表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

エピソード3

 『藍乃弓南(あいのゆな)

「いいじゃん!私はかわいいと思うよ、その名前」

満面の笑みを浮かべる華純が言った。

「いやいや、いらねーって!俺は龍平だ!」

かわいい声で全力に否定する龍平。

「これで本当に二宮三姉妹!」

「………………………………」

その否定も、華純のその一言で簡単に砕かれてしまった。



 二人が、がっくりと項垂れる龍平を楽しんでいると、

「ねーちゃん、車が来たみたいだよ!」

七虹香が華純の制服を軽く引っ張る。


「……」

しかし、その車を見て、華純は言葉を失った。口を開たまま、

ただただ突っ立っていた。

「…あらら、本当にタクシーかよ」

そう、龍平の予言通り、タクシーが物凄い速さでやってきた。

どうやら、あれが迎えの車らしい。





 高層ビルが立ち並ぶ地域。今は午後三時、人もかなり多い。

歩道を川の流れのように歩く人々を遡るように、掻き分けな

がら進む人影があった。

ルナである。


 しき;頻りに後ろを確認しながら走るので、前から来る人に迷惑

なくらいぶつかっていた。

 やっと人の波を抜け、ビルの壁に手をついて呼吸を整える。

傷からは、未だに血が流れていた。

 頭がぐらつく。さすがに、血が足りなくなってきている。

人は、1%の水分を失うことで渇きを感じ、2%であらゆる

行動が制限され、5%で死に至るという。

これが血液だったら・・・・・・。


体に冷えを感じた。嫌な悪寒が体中を巡った。

立っていることさえも、もうままならなかった。

このままでは見つかるのは時間の問題である。

ルナはすぐそばにあったビルへと入っていった。



 七階、このビルの最上階である。ルナはさび付いたドアを

開け、外に出る。小さくきしむ音がなり、同時に、ビル風と

は又別の、自然の風が後ろに通り抜けていった。

風でなび;靡いた髪を押さえ、静かに目を閉じる。


 眺めは、特別いいものではなかった。一面ビル。

時折ビル内で働いている人が動くのが見える。皆、忙しなく

動いている。そんなシルエットを目を細めて見る。



自分の傷に手をやった。ズキッという痛みが体中を巡った。

「うっ・・・・・・」

予想外のこの痛みに、満身創痍の体が悲鳴を上げた。

膝からガクッと折れ曲がり、前方へと倒れていった。

先程まで頭に当たっていた太陽の光が、背中をジリジリと

炙っていった。




 二宮三姉妹の前に、緑色のタクシーが止まった。

止まる、というよりは、50メートル手前からブレーキを掛け

て、そのまま静動距離を経て、長いブレーキ痕を残しながら

まるで映画のスタントの様に、滑り込んできた。


 約束の時間からは、すでに二時間三十分が経過。

その長さにもイライラとする華純だったが、タクシーの登場

にもまた、多角的な怒りをもっていた。

もちろん、料金がかかる点である。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・遅い」

そう小さく呟いて、そのタクシーに両手を向けた。

小さな機械音と共に、華純の手が銃器へと変わっていく。

RPG/2000 Magnum

ゲリラ集団などがよく使う、一種の誘導ロケットランチャー

である。

約五秒で変形したその手を見て、龍平もとい弓南が押さえる。

とりあえず、この怒り狂った華純をとめるのが先決だと考え、

一旦この場を去ろうとする。すると、タクシーの窓が開いた。

「あれ、送迎客って華純ちゃんと七虹香ちゃんだったのかい」

そう、この場に居た全員がこの声に聴き覚えがあった。

彼らの親戚の叔父さんである。


叔父といっても、その年齢には大差ない。事実、彼はまだ大

学生だ。

「あぁぁぁぁぁぁぁ!叔父さぁん!」

