フリースペースへの侵入
清廉潔白な社風を見せる為、常に白磁の様な白さを保ってきた通路。
その壁や床は、今では暗褐色が張り付き、打痕が目立ち、不安を誘うだけのものになっていた。
『誰かが争った形跡……当たらない事を祈るしか。』
曲がり角を左折して、最後の通路を走って進む。
凹の形をした3階の通路で言えば、現在地は右の縦線だろうか。
「ッ。」
音の正体は判明した。
「なんだよこれ。」
フリースペース。
この通路の右側にはそれが置かれ、広々とした空間で、社員の憩いをサポートする。
こちらも圧迫感を与えない様、ガラス張りで囲われているのだが、その一部分に大穴が空いていた。
『しかも、これは。』
ウェェ……物を吐くまでには至らないが、気分が悪くなり、嘔吐いてしまう。
穴の周囲には、血の滲む手形が幾重にも叩きつけられていた。
奴らが中へ入ろうとして、バンバンと叩いた音が浮かび、その光景に恐怖がぶり返し、手の震えが再発する。
「誰だガラスを割ったのは。 このままだと怪我をするじゃないか。」
ゴルフクラブを両手で握り、縦に振り下ろす課長。
パリンパリンと、割れ残りの尖ったガラスを粉砕していく。
「こんなものか。 さぁジミー、これで大丈夫だな。 ここはパターゴルフも出来るからやってみるか?」
課長は明らかにおかしく返答に困る。
しかし、その傍若無人な様子はいつも通りらしさもあり、なぜか笑いが溢れる。
「課長、せっかくなので教えてもらっていいですか?」
「おぉ、構わんぞ。 そうと決まれば早く行くぞ、ジミーよ。」
自分自身でも、場にそぐわない発言をしてる事は分かっている。
だけど、そうする事で多少の冷静さが取り戻せた。
『奴らがここをこれだけ狙った所を見ると、この中に先輩が居るかもしれない。』
穴の先には、コーヒーサイフォンが並ぶカフェコーナー、壁掛けモニターが用意されたテーブル席、い草香る畳のスペースが見える。
人影や奴らの姿は確認できない。
けれど、避難経路図で確認した所、更に左の奥に進めば、卓球台やビリヤード台、ダーツボードが置かれたエリアに、予約すれば個人やグループで使える多目的室も用意されているらしい。
「ジミーよ、パターゴルフではな……」
お得意のゴルフ談義を聞きつつ、課長の後に続いて、更に広がった穴を乗り越える。
『何か音がする。』
飲みかけのコーヒーに、倒れたテーブル。
畳の前には、脱いだままの靴が置いてある。
『行くしかないよな。』
傘を再び槍の形で持ち、音のする先へ、慎重に足を運んだ。




