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エピソード4

 機械が部屋を埋め尽くしていた。


中央には三つのカプセルが置かれている。

楕円形をしており、まるで虫の幼虫の入る繭のようだった。

一つ一つの大きさは、ちょうど大人が入れる程度。


その周りは、コンピューターからモニター、オシロスコープ、

その他精密機器のようなものが、所狭しと置かれていた。



 部屋は狭い。

照明は少なく、それぞれの明かりは、すでに寿命間近なほどにまで

弱弱しく点滅しているだけだった。



 不規則ながらも、モーター音のような音が鳴り続ける。

部屋の中で一番目立つモニターに映されている文字の羅列が、何を

意味しているのかさえも、理解し難いものがあった。



 と、不意にその部屋のドアが開く。

その外の世界からの光で、機械で埋めつくさえた部屋が、明るくなる。

入ってきたのは、作業服に身を包んだ男だった。

眼鏡がひかり、その表情は読み取れないが、どことなく笑っているよ

うな雰囲気だった。


 ドアが閉まっていくのにつれて、部屋は再び暗くなる。


「ん〜、うんうん。情報の輻輳(ふくそう)が始まってるねぇ」

その声は中性的で、どことなく皮肉を言っているようにも感じる。

「さて、死んじゃう前に、彼は終了っと」

そう言って、三つあるカプセルの内、ひとつだけ暗くなっているカプ

セルに近づく。


慣れた手つきでボタンを押し、目の前の小さな画面に表示されてる文

字をいくらか読み飛ばしながら、その機械に指示を送った。


 「…さあさあ、お目覚めなさ〜い」

男が、<実行(execution)>とかかれたボタンを押した。


 少しの間が空いて、機械が激しく駆動音を鳴らす。まるで、機械そのものが生きて

いるかのように…

白い蒸気、激しい熱風、機械の擦れる音、近くに人間がいるのもお構

いなしというような感じで、そのカプセルが開いていった。



 「お帰り、蔬琉(そる)君」

中にいる人間に声をかける。

「…まだ寝足りないっすよ……ルシュナルド博士」

蔬琉と呼ばれた少年が、髪を掻きながら、目の前に笑顔でたたずむ男

に声をかける。

「しょうがないでしょ、これが君の今回の訓練の内容全てなんだから」

ルシュナルド博士が、蔬琉、銀髪の少年に言う。


先ほど、確かに銃で撃たれた少年が、その場所で、確かに生きていた。

「それにさ、仕方がないんだよ。この機械は…

彼らの作り上げたこれは…不可知なものであり、それでいて不可謬のもの

なんだから……」

「…どういう意味っすか?」

「つまりは、よく分からないって事だよ」

博士が嬉しそうに言う。


 