華純がRPGを解く。その笑顔から、龍平もとい弓南は次の

華純の行動が良く分かった。小さく顔を背け、苦笑する。



 華純が助手席、残りが後部座席に座り、とりあえず目的地

である北2コロニーの廃墟へと行くことにした。



 手首に触れる金属の感覚で目が覚めた。

冷たくも、硬い。

昔の感覚がじわじわと蘇ってきた。

ルナは目を開け、うつ伏せになった体を起こす。


目がよく見えなかった。

未だに白く濁って見える周囲の様子は、先ほどと同じ・・・・・・

いや違う。何が違うといえば、それこそ全てだ。


風に混じって聞こえる、人の話し声。

朦朧とした意識でもハッきりと見て取れる、真っ黒なスーツ。

先程、誰もいなかった静かな屋上は、いまやパーティー会場の

様に賑やかだった。


しまったと思った。

気絶している間に、見つかって、捕まってしまってのだ。


 膝で立つように、状態を起こす。

周囲からは何やらどよめきの様なものが聞こえたが、原因は明

らかであった。

そう、彼女が目覚めたことである。


ルナの視界が完全に戻った。

正面に見えているだけでも、ルナを追いかけていた男たちが約

三十人。その他にも、白衣を来た人間も見て取れる。こちらに

は女性もいるようだ。


どよめきが大きくなる。

自分のおかれた状況を確認しようと、ルナが立ち上がろうとし

た。しかし、手足には頑丈な手錠が嵌められており、広がる範

囲が極端に制限されていた。

手錠の方には更に鎖が付いており、まるで首輪に繋がれた犬の

様な状況だった。


「・・・・・・な・・・て」

ルナは俯き、小さく呟く。

集団の奥から、一際体の大きな人間が現れた。

体は濃い緑と黒の迷彩色の服、右目には眼帯をしていた。

髪の毛は角刈りで、若干茶色がかっている。

顔や、洋服の切れ間から見える傷跡は、当に戦場の最前線で戦

う男を演出しているようだった。


俯くルナの頬に、眼帯男の太い手が伸びる。

片手で両頬を掴み、力をいれて顔を上に向かせた。

「・・・おい嬢ちゃん、何か言ったか?」

未だ抵抗心のあるルナは、涙目にはなりつつも戦闘的な眼差し

で睨んだ。

「私を放して!もう・・・・・・もう自由にして!」


怖いなんてものではない。

もしかしたらこの場で殺されてしまうかもしれないのだ。

何の抵抗もなしに犬死するのは、一番惨めだ。せめて何か、相

手に傷の一つでも負わせたい。

そうは思うものの、今はまさに手も足も出ない状況だ。

ルナは睨むことしか出来なかった。


「・・・・・・ふん。その抵抗の目・・・気に入らねえな。おい、こいつに

一発鉛玉ぶちかましてやる。

俺のホルスダーもってこい。弾は・・・・・・そうだな・・・40mmのやつだ」

眼帯の男が、ルナの顔を掴む手を、乱暴に離した。

ルナは勢いで横に倒れる。

「ですが少佐。捕獲から先は無傷でとの伝言が入っております」

黒いスーツを着た男の一人が、淡々と話した。手を後ろで組み、

真っ直ぐと眼帯男を見ているのが分かった。


「・・・ちぃ。しかたねぇ。傷つかねぇ程度に一発殴らせろ」

左手でルナの髪の毛を掴み、強制的に体を起こした。

「い、嫌ぁ!い、痛い・・・痛い!」

「ギャーギャーうるせぇんんだよ!」

後ろに大きく右手を引く。


「兵器の分際で」


右手が弾丸のようにルナの顔面へと向かう。

目を瞑り、必死に抵抗していたルナだが、所詮は大人と子供。

ましてや男と女である。力の差は歴然だった。


 眼帯の男の手に、確かな手応えが伝わった。

小さな笑みを浮かべる男だが、ルナの体は元の位置から全く変わ

っていなかった。

それに気づくまで、物の数秒もかからなかった。

右手を引いてから顔面まで届く時間は、一秒を裕に切る速さのは

ずだ。それなのに、そんな時間の間に・・・・・・

「・・・おい、お前。何をした」

