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六話 逆鱗

 遅かった、と自覚している。

 アベルが村に帰ってきた時点で、既に炎があたり一面を覆っていたことから、もはや事態が深刻であることは言うまでもない。死んだ者、負傷した者もいる。その状況下で、喜べる要因など一つもない。

 だが、それでもアベルは思う。

 何とか間に合った、と。


「……二人とも、大丈夫ですか」


 背中を向けながら、アベルは静かに声を投げかけた。

 その問いに対し、リッドは安堵と驚きが混じった声音で口を開く。


「ああ、俺たちは大丈夫だけど……」


 言われ、アベルは顔を少しだけ後ろに向け、視線を下げ、倒れふせる自らの父親を見る。


「親父殿……」

「ぶじ、だったか……まぁ、お前のことだから、大丈夫だとは、思っていたがな」

「すみません、私が遅れてしまってせいで……」

「気にするな……それよりも、二人を連れて、早くにげろ、あれは……ダメだ」


 オルトの言葉を聞きながら、アベルは目の前の男、否、怪物に視線を戻した。

 状況から、最早説明は不要である。


「ほう……一瞬で、あれだけのダークナイトを吹き飛ばすとは。何者だ、貴様」

「名を尋ねる時はまず自分からというのを知らないのですか……と言ってもこの状況では意味がないでしょうね」


 そんな常識めいたことが、この場で通用しないということは、この惨劇からアベルは重々承知していた。


「貴方があの妙な連中を引き連れてきた者とお見受けします。その上で、ひとつ訪ねたい……なぜ、このようなことをしでかした」

「ふん。言うまでもないことだろう、というのは些か説明不足か。貴様ら下等生物に一々教えてやる義理はないが、まぁいいだろう。答えは至って単純。ただの経験値稼ぎだ」

「……?」


 なんだそれは。

 アベルは目の前の男が言っている意味が分からなかった。経験値を稼ぐ、というのは一体全体どう言うことなのか。


「経験値稼ぎ……? それは、人を殺し、経験を重ねる、という意味合いか」

「半分正解で、半分はずれだ。我らは人やそれに属する者を殺すことで、経験値を稼ぐことができ、それによりレベルが上がり、ステータスを向上させる。そうすることで、より己の強さを高めることができるのだ」

「レベル? ステータス? 何を言っている」

「分からんのも無理はない。この世界には、レベルやステータスと言った概念が存在しないらしいからな。本当に不便かつ低次元な世界だ。弱者とはいえ、その点については同情する」


 一方的な会話だ。こちらが分からない言葉をあたかも当然かのように語っている。いや、そもそもこちらに説明するつもりなど一切ないのだろう。どちらかというと、独り言に近いのかもしれない。

 その事実を理解しつつも、アベルは言葉を続ける。


「……つまり、要約すると、貴方は自らの力を高めるために、このような虐殺をしていると」


 用語は理解できなかったが、しかし結局のところはそういうことなのだろう。強くなるために、自分達を殺している。それが、相手の目的だとアベルは判断した。

 しかし。


「自惚れるな。貴様らを殺した程度で、稼げる経験値などたかが知れている。故に、ダークナイト共のレベルを上げるために殺して回っているに過ぎん。まぁ、だとしても稼げる経験値など、微々たるものだろうがな」


 やれやれと言わんばかりに、首を横に振る。

 その態度に苛立ちを覚えながら、アベルは握り拳を作った。

 つまるところ、目の前の男にとって、自分達を殺す行為はそこまで重要ではないということ。いいや、重要じゃあないどころか、別にしてもしなくても構わないというような、その程度のものなのだろう。


