エピソード5
「ここまでくれば……とりあえず安心でしょ」
高いビルが立ち並んでいる。
しかし、人の気配は皆無といっていいほどに感じられなかった。
「アホだな…お前は本当にアホだ。アホ以外の何でも無い、アホ野郎―」
話している二人の人間。
口調や声色は大人なのだが…見た目は中学生と同じ程度だ。
「お前は、何を根拠に俺をアホ扱いするんだ。
それに、アホの意味を知ってて使ってるのか?」
二人とも、病院の患者が着ている様な白い服を着ているが、
白とはかけ離れるほどに、かなり汚れていた。
そして、この少年。
悪態をつかれているにも関わらず、いたって冷静な態度をとっている。
髪が強い癖を持っており、パーマでもかけたように丸まっている。
「あん?あれだろ…馬鹿な奴のことだ」
こちらは流れるようにサラサラした、ショートカットをしている。
ただ、上半身が裸であるのが、やけに目立った。
「それなら、馬鹿野郎でいいんじゃねぇか?」
「…おお、そうだな」
「はんっ、馬鹿が…」
かなり皮肉に言う。
「あぁ?てめぇ…潰されてぇのか?」
「君こそ、この場で弾け飛びたくは無いでしょ」
漫画で言うところの、怒りを表す記号が、二人の間にどんどん生まれていく。
その時
ターンッ
と乾いた音が響き渡った。
上半身裸の少年が仰け反って、そのまま倒れていった。
「…狙撃兵?」
もう一人の少年は、音のした方向を注視する。
それも、すぐに必要は無くなった。
「ようやく…か……まったく、これだから管轄外の仕事はしたくないんですよ」
ビルの陰から、眼鏡をかけた男が現れた。
しかし、なぜかジャージだ。
「…お早いご到着ですね。もっと遅いかと思ってたんですが」
男が少年に向かって言う。
「…っ」
少年は男に向かって片手をかざし、睨み付ける。
「お…そんな事しようとして。お友達みたいになっちゃってもいいんですか?」
隣で倒れている少年を見る。
動く気配は無かった。
「…殺したのか?今まで散々追ってきたくせに……」
少年が声色を変え、めがねの男に聞く。
「殺す?そんな馬鹿なことをすると思いますか?」
両手を広げ、鼻で笑った。
「あなたたちの持つその異常なまでの力は、未成年の脳の発達に伴って起こる
特殊な作用です。我々個人では試すことのできないそれを、みすみす手放すとでも?」
男が一息つく。
「それは衝撃弾。我が軍があなた方の為に(・・・・・・・)開発した、特殊なものです。
相手に強い衝撃だけを与え、頭に当たれば脳震盪、他の部位でも軽く骨折は
するでしょう。まぁ、死なない程度に威力が弱くなった、玩具の銃弾と
それ程大差ないのですが…」
男が話している間に、少年の周りは銃を構えた兵士たちで一杯になった。
「……やっとの思いでここまで逃げてきたんだけどな…もう万事休すかよ…」
「えぇ。今度は完成したハーツキューターを使うので、脱走なんてことはしなくても
済むんですよ。その辺は、今回と違う所です」
右手を掲げ、男が合図する。
周りの兵士たちが、銃口を少年に一斉に向けた。
「いまは、お眠りなさい」
その言葉の後、男の手が下がる。
放たれた弾丸は計1つ。
狙撃である。
「目の前の銃に気を取られてては、力も役に立ちませんねぇ」
男が、倒れる少年に向かって、はっきりとした声で言った。
「…車をこちらに回してください。二人を回収します」
隣にいた兵士に、小さく言う。
「それは、必要ないけどね」
と、頭上から声がした。
その場の人間が、一斉にそちらを向く。
「っ!お前は!」
「ハロー。元気してた?」
良く通る高い声。テールアップで纏められた茶色の髪。そして何より、
ヒラヒラと靡く黄色いスカートに目が向いた。
「?」
反応の無い兵士たちに、キョトンとした様子で
「…んもぅ!何で皆してそっちを見るわけ!」
宙に浮いている少女が視線に気づき、頬を赤らめ、スカートを押さえる。
何人かは顔を逸らし、髪を掻いた。
「……なんで…お前がここに!」
「いちゃ悪いの?」
当然、と言うように腕を組んで、男のすぐ脇に降り立った。
「……新規登録体1046M06……」
「ちょっとー!何であなたたちの決めた登録番号で呼ぶのよ!
