十六話 吸血鬼カミラ
※グロ注意
吸血鬼。
それは、かつてこの世界にも存在した、怪物達の総称だ。
驚異的な再生能力を持ち、不死身であると言われ続け、人の血を吸う化け物。それらもまた、全て魔王の手によって滅ぼされた。
それが今、目の前に現れ、戦うことになったのは、まさに何たる皮肉といえるだろうか。
「それっ!!」
言うと同時に、カミラの傍にいた人間たちから血が噴き出す。その血はまるで、生き物のように空中で蠢いていた。
そして次の瞬間、無数の針となって、アベルに急襲する。
「くっ……!?」
襲い掛かる血の針。それは壁や床に突き刺さっていく。
アベルはそれらを回避するだけで、反撃する気配はない。
その有様を見て、カミラは笑みを浮かべ続ける。
「あははっ!! 弱い弱いっ!! 貴方、本当にあのアイガイオンを倒したのっ? その程度で? その実力で?」
本当に、おかしな話だ、と吸血鬼は思う。
戦いが始まって、既に十分は経過しようとしている。二人は教会から外に出て、街中で戦っている状態。
アベルが言ったように、この街はカミラが作ったもの。ゆえに、この街のどこにいても、カミラの手中といっても過言ではない。
圧倒的な条件、有利すぎる状況。
これらから、カミラに形勢が傾くのは当然の結果と言えるだろう。
しかし、それでも若干の違和感というものを感じてしまう。
目の前の男は、少なくともこの街に張っていた魔術に引っかからなかった。それだけの細心の注意を払いながら、カミラの前までやってきたのだ。加えて、アイガイオンのことを知っていた。それらから考えられることは、少なくともアベルはそれなりの実力を持っている、ということだ。
だが、実際はこの有様だ。
カミラの単純な攻撃に右往左往しながら、逃げ続けるばかり。反撃する様子は全くなく、歯ごたえがなさすぎる。
何か企んでいるのか……そんな疑問も確かに頭によぎったが、それもカミラが見た限り、ないと判断した。
結論。
この男が強いと思ったのは、カミラの勘違いであり、全く無意味な考察だった。
「本当、口ばかりの男ね。さっきまでの威勢はどこへ行ったの? ほら、わたしを消し炭にするんでしょう? 殺すんでしょう? だったら反撃の一つもやってみてはどう? あはははははっ!!」
血の攻撃は続いていく。その形を剣に、槍に、斧に変化しながら、アベルに一方的な攻撃が放たれていく。
圧倒的な力の差。
絶対的な力の差。
絶望的な力の差。
力、力、力……そうだ。これが正しい在り方。これが当然の光景なのだ。
自分たちはいつも人間をこうやって殺してきた。超られることのない、力という力で人間たちを滅ぼしてきたのだ。それは、この世界でも同じこと。
人間は自分たちの糧になる存在。それが彼らの喜びであり、運命であり、仕事。そんな、ちっぽけな、本当に哀れな存在なのだ。
そのはずだ。そのはずなのだ。
だからこそ、彼女は思う。やはり、先ほど、自分が感じた感情は間違っていると。
この世界の人ごときに、吸血鬼であるカミラが、■■と思うわけがない。
などと思っていると、既に決着が付きそうな状況になっていた。
「どうやらここまでのようね」
路地裏に逃げたアベルだったが、その奥は行き止まりとなっており、それを追い込むかのような形で、カミラは彼に迫っていた。
「もう逃げ場はないようですね。まぁ、わたしもいい加減あなたとの追いかけっこも飽きてきたところなので、丁度いいといえば、丁度いいといえるのでしょうけど」
カミラの口調には、どこか呆れた、というより明らかに期待外れといった気持ちが表れていた。
「あなたがアイガイオンを倒した、というのはわたしの早とちりだったみたいですわね。けれど、アイガイオンのことを知っていたのは事実。だとするのなら、あなたはアイガイオンを倒した者を知っている、ということなのでしょう。その点について詳しく話を聞きたいところですが……まぁ、それはあなたを殺した後で、ゆっくり聞きましょう」
