中学生のその後
倉橋駅前にあるバスロータリー。
乗り捨てられた巡回バスが、今の状況を物語る。
『なにが起きてるの……』
周りの大人を見渡すと、既にタクシーに声をかける人も居て、僕らとは違って動き出していた。
「マジで映画だな、これ!」
5人の輪の中心、背が1番高い勝也が声をあげる。
「かっちゃん、マジそうだなっ。 うぉーー、見てしまったなアレ!」
「うんうんっ。 マジで映画みたいだった!」
顔の見分けがつかない月翔と陽向が、いつものように続く。
「ほんとそれな。」
そして、眼鏡を掛けた卓が最後に締める。
僕はそんな仲良さそうな会話を、冷めた気持ちで眺めていた。
ただただ内容の薄い会話に吐き気を催す。
でも、そんな事ばかり考え、口に出してしまったから僕はこんな立場になっちゃったんだ。
「てか、これもう遅刻じゃん。」
「うわ、もうこんな時間かよ。」
「もう歩いて行く? バスないし。」
「ほんとそれな。」
バスから降りる中でも、5人分の体操着袋を持ってきた僕。
両方の腕が疲れてきたので、グッと落とさないように持ち直す。
地面に付いて汚したら、今度は蹴りだけでは済まないかもしれない。
「おい、行くぞピノキオ。」
「オレらの荷物、落としたら承知しねーからな。」
「あと、遅刻になりたくないし、早く歩いてね。」
「ほんとそれな。」
4人のいつもの口撃に、気持ちの疲労がドッと重なる。
高速で上下に頭を振り、既に歩き出した4人の後を慌てて追う。
***
あの時、バスの窓から見えた道路を歩く人々。
遠回りだけど、4人はそれを避けて、裏道を選んだようだ。
「この時間にこんな所を歩いてるなんて、なんか冒険してるみてーだな。」
「オレ達、ワルってやつだぜ。」
「いや、仕方ないよ。 だって、バスがアレじゃーね。」
「ほんとそれな。」
相変わらず、4人でタイミングよく話す。
僕は、そんな空気を読むのを強制する感じが気持ち悪い。
何も言わず、無言で遅れないように歩く。
「あー、意外に早かったなぁ。」
「もう少し遊びたかったぜ。」
「でもさこれ、1時間目はつぶれてそうだね。」
「ほんとそれな。」
市内の国道沿い、見慣れた中学校の校舎が前方に見える。
ぐるりと表側に回り、校門の前へ。
「あれ、開いてんな?」
「おいおいおい、いつも居るハゲオヤジが居ねーじゃん。」
「これ、遅刻バレないね。」
「ほんとそれな。」
よく周りも見ず、そう言い終わると、砂地のグラウンドへずかずかと入っていく4人。
ふと、おじさんがいつも居る、校門横の守衛室が気になった。
『なんか、部屋の中から声が聞こえる?』
「おいこらピノキオ、遅いぞ。」
「早く来い、またやられたいのか?」
「今度は手加減できないかも。」
「ほんとそれな。」
ビクンと全身に震えが走る。
急いで、彼らの元へ向かう。
あんな痛い思いは出来るならしたくない。
背後でバンッと、窓を叩くような音が聞こえた気がしたけど、振り向かずに昇降口の中へ。
「しっかし、授業だからか人が居なーー」
先に上履きに履き替え、廊下に出ていた勝也が言葉を切った。
「どったの、かっちゃーー」
「え……」
「………」
上履きに履き替えた他の3人も、同じように立ち止まる。
遅れた僕も靴を履き替え、廊下に上がり、その視線の先を見る。
昇降口を右に曲がった、教室への廊下。
床に仰向けで寝ている女の子。
その上で、大人の男性が、その子のお腹へ顔をつけていた。
『うわ、なにして……え?』
ピチャクチャ、水を含んだ音が鳴る。
ツルツルとした滑りやすい廊下に、ちょうど今、赤色の液体が跳ねた。
「技術の高橋せんせー、だよな?」
「うん、そのはずだけど。」
「ぇ、ええ? 何してるのせんせー!」
陽向が先生に近づき、肩を叩く。
「アァァ。」
ゆっくりと上向く顔。
粘ついた涎が唇の端から、女の子のお腹へと落ちる。
グワッと、先生が口を大きく開いた。
「ひなた!」
月翔が叫び、走り出す。
「ぎぃやぁぁぁぁぁ。」
陽向は首元に伸びる口を咄嗟に手で防いだが、その右手の親指と人差し指の間の皮膚を噛みちぎられる。
初めて見る、人間の肉が伸びる光景。
骨さえ見えてそうな勢いで、見ている僕は思考が止まる。
「くっそ、ふざけんなよ!」
勝也がその脚力を活かして、先生に跳び蹴りを食らわす。
「ひなた、ひなた……」
駆け寄った月翔が嘆きながら、陽向をその場から離れさせる。
「つきと、ハンカチ。」
いつも無言に近い卓が、月翔にハンカチを渡し、陽向の右手に巻かれる。
「くっそ、マジでなんなんだよこれ!?」
「ひなたの血が止まんねぇ、どうしたら……」
「アァ、イダイィィ! アツい、イタイ、助けてつきとッ!」
「つきと、とりあえず保健室に行こう。」
廊下を歩き始めた4人。
取り残された僕は行き場を失う。
「アァァ。」
高橋先生はこちらを一瞬見てから、キュッと上履きのサンダルが音を立てるのを聞いて、4人が消えた廊下の先へ進んでいった。
ぺたり、座り込んでしまう。
『僕がなにをしたってんだ。 確かに考えたことはある。 こんな目にあう世界は現実じゃない。 テロ集団でも、怪獣でも出てきて、学校ごと壊れちゃえって妄想した。 でも、でも、そこまでは望んで……』
ヌッと、視界の中で何かが動く。
視線の先に目を凝らすと、廊下の壁に映る影がちらつく。
「え?」
ゆらりと立ち上がったのは、腹部の削れた肉が目立つ女の子。
首にも穴があったようで、頭がカクンと前後する。
「ヒッ。」
得体の知れない怖さに、座りながらも後ずさる。
廊下の床をキュッ、キュッとサンダルが蹴る。
「アァァ。」
それは、先程聞いた呻き声。
僕はいつもの逃げ足を発揮した。
『これは夢だ。 これは夢だ。 これは夢だッ!』
2階への階段を上ろうとすると、奥から聞こえるあの声。
背後には迫る女の子。
逃げ場を失い、1階の窓を乗り越え、グラウンド横の花壇に降りる。
そして、グラウンドを走り抜け、端にポツンと置かれた用具室の中へ飛び込んだ。
「ハァハァ。」
ガッチャン、扉を横に押して閉める。
それでも怖さが消えなくて、サッカーボールの入ったカゴからボールを全て投げ出して、その身を押し込む。
ゆらゆら、キャスター付きのカゴが揺れる。
三角座りをして、逃げる際に落としてきた体操着袋の最後の1つを開く。
「なにも見てない、なにも見えてない……」
中身の服を取り出し、勝也という嫌いな奴の名前も気にせず、頭上を覆い隠す。
それから、身体をなるべく小さくして、目を瞑った。
そのままの状態、どれだけの間、暗い用具室で籠もっていたかは分からない。




