忌み子
先ず手始めに、三話を投稿します。
僻地の森深くにある、小さな小さな集落に双子が産まれた。
それを見た人々は驚愕する。
一人は、赤子特有の丸みはあるが、金髪で可愛らしい男の子。
一人は、片割れよりも一回りも二回りも大きく、ブクブクとした体に、紅葉の様に小さな手や足は、その肉の塊に埋もれていた。
まだそれだけなら良かったのだ。
その集落には、古くから言い伝えられ、信じられてきた迷信があった。
黒は凶兆ーー。
故に、黒猫やカラスなどはその集落では忌諱とされてきた。
そして、双子の片割れの髪は…………純黒であった。
この世界の人々の髪は、とてもカラフルだ。
中には染めてる者も居るかもしれないが、それがなくても、実に様々な色をしている。
しかし、それであっても、『黒髪』と言う者は皆無に等しかった。
もしかしたら、探せば居たかもしれないが、少なくとも滅多にお目にかかれる代物ではないのは確かである。
黒に近い者は居たが……。
そして、産まれた場所が最悪だった。
他の土地では知らないが、この集落では、『黒』は受け入れ難きもの。
当然、村人達はその赤子を忌み嫌う。
まるで追い打ちをかける様に、赤子の目が開かれた時、更に人々は雷に打たれた様な衝撃を受けた。
何故なら、その瞳の色もまた…………『黒』だったのだ。
赤子は、常に空腹で泣いていた。
お乳も碌に与えられなかったからだ。
だと言うのに、赤子は痩せ細る所か、ブクブクと太った健康そのものだった。
それが、村人達の目には奇々怪々で、余計薄気味悪かった。
赤子の片割れは、明るく人懐っこいイケメン。
それに反して、赤子は無口で無愛想で醜い。
それも返って、村人達の心証を悪くしていたのかもしれない。
『悪魔』『呪われた子供』などと、心無い言葉を浴びせられながらも、それでも赤子は幼子へと成長していく。
村人達により処分されなかったのは、それはもしかしたら、赤子を手にかけるのは偲びなかったのか、せめてもの温情からだったのか……今となってはもう分からない。
しかし、それもとうとう終わりを告げようとしていた。
双子五歳ーー。
その日は、珍しく親子四人で出掛けた。
山菜採りと言っていたが、それにしても村から離れ過ぎている気がする。
外の世界は、魔物や盗賊など危険が一杯だ。
大体の人は、多少は自衛が出来るが、それでも限界はある。
なので、よっぽどの事が無い限り、村人は集落の近辺から離れたりはしない。
だからなのか。幼子は何となく予感めいたものがあった。
これから何が起こるのかを…………。
親子四人は、山の斜面を歩いていた。
左手には崖。
誰一人、一言も口をきかず、ただ黙々と山を登る。
いつもと様子の違う両親に、双子の片割れも、流石に不審がる。
両親の顔を、交互にキョロキョロ見比べる。
そんな中、どれ位登っただろうか。
唐突に、幼子の背中に、トンと軽い衝撃が伝った。
次の瞬間、幼子は崖の上を転がっていた。
視界の端に見えたのは、一瞬驚いた顔をした自身の片割れと、無感情の瞳で自分を見下ろす二対の瞳ーー両親だった。
崖は、それ程高くはなかったが、まだ幼子である彼の者が登るには、些か無理がある高さだった。
すぐに、背中に強い衝撃が走り、肺に圧迫感が生じ、幼子は小さく「うっ!」と呻き、顔を顰める。
「ねえねえ、ママ。あいつは?」
自身の片割れが、母親の袖を引っ張って聞いた。
「いい?ケーマちゃん。アナタは今日から一人っ子になるの。兄弟なんて居なかった。分かった?」
母親だった女は、優しい声音で自身の片割れに言い聞かせる様に言った。
「うん!分かった!」
自身の片割れは、考える素振りも見せずに、それをすんなり受け入れ、笑顔で頷く。
「わはは!ケーマは本当にいい子だな!さて、帰るか!」
そんな物分りの良い、唯一の息子の頭を撫でながら、父親だった男は満足そうに笑う。
そんな光景を、何の感慨も無く昏い瞳で見詰める幼子。
幼子には名前が無い。
もしかしたらあったかもしれないが、一度も呼ばれた事もないので、それを知る由もなかった。
男の一言に二人も頷き、来た道を戻っていく。
そんな三人の後ろ姿を、幼子は黙って視線だけで見送った。
三人は、誰一人として幼子を振り返る事もなかった。
高かった日はすっかり沈み、夜の帳が森を覆う。
何処からともなく、鳥の「ホー、ホー」と言う鳴き声が聞こえる。
それでも、幼子はその場から微動だにしなかった。
決して動けないわけではない。無理をすれば動けただろう。
それでも、幼子は動かなかった。
この時、幼子が何を思い、何を感じていたのか…………幼子自身も分からない。
憎い?悲しい?いや、違う。
逆に何も感じなかったのだ。
あの三人にも、村人にも、幼子は何も思いを抱く事はなかった。
それは『無関心』ーー。
そう、一言で表すなら、この言葉がしっくりくるだろう。
程なくして、ポツリポツリと何かが頬を伝う。
それは一気に激しさを増した。
山の天気は変わりやすい。
それは恰も、泣けない幼子の代わりに、天が泣いてる様に感じ……。
幼子は、ゆっくりと瞼を閉じた。
自らの死を受け入れる様に。
ガサりーー。
何かが草むらを掻き分ける音がした。
次に、ジャリジャリと、何かが土を踏み締め、幼子に近付いてくる音。
魔物か?
幼子はそう思ったが、最早瞼を開けて確認する気力さえ残っていない。
そこで、幼子は意識を手放したのだった。
ここまで読んで下さり有難うございますm(_ _)m
なるべく楽しんで貰える様に、日々精進していきたいと思います。