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11月の転換点

「ふう。ようやく涼しい季節になったな」


 半袖のワイシャツを着ている俺は、腕に当たる風を心地好く感じながらペットボトルを呷った。


「これを涼しいと言うのはお前だけだろうよ」


 そう言いながら『あたたか~い』と表示されているジュースを選ぶ学ラン姿。


 十一月。世間一般では寒いと表現するらしいが、俺にとっては半袖で過ごせる最良の季節である。しかも今日は風が強い。風が吹く度に体温を奪われる、この感覚がたまらんっ!


 そう、悦に浸っていたいところだが…


「人が多いな」


 校内にある唯一の自販機の周囲は、俺達と同じようにジュースを買いに来た生徒がそこここに居た。


 吹きっさらしなこともあり、普段はさほど人が居ない場所なのだが、今日は違っている。そもそも俺達だって来ることは無い場所なのだ。


「全く面倒な話だよなぁ。折角お前が輸血パックを持ってきてくれたのに」


「輸血パックって言うな! 人聞きが悪い。それはそれとして、いきなりな話だよな。今までは問題にしていなかったのに何でジュースが禁止になったんだろうな」


 今日の昼食時、今までは黙認されていた昼食時のジュースが禁止された。


「黙認されていた」という表現の通り本来は校則で禁止されていたのだが、あえて注意する教師は誰もいなかったのだ。ところが風紀委員の活動がそろそろ一ヶ月を迎える事になり、教師陣は生徒の尻馬に乗って風紀の引き締めを行いだしたようだ。


 不戯けんじゃねぇよ、ったく。手前らが何一つ手を打たなかったから、一部の奴らが勝手を仕出したんだろうが。それを事もあろうに、その尻馬に乗るだと。怠けるのも大概にしろ、馬鹿共が。


 それに何だぁ、「昼食時に清涼飲料水を飲むことは校則によって禁じられている」ってのは。


 限度を弁えないのを処分するのは良い。或いは校則だから全員従えってのもまあ、良い。だがその注意をしている当の本人達は、服務規程ギリギリの仕事の上にその校則を守っちゃいねえ。


 校則の末尾に「一部の規定を除き、教員も是に従うものとする」という一文が有るが、昼食の飲み物に関する規定は『一部の規定』に当たるのかよ。だとしたら、ちゃんとした説明を生徒にしないとマズいんじゃないかと思うがなあ、『教員』。


 思考はブチ切れ状態だが、体感は涼しく頭を冷やすのに丁度良いとも言える。実際に俺も段々と落ち着いてきたようだ。この事態もそう長くは続かないだろうから、しばらく我慢すれば良いだけのことだ。


「なんにせよ、起きた事をとやかく言っても始まらないからな。とりあえず、アレだ。校内で飲むのは禁止なんだろうが、学校外で渡すんだったら文句は言われないだろう」


「そうだな。じゃ、さっさと帰るとしますか」


 そう言ってゴミ箱にペットボトルを捨てて下駄箱に向かおうとしたら、


「そこの半袖の生徒、待って下さい」


 やや高い声が追いかけてきた。振り向くとやはり半袖姿に、右手に竹刀、左腕には『風紀』の腕章を巻いた小柄な男子生徒。これも俺を苛立たせる一つだ。風紀委員の奴ら、自分達が不人気の上に、指導に従う生徒が少ないから、威圧として竹刀を持ち歩くようになりやがった。


 また風紀委員かよ。関わりたくねえなぁ。


 そんな俺の思いを嘲笑うかのように、風紀委員は近づいて来る。面倒なことこの上ない。


 ………ん、まてよ。本当に面倒か?


 いやいやいや、むしろこれはチャンスじゃないか? 行き着く先はどうせ見えている。ならば手を打って置くのも悪くはない。


「何か俺は問題を起こしたのか、風紀委員」


 相手が発言する前に、こっちが口火を切る。最初から喧嘩腰なのは決して有効な交渉術ではないのだろうが、今日の昼飯のこともあって自制するつもりはない。何より相手を怒らせたいからな。


「あなたの服装についてですが…」


「俺のどこが問題なんだ?」


 と、見下ろしながら聞く。しかし本当に背が低い。恐らくは一年生なんだろうが、大柄な俺の胸に届くかどうかといったところで、それこそ大人と子供程に違う。


 これだけの身長差にも物怖じせず、注意しようとは勇敢とも無謀(馬鹿)とも考えられるが、これを利用しない手はない。前傾姿勢をとり、上から覆い被さるようにしてから、改めて尋ねる。


「一体、俺のどこが問題なんだと言うんだ?」


「それは…」


 詰まるチビ風紀委員。これじゃあ力不足か?