眼帯の男がルナの方を睨む。その目つきは獲物を狩る肉食動物に

近いものがあった。

またルナも、なかなか伝わらない衝撃に怯えつつも、恐る恐る目

を開いた。そして、目を疑った。

周囲で作業していた者たちの手が止まる。視線は、一点に向けら

れていた


男の視線の対象はルナではなかった。

ルナの目の前にいる少年に向けられていた。

「・・・何をしたって聞かれても・・・・・・」

よく通る、それでいて中性的な声だった。

真っ白な、耳が完全に隠れてしまう髪を風に靡かせ、学校指定の

制服、正確にはワイシャツを見に纏っていた。

目が猫のように細く、開いているかどうかも分からない。

そんな少年が、ルナと男の間に割り込み、右手を受け止めていた。


見ている状況下であっても、放たれた拳を受け止めることは困難

なことだ。それを少年は、真下を向いた状態で受け止めていた。

「・・・どう見ても悪いおっさんに殴られそうになってる可憐な美少

女を、昼寝から起きたばっかりの寝ぼけ眼のまま救出した・・・って

とこじゃない?寧ろ実行犯であるおっさんの方が、この状況はよ

くわかってるとおもうんだけどねぇ」

あえて挑発的に話していた。


「・・・キサマ・・・・・・いつからここにいた」

ゆっくりと右手を引き、ルナの髪の毛を離す。

「うっ」

小さな悲鳴とともに、ルナがどさっと落ちた。

「正確な時間は覚えてないけど・・・確か・・・・・・学校で言うとこの二時

間目が始まった辺りかな」

「そうじゃねぇ。俺がこいつに殴りかかる後だ」

少年がキョトンとして顔を上げた。

「へ?もしかして見えてなかった?ゆっくりと歩いてきたけど」


その場の全員が息を飲んだ。

眼帯の男も、小さく後ずさる。

ルナは身を起こし、少年の肩に右手を突いて咳き込んだ。

「ん?あぁ…えーっと、うそだよーん」

馬鹿にしたように、へらへらとした表情で言った。

もちろん、それは眼帯の男の逆鱗に触れた。

「・・・て、てぇんめぇーーーーーー!」

それ程開いていない間合いから、男が右足を振り上げた。

その靴先が少年に触れる前に、

「あんたさぁ、力の割りに速さが無いよね」


少年の声は後ろから聞こえてきた。ルナの姿も見当たらない。

頑丈に鍵を掛けた手錠だけがその場に転がっていた。

男が後ろを向く。

ルナをつれた状態で、少年がドアの上にある狭いスペースに

立っていた。

「それに、女の子一人にこんな大人数って・・・あんた達はどんだけ

サディストなんだよ」

全員が、身動き一つ取れないまま、ただただその少年の方を向い

ていた。


 少年が携帯を取り出す。

携帯といっても、メールや電話の出来るあの便利ツールではな

い。時計の形をしていて、言うなればトランシーバーに近いも

のだった。

それを耳にあて、その状態で下に見える人間達に満面の笑みを

見せた。





 タクシーはコロニー間の遊歩道を激走していた。

車内は女子高生達の声で溢れかえっていた。

「そういえば、今日は龍平君はどうしたんだい?七虹香ちゃん

はいるのに、龍平君がいないのは目面しいね」

二宮姉妹の叔父さんが、タクシーの料金メーターに細工をしな

がら助手席に座る華純に聞いた。

「あぁ、龍平なら今頃教室を隅々まで綺麗にしてますよ。なん

でも、同じクラスの女子生徒の手をぎゅーっと握り締めていた

のを、他の男子がセクハラと勘違いして先生に言ったらしくて」


後部座席に座る龍平もとい弓南が咳払いをする。

(つか、それってさっきの七虹香の事言ってんのか?)

心の中で小さく突っ込みを入れるが、もちろん通じない。

(しかも、どんな言い訳だよそれ。全くフォローになってない

し。それで信じるやつがどこに・・・・・・)

「ハハハ、龍平君らしいね」

叔父さんが笑いながらいった。

(えええ!ちょ、叔父さん!俺はそんな人間じゃないっす!)


