表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺とゾンビと荒廃した世界と。  作者: 猪ノ花 恵
第1章・就業編
33/315

2日目 温度

 仮眠室。

 部屋の明かりが2人を照らす。

 互いに向き合う形、それぞれの個室で、ベッドの端に座っていた。


「………」


「………」


 彼女は、俺が渡したレジ袋からパン2つと飲み物を取り出して、食事中。

 躊躇していたが、俺の意図を汲んでくれた結果。


『……あぁ。』


 頭を抱えて項垂れる。

 取り乱す程ではないが、ふわふわとしている。

 ここに居る自分が本当に自分なのか、そう疑ってしまうのが嫌で仕方ない。


「………」


 実際の経過時間は分からないが、10分近くは男子トイレで膝を突いていただろうか。

 静かなトイレ、膝に伝わるタイル張りの床。

 冷たさにハッとして、そして、置いてきた彼女を思い出し、この仮眠室へと戻った。


「あの……」


 顔を上げる。

 彼女は手を止め、メロンパンを横に置く。


「貴方の事情については、なんとなく察しました。 だから、その……あまり気にしないでください。」


 彼女の視線は少し下がり気味。

 膝の上に乗せた両手も震えており、まだこちらを警戒しているのが伝わる。


「……無理はしないでくれ。」


 俺は低い声音で告げて、己の膝に視線を落とす。

 もう俺だって、自分で痛い程に理解していた。


 昨日、エレベーターで目覚めてから、周りにいる社員の瞳の色を見て、異常だと思えなかった。

 思い出してみれば、赤色だったとはっきり言える。


 しかし、あの時の俺は、その彼らや自分の歩き方も、そして、俺の『アァァ』という言葉でない呻き声さえも、気にならなかった。

 それは、同じ存在であり、それが違和感にならない側だったからではないのか。


「……確かに、私は今でも貴方の事を警戒していますよ。」


 彼女の言葉に、動きが止まる。

 見えてはいないが、彼女の視線を感じている。


「出来れば……近くには寄って欲しくはないです。 ですが、トイレで私を助けてくれた事実もまた存在するんです。」


 彼女は語気を強める。

 その強い口調に、俺は顔を少し上げる。


 彼女がこちらを見ていた。

 怖いであろう俺の赤い瞳を。


「今の貴方は、私を助けてくれた人です。 もしかしたら彼らの様になるかもしれませんが、たらればで仮定しても物事は進みません。 それにこの訳の分からない状況で、私は自分が貴方に感謝する気持ちを信じたいのです。」


 彼女の目を見れば分かるが、真剣な目をしていた。

 でも、それでも、こんな人を襲う化物にーー。

 そう考えてしまう自分が確かに居た。


「私は今の貴方を見て、彼らと同じとは思いません。」


 太腿の上に乗せた、俺の握り拳。

 それを包む様に彼女の手が重ねられる。


 彼女はベッドから立ち上がり、俺のすぐそばまで歩いてきた。

 か細い色白な手。

 触れる指の1本1本から人の体温を感じて、温かい。


『……あぁ、そうか。』


 先程、彼女はそばに寄りたくないと言った。

 でも、今取った行動はそれとは真逆の行動。

 だからこそなのか、スッと俺の心に入っていた。


 少なからず、これは夢の中で、俺はやっすい布団でまだ寝ている。

 そんな逃げたい気持ちは残っている。


 でも、彼女の両手から伝わる温もりが本物で、こうして真摯に本音をぶつけてくれる姿は嘘の様には見えなかった。


『これ以上、彼女に気を遣わせるのはやめよう。』


 俺は握ってくれるその手をそっと解き、顔を上げる。


「……ありがとう。 そう言ってもらえると、助かるよ。」


 彼女は優しげに微笑み、元の向かいのベッドへと戻る。


「さてと、暗い話ばかりもなんですから、自己紹介でもしませんか?」


「ん、そうだな。」


 頷く俺。

 胸のつかえが取れて、気が抜けたせいか、お腹の音が鳴った。


「申し訳ない……」


 自分が原因とは言え、緊迫した空気に包まれていた。

 そんな空気を読まない自分の生理現象に、赤らんでしまう。


「食べながらお話しましょうか。 私もどうやら恥ずかしい一面を見せた様なので、おあいこですよ。」


「そう言ってもらえると、本当に助かるよ。」


 買ってきたおにぎりの袋を開け、三角の上から齧り付く。

 パリッと割れる海苔の奥から、粒が立ったご飯に、酸味の効いた梅肉が顔を出す。


「ふふ。」


 酸っぱさに顔を顰めていたせいか、彼女が笑いを溢す。

 互いに初対面で、ぎこちない遠慮を感じていた。

 それが少なからず解けた気がした。


「私が先に、自己紹介をしますね。」


「あぁ。」


 ペットボトルのお茶を口に含み、喉を潤す。


「私の名前は、佐藤(さとう) 美奈子みなこ。 新しいプロジェクトチームを立ち上げるという事で、外部から雇われた者です。 所属は細胞調製施設。 倉橋(くらはし)市と()(ひら)市の境にある建物だと言えば、分かりやすいかしら。」


 その経歴に驚き、咽せてしまう。


「ゴホゴホ。 ここの社員じゃなかったんだな。」


 ペットボトルのお茶を飲んで、息を吐く。


「新品の研究機器に喜んでいたら、この騒ぎだから。 本当に驚いたわ。」


 紙パックのオレンジジュース。

 ストローを刺して、口を付ける佐藤さん。

 俺もおにぎりを頬張る。


『新しいプロジェクトか。』


 さりげなく彼女は話したが、それも気になった。


 倉橋製薬。

 総合医薬品企業を目指し、置き薬・配置薬を中心に、医薬品の製造・販売・研究開発を行う。

 時代の流れか、置き薬が敬遠され始め、売上が目に見えて落ちてきた。

 そういうのもあって、上は、新しいプロジェクトを立ち上げたのだろうか。


「ねぇ、貴方の方も聞いていいかしら。」


「ん、そうだな、済まない。 俺の名前は大西(おおにし)、経理課で働いている社員の1人だよ。」


「経理課の方だったのね。 ん、ありがと。 では、お互いに名前も分かったし、今の状況を整理してもいいかしら。」


「あぁ。」


 食事を続けながら、言葉を交わす。


「私の方から説明するけど、長くなるのは許してね。」


「どうやら仕事も無さそうだし、気にしないでくれ。」


「確かにそうだったわね。 それでは、これは私が貴方と男子トイレで会うまでの経緯……」


 そう前置きして、彼女は話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 助けられた女性は警察に連絡したりはしないんですかね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