「………」

「ん?何か言いたそうな顔をしているね…質問かな?」

「…確認するまでも無いでしょ……何なんですか、今日のあれは」

小さな木の椅子に座り、二人が話す。

「訓練内容かい?」

「えぇ…何か……超能力って言うか…とりあえず理解しがたい力が無いと成り立たない

訓練だったんですが…」

「……超能力…ねぇ」

手に持ったコーヒーカップをいったん啜り、博士が立ち上がる。

近くの機械を時折いじりながら、話し始めた。



「そもそも…超能力なんてこの世には存在していない…キミは

そう思っているんだよね」

「……まるで存在するかのような言い方ですが……」

「それは…幽霊と同じことだよぉ……信じれば存在するものだと

錯覚してしまうものであるし、根底から拒絶すれば、何も無くなる」

一通り見て回り、博士が椅子に座る。

「人ってのは…まだまだ未知だからね……脳ですら解明されていない

箇所は無数にある」


「…それでも……さすがに超能力とかは信じらんないです…

人としての能力を超越した異質な能力…かいつまんで超能力…」

「…それが…君らに課された未来…」

「…未来…ですか?」

「あれ、言ってなかったっけ…」

博士が立ち上がり、機械の元まで歩いていった。

「…これは、君らに起こりうる未来を、大体の形で――」

「えーっと…お腹空いたんで、近くにある店行ってきます」

すでに、蔬琉はドアの外の廊下に立っていた。

「あれれー。どうしてスルーしていこうとするのかな」

「信じられません…ってか未来が見れるなら、次の大統領でも見てきて

ください」

皮肉たっぷりに言い放った。

「…彼らは、1時間で帰ってくるよ」

まだ機械の中にいる人間を指差した。

「…二人も、未来を見てるんですか?」

「…さぁ」

博士の笑みに、妙な威圧感があった。








 「さぁさぁお帰りなさーい」

残された二つの機械が、音を立てて開く。

同時に、片方から飛び出すように逃げた人間。

片方からは罵声。


「ちょぉおおっとおおぉぉおお!龍ぅううぅうぅ!」

部屋中…多分建物中に響き渡った女性の声…華純である。

これで飛び出したのは、必然的に龍平ということになる。


「…元気なのは何よりだよー華純ちゃーん」

気のない声が、博士の口から漏れる。

「博士ぇ―、聞いてくださいよー」

「聞いてるよー」

「あいつ――」

「わわわ、わかった!もう逃げないから……人には……頼むから

他の人には言わないで!」

龍平が慌てて帰ってきて、博士から華純を引き離す。

「あれは事故だって!俺何にも悪くないし!」

華純が龍平の胸ぐらをつかみ、憤怒の表情で睨む。

「あの場に居たのが悪い!だから同罪!」

「馬鹿!この馬鹿!やめっ―」

「問答無用!」






「…それでぇ…何があったのかなぁ?」

相変わらず気の抜けた声で、博士が聞く。

龍平は足元で仰向けに倒れていた。

顎が赤いことから…アッパーが炸裂したのだろう…

「……言えません…セクハラです」

「あれ?そんなに大それたことだったの?てっきり

風でも吹いて、スカートがフワーっとなって、華純ちゃんの

下着が露わになったのかと思ったんだけど……」

「……三分の一正解です…でも……うぅ…」

顔を真っ赤にして、華純が小さく椅子で体育座りをする。

もちろん、制服を着たままなので、スカートは手で押さえる。


「…龍平君…事故だって言ってたけど…」

俯いて座る華純を覗き込むように、博士が話しかける。

「…わ…私は悪くない…悪くないけど……」

「けど…どうしたのかな?」

「……龍も…悪いわけじゃない…かな…」

小さくした体を、更に小さくした。顔は、湯気が出てくるの

ではないかと、心配してしまう色をしていた。

「あは!それ今流行のツ○○○ってやつかな!」

「博士、殴りますよ」

「君のその声、いつに無く女の子っぽく聞こえるよぉ!」



パン!



