プロローグ
…なんだか書きたくなったんだよ、仕方ないだろ!?
生まれは騎士の家系だった。
故に俺は騎士としての英才教育を施され人並み以上の礼儀作法と剣技、盾、甲冑術を身につけた。
いや、身につけさせられたと言うべきか?だが、それは忌むべきことでもなければむしろ誇るべきことだ。貴族ではないしあくまで騎士と言う家ではあったが人並み以上の、大凡平民と呼べる無辜の民とは違う経験を積ませてもらえたのだ。感謝こそあれど忌避感はない、大陸共通語に隣国の言語二種類、亜人言語などの教養は平民では間違いなく手に入れられなかったであろうし、金属鎧の着込み方や剣技などをきちんとした訓練と師と仰ぐ人物によって教えられたのだ。間違いなく恵まれている。
そう、俺は間違いなく幸せだった。
長男次男とともに国に使える騎士となり、妹は貴族の第二夫人に、三男である俺は熱心に育てられたもののやはり三男ということでそのうちこの家を出ることを決められていたがそれは追放ではなく。子供を一人くらい自由に遊ばせられると言うアピールでもあり、両親の優しさでもあった。
父は厳格で武技に愛されており、剣技に優れ弓技は甲冑の上から敵兵を吹き飛ばし、槍を持てば無双とも言われたほどの騎士だった。
既に全盛期ほどの力は失ったと口角を上げながら笑うが剣技に優れた長兄を剣技で一蹴したり、弓技に優れる次兄を上回る弓の冴えを見せたりと未だ衰えを知らない。
長兄と次兄は知らないが実は魚釣りが趣味で三男坊である俺はよく連れまわされた。
「お前は将来騎士にはなれんだろうが、この世界は力と知恵を持たぬものに厳しい、たっぷりと仕込んでやる。」
そう言って彼は騎士の技術と並行して戦士としての生き残る術やお世辞にも流麗ではない生きるための剣技や槍技を教えてくれた。
母は父が騎士として身を立てる前から結婚を約束していたらしい、下級騎士としてこの国に仕え始めた時から父を支え、時に励ましてきた。
父が老けても彼女はいつも若々しく。四人の子供がいるとは思えないほどである。
そんな彼女の特技は薬草の調合、そして魔法だった。
彼女は父と出会ったのは王立学院と言う長兄や次兄が通った騎士としての心構えや武技を叩き込んでくる騎士科、魔力を持ち、魔法を操る才覚を持った者をしたは平民から上は王族までを一緒くたにして薬学や錬金術、魔法学を叩き込む魔法科の二つを持った学院だ。
そこで母は魔法と薬学を修め父は卒業時見事下級騎士を叙勲した。
母は三男である俺が最も多く魔力を保有し魔法の才覚を持っていたのを喜んだ。
なにせ長兄と次兄は騎士となるのが生まれたときからほぼほぼ決まっていたようなものだ。自由な時間はあれど魔法を教えているような時間的余裕はない。
俺は彼女から魔法と薬草の知識を授かった。
「貴方は騎士としての才覚も、魔法使いとしての才覚もある。何処かきちんとした職を見つけられるといいのだけれど…」
いつも彼女はそう言って俺の将来を心配してくれた。そして将来役に立つかもしれないと魔法と薬草の知識だけでなく家事や料理、算術なんかも教えてくれた。
生まれた頃よりはっきりとした意識と何処か学ぶ事に積極的な、いや何処か学ばなければならないという意識にかられて幼い頃より父と母をはじめとした多くの人から多くを学んだ。
全てを身につけられたかと言われると微妙だが、剣技や弓技、槍に盾は及第点を、魔法に関しては母から教えられることはもうないと言われた。
いや、正直に言おう。
俺は転生者だ。
そして今は…復讐者だ。
それは突然やってきた。空が赤く燃え上がり、強固な王国の壁は焼き飛ばされ、王城には風穴が空いた。
「ドラゴンだ!」
見張りの衛士が二言目を放つ前に城門は吹き飛ばされた。そこから先はよく覚えていない、爆音と熱、破壊の嵐、一瞬で焼かれていく生まれ故郷、俺はそんな中父の教えを守り身を低くして地を這うようにして水に濡れた布をかぶって、無様だがそれ故に効果的な方法で炎と熱から身を守った。
騎士たちの怒号や宮廷魔法師団による詠唱が響き、爆音と閃光は昼夜問わず続き、ドラゴンと呼ばれた化け物の息絶えたような音はせず。破壊と暴虐に抗う人間の音が響く。
気がつけば俺は生き残っていた。
とっさに母と自分を守った俺は家屋の隙間に魔法による障壁を持って潰されることなく埋まり、水に濡れた布と低姿勢は化け物の視界と探知を凌ぎ切った。
「あ、アレン。」
「母さん、落ち着いて。まだ他に生きている人がいるかもしれない、探してみよう。」
重要な物は魔法使いである母も半人前の俺も空間収納に入れていた。俺は十二の誕生日に父がくれた王国騎士団のマントを外套に加工したものと鍛錬用の頑丈な剣を身につけ、自身に鎮静の魔法をかける。
母も杖を持ち泥だらけの服を魔法によって清めて自分に鎮静の魔法をかけた。
「ええ、ええ、大丈夫よ。大丈夫。」
俺は母を連れて瓦礫と炎の荒野となった王国を消火しながら回った。
雨が降る中、大量の焼け焦げた死体と融解した金属の匂いの中金色に輝く結界が守る無傷の教会に居た怯えきった神官と怪我人のために薬や清潔な布などを用意するように言いながら忙しく駆け回る神父、怪我人を癒す治癒の魔法を使う修道女達に憔悴した母を預け自分もまだ息のある人間を見つけては魔法と薬で癒しながら教会に運んだ。
