街に轟く凶弾
自分の右手が包む、小さな女の子の手。
まだ不安みたいで、安心させる様に、手を繋いで歩く。
『そりゃ、怖いよな……』
外は、感染し自我を失った人間が徘徊する。
その赤い瞳、断続的に漏れる呻き声は、大人の俺でも怖くて仕方ない。
『俺は襲われないかもしれないが、彼女は違う。 ちゃんと警戒しないとな。』
愛莉ちゃんの家を離れてから、登ってきた軽い勾配の坂。
少し前を歩き、時折背後も確認する。
高級住宅街の道は広くて見やすいが、突然どこから感染者が現れるか分からない。
用心するに越したことはないだろう。
「ッ。」
そう考えていた矢先、十字路に差し掛かった所だった。
横道から、フッとスーツの男性が顔を出す。
その瞳は赤く、感染者だとすぐに分かる。
「アァァ。」
口を閉ざし、浅い呼吸になる。
だるまさんがころんだの如く、パッと動きを止める。
後ろの愛莉ちゃんも空気を読んで、お口にチャックのポーズ。
男性は、ゆっくりと横切っていく。
「……ふぅ。」
通り過ぎて、息を吐く。
長く感じた彼の移動時間。
男性がここにいる理由を考えてしまった。
大型トラックが事故を起こした日は平日の木曜日。
時間も、会社員が既に家を出ている早朝。
それなのに、この住宅街に居るという事は。
『家族を助けに来た、感じだよな。』
あの騒ぎの中、家に居る妻を心配してここまでやってくる。
会社で逃げ回っていた俺だから分かるが、それはとてつもなく苦労した事が窺える。
『でも……』
その先を言うのは憚られる。
今、感染者として外で徘徊してる事からして、その結末は分かりきっていた。
『……この住宅街もそろそろ終わりか。』
奥に2車線の車道が見えており、その横断歩道を渡りきれば、また別の住宅地へと移る。
「先を急ごうか、愛莉ちゃん。」
彼女に伝えて、一歩目。
ダァァン!
突然、耳を劈く音。
ビクッと身体が震える。
「なんだッ。」
音の出所を探る為、右方向、左方向と見て、背後に顔を向ける。
後ろには、拳銃を構えた男が立っていた。
いかにもなビール腹の中年サラリーマン。
くたびれたスーツに、掻き毟った様なボサボサの髪。
両手で握るのは、警官が持ってそうな回転式の拳銃。
「あぁ、まさかここで会えるとは。 神様、やはりわしは間違っていなかったのですね?」
急に1人で、空を仰いで語り始める男。
顔をよく見ると、見覚えがあった。
『あれは……あの時の。』
木曜日の出勤途中、電車内で女学生に痴漢をしていたのを発見し、駅員に身柄を預けたおっさん。
思い出した瞬間、カチャと音が鳴る。
そして、ダァァン! と再度発砲音。
弾丸が見えない速度で、空の彼方に消えた。
外した、外れた、当てる気はなかった。
俺は、その結果を噛み締める。
「わしが仇をとってやるからなぁ、サユリ。 あぁ、必ず、必ずや……」
明らかにこの男は狂っている。
「愛莉ちゃん、ごめんね。」
彼女の身体を抱きかかえ、おんぶの形で背中に乗ってもらう。
ギュッと首に手が回ったのを確認してから、すぐ近くの一戸建てに近付く。
自分より少し高い石の塀。
助走をつけて、片手を伸ばし、足で蹴り上げながらよじ登る。
咄嗟の判断での動き。
上手く身体は動いてくれて、次の発砲に間に合う事が出来た。
「逃げるなァァァ、犯罪者ッ!」
ガチャンガチャンと門扉を激しく揺らす音が届く。
愛莉ちゃんを支えつつ、庭を走り抜け、家の裏側に回る。
後ろを囲う塀をまたよじ登り、反対側の私道へと降りる。
「ハァ、ハァ。」
とにかく、この子の為にも安全な場所へ行かなければいけない。
それだけを考え、愛莉ちゃんを抱きかかえながら、住宅街の道を抜けていく。
感染者にも気を付けて、目的の方向である東へと走り続ける。
「……もう、大丈夫だよな。」
大通りの横断歩道を渡りきった先、異なる装いの住宅街。
後ろを振り向いて、あの男だけでなく、感染者も近くに居ない事を確認する。
そして、ほっと一息吐いて、愛莉ちゃんを地面へと降ろす。
「我慢してくれて、ありがとね。」
何も言わずに耐えてくれた愛莉ちゃんの頭を撫でる。
それから、歩みを再開し、高級住宅街から急いで離れていく。




