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12月の破綻

「集まったもんだなぁ」


 体育館の上方に設置されている、窓の開閉などに使われる通路。そこからフロアを見渡せば、大きいのや小さいのやら結構な人数が居るのが分る。


「暑いくらい人がいるな。っと、失礼」


 後ろの女子生徒に気付いていなかったらしい。下がった時にぶつかりかけたのを謝っている。フロア程ではないが、通路にも二、三十人の生徒がおり、更に二階通路を使って校舎から来る生徒の姿が見える。


 十一月も終わりに近づく現在。風紀委員、ようは武道系の生徒と、それ以外の生徒との間にある溝は修復しようが無いほどに広がっていた。今月初めに起こったサッカー部のグラウンド使用停止。これを皮切りにして、軋轢が一気に表面化したのだ。それは風紀委員が武装したときから溜まっていた不満が、明確な反抗へと変わった契機だったのだろう。


 当初こそ歓迎する向きも多かったが、長きに渡る習慣がそう簡単に変わる訳も無く、風紀委員の前でのみ取り繕う者などまだ上等で、大抵の場合は不必要な罵倒を風紀委員に浴びせかけるのだった。


 その流れの中、罰を意識させる為の武装はある意味で必然的な帰結である、という錯覚をしたであろう事は想像に難くない。だが中途半端な恐怖は、却って敵意や反抗心を意識させるのみだ。


 そしてサッカー部のグラウンド使用停止。それだけなら、或いはここまで反感が広がることは無かったかもしれない。しかし、サッカー部が使っていないグラウンドを武道系が使用してしまったのは決定的だった。


 無論、単純な手続きの上での決定だと主張できただろうし、事実していた。しかし大多数の生徒はこう考えてしまったのだ、結局のところ風紀委員は武道系でしかない、と。実際、グラウンドを真っ先に使用できたのは、風紀委員から情報が伝わった為だろう。


 ここにおいて、風紀委員は自らが掲げる『正義』を喪ってしまったのだ。彼らを哀れむのなら、『正義』とは自らが標榜するのではなく、周囲がそれを認めるか、もしくは周囲に認めさせるかのどちらかしかないという事実を知らなかったことだろう。


 『正義』、または『信頼』。それを喪った彼らは単なる暴力に過ぎず、むしろ彼らこそが校内の秩序を乱す『敵』と化したのだ。


 そんな空気を感じたのか、風紀委員はより強硬になった。見境がなくなり、些細なことから他の生徒を高圧的に注意する。反発する生徒も多く、乱闘騒ぎも一日に一件近く起こる異常事態となったが、処罰の対象に風紀委員が含まれることは無く、それが更なる反発をよんだ。


 教師による抑制は意味をなさなかった。元々、教師に対する信頼が無かったからこそ引き起こされた事態なのだから当然だろう。


 風紀委員以外の生徒は『自衛』を目的として結束するようになったが、おおよそ『自衛』を目的に結集した集団がそれだけに終始したことは少ない。否、『自衛』を追究するならば敵を先んじて抹殺することに到達する。


 そして個人の狂気、殺意は容易に集団に伝染し、増幅された形で個人に還元される。


 風紀委員もただ手を拱いていた訳ではない。


 個々人の戦闘力については、他の生徒を凌駕している。更に自分達に協力的な生徒、詰まる所は武道系の生徒、も協力者として数の増強に努めた。


 リンチこそまだ起こっていないが、飽くまでまだ、である。そう遠くない内に起こる予感は双方が共有している。


 しかも恐ろしいことに自分達が、ではなく、相手が起こすことを、である。ここまで来てしまっては対話は不可能。最低限必要な信用すら相手に抱いていない。


「これは内戦状態と呼ぶべきだろう。……面白すぎる」


「何か言ったか? 最後が良く聞き取れなかったけれど」


「いや、独り言だ。気にしないでくれ」


 どうせ聞こえないだろうと思って口に出していたが、届いていたらしい。気を付けなければな。


「しかし騒がしい。どれだけ居るんだか」


「風紀委員に反発している生徒も多いし、それに臨時生徒総会の開催要求は三分の一の生徒の署名が必要だっていうからな。その三分の一がいきなり集まるとは思えないけど、それに近い数は集まる目算がなければ、こんな集会を開こうとは考えないんじゃないか、前の副会長も」