龍平もとい弓南がバタバタと上下に手を振るが、何のジェスチ

ャーをしているか全く分からない一同は、とりあえず無視する

ことにした。

「そうそう。そこにいる・・・ええと・・・弓南ちゃんだったかな」

龍平もとい弓南が、驚いて顔を上げた。

「あ、は、はい」

まさか話しかけられるとは思っていなかったので、正直焦って

いた。

「華純ちゃん達とは仲がいいのかい?始めてみる顔だけど・・・・・・」

(あぁぁぁあぁぁぁ!ピンチ!やばい・・・どうしよう)

「・・・は、はい。華純・・・ちゃんはクラスでも人気者なんです。

だから、お・・・私みたいに友達になりたい人がいっぱいいるんっす

・・・ですよ」

たじたじな日本語で、ようやく話した。

「へぇ、そうなのかい?」

すかさず華純に標的が移った。


(ふ〜)

龍平もとい弓南が安心していると。

「・・・も、もちろんじゃないの!ねぇ、弓南ちゃん!」

華純が再度振ってきた。

(うおおおおい!やめてくれよ!)

「う・・・うん!」

(よし、ここで話しを振ろう・・・さて・・・・・・どうするか)

龍平もとい弓南の、学年トップの頭が高速回転していた。


「そ、そうだ・・・こ、この間なんて・・・あのコンビニで・・・」

そこまで言ったとき。助手席から華純が鋭い目線を送っている

ことに気づいた。

(ひっ!)

そのまま笑顔の華純が唱えるように言った。

「・・・弓南ちゃん・・・それって、何の話をしようとしているのかし

ら・・・」

怖かった。何よりも怖かった。

「・・・な・・・何って・・・あの肉まんの・・・・・・」

そのとき、龍平もとい弓南の携帯が鳴った。

取り出したそれは、携帯というよりはトランシーバーに近いも

のだった。

慌てて電話に出る。

「も、もしもし」

そこで、相手の声を聞いて、顔つきが険しくなった。

「・・・いや、間違ってはいない。合ってる・・・ちょ、きらないで!」


「・・・だから、違うんだって!合ってるんだって!」


「分かった分かった。後で証明するから!どこ行けばいいのか

って切るなー!おーい!」

何かと漫才のような、微妙な会話のキャッチボールを繰り返して

いた。


「・・・ふぃー」

やっと電話が終わり、龍平もとい弓南が電話を切った。

「・・・あの・・・」

叔父さんに話しかける。

「ん?ナンダイ?」

前を向いたまま、明るい声が返ってきた。

「ここからA‐220番地に行きたいんですけど・・・どうすれば・・・」

「ん?なんだ降りちゃうのかい・・・ざんねんだなぁ・・・」

本当に残念そうな声で叔父さんが言った。

『叔父さん!浮気しない!』

華純と七虹香が同時に叱った。


「・・・ごめんなさい・・・・・・A‐220番地なら、今まさに通ってるよ」

「あ、じゃあ、ここでいいです」

タクシーがゆっくりと止まった。

「ありがとう御座いました」

静かに下りた龍平もとい弓南がぺこりとお辞儀をした。

「いいっていいって。じゃあ、これからも華純ちゃん達と仲

良くしてやってくれよ」

「はい」

笑顔で言った。


「ちょ、ちょっとー。私たちの仕事はー?」

七虹香が愚痴混じりに言った。

「あとでー!」

そういい残して、龍平もとい弓南は走っていってしまった。




 「・・・あいつなのか・・・まぁいいや」

白髪の少年が電話を切った。

下を見ると、スーツの男たちが銃で狙っているのが見えた。


「・・・やっぱり危ないかもね・・・・・・」

少年が後ろを向く。

ルナが怯えた表情で座っていた。

前に向き直り、

「今は信じられないかもしれない。でも、君を保護することに

はなんら変わりはない。もし、逃げないと誓うなら、僕が絶対

に安全な場所へ君を送る・・・・・・いいかい」

ルナに向かってこう言った。

「・・・・・・」

ルナは無言のまま何も答えない。

視線すらも合わせようとしなかった。

「もう・・・・・・」

ルナが声を発する。

「もう・・・誰も信じたくないの・・・」

下に居るものたちは、何が起こるのかと静かに見ていた。


「・・・信じなくてもいい・・・知っといてくれ・・・・・・絶対に安全だから」

少年はそう言うと、ルナの頭に手を乗せた。

「逃げないでね・・・危ないから」

その言葉と同時に、ルナはその場から消えた。

同時に、マシンガンの集中砲火が少年に浴びせられた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