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俺とゾンビと荒廃した世界と。  作者: 猪ノ花 恵
第1章・就業編
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2日目 瞳の色

 ロビーの壁際に備えられた、3人掛けのロビーチェア。

 自動販売機が隣にあり、背もたれのない平たい椅子。

 その真ん中で座り込み、どこを見るでもなく、戻ってきそうにないトラックを待っていた。


『はぁ……』


 漏れる溜息。

 重い腰が上がらない。


 昨日とは違い、何故か今日は頭の方がスッキリとした心地。

 その為か、自分の遡った記憶の穴が気になった。


『どうして俺は生きているのか……か。』


 ちらりと視線が動く。

 ワイシャツが腕まくりされた自分の右腕。

 前腕の表面には、2箇所に肉の抉れた痕跡が残る。

 瘡蓋が既に形成され、腕の痺れや変色は消えていた。


『まだ1日しか経っていないのに……』


 ぐぅ。

 お腹が鳴いた。


『……今はご飯が先か。』


 両足に力を入れ、椅子から立ち上がる。

 向かうのは、ロビー内にある、ビルの右側に設置されたエレベーター。

 待機していたカゴに乗り込み、3の数字に光が灯ると、扉が開くのを待って外へと出た。


『もう始業時間まで、そんな時間は無いのか。』


 通路にある柱の丸時計を見上げると、8時45分。

 少し早足で、出た通路を左に進む。


『綺麗になってるよな……』


 廊下の様子を見て、感心してしまう。

 昨日の時点で掃除が終わった様で、床や壁の暗褐色がすっかり拭き取られていた。

 打痕の方も、注視すると見つかるが、気にする程ではない。


『ん? この穴って……』


 フリースペース。

 ガラス張りを眺めながら進むと、出入口を通り過ぎた先で、大穴を見つける。

 懐かしい、()()の大振りで広げられた穴。


「かちょう……そうだ、課長だ。」


 大穴を見て、ふっと思い出す。

 大穴、振りかぶったゴルフクラブ、課長。

 連鎖的に繋がり、忘れていた記憶の穴が1つ埋まる。


『だったら、もしかしたら……』


 穴に体を通し、フリースペースの奥へ進む。

 それを拾うと、通路に戻ってきた。


 行ってきたのは、多目的室の右奥。

 ダーツボードが並ぶ場所で、ハンカチに包まれたスマートフォンを拾ってきた。

 ブランド傘に折り畳み傘も置いてきた場所なのだが、その2つの方はどこにもなかった。


『通知は……無いか。』


 起動したスマートフォンの画面を閉じる。

 少し期待したが、先輩がスマートフォンを落としていたのを思い出す。


 ズボンの右ポケットへ押し込み、また歩きを再開。

 道中では、喫煙室や他の執務室、見覚えのある光景が続く。


『ふぅ。』


 昨日よりも体は軽く、足を引き摺る様な感覚は覚えない。

 自宅の薄くて硬い敷布団とは違い、仮眠室のふかふかベッドで寝たからか?

 そんな自虐ネタが浮かぶ。


『さてと、さっさと戻るか。』


 到着した経理の執務室。

 中へ入り、自分のデスクに向かう。


『ん?』


 自分のデスク前、キャスター付きの椅子。

 その背もたれには、愛用する上着のコートが掛かったまま。


『これも忘れていたのか。』


 昨日の掃除で、確かこの椅子は床に倒れており、俺は何の気なしに立てて終わった。

 けれど、今なら覚えている。

 あの日、犬に噛まれて、このまま寝たら死ぬと思って、椅子を倒して立ち上がった記憶……。


「そうだ、俺は奴らになるのが怖くて必死に。」


 溢れ出る記憶。

 あの時の辛い思い出が、バッと襲いかかる。


 死にたくない。

 俺も人を喰うのか?

 化物になっちまうのかッ?


 そんなのは嫌、イヤだ!

