多目的室の扉
横倒しになった、内折式卓球台。
倒れた卓球台は、大人の胸辺りまでの高さがある塀。
音だけで無理に進もうとする奴らは、無駄に手を伸ばし身体をぶつけるだけで、こちらへ乗り越える事はできない。
「ハァハァ。」
汗で滑る傘を持ち直し、摩耗したその先を確認する。
金属製の石突きは血に染まり、家の傘立てに眠ってた頃と比べ、斜めに傾いている気がする。
思ったよりも人間の皮膚は硬く、途中からは刺すというよりは後方へ押し出す形が続く。
「わしもまだまだ若いな!」
楽しそうに叫ぶ隣の課長だが、そのお気に入りのゴルフクラブはヘッド部分が無い。
シャフト部分が折れ、細長い棒で殴る課長は明らかにジリ貧。
「アァァ。」
半数がダーツボードのある奥に行ったとはいえ、この騒ぎ。
その集団も、緩慢な足取りでこちらへと向かう。
更に加えて、側面に立つ犬が吠え、塀の無い横側へと奴らを誘導する。
『牧羊犬かよ。』
映画では、足の速い厄介な敵という認識の犬。
それが大きな鳴き声を利用し、足は遅いが数の多い奴らを操るとは厄介極まりない。
ミシミシ。
卓球台の天板からは嫌な音が続く。
『やっぱり無謀だったか。』
逃げるという選択肢が浮かび、傘を前に押し出す力が疎かに。
男の頭に刺したブランド傘を抜こうとして、手が滑る。
「くっ。」
愛着も湧いてきた傘を諦め、「課長!」と声を掛け、もう一つ後ろの卓球台へ下がる。
「暑いな、ジミーよ!」
課長の発言を無視して考える。
鞄から折り畳み傘を取り出すが、こんな安物ではすぐに壊れるだろう。
焦りが焦りを生み、もう逃げるしかとフリースペースの入口を確認する。
「今だ、行くぞ!」
そこで、聞き覚えのある男声が響く。
下がった目線が上がり、声の元を探す。
多目的室の扉が開いていた。
「この人数なら、わたし達でもいけるな!」
他の社員を先導して、前に立つのはラガーマンばりの肉体をした大柄な男。
「先輩……」
俺や課長が注意を引けば、多目的室の扉を開けられる。
そんな魂胆はあった。
でも、実際にその通りになると、嬉しさが溢れる。
「諦めるな、助けるからな!」
届く先輩の声。
止まりかけた脳にガソリンが入り、エンジンが掛かる。
まだ俺は生きている。 生きられる。
折り畳み傘の紐を外し、傘を開き、最も近い男を後ろへと押し出す。
「死んでたまるか!」
薄い角型の革鞄。
社会人になってから共にいたそのブリーフケースを、思いっきり振りかぶった。