私にはちゃんと名前がるんだから、そっちで呼んでよね」
「…撃て」
間髪いれずに、近くの兵士に指示を送る。
唐突に、計5発の銃弾が、少女を襲った。
「…終わった?」
少女が笑顔で聞く。
彼女は、腕を組んだままの姿勢から、微動だにしていないにも関わらず、
その体には、銃痕一つ見られなかった。
「……鈴乃江 美希…五大脅威の一人…“世界樹の幹”を司る……」
「ふふん。言えるじゃないの。最後のは余計だったけどね。
それもあなた達が勝手につけたあだ名なんだから…」
怯え、佇む兵士の間を歩き、その中心、二人の少年の元へと向かった。
「この子達はまだ力が完成してないの。もちろん私もだけど…今は
まだ、時期尚早って事…と言うことで、私が安全につれて帰るから。」
美希がしゃがみ、倒れた少年二人に手の平を向ける。
彼女が立ち上がるのと同時に、二人の少年も、倒れたまま宙に浮いた。
「それじゃ、ばいみー!」
そのまま歩いて兵士の間を抜けていく。
兵士たちは、ぶつからない様に道を作った。それぞれの表情から、美
希を恐れているのが見て取れる。
「あら、ありがと」
美希は悠々と歩いていった。
「…やっぱり、此処で仕留めるべきでしょう…」
男が手に持った銃を、少し遠くを歩く美希に向けた。
そして、ためらいなく引き金を引く。
一発の銃弾。それでも、後ろからでは反応できない。
それが、普通の人間であったとしたなら……
銃弾は彼女に当たる前に、弾け飛んだ。
「……なんだ…そんなに死にたかったの…」
浮かせた少年二人を、ドサッと地面に落とし、ゆっくりと男たちの方向いた。
無表情…しかし、戦慄な空気に包まれている美希。
「…あはは……もっと早く言えば………」
距離は、70メートル弱だろう。
笑顔の美希が、男たちに左手を向けた。
「………恐怖を感じずに死ねたのにね♪」
円になっている兵士たちの中央に、小さな球体が生まれた。
そして、瞬く間に、彼女と少年たちを除く全員が、それに飲み込まれた。
短い悲鳴が幾つも巻き起こる。
銃の暴発であろう音も、かなり響いた。
「吸い取り完了……それじゃあ、エッチな兵士さん達は…」
兵士全員を飲み込んだ球体が、美希の手元へと飛んできた。
黒く、しかし淡く光を放つそれは、どこと無く神々しさを醸し出している。
ゆっくりと回転する球体が、やがてぴたりとその動きを止め、静止する。
「消えちゃえ!」
美希が手を握ると、球体も同時に収縮して、消えた。
「華純ちゃん、今回のこの訓練…どう思ったかな?」
「ん?訓練ですか?」
盗み聞きがばれた華純が、恐縮そうに椅子に座って、
大人二人に囲まれて、オドオドしていた。
動揺を隠せないのか、額にはうっすらと汗をかいている。
「……変でした」
「変と言うと…具体的には?」
博士と女性は手に紙を用意し、華純の話す言葉から、気
になったものや、必要だと思われる情報を書きだしていた。
「…その…場所とか、世界観とか……自分自身とか……」
次第に小さくなる声を、博士は耳を近づけながらも聞く。
「……博士…そろそろ」
女性が言う。
「そろそろって、まだ始めたばかりなんですけどもねぇ」
気の抜けた声で、華純の方を見ながら答えた。
「…では…」
「いいよ…僕から話しておくから。君は仕事に戻って」
「…失礼します」
女性がゆっくりと立ち上がり、ドアのほうへと歩み寄る。
華純は俯き、女性が離れる音を聞いていた。
ドアが閉まり、また二人だけの空間になった。
博士は手に持った紙を床に置き、膝に手をついて、華純の
顔を覗き込む。
「……真実はね…時に残酷であり、時に人を導く」
唐突に語りだした。
有無も言わず、微動だにしないで、華純がその話に耳を傾ける。
「…君が……君たちが今見てきたものは、確かに訓練だ。ただ、
その内容は理解しがたいものだったと思う」
華純の様子を伺いながら、優しく言った。
「…まだ……その時ではない…けれども、いずれ解ってしまう時が
来るなら、君は……今真実を知っておいた方がいいのかもしれない」
華純の顔が、ゆっくりと上がる。
その不安そうな顔を、博士は笑顔で迎えた。
「どうする?」
「……」
口を紡ぎ、考え込む華純。その表情からは、彼女の意思はまだ読
取れない。
「…先に言ってしまうと……君らのしていた訓練は、少なからず、
これから起こることと酷似している」
「……さい」
小さな声が聞こえた。
「…真実を…教えてください」
それも次には、はっきりとしたものへと変わっていた。
「……後悔しないね…」
「えぇ」