 あぁ、あの時課長を助けなけーー。


「フゥーーー、フゥーーー……」


 大きく息を吐いて、考えるのをやめさせる。

 これ以上考えるとダメだ。


「とりあえず、今する事を優先しような。 うん。」


 自分にそう言い聞かせる。

 上着のコートを背もたれから外し、肩に掛けて持つ。


『とりあえず、財布にスマホの充電器だ。』


 デスクの引き出し、1番下を引いて、中身を取り出す。

 変な所で用心が過ぎる俺は、もしもに備える癖があった。

 目的の2つ以外に、筆記具の予備やUSBメモリの控えといった物が眠る。


「今回は、想定以上が過ぎるけどな。」


 がま口財布に充電器を持って、執務室を出る。

 通路を少し歩き、途中に設置されたエレベーターに乗り込む。


 下に降りていたカゴを呼び出し、2階に到着して、エレベーターを降りる。

 社員食堂へ急いで向かう。


『1人も居なくなったな。』


 社員食堂に着き、中へと入る。

 空席の間を抜けて、売店へ。


「………」


 広々とした飲食スペース、誰も座っていない椅子。

 昨日居た筈の従業員は来ておらず。

 そして、売店も同様で、今朝はゆらりと立っていた筈の店員が居ない。


『……とりあえず、お金は置いておくか。』


 何か変な事が起きている。

 だが、気にしてもどうしようもないんだろうな。

 それなら、空腹を優先したい。


 カウンターの内に入らせてもらい、購入したい商品をバーコードリーダーで読み取る。

 それから、レジ袋を頂き、商品を詰めていく。

 青いトレーに、レジが吐き出したレシートを置き、代金で重しにする。


『これも性格か。』


 非常時と言えど、無銭飲食はどうもしたくない。

 貧乏性というか、お金で後々面倒な事にはなりたくないだけだが。


『流石に、彼女が起きている頃合いだよな。』


 レジ袋を持って社員食堂を出る。

 通路を右へ曲がり、元来た道を引き返す。


 2階の通路をぐるりと回り、社員食堂の逆側にある仮眠室までやってきた。

 扉を開くと、ガサリという物音が奥で鳴る。


「………」


 何も話さないが、押し殺した息遣いを耳で捉える。

 警戒する気持ちが伝わり、俺は落ち着いた声色を意識。


「さてと、お腹も減ったし、飯にするか。 あー、もし起きているなら、一緒に食べませんか?」


 ビクンと、カーテンの黒い影が揺れる。

 そして、手が伸びて、そっと開かれる。

 その間も俺は足を進め、奥のベッドへと近付いていた。


「あの、貴方が書き置きをした方ーー」


 ヒッ、それは聞いた事のある反応。

 彼女は俺の顔を見て、開いた口が止まる。


 驚くと人間は瞳孔が広がるらしいが、俺はそれを現実のものとして見てしまった。


「えと、一応言うが、俺はトイレに居たあの男みたいな真似はしないからな。」


 見当違いかもしれないが、言い訳を挟む。


「ッ。」


 彼女は何かを言おうとして、中断。

 右腕を持ち上げていき、俺の顔に指を合わせた。

 指す方向的に、鼻より少し上。


「目、か?」


 角度的にその辺りだろう。


「め、め……」


 同じ言葉が返ってくる。

 俺は気になり、彼女に一言告げて、仮眠室を一旦出る。


 向かうのは、隣接されたトイレの男子側。

 サンダルに足を通しながら、鏡に顔を寄せる。


「ヒッ。」


 思わず出てしまった自分の反応に気付き、口に手をやる。

 鏡に映った男も、同じく口に手を当てた。


『紛れもなく、俺だ……』


 信じたくはなかったが、この場にいるのが1人だけという時点で、間違えようが無かった。


 両目は眼球の血管が浮き上がり、真っ赤に染まる。

 風呂上がりや疲れ目で、目が充血する事はよくある。

 しかし、網目状に広がるそれは隙間が無く、異常としか思えない。

 緻密な蜘蛛の巣の様に、赤い血管が白目を塗り潰す光景。

 白目なんて元から無かった、そう言いたげ。


「っ……」


 途端に息苦しくなり、乗り物酔いにあった気分で、視界がぐにゃりと歪む。

 気持ち悪い、気持ち悪い。


『なんだよ、これ。』


 まるで()()みたいじゃないか。

 俺は、トイレの床という事も気にせず膝を突いて、叫び声を上げた。

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[気になる点] 什麼名字或者代稱都沒有很難懂
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