カミラの能力を使えば、殺した相手を無理やり改造し、自分の僕にすることができる。そして、その頭の中を覗くことも可能だ。そこから、アイガイオンを倒した本当の相手を探ることができるのだ。
結果、目の前の男をこれ以上生かしておく理由はどこにもなかった。
「では、さようなら。名前も知らない、どこかの誰かさん」
刹那、アベルの足元から出現した無数の血の刃が、彼を貫いていった。
腕を、脚を、胴体を、そして頭すらも串刺し状態になったアベル。
それは、誰がどう見たところで、助かるはずがないと理解でき、死んでしまったと分かってしまう。
無論、殺した本人であるカミラなら、尚のこと。
だからこそ。
『―――ようやく、殺してくれましたか』
その奇妙な声がしたとたん、彼女は違和感を感じた。
今のは確かにアベルの声。それは間違いない。だが、そのアベルはカミラの目の前で串刺しになっており、既に死んでいる。動いている様子は一切なく、指先一つ微動だにしていない。殺した手ごたえも、確かにあった。
聞き間違えか……そんな考えが浮かんだのは、彼女自身がそう思いたかったから、というのが強いかもしれない。
ゆえに。
『おや、無視とは聊か失礼ではないでしょうか。こちらがこうして話しかけているというのに』
その声によって、彼女は理解する。
今の声は、気のせいではないと。
「っ!? どこに隠れているのっ!? いいえ、そもそも、あなたには隠れる機会なんてなかったはずなのに……っ!?」
『隠れている? ああ、これはこれは。失礼しました。確かに、姿が見えなければ、隠れていると思われても仕方ないですね。しかし、こちらとしては、隠れているつもりは毛頭ないのですが』
「何を、わけの分からないことを……!! さっさと姿を見せなさいっ!!」
『姿を見せるもなにも―――』
次の瞬間。
カミラの右腕が一人でに動き出したかと思うと、一瞬のうちにその姿を変える。腕という形ではないなにかに変化していき、そして……。
「ほら、ここにいるじゃないですか」
自らの腕がアベルの上半身に変化したと同時。
カミラは背中に怖気を感じつつも、即座に自らの右腕を切り落とした。
「っ……何が、いったい、どうなって……!?」
『おやおや。自分の腕を切り落とすとは、流石は吸血鬼、といったところですかね』
再び聞こえるアベルの声。だが、それは目の前の切り落とした腕からでもなく、串刺しにしたアベルの身体からでもない。
自分の左足からまるで生え出てきたかのようなアベルの頭から発せられたものだった。
「っ!?」
カミラはこれもまた、即座にアベルの顔ごと自らの足を切り落とし、後ろへと下がる。
カミラはレベル90を超えるステータスの持ち主だ。しかし、だからといって、痛みを全く感じない、というわけではない。それが腕や足となれば、当然のこと。
しかし、だ。目の前で起こっている現象のせいで、痛みよりも疑問という名の恐怖のほうが、彼女の方では勝っていた。
「これは、一体……なん、なの……?」
自分の身体から生え出てきたアベル。その異様な光景に、吸血鬼であるカミラは、震えていた。
ありえない状況。ありえない現象。
それが目の前で起こっていたせいで、混乱していたのだろう。
だが、そのせいで、彼女はあることに気づくのが遅れた。
それは、自分が千切った右腕と左足について。
「どうして……再生しないの……?」
吸血鬼は再生にも特化した怪物だ。それが腕だろうが、脚だろうが関係ない。痛みは伴うものの、その程度の損傷はなんのこともない。
だというのに、その傷は一向に治る気配がなかった。
いや、それ以前に、だ。
自分の身体が動かないことに、彼女は今更ながら気づいたのだった。
「身体が、動かない……?」
『ええ、今、貴方の身体の動きを止めさせてもらいました』
刹那、再びどこかから声がした。
などと思っていると、今度はカミラの肩からアベルの頭が歪な状態で出現してくる。
「貴方にこれ以上、自由はありません。何もさせません。これから貴方には、ゆっくりと地獄を味わってもらいますから」
「地獄、ですって……?」