「……なる程。貴方がたにとって、我々の命は取るに足らないと言いたいわけですか」

「当然だろう。貴様ら弱者の命と我らが対等だとでも言うつもりか? 笑えんな。虫唾が走る。むしろ、我らの、そして我らの主の糧になれるのだ。せめてもの慈悲に感謝しろ」


 その言葉に嘘は感じられず、その言葉に偽りは感じられない。

 結論、この男は、本気で言っているのだ。

 人間や魔族を殺すことで強くなれること。人間や魔族は自分達に殺されるためにいること。そして、殺してやることが慈悲だと思っていること。

 それは当然のことであり、常識。そんなこともわからないのかと言わんばかりな口調と態度。

 その全てをもってしてアベルは判断する。


 この男は、まごことなき自分の敵であり、滅しなければならない存在だと。


「リッド、レナ。親父殿を頼みます。私は少し……この男に用があるので」

「用があるのでって、アベル、お前……」

「よせっ、アベル……っ!! あの男は、お前が敵う相手では……」

「ええ。確かに。私では勝てないでしょうね。この、今の私では……しかし、それでも私はやらなければなりません。私には、その義務がある。」


 言いながら、アベルは思う。こんな事態になったのは、自分の怠慢であると。

 もしも、自分がもっと高度な防御魔法を使っていたらなら。

 もしも、自分が敵を即座に察知し、こんな事態になる前に対処できていたのなら。

 きっと誰も傷つかず、死ぬことは無かっただろう。

 だが、結果はこの有様。地獄のような光景が広がってしまっている。

 その責任を、アベルは取らなければならないだろう。

 たとえ、それが、自分がもうこの村にいられなくなることになったとしても。


「……親父殿。私は親父殿の息子として生まれてこれて、幸せでした。そして感謝してます。私達が見たかった、求めていた時代に生んでくれたことに。本当に、感謝してます」

「アベル、何を……」

「リッド、レナ。二人にもお礼を言わせてください。貴方達のような幼馴染と一緒にいれて、楽しかったですよ」

「アベル……?」

「お前、何言ってんだよ。変なこと言ってんじゃ……」


 乾いた笑みを浮かべながらそんなことを言ってくれるリッドに対し、アベルは笑みで返した。

 そして。


「【成化エヴォルド】」


 刹那、アベルの身体の周りにいくつもの魔法陣が浮かび上がる。

 そして、それらが光り輝くと同時に、アベルの身体は急激に大きくなっていった。否、正確に言うのなら、成長していったのだ。

 そして、見た目が二十を超えたところで、魔法陣は消え去った。


「貴様、一体……」


 男―――アイガイオンも、アベルの変化には驚きを隠せていなかった。

 だが、そんなことなどどうでもいいと言わんばかりに、アベルは成長した身体の調子を確認する。

 手も足も問題はない。若干、背丈が伸びたことにより、視界が高くなったが、それも問題はないだろう。

 そして何より、馴染んでいなかった膨大な魔力を、今完全に掌握することに成功している。


「取り敢えず、まずはこの炎を消しましょうか―――【浄雨クリアレイン】」


 きっかけは、その一言だった。

 アベルが呪文を口にした直後、天から一滴の雫が落ちる。そして、その一滴は徐々に増えていき、数秒で雨となって村に降り注いでいった。


「まさか……天候を操ったといのか。いや、それよりも、我が【デビルフレイム】が消えていくだと……!? ありえない、特級クラスの消滅魔法ですら消せないというのに……っ!?」


 特級クラス、消滅魔法。

 また、訳のわからない言語を使いながら、アイガイオンは天を仰いでいた。どうやら、この状況は彼にとって予想外の展開だったらしい。

 だが、そんなことなど、最早どうでもよかった。


「貴方がどこの誰で、何なのか。正直なところ、聞きたいことは多くあります。知らなければならないことも山程あります。しかし、今はそれらを敢えて棚上げにした上で言わせてもらいましょう」


 拳を作り、骨を鳴らしながら、アベルはアイガイオンを睨みつける。


「人間や魔族を舐めるのも大概にしするがいいデカブツ。その腐った頭に後悔という文字を叩き込んでさしあげますから、さっさとかかってきなさい」


 敵意と殺意。

 それらを織り交ぜた言葉を口にした次の瞬間、アベルの戦いは始まったのだった。

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