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親子の会話

「ただいま」


 居間に入ると同時に帰宅を告げる。自分でも不機嫌そうな声だとは思うが、今は直そうとも思えない。誰に聞かれる訳でもないし。


「お帰りなさい。随分と不機嫌そうね」


 ところがソファに座ってテレビを見ている母が居た。仕事に行っているものだと思っていたが……。


「色々あってね。今日は仕事じゃなかったっけ」


「こっちも色々あってね。そんな事よりあんた、声もそうだけど人相も悪いわよ」


「そんなに悪い?」


「悪い、悪い。小さい子供だったら泣き出す上に、その親から通報されるくらい悪いわよ」


 幾らなんでもそれは言いすぎじゃないかと思うが、同時に自分の人相の悪さも理解している為、とりあえず顔のマッサージでもしてみる。


「それで。あんたは何でそんなに不機嫌そうなのかしら」


「……不機嫌そうな顔をしていちゃ拙いかねぇ」


「拙いわよ。集団の中で生活する以上、他者に対する影響を自覚し、操作するのが最低限の行動でしょ。その上で与える影響に対する反応を見極めて、自らの望む状況を構築するのが人間というものよ」


 そこで俺の目をまっすぐに見据えながら、


「今のあんたはそれらを満たしていないばかりか、集団内の他の構成員に不利益を認識させているわ。

 集団の維持そのものを危うくさせる構成員、或いその行動が集団に対し明らかに損害を与える構成員は、それによってその集団に結果的に利益を与えない限りは抹消すべきだっていうのが、あんたの持論でしょ。あんたは今まさにその状態よ」


「俺の不機嫌ぐらいで影響を受けるような軟弱な精神を持っている人なんていたっけ?」


「あら、不機嫌な人間が一人いるだけで、ご飯の美味しさは減少するわよ」


「……成程。それは重大な影響だな」


「理解したのなら隠すか、解消するかしなさい。話を聞くだけだったら、無料にしてあげるから」


「じゃ、話を聞いてもらいますか」


 荷物を隅に置き、ソファに座る。沈み込み、立てなくなるようなこの感覚。思った以上に疲れているのかもしれない。


「一週間程前に、風紀委員と揉めたって話しただろ。その風紀委員が俺を目の敵にしていて、何か違反をすれば注意しよう付き纏ってくるのさ」


「それは自業自得というものよ。素直に受入れなさい」


「いやいやいや、それだけじゃないのさ。何よりも学校の中の空気が悪くなっていてね。風紀委員が活動するようになってからピリピリしていたんだけど、一週間前の事件を切欠として敵対ムードが明確になってしまったてねえ……」


「あんたは事件の原因として責任でも感じているっていうの?」


 あまりに見当外れな言葉に思わず吹き出す。発言した当人からして信じていなさそうだが。


「そんなまさか。あの事件は起こるべくして起きたもの。誰が起こしたって意味は変わらないさ。あえて独自性を見出すなら、俺は結末に向けて事態を進めようとしていたことだな。あの時、サッカー部の元部長が関わってこなければ、もっと早くに終わってこんな面倒なことにはならなかっただろうさ。まったく馬鹿馬鹿しいかぎりだ」


 溜息を付かんばかりの俺の前に、湯呑みとお茶請けの菓子が置かれる。


「要するにそこでしょ、あんたが不機嫌な理由は。結末は既に決まっているのに、周囲はそれに気付かず、むしろ悪化する行動を続けている。その馬鹿らしさが、あんたを苛立たせるんでしょう」


「付け加えるなら、この下らない状況を積み重ねないと、結末に到達できないことも一因だね」


 そこまで言ってから、お茶を啜る。


「ただ、まだ解らないことがある。そこは引っ掛かるんだよなあ」


「何が引っ掛かっているか、話してみなさい。そもそも、あんたが一連の動きをどう分析しているか採点してあげるわよ」


「そいつは嬉しい。自分の考えがどの程度のものか、知りたいし」


 もう一度、湯呑みからお茶を飲むと、首を振って疲労を追いやる。これまでの下らない感情は消し、冷徹な観察者としての思考を浮かび上がらせる。


「結果として、風紀委員の活動は破綻するだろう。原因は思想と手段に置ける誤謬だ。そもそも風紀委員達は、自らの行いを正義として規定してしまっている」


「あんたは正義の味方が嫌いだからね」


 その茶化すような言葉を鼻で笑う。


「俺が否定するのは、自らの正義に無批判な存在だ。確かに奴らが目指す状態そのものは、否定すべきではないだろう。

 しかし奴らは、その理想を自明のものとし、当然の様にそれを普遍化してしまっている。だからこそ奴らは違反者を『誰にとっても悪』と認識し、高圧的な手段を取るのだろうさ。これが第一の誤謬だ。  

 同時に奴らは、それを徹底していない。こうした場合、幾つか手段が考えられる。倫理を無視するなら、一部の人間を悪役とし、他の人間がそれを非難する形が、最も効率が良いだろう。

 もしくは極めて独裁的な権力を掌握し、それによる恐怖政治を敷くことも考えられる。…学校じゃむりだがな。

 何にせよ、行為の徹底こそが必要だと考えられるのに、奴らはそれをしない、或いは出来ない。恐らく自分達を『正義の味方』だと思っていたいからだろう。これが第二の誤謬だ。