「そうだろうな」


 相槌を打ちながら、改めて体育館を見渡す。やはり、運動系の部活の生徒が多い。


 この集会の主催者は、前副生徒会長にしてサッカー部元部長。目的は臨時生徒総会を開催できる人数分の署名を集めること。多少なりとも考えたらしく、校則にある臨時生徒総会を開くことによって、風紀委員会の活動に終止符を打つか、歯止めを掛けるかする腹積もりらしい。


「これで風紀委員の活動も少しは収まるかな」


 半信半疑の声。疑の方がやや優勢か。やはり今の状況を考えると生徒総会程度で収まるとは思っていないらしい。


「少なくとも、圧力にはなるだろう。反対する生徒が多ければ、考え直すぐらいはするかも知れないからな。ま、希望的観測だが」


「そんなものかな」


「そんなものだよ。でなきゃ、わざわざこんな集会に参加しようとは思わないだろう?」


 納得する級友に対し、俺は自分の台詞をほとんど信用していなかった。


 今の言葉の中で真実そう考えられるのは、希望的観測の部分だけだ。おそらく前副会長もこれが有効な手段とは考えていないだろう。


 これは最後通牒なのだ。本当に臨時生徒総会が開かれれば、風紀委員会は解体される。その程度の憎悪を奴らは向けられている。その後当然として復讐が始まる。反抗できない敵は、敵ではなく玩具でしかない。


 しかし、そんなことは風紀委員会側も理解している。前生徒会長やその側近は生徒の決定として受入れるかもしれないが、下っ端は怯えて生徒総会の開催の阻止、即ちこの集会の邪魔をしようとするだろう。


 敢えてこんな目立つ形で集会をする目的はそれを誘発するためとしか考えられない。本当に解体してしまっては教師も警戒して、表立った復讐が出来なくなってしまう。


 舞台なのだ、これは。理想を目指す者と穏やかな今を求める者の争いなどという上等な代物ではない。被害者面した加害者が互いを痛めつける為の餌場なのだ。


「実にイカれている。だが―――」


 何故、そこまで理解して俺はこの場に現われたか。


 見たいからだ。


 面白そうだからだ。


 愉快だからだ。


 それ以上、理由が必要だろうか?


 く、

 く、

 く、


 細かく身体が震える。奥底から喜悦が浮かぶ。血が沸き立ち、口角が吊り上る。


 イカれている。イカれている。イカれている。


「何よりも俺自身が」


 それがまた、極めつけの愉悦となる。


 隣から怪訝そうな視線が向けられていることは気付いているが、無視する。


「っと。ようやく始まるみたいだな」


 眼下の人込みの中から、一人の生徒がステージへと登る。見覚えのある姿。前副生徒会長だ。マイクを持っていないところを見ると地声で話すのか。


「生徒の皆さん! よく集まってくれました! 私は今回、風紀委員会の横暴に対抗する為、臨時生徒総会の開催を要求したいと思います!」


 拍手に歓声。サクラを仕込むのは当然としても、それより人数が多そうだ。一般の生徒も不満を持っていることを如実に表している。


「皆さん! ありがとう! それでは前に名簿を用意してあるので」


「おいっ!」


 突如起こる怒号。一階の入り口で白い半袖の生徒数名と黒の学ランの生徒が揉めている。


「なんだよっ、てめえはっ! ちゃんと許可取っただろうがっ!」


「うるさいっ! なんで竹刀を持った生徒が居るんだ!」


「竹刀を持ってちゃいけねえのかよっ! てめえらだって持ってる癖によお!」


「許可無く持つのは違反だっ!」


 徐々にヒートアップする生徒達。揉めている生徒だけではない。周囲の生徒もまた、声を張り上げている。


「何だ、何だ一体! 何で揉めているんだ?」


「少し落ち着け。おそらく無許可で竹刀を持ち出した生徒がいたんだ」


「無許可で? どうしてそんな事を」


「さあな」


 武道系の生徒の中にも落ち零れが居たという事だろう。厳しすぎる風紀委員長に反発して、竹刀を勝手に持ち出し、この集会を風紀委員会から警備していたといったところか。皮肉にも、それを見咎められて風紀委員が介入してきた訳だが。


「それよりも、怪我をしたくなかったらさっさと逃げ出せ」


「逃げ出す? なん―――」


「この野郎っ!」


 疑問を全て口にする前に、新たな怒号が起こり、一人の生徒が風紀委員を殴りつけた。

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