「ええ。貴女がこの街の人にしたことへの報復……というわけではありませんが、それ相応の罰は受けてもらうつもりです。それは、一度の死では無論足りない。ただ殺し続けるだけでは、貴女には軽すぎる。因果応報、という言葉があるように、貴女にふさわしい応報をさせてもらうつもりです。まぁ、そのための準備に少々時間がかかりましたがね」
時間がかかった。
そして、先ほどのようやく殺してくれましたか、という言葉。
その言葉に、カミラはある予想を立てた。
「まさか、あなた……そのために、わざと逃げ続けて……でも、おかしいわ。そんな仕草、一度もしていなかったのに……!?」
「相手に気取られることなく、魔法を仕掛ける……これくらい、魔法を使う者としては常識です。ああ、貴方がたが使うのは魔術でしたか。まぁ、その点の細かいところは置いておきましょう」
などと言っていると、今度は反対側の肩からアベルの顔が出てくる。
「さて。先ほども言いましたが、貴女には少々地獄を味わってもらいましょう」
「ふ……ふふふ。地獄? 地獄ですって? このわたしに、どうやって地獄を味わせてくれるというのかしら?」
カミラは吸血鬼。再生能力を持つ、不死の存在。そんな彼女にはどんな痛みも苦痛も意味を成さない。人間ではない彼女に、人間の拷問方法が通用するわけがないのだから。
……少なくとも、この時の彼女は、そう考えていた。
「その点は安心してください。昔、貴女のような不死に近い者たちを拷問したことなど、いくらでもあります。だからこそ、貴女には普通の痛みは意味がないのも存じていますよ」
しかし。
「生憎と、わたしが今から行うのは、普通のやり方ではないので。そう。例えば―――全身を虫に梶られるようにするとか」
その言葉と同時、カミラの全身に奇妙な虫が次々と出現していく。彼女は知らないだろうが、それらはすべて肉食の虫。そして、カミラは怪物であっても、肉を持つ存在。
そんな彼女に肉食の虫が纏わりついたらどうなるのか。
その答えは。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
絶叫が、響き渡る。
無数の虫という虫が、カミラの身体を食い散らかしていく。
その痛みは言うまでもなく、その恐怖には言葉がない。
だがしかし、カミラはこの状況において、一切動くことはできなかった。
だからこそ、彼女は虫に食われ続けるしかない。そして、カミラは吸血鬼であり、再生能力を持っている。ゆえに、すぐに死ぬことはなく、虫に食べられ続けるという苦痛を味わう他なかった。
「が、あぁぁぁっぁっ!! な、んで……腕と、脚は……再生しないの……!?」
虫に食べられている部分は再生していっている。だが、最初にカミラが切り捨てた腕と足は一向に治る気配はなかった。ゆえに、その傷口にすら虫らは集り、食い漁っていく。
すでに、虫に覆われたカミラに視界は存在していない。
そんなカミラに対し、どこからか、アベルが言葉をかける。
『どうです? 貴女がこの街の人々に行った悪行に対しては、聊か小さな応報ですが』
「あっ、が、っ、ああああああああっ!?」
『しかし、安心してください。この程度で、貴女への地獄は、終わることはないのですから』
この程度で終わるわけがない。
この程度で終わらせるわけがない。
カミラという吸血鬼が犯した罪は、それだけに大きい。
何度も言うが、アベルはこの街の人間ではない。もしかすれば、お前が街の人たちに代わって彼女に地獄味合わせるのは筋違いだという輩もいるかもしれない。
だが、そんなことは関係がない。そう、関係がないのだ。
これは、ただ単に、アベルという一人の男が、憤慨した上で行っていることなのだから。
『さぁ―――地獄を続けましょうか』
その言葉と共に、カミラの意識は暗闇に落ちていったのだった。
また遅くなって申し訳ありません!!
盆前の仕事ラッシュが始まったので、更新は二、三日に一回になっていきそうです……。
それでも頑張っていきますので、何卒よろしくお願いいたします!!