昼夜問わず争った騎士や魔法使いたちの犠牲を少しでも意味あるものにするために…道端に転がっていた長兄と次兄、そして父が守ろうとした民を一人でも多く救うために多いとは言っても人並みの魔力と騎士としてそして父に生き残る術として練り上げられた体力で重機のように瓦礫を退けて、まだ死んでいない人間を見つけては教会に運んだ。
地獄があった。
子を守ろうと自分を壁にしたものの丸ごと焼かれた親子があった。
地獄があった。
かろうじて人型だとわかる程度にしか残っていない甲冑がその背に守っていたのは王冠を被った灰だった。
地獄があった。
まるでドリルで穴を開けたように完璧に風穴が空いた王城でレンガの下に埋まった女王があった。
地獄があった。
地獄があった。
地獄があった。
気がつけば…自分も教会の一室で倒れていた。
修道女と神父に感謝された。
多くの怪我人が救えたと、救った中には王女と王太子がいたのだと、この国はまだ終わっていないのだと言われた。
片腕を灰にされながら盾を構えて口で剣をくわえながら這いつくばっていた男は騎士団長だった。
今にも崩れそうな王城の地下で気絶していたのは王女と王太子だった。
類稀なる魔力で命は助かったが何も守れなかった宮廷魔道士がいた。
俺は感謝を受け取りながら装備を着込んでもう一度外に出た。いつも通りの朝日があまりにも変わり果てた国を照らす。
俺はそこでようやく涙が出た。涙したまままだ何も手をつけていなかった場所に向かいできるだけ多くを救い、まだ使えそうな物資を回収し、そしてまた人を運んだ。
父と釣りをした市街の川は蒸発していた。
母と買い物に行った商店は瓦礫となっていた。
思い出の場所が、笑顔があった幸せな場所が灰と瓦礫の山になっている。
ただひたすらに駆け回って、ボロボロになりながらがむしゃらに魔法を使い、足を動かし、瓦礫をどかし、物資を集め、人を運んでいると元は王都の玄関であった場所になにやら人が、友好国であった隣国の言葉が聞こえてきた。
その先頭には妹と妹の婚約者である貴族の青年がいた。
「お兄様?」
「義兄さん?」
彼らは俺を見つけると馬に乗ったまま駆けてきた。彼女達は隣国に留学していたらしく。俺もそれを知っていたため生きてはいるのだろうと思っていたがまさか私兵団と馬車を連れてここに帰ってくるとは思わなかった。
俺が教会の場所を教えると彼女達は駆けていった。
俺はそれを見ながら漸くこの地獄が終わるのだと思った。
そして同時にこの国はもう終わったのだとも思った。
王立騎士団の煤けた旗を引き抜き、倒れた騎士達に聖水と塩を駆けて清め、弔った。
肉の体は残っておらず焼け飛んだ灰と溶けた鎧が残るのみ、彼らには悪いが鎧は金属資源として残った勲章や貴族や騎士の紋様の部分を残して鍋や釜、槍などになってもらった。
そして葬いが終わり冷静になり、その後に残ったのはあの竜への怒りだった。
「アレンお兄様…復讐なんて誰も…」
「ああ、望んでいないだろうな。」
「そうよアレン、貴方まであの人のように死んでしまったら!」
馬車に乗せられた人々の顔は少し暗いが多くは無傷の子供や少しやけどがあったくらいのもの達だ。俺が回収してきた四割はもうか細い呼吸しかできないような死に損ないばかりだった。
もはやこの国だった場所に残った戦力と言えるものは元騎士団長と元宮廷魔導師だけである。
王子と王女とが心配じゃないかとか、死にに行くようなものだとか、色々言われたが…俺の心は決まっている。
「俺は、きっとこのままそっちにいってもやり場のない怒りを何処か向けてはいけない場所に向けてしまうだろう。だからそっちには行けない、竜を追いかけるかはわからないが、少なくとも頭が冷えるまでは此処にいる。」
つまるところ、この今にも爆発しそうな怒りを、向けるべき相手を間違えないために、時間が欲しいのだ。
「…わかった。この紹介状と…貴族紋のついた短剣を渡しておくわ。冷静になれたら…こっちに来て。」
「わかった。ありがとう。」
幸いだったのは戦乱が長く起こっていなかった為に隣国との関係は良好で、六十人余りのこの難民を受け入れてくれる程度には安定していた上に、妹の嫁いだ先はこの王国と隣国両方に分家を持つ商家上がりの貴族だった為に母と妹は苦労しないだろうということだ。
もし頼れるものがないなら俺はきっと彼女達のために何処かに働きに出るしかなかっただろう。
今日の寝床はとりあえず教会だ。シスターも神父ももういないが結界だけは残っている。教会そのものが魔道具のため持ち運べないのが玉に瑕らしいが…
俺にはそんな思考をする余裕もなくただただ波のように打ち付けてくる喪失感と悲しみ、そして怒りを発露させ誰もいなくなったこの教会で少し、涙を流した。
そんな時だった。俺が激情のままに振り下ろした拳がこの教会にあった隠し戸のスイッチを押し込みそれをを開けたのだ。
そして、そこには俺が向けるべき怒りの矛先を示す真実があった。
…この勢いを維持できるかどうか…