「衣更えを行ったにも関わらず、夏服のままだからです」


 声と同時にまた半袖の風紀委員がやって来た。こいつも腕章と竹刀を装備してやがる。


「はい。先輩が言われたように、衣更え後も制服を着用していないので、声をかけました」


 味方の出現で息を吹き返したのか、元気になる一年生。これは現れた「先輩」が二年生だからだ。


 この「先輩」、熱心に風紀活動、言い換えれば他者を強制させる活動を行っていて、よく校内で見掛ける。それで学年を知るともなしに知ってしまったのだ、名前は知らんが。要するに不愉快な奴その一といったところだろう。こいつは好都合。


「制服を着ないと違反なのか、風紀委員」


「はい、ですから…」


 答えようとする一年を遮って続ける。


「しかし、校則では「相応しい格好」となっていた筈だぞ、風紀委員。ワイシャツは相応しくないのか、風紀委員。或いは半袖が問題か、風紀委員。俺は暑がりだから半袖を着ているがな、風紀委員。個人の事情は無視するのか、風紀委員。例え暑くても学ランを着ろと命令するのか、風紀委員」


「いえ、その、あの…」


 かなりの早口の上に大柄な俺から風紀委員、風紀委員と連呼されて、一年は傍らに立つ二年を助けを求めるように見た。


 それを受けてか、もしくは見るに見かねてか口を出そうとする二年。だがそんなことで止まる程俺は善良には出来てはいない。


「少しは話を…」


「聞けと言うのか、風紀委員。しかし言わせて貰うぞ、風紀委員。人に対して注意をしているがな、風紀委員。自分たちはどうなんだ、風紀委員。お前らだって半袖じゃないか、風紀委員。一般の生徒は禁止するのにな、風紀委員。風紀委員ならば許されるのか、風紀委員」


「これは、部活動の…」


「練習のためだと言うのか、風紀委員。そんなこと知っているさ、風紀委員。体を鍛えるのが目的だそうだな、風紀委員。問題はそんなことではないぞ、風紀委員。俺が問題にするのはな、風紀委員。お前らの活動を自分達にもするか、ということだ、風紀委員。暑がりが理由にならないのならば、風紀委員。部活動も理由にならないのではないか、風紀委員。それとも風紀委員は自分達を特別扱いしようとするのか、風紀委員」


「そんな気はありませんし、何よりもまず話を聞いて下さい!」


 かなり苛立って来ているようだ。まずは狙い通り。今の状況からして教師共は問題を起こしてまで風紀の締め付けを行おうとは考えていないだろう。


 もし考えているなら、もっと早くに積極的な行動をしているだろうからな。ここで暴走させれば、教師共は日和見どころか風紀委員に干渉する可能性が高い。少なくとも似たような事件を起こさぬよう、牽制はするはずだ。


「話を聞けと言うのか、風紀委員。それは無理だな、風紀委員」


「何故だっ!」


「お前らの話なんぞ聞きたくないからだ、風紀委員。そもそも名前すら聞く気は無いぞ、風紀委員。お前らは風紀委員で充分だ、風紀委員。風紀委員はただ風紀委員だろう、風紀委員」


 顔が真っ赤になっている二年生。簡単に挑発に乗ってくれて有り難い位だ。そろそろ最後の一押しをさせてもらおう。


「何よりもお前らが俺の話を聞かないだろう、風紀委員。お前らは自分が馬鹿だと大声で吹聴しているようなものだからな」


「俺達がそんな事をしている訳無いだろう!」


「しているさ。校内で竹刀を持ち歩くなんて」


 馬鹿以外できっこないだろう、なあ風紀委員。


 そう高らかに宣告する俺の声が周囲に響き渡る、筈だった。

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