 この二つにより、対話は行われること無く、ただ不満が増大して行くこととなる。そして結果として大爆発が起こるだろうさ」


 言い終えると同時に、大きく手を広げ、爆発をイメージする。


「……随分とキツい事を言うけど、あんたはどうすれば良かったか考えてあるんでしょうね?」


「俺だったら、そうだな。集団の持つ雰囲気そのものを変更するようにするだろうな。基本的に自律は期待できない。

 自律と規則は必ずしも相容れるものではなく、ましてや自律するほどの精神を持っていたら、最初から問題にならないだろう。ならば他律しかないが、他者からの強制が有効となるのは、利益と恐怖の二つが必要だ。

 恐怖はともかく利益は与え難い。利益がなければ風紀委員の二の舞となる。故に、強制されているという認識を与えることなく、行動を制限しなければならない。その際に利用できるのは、羞恥心と同化意識だ。

 具体的には「違反者は格好悪い」という『空気』を蔓延させる。例えば毎日毎朝、校門の前で言い続けるとか。同時に、挨拶を行うというのも悪くは無い。これは善意に応えるのが当然とする『空気』を生み出す。個人で行っても効果は薄いが、複数の人間が行えば『空気』を作り上げるも可能だ。

 そもそも校則を守らない方が好ましい等と考えている生徒はいないだろう。所詮、他者が守っていないから守らないといった程度だ。奴らは自らが『悪』になる覚悟なぞないだろうから、他者から向けられた善意は無視できまい。

 そして善意に応えると善人として振舞うようになる。善人は規則を破らない。破ったならば善人ではないからだ。ならば善意や規則を無視できない状況を作り上げることで、自然と奴らの行動を制限できる様になるだろう。ま、簡単な洗脳だな」


 湯呑みを手に取る。少々冷めてしまったが、ほんのりとした温度がむしろ好ましい。茶が喉を通り抜ける感触とともに、思考を普段の状態へと戻す。


 そんな俺を見ながら、母さんは菓子の包み紙をゴミ箱へと入れた。


「ふーん。ま、よく考えられているわね。風紀委員の行動や、その行き着く先も大体そんな所でしょうし、代案も時間の制限を無視すれば有効でしょう。そこそこの評価を挙げるわ。で、あんたは何が引っ掛かっているのかしら」


「それがなあ……。風紀委員のことを散々、馬鹿にしたけれど、風紀委員になった手段そのものは大したものなんだよね、これが。

 校則を確認してみたところ、風紀委員に関する規定はほとんど無い。これは設立の経緯からしてそうなったんだろうけど、その事を逆に利用して自分達の好き勝手できるようにしている。

 元々、生徒会は武道系の会長とそれ以外の副会長の対立で機能不全を起こしていたし、体育委員なんかも似たり寄ったりの状況だった。

 本来、教師による強力な指導を前提としていた訳だからね。むしろこんな形にした方が上手く機能したんだろうけど、指導する教師がいなくなると惰性の活動は出来てもそれ以上の活動は出来なかった。

 そんな中で風紀委員会に目を付けたことや、三年生が委員長になってはいけないと書いてない部分を突いて、立候補者ゼロから全員支持の推薦というのは狡猾で、素晴らしい手段だ。

 ところが、実際の現場では、その狡猾さが無い。確かに中学生らしいと言えば中学生らしいが、あまりにも下手すぎる。このギャップが引っ掛かるんだよね」


「誰かが糸を引いている可能性は?」


「それも考えたけどねえ……。可能性としては教師かPTAなんだろうけど。教師だとしたら、現在の状況に説明が付かない。

 今はそれこそ暴発寸前。この状態で無理矢理止めに入っても、これまで以上にしこりが生まれるだろう。今から介入するなら、もっと早くから介入するはずだ。それに、武道系の連中は教師を無視している傾向がある。

 と、なればPTAしか残らない。ただPTAの中に、ここまで大きな影響力を行使できるような人物がいるかどうか疑わしいし、あえて挙げるなら風紀委員長の親ぐらいだろうけど……」


「子供を通じて行っているということ? 有り得るとは思えないけど」


「そう。それは考えにくいし、何よりこの時期に行うとは考えられない。風紀委員長も年が明けたら受験に入る。仮に部活の推薦を受けていたとしても、事件が起こったら反故になる可能性もある。

 子供にこんな危ない橋を渡らせる位なら、もっと強硬に教師陣に干渉するだろうしなぁ。うーむ、サッパリ解らない。と、母さんは夕飯の支度?」


「そーよ。そろそろ準備しないと、あんたが腹減ったって顔をするじゃない。……あんたの考え、イイ線いってるわよ。確かに教師も親もありえない。しかし学校関係者以外が出来る事とも思えない。普通なら行き詰る状況よ、普通ならね」


「だから悩んでるんじゃないか」


「あんたに見落としが有るってことよ。母さんは解ったわよ。恐らくは黒幕と呼べる人間、少なくとも風紀委員長や、その側近に入れ知恵をした人物をね。一人だけ居るじゃない。教師ではないけれど、生徒を指導している人が」


「ああ!」


 確かに一人だけ居た。外部から招かれたという武道の先生が。


 そうか、彼が黒幕と考えれば辻褄が合う。だが、この状況になっても動く様子がないということは、行き着く所まで行かせる気か。


「もしくは」


 既にコントロール出来なくなっているか―――。

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