噂のかわい子ちゃん
コンビニからオフィスビルまで、徒歩5分もかからない。
「ん。」
鞄に入れたスマートフォンが振動している。
音が鳴らないという事は、RAINか。
足を止め、画面を確認する。
『今日は休みになったから、会社へ来るな。』
信頼できる方の先輩だ。
珍しい命令口調で、違和感を覚える。
『昨日も遅くまで残業でしたし、今朝事務から「業務は通常通り行います」と連絡がありましたよ。 それに、自分はまだ労働時間の上限に達していないので、気にしなくていいですから、さっさと仕事を終わらせて帰りましょう。』
返事を送信して、スマートフォンを鞄へ収める。
「最近、体が鈍ってしょうがないな。」
オフィスビルの裏手に到着。
外部に用意された鉄骨製の螺旋階段を、革靴の音を響かせ上っていく。
表から入り、ビル内のエレベーターで上に行く方が楽だが、始業時間を超えた今、来客用と化してるので使いづらい。
「ふぅ。」
額に浮き出た汗を拭う。
3階の非常口を開き、中へと入る。
「レインの感じからして、もう1人の先輩がキレてるんだろうなぁ。 それであの通知か。 あぁ、面倒だ。」
あーだこーだ漏らしながら、殺風景な通路を進む。
『ん、先に事務へ顔出しとくか。』
証明が出来るかは微妙だが、正当な理由なので、遅刻届を書いておきたい。
「へ?」
非常口から、一本道の通路を歩いてきた。
そして、総務課へ向かう為、丁字路を右折したタイミングだった。
「ハハ、ペンキでもぶち撒けたんだな。」
壁から床にかけて、べっとりと張り付く鮮紅色の液体。
事務に、可愛いがドジな新卒が入ったと噂に聞く。
その子がコケて、盛大に汚したんだな。
うんうんと頭を上下させ、生臭い通路を鼻をつまんで直進。
「………」
その先で角を左折したすぐ、総務課へ着いたが、部屋の中が荒れていた。
キャスター付きの椅子は横たわり、机の上から筆記具が落ち、社員は誰も居ない。
「って言うか、何してるの?」
思考停止、視線が集中する。
入ったすぐの左側、受付の奥に見える女性の背中。
ゆらりゆらりと揺れる、お団子ヘア。
床に這い蹲り、咀嚼音が響く。
「アァァ。」
ぐるりと背後のこちらへ顔が向けられる。
初めましての彼女は、目が充血しており、唇には何かの肉片が付着。
立ち上がった彼女の口から、涎が糸を引いて、ポタポタと床へ垂れていく。
「まじでなんなんだよ!」
カウンターが間にあり、彼女は上半身で無理矢理乗り越えようとする。
前傾姿勢でこちら側へ転がり込み、ゆっくりと起き上がる。
そして、両腕を伸ばしてきた。
「ッ。」
間一髪かは分からない。
俺は背を向け、走り出した。
傘を握り締めながら、無我夢中で。




