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俺とゾンビと荒廃した世界と。  作者: 猪ノ花 恵
第2章・退勤編 大学Part
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無人のコンビニ

 倉橋(くらはし)製薬から徒歩5分程度の距離。

 国道に繋がる道沿いに進んでいると、コンビニエンスストアが見えてきた。


「店は営業している様子だが……」


 あの日、木曜日に出勤した際、ここでタクシーを降りてから、会社へと向かった。

 あの時は車の往来もあり、駐車場はそこそこの車で埋まっていた。

 けれど、今は一台も止まってはいない。


 駐車場に立っているポールサイン。

 描かれた6の数字に、TWELVEの英字が虚しく光る。


『……とりあえず、中だけは見てみるか。』


 コンビニ内に生存者が居れば助けたいし、こちらのが目的として大きいが、食料を蓄えておきたい。

 佐藤さんと会社で見つけた食べ物を分配したとはいえ、今日明日で消費してしまう。

 これが長引く事も視野に入れなければ。


 広い面積の駐車場を通り抜け、お店の前へ。

 ガラス張りの窓越しに中を覗くと、雑誌コーナーが置かれた通路を女性店員が歩いていた。


 足を負傷したのか、引き摺る形で行ったり来たり。

 明らかな鈍足を眺めていると、彼女の首が1度カックンと後ろへ倒れる。

 瞳を確認すれば、真っ赤に染まっていた。


『感染者……か。』


 ゴクリと唾を飲み込む。

 決心して、自動ドアへ。

 無傷の扉は勝手に開き、ピポーンピポーンと入店を知らせる。


「ッ。」


 音に引き寄せられ、女性店員が振り向く。

 だけでなく、奥の棚から男性店員も顔を出した。


『2人も居たのか。』


 店のロゴが入った制服を着用している男女。

 迫る2人を見て、あまり意味はないが革鞄を構えてしまう。


 瞳が赤い頃は、感染者に襲われないという事実があった。

 しかし、瞳の色が元に戻った後は彼らと会っておらず、何が襲われない理由だったのか分からない現状、襲われる可能性も考えていた。

 それが恐怖を呼び起こし、足の震えを再発させる。


「………」


 彼らの歩調は、蝸牛の歩み。

 それが嫌な焦らしを生み、ドクンドクンと鳴り止まない鼓動を自覚させる。


「アァァ。」


 先に辿り着いたのは、男性店員。

 レジカウンターのある前側から迫り、目の前で口を開いた。


 その呻き声に、ビクッとして目を瞑ってしまう。

 慌てて目を開き、前に構えた革鞄から顔を出す。

 すると、こちらを気にする事もなく、店員は背を向けて引き返していくのが見えた。


「ふぅ……」


 女性店員も同様で、入店音が止んだと同時に戻っていく。

 安心して、息が漏れる。

 肩の荷が下りて、軽く浮き出た汗をハンカチで拭う。


『とりあえず、第1段階はクリアか。』


 会社を出てから、歩きながら考えていた事がある。

 噛まれる可能性もそうだが、どうして感染していた社員が言うことを聞いてくれたのか。

 男子トイレで気絶した佐藤さんを背負って仮眠室へ行く際、社員が近寄ってきた。

 あの時、俺は相手が普通の社員だから違和感なく会話できていたが、問答無用で襲ってくる感染者なら意味が違ってくる。


 俺が同じ感染者だから、彼らに通じるのか。

 それが分からない。


『そっちも試すしかないよな。』


 その結果に、胸がチクリとするかもしれないが、今は自分の事について知る事しかできない。


 3つある店内の、横に伸びた通路。

 手前の窓側、雑誌コーナーが並ぶ通路の奥で、端の共用トイレに近付くとUターンして戻る女性店員。

 恐る恐る、彼女へと近付く。


「あの、済みません。 出来たら、バックヤードで休憩してきてもらえないでしょうか。」


 傍から見ると、突然お客が何を言ってるんだと思うだろう。

 俺も何を言ってるんだと思っている。


『……良かった。』


 女性店員は左を向くと、奥の端まで行き、ドリンクコーナー横の扉を開いて裏側へと消えていく。

 確証を手に入れ、内心ほっとする。

 何が起きるか分からないし、もしかしたら襲われるかもしれない瀬戸際。

 胸の鼓動が速い。


 やはり、俺の言葉は届くらしい。

 それが分かったのは大きい。


『あとは……食料を手に入れて帰ろう。』


 長居は無用。

 男性店員の方も、女性と同じくバックヤードに下がってもらい、店内を物色。


 足元に散乱する商品に気を付け、日持ちしそうな食品を買い物カゴへ落としていく。

 カップ麺に缶詰、フリーズドライの味噌汁、クッキーやビスケットのお菓子。

 山盛りとなったカゴをレジカウンターに置き、カウンターの内側に失礼して、バーコードをスキャンしていく。


『この非常事態が終わったら、必ず返しますので。』


 入金で吐き出されたレシートを、払ったお金と共に財布に入れて、革鞄の中へ戻す。

 そして、買い物が済んだので、客側に戻り、カウンターに置いたカゴを持ち上げーー。


 ガツンッ!