手の跡を綺麗なまでに頬に残し、博士が龍平を起こした。

まだ痛む顎を押さえ、椅子に座る。

「…まったく…今回の訓練内容があんなんじゃなかったら…」

「あんなんって?」

「超能力ですよ、超能力!」

ようやく話せるようになった龍平が、周りを見ながら聞く。

「君も、蔬琉君と同じ質問するんだねぇ」


「…そう言えば…博士、蔬琉は?先に起きたみたいですけど」

「あぁ、さっき近くの店に行くって言って出てったけど…」

「……へ」

華純と龍平が、顔を見合わせた。

「…手ぶらでしたか?」

「うん、特に何か持っている様子でもなかったからねぇ」

「……………ごめん、ちょっと行ってくるわ」

龍平が立ち上がる。

小走りで、その機械だらけの部屋を出て行った。


「…何かあったのかい?」

「……蔬琉…今日何も持って来て無いはずなんですよ…」

居なくなった龍平の代わりに、華純が口を開く。

「そうみたいだね…彼の質問の意図を理解すると」

「いや…財布も持ってきてないんですよ…」

「……あぁ…そう言う事ねぇ」

「…私は部屋が違うから……」

体育座りを解き、両足を揃えるようにして座りなおす。

「…確かに蔬琉君は――」

博士が言いかけたその時、ドアが開いた。

「ルシュナルド博士、今宜しいでしょうか…」

眼鏡をかけた、真面目そうな容姿の女性が入ってくる。


「……あぁ…あれ、できたのかな?」

「はい………」

女性は執拗に華純を見る。かなり意識しているようだった。

「……彼女がいては…嫌かい?」

博士が聞く。その言葉に、我に戻ったかのように、肩を竦ませる。

「…あ…いえ……その…」

「わかったよ…華純ちゃん…悪いけど、一旦部屋の外に出ててくれるかい?」

華純は快く了解し、その薄暗い部屋から出た。




「…ってそんなに簡単に了解するもんですか!」

部屋の外に出てすぐ、壁に耳を押し当て、盗み聞きの体制に入った。

「秘密にされることほど、気になっちゃうのよねぇ〜」


 息を潜め、中の声を聞く。が、物音一つ聞こえてこない。

それでも、ひたすら聞こうと耳を欹てる。

しかし、


ガチャ


「へ?」

ドアの開く音がすると同時に、華純は部屋の中へ倒れこんだ。見下ろす博士と目が合った。

「あ」

「ほらね」

博士は女性のほうに向き直り、軽くウインクした。

女性のほうは、頭を抑え、小さく溜息をついていた。

「彼女にも聞かせたほうが、今回は得策だと思うよ」

倒れたままの華純を起こしながら、博士が笑顔で言った。







 自動ドア

便利なのだが、急いでいる今この瞬間は、なぜだか開くのが遅く感じる。


「…いた!」

軽く息の上がった龍平が、ファミレスの中に入っていく。

来客を告げるインターホンが店中に響き、ウェイトレスが駆け足でやってきた。

「いらっしゃいませ。お一人様でよろしいでしょうか?」

マニュアル通り、懇切丁寧な接客だ。とか頭の隅で考えつつ、店の中のある一点を指差す。

そして、目を疑った。

「か…彼と待ち合わせてるんです」

龍平の指の先をみたウェイトレスも、一瞬その顔を引きつらせたが、すぐに

「ご、ごゆっくり…」

と言って、店の奥に消えていった。


お昼をとっくに過ぎているこの時間にしては、客の入りはまあまあだった。

禁煙席は6割ほど埋まっている。喫煙席は疎らだ。


 周りの状況を見ながら、龍平が目的の場所へと早足で向かった。



「おい蔬琉!お前金は持ってきてるんだろうな!」

ひたすら料理を口に運んで、その勢いを緩めない蔬琉が、そこにいた。

しかし、テーブルそのものは、皿の山で埋め尽くされている。

「ん……?」

開いているのか分からない猫目で、静かに龍平を見た。

「いや、とりあえず口の中のものを飲み込め」

無言で頷き、手に持った皿を置き (中身はすでに無い)

真っ直ぐ龍平を見ながら、口の中のものを噛み始めた。




 「……ふぅー。とりあえず腹八分目ってとこかな…」

「いやまだ食えんのかよ!」

ようやく話せるようになった蔬琉が、少なくとも40はあろう皿の山を見て、笑顔で言った。

そこに、龍平が素早くツッコミを入れる。

「んじゃ、お勘定よろしく」

「しばくぞ」

「あはは、冗談冗談」

手をひらひらさせて、からかう様に言った。




「それで、お前自分の金はあるんだろうな」

店員を呼び、合計金額を数えてもらっている途中、龍平が口を開く。

「ほれ」

ポケットから小さな財布を出した。

黒い布地に、白いラインの入った、ごく一般的な―――

「それ俺の財布だっての!」

取り上げようと腕を振るうが、蔬琉はいとも容易く避ける。

何も言わずに、財布からクレジットカードを出し、店員に渡した。

「ま、毎度ありがとうございます」

店員は、そそくさとレジを済ませる。

「待て待て待て!何で何食わぬ顔で人の金使ってんだよ!」

テーブルを力一杯叩いた龍平だが、手が痛かったようで、軽く顔を顰める。

「…気にすんなよ」

「するよ!」

と、龍平が、店員が本当にカードからお金を引き落としてもいいのかと戸惑いだしたことに

気づき、小さく溜息をついた。


「…もう…あとで軍の口座に変えとくから…お前あのカード持ってろ」

「いいのか?」

「仕方ないだろ。お前のその食欲は、そんくらいの金がないと補えないし…」

「じゃあ、あと…この海老海鮮定食を――」

「食うな!」









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