彼女は歌わない
アンジュは8の歳に教会から洗礼を受け音の精霊の加護をもつと診断された。
彼女は音楽が好きだった。透き通った歌声は魔力が込められており、他の精霊たちをも楽しませ、喜ばせた。
そんな彼女は13になって第一王子の婚約者となった。
王妃は教育のためとアンジュに歌うことを禁じた。
それから彼女は歌うことと、笑うことをやめた。
優しい彼女を好きだった王子は、彼女の変化に戸惑い、事情も知ろうともせずに心を離した。
やがて学園で出会った男爵令嬢にこころ奪われたのだ。
同じく学園に通っていたアンジュは、15の卒業パーティーで王子に婚約破棄を言い渡された。
「お前のような愛想のない人形は国母になどなれない」
王子は吐き捨てるようにそう叫んだ。
アンジュは驚いたように瞳を見開いて、言った。
「破棄ということは、もう歌ってもかわないのですね?」
王子はなんのことかわからなかった。アンジュはそっか、もういいんだわ。と、嬉しそうに笑った。
王子はどきりとした。それは婚約者になる前、彼女を初めて見たときの笑顔だったから。
「アンジュ!やめなさい!!!!」
参観にきていた王妃が叫び声を上げる。
しかし、アンジュは顔を上げ口を開いた。
透き通る美しい歌声。精霊は歓喜した。
しかし、その紡がれる歌は美しい歌声に反し汚いものだった。
「あばずれの愛らしいミア、だれでも貴女は股を広げるの。騎士団長の息子のダンのイチモツが大きくてゆるくなるじゃないと叫んでいたわ でも心配いらないわ 貴女のその緩んだ股はオークのイチモツだって咥え込めるほどゆるゆるよ たくさん抱かれすぎて性病まみれ あの子に夢中のリオンお兄様もレオナルド王子もたくさん腰を振って性病まみれ 今だって薬がなければイチモツが痒くてしかたない」
水の精霊がそれに合わせてホールのステンドグラスに水のカーテンをひく。
それにある映像が映し出された。
そこには行為に及ぶ男爵令嬢の姿があった。
「水は真実を写す美しい鏡、ああ、ああ、楽しい、歌は楽しいわ、どんなに口汚い歌でも」
アンジュはそう言って子供のように笑った。
誰もがあっけに取られる中、男爵令嬢が叫んだ。
「いや!こんなのでたらめよ!!やめて!!!」
狂ったように叫ぶと、耳の飾りがバリンと割れた。
「ああ、魅了の耳飾りが壊れちゃった」
「呆気ないものだね。あのあばずれどうするかな?」
クスクスとアンジュの弟と妹である双子は笑った。
「レオ様!これはあの女が勝手に!!」
「・・・・・お前は、誰だ?」
魅了が解けたらしく王子はなにか汚いものを見る目で男爵令嬢を睨みつけた。
「王妃は汚物と嘘まみれ 私が怖くて悪魔と契約したの 私の歌を禁止して 今日も鞭を片手に教育という名の暴力 暴力 暴力 王子はそれを知らない 知ろうともしない ただの哀れな羊 今日も独りよがりで悲劇のヒーロー それならあばずれの羊とくっついても仕方がないわ」
アンジュは嬉しそうに歌を紡ぐ。
王子はそれに愕然とした。そんな事を思われているとは思わなかった。
なぜ言ってくれなかったのか。王子は混乱した。
途端、王妃が急に苦しみ始め、彼女の背中から黒ぐろとした煙が上がった。
そこから禍々しい悪魔が姿を表した。
「ああ、口汚い歌だったな。いい歌を聞いた。ごちそうさん。さて、くそばああ、アンジュが歌ったから契約はしまいだ。お前がアンジュの歌に驚異を感じて俺みたいな悪魔と契約しちまったんだからな。ああ、ついでに魅了のイヤリングをあのあばずれに渡したのはこいつだぜぇ。くくくっ!ああ、あと、契約の代償の若さも全部もらってくからな、じゃあなしわくちゃばああ」
言いたいことを言って悪魔は消えた。
悪魔が消えるのを見つめたアンジェはもう一度王子に向き直った。
「周りは気づいていたし、話もしていた、そんなに言葉がほしいの? 聞こうともしなかったのに? 貴方は私を人形と言ったけど 人の心をわかろうとしない貴方こそ人形じゃないの?」
アンジュは笑顔を消して、まっすぐ王子を見据え言った。
「昔から自分の事しか考えていない貴方を、私はずっと嫌いだったわ」
結果、婚約は破棄され、アンジュは領地へ双子と共に戻った。
悪魔と契約をした王妃は処刑され、男爵令嬢は北方の塔へ幽閉されることになった。
王子たちは魅了の力が強すぎたため記憶が混濁しており、療養することとなった。
こうして、アンジュは再び平穏を取り戻した。
「リオンお兄様と王子から謝罪の手紙が来たよ」
双子の弟はそう言ってひらひらと封筒をひらつかせた。
「そう、早く性病が治るといいですねと、返事を書かなきゃ」
双子の妹とテラスでお茶を飲んでいたアンジュがのんきに言った。
「それから第三王子のワグナスからも手紙が来てるよ」
「ワグナスもなかなかしつこいわ、お姉様は私達とずっとここにいるのに」
双子の妹は頬を膨らませた。
アンジュはそれを見て笑う。
「でも彼は魅了にかからずに私をかばってくれていたわ、無下にはできないし、そうね、こちらに婿入りするなら考えてもいいかも」
アンジュはそう言って、カップをソーサーに置き、歌を歌った。
「ああ、やっぱりお姉様の歌は素敵」
双子たちはうっとりしてアンジュに寄り添った。
それから、ワグナスは本当に王位をすて、アンジュの家に婿入りを申し込んできた。
「愛する君のうたを聴きながら一緒に薔薇や野菜を育てたい」
彼の渾身のプロポーズに、アンジュは笑ってそれを受けた。
こうして、アンジュは優しい夫と双子のかわいい弟妹と歌に囲まれ、末永く幸せにくらしましたとさ。