるか。」
俺はその言葉に体が動いていた。
ナイフを片手に持つ兄の方に突撃。
テーブルに片足を乗せて、卓上にあがり、もう一方の足でテーブルの上を蹴って、飛び付く。
まさか、ナイフを持った自分へ向かって来るのか。
そんな風に目を見開き、驚く兄の方。
ナイフを前に構えながら、一歩後ずさる。
「無駄な事をーー」
その言葉を待たず、左手を振りかぶる。
ソファからテーブルへ移る前、左手で掴んだ毛布が、ナイフを構えた兄へ覆い被さる。
兄が毛布を振り解く前に、弟へ方向転換して体をぶつける。
出来たら意識を奪うか動きを封じたいが、道具も方法も分からない。
有り余った腕力で、相坂の体を翻し、床に押さえ付ける。
「だから、野蛮な奴は嫌いなんだ。」
眼光が鋭くなり、語尾が強くなる兄の方。
毛布を床へ落とし、改めてナイフを前に差し出す。
感染者なら命令を使い、さっさと解決できるのに……。
そんな考えが浮かんでしまう。
そして、ハッとしてしまう。
『完全に甘えているな。』
いつの間にか、命令頼りになっている自分に気付いてしまう。
俺は噛まれなくなったせいか、危機感が薄れていた。
『これでは駄目だよな。』
俺は、彼女達を安全に避難所へ送り出す。
そして、無事に家へ帰る。
先輩や課長も探したいし。
ここでやられる訳にはいかない。
「修二を解放しろ。 さもないと、これで刺しますよ。」
果物ナイフに見える小型のナイフ。
より凶悪な包丁で刺されても無事だったせいか、恐怖は感じない。
それに、ここで怯えても仕方ない。
「聞いているのか!」
大声を上げた兄へ、俺は再度突撃した。
それから、行ったり来たりの乱闘になった。
兄の果物ナイフを部屋の端へ投げれば、弟の方がソファ下より包丁を取り出す。
そちらへ対処する為、弟が振り下ろす包丁の腕を受け止めながら、背後に周り、腕を軋ませる。
その包丁を奪えば、兄が果物ナイフを確保している。
「ハァハァ……」
流石に呼吸が乱れて、息が荒くなる。
包丁を兄へ向けながら、後ろの弟も警戒する。
挟まれた形で膠着状態。
ガチャ。
そこで、リビングのドアが開いた。
玄関に繋がる方とは逆、寝室に繋がる廊下へのドア。
顔を出したのは、愛莉ちゃんだった。
『まずい!』
部屋に入ってきた愛莉ちゃんは、イマイチ状況が把握できていないのか、寝ぼけているのか。
目元を擦りながら、首を傾ける。
「これはこれは、ちょうどいいところに来てくれましたね。」
その近くの弟は、愛莉ちゃんに近付きながら、笑みを浮かべる。
人質にする気なのだろう。
俺は兄へ背を向けて、駆け出した。