 後頭部へ強い衝撃を受けた。


「イッ……」


 後ろから何かで頭を叩かれたのか?

 そんな余裕は残っていたが、前のめりに体が倒れる。

 前のカウンターを避けた結果、横向きに床へと体が落ちる。


「すみません、おじさん。 ここは僕らが頂くので、若いもんに譲ってくださいね。」


 一見丁寧だが、その声色は小馬鹿にしていた。


「相変わらず、真司(しんじ)さんは男には容赦ないっすね。」


「だって、この状況で男なんて邪魔でしかないでしょう?」


「そうっすね。 ま、俺らもお溢れが貰えるし、それには大賛成ですよ。」


 床を舐める顔をズラして、彼らを視界に入れる。

 嘲笑うように話していたのは、若い男の集団だった。

 高校生の様な初々しさは抜けており、恐らくは大学生以上だと思われる。


「大人しくしといてくれたら、これ以上は何もしないんで。」


「真司さん、やっさしぃー。」


 複数の笑い声が響き、足音が頭の横を通過する。

 ギリギリ見えた足は、6本。

 3人以上の男らは、俺のカゴを取るだけでなく、店内を漁り始めた。


『このまま、寝とくしかないか。』


 これ以上、危害を加えられたくないので、大人しく床でうつ伏せのまま。

 衝撃には驚いたが、幸い意識は途切れず、頭部も出血をしている感じはしない。


 真司と呼ばれた男が木製バットを持っていたので、それで叩かれたと予想するが、ここまで俺の体は頑丈だったのだろうか。


「真司さん、帰ったらまた女で遊んでもいいっすか。」


「今日のノルマを達成したら構わないよ。 花形(はながた)さんへの報告も忘れるなよ。」


「おっしゃあ、了解です。 しかし、あの元警察のゾンビ、最近落とした餌を喰わなくて面倒なんすよね。」


「腕の1つでも切り落とせば、勝手に食いつくだろう。」


「うえー、まじすか。 やってみるけど、飯が不味くなりそうだ。」


 積極的に食べ物を集める男達とは別、真司ともう1人の軽い口調の男。

 その2人の立ち話が嫌でも耳に入ってくる。


「さてと、大学に帰るぞ。」


「へい、運転は任せてください。」


 追う様に、複数の足音が入口へ向かう。

 やがて、騒がしい音は消え、顔を上げる。

 体を起こして、ガラス越しに外の駐車場を見る。


 男達は道路沿いまで歩いていき、角を曲がって見えなくなる。

 その後、車の走行音がして、それもまた遠のいていった。


「……ハァ。」


『××××××、××××!』


 思わず、酷い悪口が頭で浮かんだが、口に出す前に耐えた。

 後頭部を押さえるが、予想通り血は出ていない。


『あいつらは大学に帰るって言ってたよな。』


 この辺りで大学といえば、倉橋商業大学が浮かぶ。

 少し前に、校舎の形が日本銀行と同じ上から見ると漢字の円と同じ形で、地元のニュースに出ていた。

 紹介程度の取り上げられ方だったが、記憶に残っており、この大学以外はパッと思い付かない。


『それにしても、聞き逃せない事を話していたな。』


 別に正義を気取るつもりはないが、俺の良心に釘を刺す。

 女で遊ぶ。

 そんな発言が出てくる辺り、明らかにクロと断定せざるを得ない。


 実際、目にしていないので適当な冗談という線も僅かに残ってはいるが、初対面の俺を殴っている時点で察する。

 というか、個人的に判断するが、クロだと言いたい。


『食べ物の恨みは恐ろしいって言うし、いいよなぁ?』


 唯一取られなかった革鞄を拾い、大学生らが持ち切れなかった数少ない駄菓子を鞄に詰めていく。

 やられたままというのも癪な話。

 一泡吹かせたいなんて、まだまだ青いなぁと自分を空笑いして、コンビニを出た。

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